照らすもの
今日からは終章後のお話です。
ちょうど日が登り始め、疲れ果てた体に鞭を打って歩き始める。
「ソフィ、これって誘拐にならないよね?」
「…さぁ?」
最後の体力を振り絞りゲートを発動させた悠馬は現在、空中庭園ではなく異能島の道路を歩いていた。
妙な脱力感と、筋肉痛が響く。
あとは彼ら(異能王)に任せて、脇役は大人しく去るとしよう。
あの場にお呼ばれしたわけではなく、ただ悪羅の行く先を見るためだけに降り立った悠馬は、寺坂が発狂する前にその場を逃げ出していた。
もちろん、付き合いたてのソフィアを掻っ攫って。
これまでの歴史の中で、他支部の総帥を掻っ攫って逃げ出した学生なんて、いるのだろうか?
いや、いるはずもない。
自分が抱き抱えているイギリス支部総帥、ソフィアが特大級の地雷なんじゃないかと気づいた悠馬は、徐々に血の気が去っていく。
「でもまぁ、これは私が望んだことだし?誘拐にはならないんじゃないかしら?」
たしかに日本支部に連れ込んだのは悠馬だが、ソフィアは二十歳を過ぎている独身女性だ。
当然だが、ソフィアが誘拐されたなどと騒がない限り訴えは来ないはず。
パープルカラーの瞳で悠馬を見るソフィアは、悠馬の首元へと手を伸ばし、頬にキスをする。
「これから、私たちの愛が始まるのね」
「まあ…そうだね」
「悠馬は二十歳過ぎの女もハーレムに加えてくれるの?」
「そりゃあ…俺の将来の夢は異能王だから。それに、ソフィアを迎えにいくのは、もう決めてたからさ」
悠馬は、今度こそ迷いなく自分の夢を口にした。
将来の夢。誰もが思い描き、そして理想だ、現実では無理だと諦めていくその中、悠馬はその夢を口にする覚悟も度胸もなかった。
先輩である神奈に言うときだって、少し躊躇いがあった。
でも、今は違う。
ようやく自分の意思で、自分の思いを、理想を言えた気がする。
曇りのない悠馬の眼差しを受けて、ソフィアはこれまでにないほど和やかな表情で微笑んだ。
「悠馬。私、貴方のことが本当に好き。私から言わせて…貴方が結婚できる年齢になったら、私と結婚してくれないかしら?」
「うん。ソフィの気が変わってなかったら、その時はもう一度お願いするよ。俺は指輪を買って待ってるからさ」
「ああ…!」
ソフィアの甘い吐息が、真夏の日本支部に響く。
これは暗に、悠馬から結婚指輪を買って待ってるから、結婚できる年になったらもう一度言って欲しいということだ。
実質プロポーズは成功。
「お取り込み中悪いが、そろそろいいか?」
「ぎくっ!?」
ソフィアがデレデレモードに入って直ぐ、悠馬の耳には、聞き覚えのあるキリッとした声が入ってきた。
ソフィアはと言うと、その声に聞き覚えがあったのか、身体を硬直させ、そして敵意のこもった眼差しでわなわなと震えていた。
そう、彼女とソフィアは、顔を合わせたことがある。
「ただいま、オリヴィア」
「ああ。おかえり、悠馬」
ソフィアをお姫様抱っこする悠馬の元へと、オリヴィアは歩み寄る。
2人はライバルというか、留学中はお互いに言い合いをする、仲はいいが喧嘩はするタイプの関係だった。
「そしてありがとう。この島を守ってくれて」
悠馬はオリヴィアにお礼を言う。
彼女が悪羅の前にこの島を守っていなければ、この世界は間違いなく、悪羅と同じルートを辿っていた。
歩み寄ってくるオリヴィアに、ソフィアはせっかくいい雰囲気だったのに、コイツ妨害する気じゃない!?と言いたげに睨みつける。
「ああ。それとソフィア」
「なによ?」
歩み寄ってくるオリヴィアに声をかけられ、ソフィアはツンとした表情でそっぽを向いた。
「君も頑張ったんだろう。傷だらけじゃないか」
「っ…別に貴女に褒められても…」
「はは、それに…私や悠馬の前では、その髪じゃなくていいんじゃないか?」
ライバルのような関係だったオリヴィアに評価されるのは、くすぐったい何かがある。
まさか心配されるなどと思っていなかったソフィアは、彼女の発言を聞いてから照れ臭そうに髪の色を紫に戻した。
「うん、今日のソフィも可愛い」
「たしかに。正直嫉妬する」
彼氏の腕の中でお姫様抱っこされている、美人のお姉さん。
オリヴィアも超のつくほど美人だが、そんな彼女ですら嫉妬する容姿を持つソフィアは、初めて聞いたオリヴィアの嫉妬発言にニヤリと笑った。
「オリヴィア、貴女だって十分可愛いじゃない」
「お世辞は結構だ」
「ねぇ悠馬、この女本気でお世辞だと思ってるの?」
「…どうだろう?」
ソフィアがオリヴィアを敵視していたのは、アメリカ支部の軍人、冠位で覚者の戦神だからではなく、純粋に可愛いからだ。
そんなこと知らないオリヴィアは、ソフィアの発言をお世辞だと聞き流して歩き始める。
ほんと、オリヴィアって自分の容姿の可愛さに自覚ないのかな?
