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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
353/474

プロポーズ大作戦

 真夏の昼過ぎ。

 自身の寮のテラスに出ている悠馬は、鉄柵に背中を預け、逆さ状態でビーチの景色を眺めていた。


「まてよー!」


「もうちょい右だ!」


 ビーチからは様々な声が聞こえてくる。

 夏休みに入ってから早くも二週間が過ぎた今日、悠馬はこうして1人、外を眺めながらゆったりするはずだった。


 ソフィアが帰国し、オリヴィアと美月も実家へと帰省、そして花蓮はお仕事。


 あのお方、ティナ・ムーンフォールンが居なくなり、悪羅百鬼の目的が判明した今、この世界を派手に荒らそうとする人間はいない。


 そもそも、これから頭角を表すであろう犯罪者たちは、エスカの足元にも及ばない、総帥に負けるレベルだということが目に見えている。


 先代異能王の悪羅とティナを超える犯罪者なんて、もう出て来はしない。


「あー…なんか、こういう日々が続くのもいいなぁ…」


 目的もなく、ただ漠然と過ごすだけの日々というのが青春だ。

 後先考えずにバカして遊んだり、こうして意味もなくダラダラしたり…


「暁悠馬。時間はあるか?」


「……んん?」


 不意に聞こえた声。

 その声は明らかに、ビーチからの声ではなく室内からの声だった。


 ゆっくりするはずだった悠馬は、その不吉な声を聞いて表情を強張らせた。


 これは縁起の悪いことが起こる前触れなのかもしれない。


「あのー、寺坂総帥?なにちゃっかり俺の寮内に侵入してるんですか?ってか、なにしに来たんですか?」


 なぜこいつがいるんだ!


 悠馬の寮のはずなのに、あたかも自分の寮のようにソファに座っている寺坂を見て驚愕してしまう。


 知ってるか?不法侵入してるこの男が、日本支部の総帥なんだぜ?


