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これからの日々

「…はぁ。疲れたな」


「そう言うなよ。異能王。これが私たちの仕事だろ?」


「そうだった。…でも、仕事でももう2度とこんなことはしたくないなぁ」


「はは、奇遇だな。私もだ」


 ティナの消滅を確認し、日の出を迎えた太陽を見ながら立ち尽くす悪羅の背中を見る。


 そんな中で会話をするアメリカ支部総帥、アリスと、9代目異能王、エスカは、周囲の人間たちが、日が昇ると同時に目を覚まし始めたことに気づく。


 まぁ、人間どれだけ疲れていても、眩しくなれば目は覚める。


 傷も治っているし、痛みで気絶していた人物が大半なのだろうから、日差しで目がさめるのは当然のことだ。


「各隊、意識のあるものは生存者の捜索に当たれ!…死者の記録も忘れるな」


 こんな激しい戦闘だったんだ。

 生きているものもいれば、当然死んでいる者もいる。


 アメリカ支部総帥としての指示を飛ばしたアリスは、歩き始めた乱入者、暁悠馬とその進行方向にいる悪羅を見た。


「…戦う?」


「いや、今はいい…さすがに、感傷に浸ってるお前を殺して歓喜する気は無い」


 悪羅の誘いを、丁重に断る。

 その場に立ち尽くし、ピクリとも動く気配のない、背中を向けたままの悪羅へと近づきほんの数メートルの距離で立ち止まる。


「そっか…ごめ」


「それ以上は言うな。お前を殺せなくなる」


「……わかった」


 悪羅からの謝罪はいらない。

 彼は別世界の暁悠馬自身であって、彼が背負っている過去を知った今でも、彼に対する憎悪が消えた訳じゃない。


 ただ、彼が本当に申し訳ないと思って謝罪をした時、このやり場のない怒りは、家族を失った憎悪は、どこに向けたらいいのかわからない。


 父親にはやりたいように生きろと言われたが、これは暁悠馬としてのケジメだ。


 悪羅はいつの日か必ず、この手で屠る。


「悪いね。それじゃあ、俺はもう行くよ。次会うときが、きっと本当の最期だ」


「…ああ。次で終わりにできたらいいな」


 悪羅もきっと、死を望んでいる。

 そしてその死をもたらすことができるのは自分自身、つまりはこっちの世界の暁悠馬というわけだ。


 セカイを手にし、唯一不老不死、物語能力に対しても凌駕する力を保有している悠馬に殺してもらうまでが、悪羅百鬼の考えたシナリオだったはずだ。


 振り返って顔を見せることもなく歩き始めた悪羅を、悠馬はそのまま見送った。


 徐々に太陽が昇り始め、蝉の鬱陶しい鳴き声が響き始める。


 それはこの世界の人々が運命に抗った、新たな日の出だった。


「やりましたね…我が王…」


 目が覚めてすぐ、アルデナの瞳に映ったのは太陽の中に見える悪羅の影だった。


 横にいる寺坂に聞こえないよう、小さな声でそう呟いたアルデナは、目尻に涙を溜めながら立ち上がった。


「生存者の人数、確認とれました!」


「何人だ?」


「430人です」


「…そうか」


 総帥、冠位、戦乙女に異能王。主要人物が全員集まっている、ティナとの激戦が繰り広げられた空間へと走ってきた軍人は、彼らに聞こえるように大きな声で生存者の数を告げた。


 ここへ乗り込んだ各支部の軍人たちは、総勢で507人いたはずだ。


 生存者が430名ということはつまり、77名は…


 そんな単純な計算ができないわけもなく、総帥たちはこの場で、各支部の隊長格、選りすぐりの軍人たちが77人も死んでしまったことを知る。


「…見てるか。お前らの死は、決して無駄なものなんかじゃなかった。この世界は、救われたんだ…そうだろ?」


 眩い日差しを眺めながら、アリスは呟く。


「ん…」


「おはよ。ソフィ。目覚めた?」


 眩い日差しを感じ、ソフィアは一瞬目を強く瞑り、ゆっくりと瞳を開く。


 そんなソフィアを抱き抱えていた悠馬は、王城の壁際、視線の集中するであろう中心部から離れていた。


「悠馬…?戦争は?ティナ・ムーンフォールンは…」


「終わったよ。全部終わった。だから約束通り、迎えに来た」


「ゆ…///あ〜、無理、死んじゃう。結婚して!」


 黒髪に変わり、少しだけ大人びて見える悠馬を見て、ソフィアは心臓が破裂しそうなほど悶絶する。


 もともと悠馬にベタ惚れだったソフィアからしてみると、目覚めたら彼がお姫様抱っこで、約束通り迎えに来た。なんて言ってくるシチュエーション、耐え切れるはずがないだろう。


