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そして日は登る

  後もう少し、あと一息で全てが変えれていたはずなのに、その揃いかけたパズルのピースが全て荒らされ、振り出しに戻されたような感覚になりながら、悪羅は唇を噛む。


 空中庭園から放たれたレーザーは、悪羅のセラフ化のオーラにぶつかると同時に霧散し、オーロラのような輝きを見せて消滅して行く。


 それは外野から見るには美しい光景なのかもしれないが、今この瞬間、悪羅百鬼からして見ると地獄のような瞬間だろう。


 混沌を倒すために作られたレーザーは、まず第1に、神を殺せるほどの火力を誇っている。


 まぁ、混沌が神にも匹敵する力を持っているため、必然的にそうなるのは目に見えている。


 そして当然のことだが、神と同格のレベルを手にしている悪羅でも、このレーザーはあまりにも強力で、相殺できるのがやっとのレベル。


 体力は笑いこけるくらいみるみるうちに削られて行くのがわかるし、気を抜くだけでレーザーが貫通して来そうだ。


「こんなところで…終われるわけねえだろ!」


 ようやく手の届くところまできた。

 数百年の時を経て、ようやく復讐が完遂する、その一歩手前だった。


 その一歩手前で、全てを水の泡になんて変えれるわけがない。


 無数の光を纏いながら叫び声を上げた悪羅を見て、星屑は肩を竦めた。


「…俺たちの負けだよ…今回も」


「何してるんだ?コイツらは」


 今回も負け。未来が確定したのか、そう発言した星屑へと帰ってきた声は、頼もしくも気の抜けたような、落ち着いた声だった。


 真っ黒な髪に真っ黒な瞳の男子高校生、黒咲律は、この状況に動じることもなく空を見上げた。


「あのレーザーを()()させる。イケメン、お前は俺がレーザーを崩壊させた隙に、射出口を破壊しろ」


「ふざけんな。なんでお前が楽な方選んでんだよ。お前が射出口崩壊しろ。さっきでかい口叩いてた割に大して役に立ってないんだから働け」


「空中庭園ごと崩壊させていいなら構わない」


「……わかったよ。俺がやる」


 ここにきても減らず口を叩く余裕がある仲の悪い2人。


 聞き覚えのある、いや、聞きたかった声を聞いたオリヴィアは、その声を聞くや否や、キラキラと目を輝かせ、目尻に涙をためて振り返った。


「悠馬…!」


「お待たせ。少し待っててね。オリヴィア。もう終わるから」


「悪い奴。お前の異能、邪魔だ。崩壊が阻害される」


「……へぇ…()()()()。結末を」


「今はそんなことどうでもいいだろ。お前は言われたことだけしてればいい」


 振り向くこともなく、ただ声だけで背後にいる人物を察した悪羅は、黒咲そっちのけで悠馬へと声をかけた。


 ここへ来るということは、この状況を見ても余裕があるということはつまり、そういうことだ。


 悪羅は防御に手一杯で、隙をついてレーザーを消す手段を持ち合わせていなかった。


 しかし黒咲は見たもの全てを崩壊させることが可能であって、悠馬もセカイを保有しているため、黒咲と同じ芸当が可能になる。


「わかったよ。ちゃんと相殺しろよ」


「崩壊」


 悪羅がオーラにほんの少しの隙間を開けると同時に覗いた光。それは一直線にセントラルタワーを撃ち抜こうとして、その直前に黒咲の異能によって崩壊させられた。


 黒咲の異能により、熱線は一時的に全て消滅し、空中庭園へと一直線上に道が開く。


「お前の番だぞ。イケメン」


「え?は?ちょっと待って!?ここから空中庭園にどうやって異能飛ばすわけ!?」


 ここに訪れてからわずか十数秒で、上空5000メートル付近に停滞している空中庭園のレーザー射出口をどうにかしろと言われたって、どうすればいいのかわからない。


 まだ何も異能を決めていなかったのか、慌てふためく悠馬は、全身に白銀の鳴神を纏わせて、右手に神器を生成する。


「とりあえず最大火力でぶち抜く…!壊れろ!」


 まだまだ余力でも残しているのか、次の熱線を放とうとしている空中庭園に向かって、悠馬は神器を投げた。


 身体強化系の異能に加え、鳴神で火力を上げ、付与系統の異能により、神器の速度も上昇させた。


 5000メートル上空への神器投げなんてやったことがないため、正直どうなるのかなんてわからないが、これでどうにかならなかった時は、もう一回黒咲に崩壊でもしてもらおう。