 別によっぽど嫌いというわけじゃないが、美哉坂邸で顔を合わせて以来、なぜか寺坂に対して苦手意識のある悠馬は、不機嫌そうにそっぽを向く。


「あー…タルタロスの件とその他諸々だ」


「……何か問題でも?」


「いや、問題はないんだが…」


 てっきり宗介と組長さんを一時的に釈放したことを怒られると思っていた。


 何も知らない風を装おうとした悠馬だったが、そんな心配は特になく、寺坂は銀色のアタッシュケースを手に持ち、そして蓋を開いた。


 アタッシュケースは開かれると同時に、冷気を放ちながら中身をあらわにする。


 悠馬はそれを見た瞬間、寄りかかっていた鉄柵の上に飛び乗り、距離を置いた。


「おま…!なんだよそれ…!」


 寺坂が開いたアタッシュケースから出て来たのは、冷凍保存されているであろう、誰かの左手。


 禍々しい、グロテスクなものを寮内に持ち込まれた悠馬は、相手が総帥だということを忘れて悲鳴のような声を上げた。


「混沌の左腕だ。タルタロスの底で発見した。…単刀直入に聞く。混沌を殺ったのは君か?」


「…ヤケに詳しいですね。まるでタルタロスに混沌が居たことを、知ってたみたいだ」


 悠馬は寺坂の質問に対して、彼を鋭く睨みつけた。

 異能王の文献にすら、混沌がどこに封印されているのかなんて記されていなかった。


 それなのに寺坂は、タルタロスの底に混沌が眠っていると、知っていたような発言をしたのだ。


「…一般人には言いたくなかったが…混沌が日本支部に封印されていることは数十年前から判明していた」


「…!」


 悠馬の発言に、寺坂は観念したように話を始めた。

 悠馬が混沌を殺したと判断したのだろう、オブラートには包まなかった。


「…総帥の不在、冠位の不在。…君だろう?」


「…そうですよ」


 混沌を倒したのは、間違いなく悠馬だ。

 いろんな人に協力してもらったが、トドメを刺したという点では、間違いない。


 悠馬が混沌を倒したことを認めると同時に、寺坂は小さな箱を悠馬へと投げた。


 悠馬はその箱を片手で受け止め、首を傾げた。


「これは?」


「2代目異能王からのお礼だ」


「2代目?」


 2代目と言えば、約300年前の人間だ。

 そんな人物からのお礼と聞いた悠馬は、更にわけがわからなくなる。


「ああ。代々、混沌を倒した人に渡して欲しいと託されて来たらしい」


「へぇ…中、見てもいいんですか?」


「もちろんだ。それはもう、君のものだ」


 世間一般では、混沌はすでに死んでいる存在のため、大々的に混沌を倒したなどと騒ぎ立てることはできない。


 表立った表彰だってないし、手に入るものなんて、特にないと思っていた。


 それがまさか、こんなちょっとした特典までもらえるなんて、予想もしていなかった。


 悠馬は300年前から受け継がれて来たものってなんだろう?などと思いながら箱を開ける。


「…?ダイヤモンド?」


「…正確にはケイオスダイヤモンド。ブラックダイヤモンドとは明らかに見た目が違うだろう?」


「ええ」


 ブラックダイヤモンドだって詳しくは知らないが、悠馬が受け取ったケイオスダイヤモンドというものは、黒に近い色を様々に放つ、宇宙のようなものだった。


 正直、宝石というよりも、映像に近いと言った方がいいのかもしれない。


 勲章のようにバッジの真ん中に施されているケイオスダイヤモンドはペットボトルのキャップほどでかなり大きい。


「聞いたことのない宝石ですね」


「当然だ。ケイオスダイヤモンドは、この世界にただ一つ、それしかない」


「…え!?」


 確かに、こんな宝石が世の中に出回っていれば、他の宝石の価値など地に落ちてしまうかもしれない。


 それほどに美しく、希少性の高い宝石なのだ。


「値段にすれば、一兆以上はするだろうな」


「いっ…ちょう…」


 宝石なんて趣味はないが、値段だけ言われれば気が狂いそうな金額だ。


 しかもそれが今自分の手にしているものだというのだから、尚更だ。


 ケイオスダイヤモンド。まさに混沌を倒したものに相応しい、この世界の全ての名誉を手にしたような宝石だ。


「確かに渡したぞ」


「…受け取りました。…というか、お仕事早いですね」


 二週間以上が経過したと言えど、まだまだ事務的な処理は残っていたはずだ。


 いつか寺坂とこうして対面して色々問い質されるとは思っていたが、明らかに早すぎる。


 ケイオスダイヤモンドを箱の中へと閉まった悠馬は、予想よりも早い寺坂の登場を疑問視した。


「その…実はだな。君にケイオスダイヤモンドを渡すのはただの建前で、ここからが本題なんだ」


 なんか嫌な予感がしてきた。


 寺坂の挙動を見て、なんとなく嫌な予感を感知した悠馬は、考えられる最悪の事態を考える。


 こいつは毎度、恋愛方面で悠馬に面倒ごとを押し付けてくる。

 つまり今回もこいつは、恋愛の相談をしてくるはずだ。


「まずは混沌を倒してくれてありがとう。そしてこれを見て欲しい」


 寺坂は悠馬にお礼を言いながら、小さな箱を取り出して悠馬へと開いてみせた。


「え"」


 深々と頭を下げ、悠馬へと箱の中身を差し出す寺坂は、まさにプロポーズ。


 いや、マジでプロポーズだ。

 箱の中を見た悠馬は、そこに入っているシンプルな指輪を見て、ドスの利いた声を上げた。


 え?無理だよ?なに?これを見て欲しいって。


 まさか寺坂にプロポーズをされる展開など想像していなかった悠馬は、テラスの鉄柵を乗り越え、ビーチの砂浜へと着地する。


「いや、普通に無理です。俺は夕夏とか、可愛い彼女いるんで貴方とは結婚できないです」


「違う!そうじゃない!」


 顔を上げるとドン引きして距離を置いている悠馬を見て、寺坂は慌てて訂正を入れる。


「私は鏡花にプロポーズがしたいんだ!協力して欲しい!」


「なんで俺なんだよ!もっとマシなやつ頼れよ!」


 なんでよりによってプロポーズもしたことのない、年下の高校生に頼るんだ!