ソフィアとオリヴィアのやり取りを聞いて、悠馬も疑問に思った。
彼らも付き合ってから、まだ3ヶ月とちょっと。
お互い完璧に理解し合えているわけではないため、もっと彼女のことを知りたいという気持ちが芽生えた。
「さて、帰ろうか?」
「うん、そうだな」
「え!?悠馬の寮!?」
蝉の鳴き始める頃に、悠馬はオリヴィアの後ろを歩き始める。
お姫様抱っこをされたままのソフィアは、2人の会話を聞いてから目をキラキラと輝かせる。
この後起こる出来事など知らずに。
***
「で?」
「どういうつもりだったの?」
「死に急ぎたいんですか?」
「なら私が殺してあげようか?」
怖い。怖い怖い怖い怖すぎる…!
「ひっ…!」
大きな部屋。真っ赤な絨毯に、宮殿の中にありそうなロイヤルな天幕付きベッドが設置される部屋で、ソフィアは小さな声を漏らして口を塞いだ。
彼女の視線の先には、光のない瞳で悠馬を踏みつける、4人の姿があった。
(え?ユウマって、あんな人たちと付き合ってるの?
どういう関係?これって私の思ってた恋人と違う気がする!)
なぜ彼女達が怒っているのか、なぜ悠馬が帰ると同時に踏みつけられているのかわからないソフィアは、いきなり日本支部の洗礼を受けていた。
真っ黒な髪の悠馬は、花蓮に肩を踏みつけられながら、ニコニコと笑っていた。
「ごめん」
「なに笑ってるのよ!」
「そうだよ!なんで黙ってロシア支部になんて行ってるの!?」
悠馬が踏みつけられ、説教をされている理由。
それは彼の姿を見て貰えばわかるだろうが、悠馬は間抜けなことに、日本支部軍のボロボロのバトルスーツで花蓮の寮に上がり込んだのだ。
そして当然、花蓮から質問される。何してたの?と。
そしたら悠馬は、隠すこともなくあっさり自白した。
ロシア支部に行ったことから、空中庭園での戦闘まで。
もちろん悪羅のことは話していないが、それ以外のことは全て話してしまった。
当然それを聞いたら、心配していた彼女達は大激怒だろう。
言い方は悪いが、祖父が危篤状態になることなんかよりも、はるかに危なっかしい出来事に首を突っ込んでいるのだから。
しかし悠馬は、この状況を楽しんでいるように見えた。
だって悪羅の世界を見た悠馬は、彼女達が救えない世界もあるのだと知っているから。
これが自分の、いや、悪羅の救った人々なんだ。
またこうして、いつも通り笑いあえる。
怯えたり申し訳なさそうにするよりも、嬉しさの方が上回っている悠馬は、肩を踏む花蓮の足を引く。
「きゃっ!?」
「可愛いなぁ、花蓮ちゃん。もっと踏んでもいいんだよ」
「えっ…」
「悠馬さんが…」
「壊れた…」
ソフィアそっちのけで話す彼女達の中には、さらなる激震が走る。
悠馬がぶっ壊れた。踏まれて喜んでいる。
到底正気の沙汰とは思えない悠馬の発言に、朱理は新たな性癖の芽生えだろうか?と首をかしげる。
「悠馬さんはSMがお好みですか?」
「ん?朱理がしたいなら好きだよ?あ、ちなみに俺はS役がいい」
「……」
「なにこれ?悠馬本当に大丈夫?」
「ちょっと!バカ!なにロシア支部に行って1人ぶっ壊れてんのよ!」
「壊れてないよ!いつも通りだよ!」
『いつも通りじゃない!』
「あれぇ…」
彼女達のツッコミを受けて、悠馬は頬をかく。
「それで?この綺麗なお姉さんは誰?」
「イギリス支部総帥のソフィアさん。以前話してた、俺の彼女だよ」
「おお…!」
「悠馬にしては…思い切ったね」
「そうですね。悠馬さんのクセに」
「あの…君たち?俺のことを貶しているのかな?」
悠馬にしては、悠馬のクセに。
まさか彼女を紹介してそんな言葉が返ってくると思っていなかった悠馬は、いつものように落ち込んで見せる。
まぁ、彼女達の発言にも一理ある。
だって悠馬は、留学期間の半ばまではソフィアと付き合おうとなんてしていなかったし、鈍感なクソ野郎だ。
その悠馬の割には、頑張ったんじゃないだろうか?