「まだ結婚はできないから…先にこっちだけ」


 ソフィアの傷を再生させながら、悠馬は彼女と口づけを交わす。


 友達以上、恋人未満。

 留学したあの日から、曖昧な関係だったソフィアとの関係は今、恋人同士ということになった。


 寿命の問題をクリアできたら、必ず迎えに行くと約束し、その時に口づけを交わすということは、すでに決めていたことだ。


 その場の勢いでしたわけではなく、ただずっと、約束を果たす瞬間に何をしようか、誠意を見せようと決めていた悠馬は、長い口づけをした直後、仰け反ったように顔を離した。


「し、舌絡めるなよ!」


「え…だって…もうすこし…」


「おいバカップル…私の前でイチャイチャすんなよ…って…え"っ!え"っ"え"え"え"!?」


 周りそっちのけでキスをしていた悠馬は、気絶している人のことなど御構い無しでいちゃついていた。


 そんな中で、見覚えのある青髪の女性は、目がさめるや否や視線の先で繰り広げられていた熱いキスを見て、不機嫌そうに顔を上げながら発狂してみせた。


 戦乙女のマーニーが叫び声をあげると同時に、お姫様抱っこされているソフィアと、お姫様抱っこをしている悠馬へと、周りの総帥、冠位たちの視線が一斉に向く。


「どどどどどどっどー…どういうこと!?なんでバカガキがいるの!?ってかなんでソフィアとキスしてんの!?」


『はっ!?』


 マーニーの大声を聞いた総帥たちは、ギョッとした表情で2人を見る。


 そりゃあ、誰だって総帥が学生とキスをしているのを目撃すれば驚くし、しかもそれが他国の学生ならば尚更だ。


 国際法とか、そういうのは大丈夫なの?と聞きたくなる状況、新たな問題の発生に、総帥たちは頭を抱えた。


「暁悠馬!貴様…!夕夏という恋人がいながら、意識を失った女に手を出すとは…!」


「待って!寺坂総帥!誤解だよ!」


「そうよ。寺坂。私と悠馬は愛し合っているの。だから貴方にとやかく言われる筋合いはないと思うんだけど」


「な…!いつからだ!私が留学を許可した日からか!?狙っていたのか!?」


「フェスタの時、この人と1つになりたいって思ったの」


 寺坂の尋問に、余計なことを話し始めるソフィア。

 ソフィアに見惚れていたアメリカ支部の隊長たちは明らかに落胆しているし、徐々にヘイトが悠馬へと向きつつあるのは間違いないだろう。


 ギャーギャーと騒ぎ始める悠馬と寺坂、そしてソフィアを遠くから見つめる翠髪の女性、戦乙女隊長のセレスティーネ・セレスローゼは、風が吹けば飛んでいきそうなほど弱々しく、半泣き状態になっていた。


