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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
エピローグ
341/474

卒業

 長ったらしい卒業式も終わり、おそらく人生最後の教室でのホームルームが始まる。


 いつも騒がしい栗田たちも、最後のホームルームということもあってか静まり返り、毎度お馴染みのスーツを着た鏡花は、無言のまま教壇に立っていた。


「あー…なんだ。…3年間、お疲れ様」


 保護者もいない教室の中、鏡花の第一声が響く。

 彼女は総帥秘書ということを偽り、この島の教師を3年間してきたわけだが、総帥秘書の任務としてではなく、3年間、自分が育て上げた教え子たちへの挨拶を始める。


「…正直、お前らが卒業するっていう実感はまだない。私が卒業生を送り出すのはこれが初めてだし、また明日も、この教室に来てしまいそうだ」


「ははは…」


 それほど実感の湧かないものだ。

 卒業なんて漠然としていて、卒業生たち本人ですら、実感がない生徒は多いほどに。


 だからこそ、それを実感してしまった時に涙が流れる。


 また明日もという言葉を聞いて、明日がないことを知った女子生徒たちは、徐々に涙をこぼし始める。


「だが良かった。お前らが始めての教え子で。中には不出来な奴はいるし、まだまだ不安の残る奴も多いが。みんな進路は決まった」


 不安は多いが、一応全員が進路を決めた。

 進学だったり、就職だったり、その他だったり。


 卒業までに進路が決まらない生徒も多い中、全員が自身の進路を通したのだから、先生としては誇らしいことなのかもしれない。


「まぁ、このクラスから総帥が出てこなかったことは残念だが」


「鏡花せんせー、そりゃキツイよ」


「そりゃ入学した時はいつの日か…って思ってたけどさ」


 鏡花のキツイ冗談に、通は苦笑いを浮かべた。

 このクラスから総帥が出る可能性がなかったと言えば嘘になるが、総帥になるなんて、宝くじを当てるより難しいわけで、鏡花が無茶振りをしているのはこのクラスの中の誰もが知っている。


 ちなみに、次期総帥候補は双葉戀が最有力らしい。


 寺坂は1年前のあの日、日本支部に帰り着いてから鏡花へとプロポーズをしていた。


 まぁ、振られたんだけどサ。


 寺坂が総帥を辞める理由を知っている悠馬は、そっぽを向いて2人のやりとりを思い返していた。


 寺坂がプロポーズをした時、鏡花は断った。

 理由は教え子たちの卒業を待ってから結婚したい。彼らを途中で捨ててまで結婚はしたくない。ってことらしい。


 それは鏡花の信念だ。

 自分の幸福のために、中途半端な状態の教え子たちを見捨てることを、彼女はしなかった。


 だから鏡花は、おそらく悠馬たちが卒業するのと同時に教師を辞め、寺坂のプロポーズを受けるはずだ。


 両想いだということは確定しているし、鏡花はプロポーズを断った後数日凹んでいたくらいだから、それは間違いない。


「ふっ…冗談だ。…そうだな…」


「早くしてくれよー、鏡花先生、俺早く帰って本土に戻る準備しないといけないんだよ!」


 鏡花の話に水を差すように、山田の声が響く。

 雰囲気をぶち壊すような発言だが、これは彼なりの理由があった。


 このまま入学当初から卒業までの話をされたら、とてもじゃないが涙腺が保たない。


 男として、こんなところで号泣したくないらしい山田は、震える声で鏡花を急かした。


 山田がもう泣きそうなのはみんなが知っていたため、誰も文句を言うことはなかった。


 誰だって、泣き顔をみんなに見られるのは嫌だろう。

 たとえそれが、最後のお別れなのだとしても。


「そうだな。あまり長く話すつもりはない。だから手短に話す」


 山田の意見を受けて、鏡花は柔和な表情で歩き始める。


 今までは総帥秘書のような圧力、怖い表情だった鏡花がクラスメイトたちの前で穏やかな表情をするのは、これが初めて。


 ポケットから30枚近い手紙を取り出した鏡花は、それを悠馬から順に、机の上に置いていく。


「…お前らって奴は、先生の話を聞くのが嫌いだろ?…それに、ここで泣くのだって嫌な奴はいるはずだ。だから…この手紙は、寮に帰ってでも読んでくれ。一人ひとり内容は違うし、進路についても書いてある。先生としての最後の課題だ。ちゃんと読め」