「初めまして。かしら?私はイギリス支部総帥のソフィア・クラウディア。これからよろしくね」
「よろしくね、ソフィアさん。私は花蓮。花咲花蓮よ」
花蓮はソフィアの自己紹介を聞いて、臆することもなく手を差し出す。
そんな花蓮の手を握り返したソフィアは、まずまずの自己紹介ができて満足そうだ。
「というか、ソフィアさんそっちの髪の方が似合ってるよね」
「そうだろう?」
「えっ!?えっ!?」
「そうですね。テレビで見る金髪なんかよりも、そっちの髪の方が綺麗に見えますよ?」
日本支部には、イギリス支部のような魔女の歴史はない。
ほかに悪しき風習のようなものはあるかもしれないが、髪の色が紫だからと言って魔女だなんだと騒ぎ立てるような輩はいないし、なによりも日本支部異能島は髪色自由。
似合っていれば褒めるし、似合っていなければ似合ってないとハッキリ言われる。
まさかここまでどストレートに紫髪を褒められるとは思っていなかったソフィアは、目尻に涙を溜めながら花蓮に抱きついた。
「ありがとう…!」
「ど、どういたしまして?」
花蓮はどうして感謝されているのかわからないようだが、イギリス支部の過去についてはまだ話さない方がいいのかもしれない。
「ところで悠馬、朝ごはん食べたわけ?」
「あ…いや、戦闘尽くめだったからなにも…」
ソフィアに抱きつかれながら、花蓮は話題を変える。
彼女の話で思い出したが、悠馬はメトロ戦以降、なにも食べていなかった。
時間にしては10時間ほどだろうが、その間激戦を繰り返した悠馬のお腹が空いていないというはずもなく、言われてからかなりの空腹感を感じ始める。
お腹に手を当てた悠馬は、花蓮を見つめて微笑んだ。
「花蓮ちゃんと夕夏と美月のご飯が食べたいな」
「悠馬、私も…」
「ソフィは無理しなくていいよ。疲れてるだろうし」
名指しで言われた3人に対抗するように、ソフィアも自ら朝ごはん作りに名乗りをあげる。
しかし彼女は不眠でティナと戦っていたわけだし、いくら悠馬のレベルと異能が凄まじくても、彼女の精神的な疲労や、眠気などは消すことができない。
お疲れのはずのソフィアや、そして体力をかなり消耗しているオリヴィアに無茶をさせるわけにもいかず、そして料理が得意な3人にご飯を作ってもらうのがベストだろう。
悠馬に指名された3人は、互いに顔を見合わせると、笑い合い部屋の扉を開けた。
「それじゃあ、リビングに向かいましょ?」
「うん」
花蓮、夕夏、美月、朱理、オリヴィア、ソフィア。
すっかりと大所帯になってしまった悠馬含む7人は、それぞれ会話を交わしながら廊下を進んでいく。
「悠馬くん?」
「どうかした?夕夏」
「うーん、黒髪の悠馬くんって、なんだか懐かしい気持ちになるんだ。どうしてだろ?」
「…さぁ?」
「すごく似合っているからじゃないですか?茶髪の悠馬さんもかっこよかったですけど、黒髪の悠馬さんはとてつもなくカッコいいです」
「そう言われると照れるな…ありがとう」
夕夏が懐かしいと感じるのは、もしかすると悠馬が深淵を見たように、彼女にもその兆しがあるからなのだろうか?
考えたところでよくわからないが、ちょっとだけ不安でもある。
そして朱理から黒髪の好評を得た悠馬は、照れ臭そうに耳を赤くしてそっぽを向いた。
黒髪が褒められるなんて、思いもしなかった。
かっこいいと言われた悠馬は、嬉しくて飛び上がってしまいそうなほどだ。
「ところで悠馬さん、私も料理を…」
『ダメ「だよ?」「です」』
夕夏と悠馬は、朱理がなにを言おうとしているのかすぐに察し、言い切る前にダメだと断言した。
ドーナツを食べた悠馬と、味噌汁を飲んだ夕夏。
朱理に料理をさせるのは、まだまだ先のことになりそうだ。