「そ、そんな…わ、私…悠馬さまが…」


「お?なんだ?隊長、アンタやっぱ暁に惚れてたのか!」


「な…!惚れてま…いや、惚れてますけど…!」


「ははは、そりゃあ、隊長からしてみるとアイツは王子様みたいな存在だもんな!」


 男勝りな性格の女は、半泣きのセレスを見てニヤニヤと笑う。


 戦乙女の隊長という立場になりながらも、一切異能王に靡かなかったお堅い女が、その辺にいるイケメンに惚れたのだから、よっぽど面白かったのだろう。


 普通なら異能王であるエスカにゾッコンするはずなのに、予想だにしない相手に惚れ込んでいるセレスを見ながら、ガーネは苦笑いを浮かべた。


「隊長〜?…まじ?」


「……いいですか?このことはくれぐれも内密に。言ったらどうなるか…わかりますね?」


『はーい』


 これ以上このネタで冷やかされると、今の地位が危うくなる。


 自身の国を戦乙女となることにより援助してもらっているセレスからして見ると、この戦乙女という関係は、勝手な判断で切れない関係。


 たとえ好きな人ができたとしても、エスカが見向きもしてくれなかったとしても、国を背負っているセレスはいっときの感情で今の地位を捨てることはできない。


 エスカに他の男に惚れていることを知られてはまずいセレスは、2人の戦乙女に釘を刺して、空を見上げた。


「雨、上がりましたね」


「そうだな!」


 夜に降り続いた雨は上がり、徐々に青い空が広がり始めていた。


 太陽を陰らせる雲は一切なく、空に響くのは、夏を知らせる蝉の鳴き声と、この場にいる軍人、総帥たちの賑やかな声。


 仲間を弔うように、暗い表情ばかりでなく、それをかき消すように無茶して笑う彼らの姿は、すこし哀しく、そしてどこか晴れているように見えた。



 ***



「やぁ、オクトーバーさん」


「悪羅…終わったのか?」


「ああ。全部、終わったよ」


 オーストラリア支部、エアーズロック。赤黒い大型の使徒、並びにおそらくティナの側近であろう人型の残骸を無視して進む。


 赤く染まった大地で空を見上げた悪羅は、気の抜けた表情でオクトーバーへと返事をした。


 おそらく、今の状況の悪羅ならば、総帥クラスであれば致命傷を与えられるほど、隙だらけに見えるだろう。


 事実、悪羅はもう、周りを警戒することも、異能を発動させることもやめていた。


 ただ、今はこの余韻に浸っていたい。

 全てを忘れて、この空を見上げていたい。


 オクトーバーの横に並んだ悪羅は、赤い大地に腰を下ろすと、その場に寝そべる。


「オクトーバーさん、アンタこれからどうすんだ?」


 オクトーバーはこの世界のピンチを救ったと言えど、その過程は到底理解されるものではなく、犯罪者であることになんら変わりはない。


 当然許されもしないだろうし、罪状も変わらない。


 全ての目標、大願であるあのお方、ティナ・ムーンフォールンを屠った今、彼にはもう、何も残ってはいなかった。


 悪を演じ続ける理由も、悪羅の横にいる理由も、何もかも。


 目標も何もかも失ったオクトーバーの先を案じて問いかけた悪羅は、小さなロケットペンダントを手にした彼を見て、瞳を閉じた。


「私は犯罪者だ。このままヒソヒソと誰の目にも止まらずに暮らすことはできるかもしれないが、性格上、それはあまり好まない」


「自首、するんだ」


 それがオクトーバーの導き出した答え。

 このまま犯罪者として、身を削りながら日陰を生きるよりも、自首をして、然るべき裁きを受ける。


「昔から決めていた。未来を知ったあの日から。全てが終わった後に私が何をするのかは、最初に決めたことなんだ」


「…そっか」


「お前はどうする?悪羅百鬼。お前も私となんら変わらない」


 悪羅もオクトーバーと同じく、大犯罪者だ。

 元異能王ではあるものの、大量に人を虐殺し、残虐非道な行動をしてきた罪は消えるわけじゃないし、今後もその罪は未来永劫付き纏う。


 いくらこの世界を救った立役者なのだとしても、犯罪者である以上は、裁かれるべきなのだ。


 鋭い眼差しで悪羅を睨むオクトーバー。

 きっと、根が善のオクトーバーは、悪羅がこのまま逃げて生活するなどと言いだせば、ここで殺し合いを始めることだろう。


 1度目を開き、オクトーバーの殺気を感じて目を閉じた悪羅は、鼻で笑い、両手を広げた。


「…次の王位継承者に殺されるよ。そっちの方が盛り上がるだろ?」


 7代目が悪羅へと未来を託したあの日から…いや、それ以前から、悪羅はあることを望んでいた。


「オクトーバーさん。俺はさ。あのお方を倒すのも大きな目標だったんだけど…それ以上に、死に場所が欲しかったんだ」


「ほう…?」


「ここまで来たんだ。最後まで悪者を演じきって、魔王みたいに、道化みたいに暴れまわって、勇者に殺されるよ」


「それがお前の望む結末なのか?」


「うん。答えは得た。だからもう、思い残すことは何1つないんだ」


 次の王位継承者の前で暴れまわって、相手の実力がどうであろうと、殺される。


 それは手を抜くことになるかもしれないし、もしかすると全力で相手をしても、圧倒されるような強者なのかもしれない。


 けどまぁ、どうだっていい。

 ただ、ここで幕を引くと決めた。決めていた。


 大願を達成した今、オクトーバーも悪羅も、求めるものは罰と死だけ。


「止めはしない。それがお前の望みなら」


「ありがとうね。オクトーバーさん」


「こちらこそ、だ。あとは…」


「アルデナくんかぁ…」


 悪羅とオクトーバーの方向性は決まった。

 あとは、犯罪に加担はしていないものの、協力者だったイタリア支部総帥、コイル・アルデナだ。


 彼は悪羅の熱烈なファン的な立ち位置で、悪羅が言ったことならば、総帥という立場のままでも犯罪を起こしかねないような奴だ。


 きっと、というか、ほぼ間違いなく、悪羅が殺される断罪イベントが発生すれば、悪羅側に寝返って次の王位継承者と戦うはずだ。


「その辺は追々、話し合わないとな…」

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