「ちなみに、俺の体力は残ってないから」


「オイ、俺ももうほとんど残ってねえよ」


 悠馬の期待を裏切るように体力のないアピールをしてきた黒咲に、悠馬自身も体力がないことを告げる。


 微妙な雰囲気が流れる2人とは裏腹に、上空で飛翔を続けていた悠馬の放った神器は、空中庭園のレーザー射出口へと到達すると同時に、大きな爆発音を立てた。


「これで…」


 レーザーはもう放たれないはずだ。

 そう言おうとして、真正面にいるはずの悪羅へと向き直った悠馬は、その場に誰もいないことを知り、再び空を見上げた。


「アイツ…!」



 ***



「小賢しい!」


「ぐっ…!」


「チッ、流石に2人じゃ厳しいな…」


 エスカは傷だらけのティナと相対しながら、小声で嘆く。


 いくらティナが体力を消耗し、片腕失い心臓部分に穴が空いていると言えど、相手は先代異能王であり、この場にいる全員を蹂躙するほどの実力を持っている。


 まだまだ2人では人数ならびに実力不足だと判断したエスカは、血は止まっていると言えど腕が欠損しているルクスを一度見て、ティナへと向き直る。


 せめてあと一人でも、戦力が増えてくれたなら。


「オーバーヒール…」


「!!セレスちゃん…」


 エスカの期待に応えるようにして、凛とした声が響いた。


 それは戦乙女の隊長である、エスカの右腕とも言えるセレスの声。


 かなり体力を消耗しているのか、窶れた表情で異能を発動させたセレスは、この島にいるティナと、そして敵以外の全てへと治癒を発動させた。


「はぁ…はぁ…エスカ…様…どうか…」


「ああ…無駄にはしないよ」


 治癒の範囲は、制限されている。

 セレスは体力を消耗することにより、腕の欠損や致命傷を再生させることが可能だが、それには絶大な体力が必要になるし、数百人を一度に治すなんて、ほぼ不可能だ。


 もし仮にそんなことができるとするならば、それは自らの命を削って異能を発動させた時くらいだ。


 欠損箇所が完璧に治るとまではいかないが、傷口が塞がり、徐々に目を覚ましていく冠位、総帥、各隊長たち。


 セレスの異能により、一気に目覚めた面倒な奴らに、ティナは歯軋りをしながら地団駄を踏んだ。


「次から次へとゴミどもが…!一体どれだけ妾の邪魔をすれば気が済むのだ!」


「あはは。そのゴミどもと戦って焦ってる6代目もゴミだよね」


「エスカ…ソナタはどうやら片腕を失うだけじゃ気が済まないらしいな」


「じゃあやってみろよ。無理だろうけど」


「殺す」


 この場にいる全ての人間が、体力的にも、精神的にも、身体的にも限界を超えていることはわかっている。


 だって夜から戦い始め、今はもう直ぐ日の登る時刻。


 前半で倒れていた人間もたくさんいると言えど、そいつらだって大量に血を流しているし、セレスの異能は血を増やすことはできないため、貧血状態で戦うようなものだ。


 かれこれ5時間以上も続いている戦いの決着は、直ぐにつくことだろう。


 ティナの冷静さを失わせるために、わざと冷やかしやおちょくりを繰り返すエスカは、その挑発に乗ってくれた彼女に心の中で感謝する。


「チャン。最後だ」


「ああ。わかっている。ヴェント!ルクス!」


「人使いの荒い黒人と中国人だこと…!クソババア!俺の腕返せやカス!」


「勘弁してくれよ…ボク、腹の穴が治ってないし、腕だって片方ない状態なんだからさ…」


 ルーカスがセラフ化を使い、天高くへと飛翔する。


 そんな光景を見ながら、鳴神を纏い、失った片足の代わりに神器を杖代わりに走り始めたチャンに続いて、風を纏いながらヴェントが加速する。


 ルクスは元気な彼らを見送りながら、横に落ちていたボロボロのデバイスへと視線を落とし、そして器用に足で拾い上げる。


「悪いね…もう腕が上がらないし握れないんだ。…だけど、足でもやれることはある」


 天高くへと飛翔しているルーカスが白銀の翼を広げるのと同時に、ルクスは地面で跳ねたデバイスを、ティナの顔面めがけて蹴飛ばす。


「貫け。極夜」


「纏え。白夜!」


「そんな異能、妾の前では…」


「死ねや!烈風斬」


「舞え、雷切…!」


「煩わしい…!」


 怒涛の畳み掛けのような、冠位たちの総攻撃。

 ルクスとルーカスの極夜白夜を受け止めようと体を動かしたティナだったが、流石に4人からの同時攻撃を受け止めるほどの力は残っていなかったのか、罵りながら回避を始める。