 色々突っ込みどころが満載の寺坂に、悠馬は敬語をやめて怒鳴りつける。


「私には君しかいないんだ!協力してくれ!」


「嫌だ!俺は他人のプロポーズの責任なんて取りたくねえ!」


 学生に他人のプロポーズの責任なんて、あまりにも重すぎる。


 しかもそれが担任教師と、そして将来義理の父親になるであろう男の弟子なのだから、尚更だ。


 これ以上カオスな関係にはなりたくない。


 鉄柵の外側から叫ぶ悠馬と、それに対抗して室内から叫ぶ寺坂。


 周囲の視線は徐々に2人に集まり始め、ビーチで遊んでいた学生たちは、こいつらなに叫んでるんだ?と言いたげに様子を伺っている。


「第一、プロポーズってなにするものなのか、俺は知りませんよ?」


 知っている知識があるとするなら、それは指輪を差し出して結婚してくださいと言うくらいだ。


 後はシチュエーションとタイミングを決めることくらい。


 他になにをすればいいのか、どういうことをした後にプロポーズをするのかなんて、一介の男子学生が詳しく知っているはずがない。


 こういうのは無難に、結婚コンサルティング的なあの胡散臭い方々に聞くのがいいんじゃないだろうか?


 寺坂の財力があれば、胡散臭いコンサルティング野郎じゃなくて、きちんとした人が雇えるはずだ。

 そうすれば間違いなく、プロポーズをしたことのない悠馬に話を聞くよりも、いい結果に終わることだろう。


「今の話…ほんと?」


 寺坂と悠馬の間に走る沈黙を裂くように響いた声。

 その声を聞いてギョッとした表情を浮かべた悠馬は、いつのまにか開いている脱衣所の扉を見て、鉄柵を乗り越えテラスの中へと戻った。


「や、やぁ夕夏…久しぶりだな…」


「お、おはよう夕夏」


 流石の寺坂も、女の子の前でこんなみっともない姿は見せられない。

 もう手遅れだろうが、いつものように振る舞う寺坂は滑稽に見える。


「寺坂さん、ついにプロポーズするの!?」


「うぐっ…!」


 どうやら全部聞かれていたらしい。

 こういうのは男ではなく、女の方が食い付きがいい。

 特に思春期真っ盛りの夕夏からしてみると、身近な人のプロポーズは自分のことのように嬉しいものだ。


「誰?やっぱり鏡花さん?そうだよね?だってこの前デートに誘ってたし…」


「夕夏、寺坂総帥困ってるから…」


「あ…ごめんなさい…」


 師匠の娘にプロポーズの相談なんて、できるはずもない。

 夕夏と悠馬の寮が繋がっていることを知らなかった寺坂は、話すつもりのない人物に話を聞かれ、観念したように溜息を吐いた。


「ああ…鏡花にプロポーズをしようと思うんだ。…しかし、私はどうやら愚鈍らしく、こうして彼に教えてもらおうとしていたわけだ」


「えーっと…悠馬くんも似たり寄ったりだよ?寺坂さん。だって悠馬くん、プロポーズしたことないし」


「ハッ、そうだ…私はなぜ、結婚もしていない学生にこんなことを頼んでいるんだ…?」


 いや、こっちのセリフだから、ソレ。

 急に何かを悟ったように我に返った寺坂を見て、悠馬は顔をうつむけた。


 ダメだこいつ。プロポーズする前からテンパってて、もはや自分がなにをしているのかすらわかってないかもしれない。


「わ、私手伝うよ!寺坂さん!」


「ゆ、夕夏!」


「悠馬くん、君もいつかプロポーズしなきゃいけないんだから、近くで見てた方がいいんじゃないかな?」


「うぐ…」


 先日の悠馬の言葉を聞いてから、夕夏は結婚のことを意識し始めていた。


 プロポーズというのは、結婚をする際には避けて通れない道で、結ばれるためには必ず行わなければならないもの。


 いつかは必ず、いや、悠馬はおそらく2年後に行うであろうプロポーズと言う名の人生の大勝負。


 ぶっつけ本番でやるよりも、寺坂のプロポーズを見てから、自分のプロポーズの時に役立てた方がいいのかもしれない。


「…鏡花さんの好きな場所なら知ってますよ」


 夕夏に指摘され、悠馬も少しはやる気になった。

 そんな悠馬を見て、目を輝かせた寺坂は立ち上がると、悠馬の手を握って頭を下げた。


「ありがとう!」

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