「…はい」


 山田のような意見が出るのはあらかじめ織り込み済みだったのか、鏡花は1人で隠れて読める、周りには見られないであろう手紙という形で、教え子たちに気持ちを伝えることにした。


 1人ずつ、鏡花からの手紙を受け取り、大切そうに仕舞う。


「最後だ。お前たちが教え子で、私は本当に良かった。…卒業後が心配な奴らは安心しろ。私の教え子だ。必ずうまくいく。それだけは保障しよう。…また、どこかで会おう」


「うっ…ひっぐ…クソ!最後の最後で泣かせないでくれよ!鏡花先生!」


「うわぁぁぁん…」


 またどこかで。

 根拠も何もない、実際に訪れるかどうかもわからない単語に、Aクラスの生徒たちは、別れの残酷さを思い知らされた。


 改めて実感する、卒業という岐路。

 分かれ道に立ち、最後のお別れをしなければならない彼らは、これまでの思い出を思い返し、号泣を始める。


「…以上だ。お前らの活躍を…陰ながら応援している。3年間ありがとう」


「こっちこそありがとうだぞ!鏡花ちゃん!」


「本当にありがとうございました、鏡花先生!」


 生徒たちに感謝されながら、鏡花は歩き始める。

 それは職員室に向かってなのか、それともまだ、行くところでもあるのか。


 少しだけ涙腺がやられそうだった悠馬は、担任教師の後ろ姿を見送りながら目を擦る。


 これで本当に卒業だ。


「悠馬さん」


「朱理?」


「2人きりで写真を撮りませんか?」


 泣きかけの悠馬に声を掛けてきた、黒髪の少女。


 卒業証書を胸元の前で両手で持っている彼女は、泣くそぶりなど一切見せずに、いつも通りの表情で微笑んで見せた。


「2人で?」


「はい ♪ 悠馬さんは人気ですので、先約をしておかないと撮影できません」


「そ、そうなんだ…」


 自分のことのはずなのに、よくわからない。

 先約などという約束事をしないと自分と写真を撮れないと初めて知った悠馬は、大泣きするクラスメイトたちを横目に、教室の後ろで朱理とツーショットを撮る。


「オリヴィア、写真をお願いします」


「ああ。任せておけ」


 朱理に言われるがまま、恋人であるオリヴィアは携帯端末を受け取り撮影を始める。


「あ、朱理さん…当たってます」


 オリヴィアの持つ携帯端末へと視線を送りながら、体を密着させてきた朱理に、悠馬は耳を赤くしながら小声で呟いた。


 慣れたというか、正直約2年間も付き合っていれば動じないと思っていたが、いざという時胸を当てられると、心臓が止まりそうなほどドキドキする。


 特に今は、教室にクラスメイトが残っているわけだし、その中でこんな密着されるのは、正直心臓に悪い。


「撮れたぞ」


 悠馬が緊張をしている間に撮影は終わり、朱理はそれが終わると、すぐに鞄を手に持ち、悠馬の手を引き始めた。


「?」


「外に行きましょう。みなさん、そちらで待ってるはずなので」


()()()()?」


 皆さんって、誰のことだろう?


 朱理は悠馬に手を引かれながら、背後のオリヴィアの手を掴み外へと向かう。



 ***



「朱理とオリヴィアは、高校生活楽しめたか?」


 ふと、疑問に思ったことを口にする。

 彼女たちは普通の生徒たちと違い特殊な事情を抱え、この島に転校してきた。


 朱理は特に、親から虐待に近い環境で過ごしてきたし、オリヴィアだって、戦神としてすでに精神的な限界を迎えていた。


 彼女たちは、この高校生活を楽しめたのだろうか?