 しかしティナが回避をする直前、周囲は炎の腕のようなものに包まれて、身動きが取れなくなった。


「っ!炎帝、キサマ…!」


「逃げるなんて言うなよ。異能王。冠位の全てを食らっていけ」


「ついでにハッピーセットだよ、ティナおばあちゃん!スーパーノヴァ」


 冠位に続き、野次馬のようにして最大火力の異能を放ったエスカは、轟音というよりも、もはや爆撃に近いその攻撃を見つめ、縦揺れが治ったことに気づく。


「…やったね。悪羅くん」


「ふ…ははは…妾は…ソナタらを凌駕する存在…!」


「っ!」


「やっぱり生きてるか…」


 1度目でもほとんどダメージを食らっていなかったため、彼女が死ぬなどということは、微塵も考えていなかった。


 こんな状況に陥っても、まだまだ笑う余裕すらあるティナに気圧される冠位たちに対して、エスカは勝利を確信したように両手を広げた。


「終わりだよ!結界、ゼウス!」


「!?」


「地上は悪羅くんがなんとかしてくれた。…ならば空は、俺が刺し違えてでも殺す」


「こんな…ところで…」


 ケラウノスを片手に走り始めたエスカを見て、彼が本気で、刺し違える覚悟で迫ってきていることを悟る。


 再生すらままならない、体力が限界を迎えているティナは、自身の敗北が目の前にある事を知り、狂ったように目を見開いた。


 人は敗北を目前にした時、覚醒するか、絶望するかの二択になる。


 前者は新たなる境地へと自身を誘い、後者は甘んじて敗北を受け入れ、無価値な人間に成り下がる。


 ティナは前者だった。

 漆黒のオーラを身に纏い、紫色のプラズマのようなものに纏われたティナは、怪我を負った箇所を闇で覆い、ツギハギのようにして体を繋げる。


「はは…ははは…感謝するぞ。ソナタらのおかげで、妾はまた一歩理想へと近づいた」


「焼き尽くせ。ケラウノス!」


「相殺だ」


 黒い爪でケラウノスを弾いたティナは、自身が新たな力を手に入れた事、そして物語能力を集めずとも、自身のレベルが上がり、また一歩人類の滅亡へと近づいたことに歓喜する。


「俺のいない間に、随分とハッスルしちゃったね」


「悪羅ァ!」


 全員が満身創痍の状態、それは悪羅も例外ではなく、異能島を包み込むほどの規模でセラフ化を使用していた彼は、先ほどまでの余裕はどこに行ったのかと聴きたくなるほど余裕のない表情で聖剣を拾い上げる。


「遊びは終わりだ。今からお前を殺す」


「は、ははは…今の満身創痍のソナタで、レベルの上がった妾を殺すだと?笑わせ…」


 ティナが言葉を言い切る前に、銀色の刀身が雨の中彼女の右目へと突き刺さる。


「ぐぅぅぁぁああっ!」


 右目から右脚までは突き刺さっているだろうと思えるほど、鍔の近くまでティナの目にめり込んだクラミツハの神器を手放した悠馬は、真っ黒な髪を雨に濡らしながらルクスを見た。


「ルクス…ソフィ。よく頑張ったな」


 神器を手放し、まだ意識のないソフィアへと駆け寄る。


 周囲を見渡した悠馬は、体力を消耗しきって、欠乏症に陥っているセレスや、腹部に致命傷を食らったまま再生できていないルクスへと異能を放った。


 ルクスの傷口は徐々に塞がり始め、セレスの窶れた表情は徐々に戻っていき、ソフィアも眠っているような安らかな表情へと変わっていく。


「悠馬…さま?」


 セレスは楽になった体を起こして、聞き覚えのある声を聞いて顔を上げた。


「こんばんは。セレスさん。もうすこしで終わるから」


「キサマ…!どこのどいつだ!妾の目をよくも…!」


「お前に名乗る名前なんてねえよ。…悪羅。後はお前がカタをつけろよ」


「…ああ」


 これまでの悠馬では想像もできなかった発言。

 悪羅へと最後の攻撃を譲った悠馬は、ソフィアにつきっきりで、爛れた皮膚を再生させ、そして体力を送り込む。


 そんな悠馬を横目に、聖剣を手に歩き始めた悪羅は、最後の一騎打ちへと身を乗り出した。


「…夕夏。力を貸してくれ。結界…天照大神…セラフ化。椿…」


 夕夏の保有していた結界、セラフ化。その2つを発動させた悪羅は、髪の色をピンク色に染めながら、白と黒に輝き始める聖剣へと目を落とした。


 いつの間にか、悪羅の横には、あるはずのない影が立っているように見えた。


 それは影というにはあまりにも白く、光というには、あまりにも薄すぎる存在。


 悠馬はその影の姿を、悟っていた。


 それはこの世界には存在していない、悪羅と共に時を過ごした、美哉坂夕夏の概念。


 長い髪を靡かせながら歩く光を見送る悠馬は、悪羅が右手に握る聖剣を、光る影の左手も掴んでいることに気づく。


「行くよ。夕夏」


 一瞬にして加速した悪羅は、光る影と同時にティナの懐へと入り、白と黒の閃光を纏いながら彼女の腹部を貫いた。


「シャドウ・レイ」


 極夜と白夜の複合技、シャドウ・レイ。

 本来交わるはずのない2つの異能を同一人物が放つことにより、理論上不可能だとされる闇と光の融合が可能となる。


 一撃必殺。


 極夜の呪いと、白夜の浄化。2つの効果を受けたティナは、声を発することもなく一瞬にして灰になり、そこに残されたのは、たった1人悪羅の姿だった。


 彼の横に立っていた影は、最後に悪羅へと向かって手を振ると、徐々に薄れ、消えて行く。


「終わったよ…全部…終わったんだよ…」


 それは悪羅百鬼の旅路の果て。

 ちょうど登り始めた太陽が水平線から顔を覗かせる中、悪羅は涙を零した。

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