「楽しかったです。いえ…きっとこれからも楽しいです。だって悠馬さん、貴方がそばにいてくれますから」


「私もだ。悠馬、君に出会えて、日本支部の異能島に転入して…私は本当に楽しかった」


「よかった」


 2人の感想を聞いて、ちょっとだけ安心した。

 楽しくなかったなんて言われたらどうしようと思っていたが、2人ともここでの生活はかなり気に入っていたみたいだし、気になることはもうない。


「はぁ…はぁ…悠馬先輩!」


 昇降口へと差し掛かり、 あと数歩で外へと出て、後輩たちに囲まれるであろうタイミング。


 大きく息を切らしながら、廊下から現れた黒髪青目の少女は、膝に手をつきながら声を上げた。


「あら…愛菜さん」


「どうしたんだ?愛菜。そんなに慌てるなんて、君らしくもない…」


「朱理先輩、オリヴィア先輩…」


「愛菜?どうかした?」


 もうこの学校から立ち去るのかと言いたげな、不安そうな表情の愛菜へと悠馬は声をかける。


 まるで飼い主に捨てられた犬のように寂しがる彼女の表情は、こっちの心まで抉られてしまう気分だ。


「あと1年!待っていてくれますか?!私は今年で3年生、悠馬先輩は卒業!私のことを、覚えていてくれますか?」


「なんだ…そんなことか」


 悠馬は2年の後半に、ある出来事をキッカケに半ば強引に愛菜と付き合い始めた。


 正直、嫌々というわけじゃない。ただ、これからのことを考えて、この国の裏を率いるであろう彼女を一時の迷いで自分の恋人として、そばに置いていいのかがわからなかった。


 でも今は違う。

 色々と話し合って、紅桜家や桜庭家にお願いして、決まったことがある。


「何言ってんだよ。愛菜。今日の式、お前も参加するんだ。…その…卒業したら、必ず俺の元へ来てくれ。待ってる」


「っ…!悠馬先輩!」


 今日行われるであろう、とある式の話。

 そこに愛菜も参列する予定があるのか、参列するのならば卒業後は俺の元へ来て欲しい旨を伝えた悠馬は、少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「一生貴方について行きます…!恋人、いえ、婚約者として!」


「あは。悠馬さんモテモテですね」


「他のことに打ち込んでいる女こそ、タガが外れると重たくなるものだ…」


「ソレ、ブーメランですよ」


 愛菜の愛の重たさ、すでに婚約前提で一生ついていくと発言する彼女を見ながら、朱理はオリヴィアにジトっとした眼差しを向ける。


 例えばだが、学生生活でテニスに打ち込んでいた少女が、テニス部を卒部してから彼氏ができ、テニスに打ち込んでいた時間を全て彼氏に費やすようなものだ。


 軍人としての時間を全て悠馬へと費やすオリヴィアと、暗殺をやめて悠馬へと一生を費やす愛菜には、そう大差はない。


 自分のことを棚に上げてよく言えるな。この女。

 そう言いたそうな朱理は、階段から駆け下りて来た亜麻色の髪の少女と、銀色の髪の少女を見て頬を緩めた。


「ちょっと!悠馬くん、朱理、オリヴィア!なんで勝手に教室から抜け出してるかな!?」


「これからクラス写真撮ろうって話なのに、3人がいなくなってるから大騒ぎしてる」


「あらら…そんな話になっていましたか」


「え、ごめん…まさかそんな話になるとは思わなかったから…」


「私もだ」


 卒業式の定番といえば、最後のクラス集合写真だ。

 中学生活は浮いていた悠馬と、中学に通っていなかったオリヴィアと朱理。そんな彼女たちが、高校生活の定番を知るわけがないだろう。


「さ、行こ」


「早く行かないとハブられちゃうよ!」


 卒業式だというのに、のんびりとは行かず、慌ただしく階段を登り始める。


「愛菜!」


「はい!」


「今日の式は絶対に参加してくれよ!」


「わかっています!」


 去り際に愛菜に声をかけ、悠馬も階段を登る。

 大きく手を振る彼女に手を振り返しながら、悠馬は最後の青春を謳歌する。

残すところあと4話です…

これまで端折った部分は、一度本編を完結させた後にゆっくりと投稿していこうと考えてます。

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