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世界を結ぶ力

「ゲヘナフレイム」


 右手の人差し指を差し出した悪羅は、勘違いをしているティナへと紫色に輝く炎を放つ。


 それは炎と呼ぶにはあまりに明るく、そして不気味な紫色の炎。


 自分の身体が悪羅の攻撃によって朽ちることはないと決めつけているティナは、再生中の身体を動かすこともなく、彼の攻撃をそのままの体勢で受けようとする。


 まぁ、痛みは感じるといえど、再生するのならばダメージを負ったところで何ら問題はないだろう。


 無理に再生中の身体を動かすよりも、そのままの状態で紫の炎、ゲヘナフレイムを受けたティナは、右腕に紫の炎が燃え移った光景を眺めながら息を吹きかけた。


「半端な炎だな。熱くもない」


「あはは…だろ?でもお前みたいな奴には大きなダメージだ」


「?」


 痛みも感じないし、熱くもない。なにもダメージなんて負っていないはずなのに大ダメージだと言われたティナは、不思議そうに首を傾げた後に右腕を見て驚愕した。


 紫色の炎は息を吹きかければ消えたと言うのに、腕の炭化は続いていた。


 慌てて自身の腕を切り落としたティナは、ボタボタと流れる血液と、一向に治る気配のない腕を見て悪羅を睨みつけた。


「なにをした!」


「なにって…不死にはこうするしかないっしょ。逆に聞くけど、アンタ不死と戦う時、普通の異能で戦うわけ?」


「っ…!キサマ!」


 ティナへの復讐をするためにこの場にいる悪羅が、不死者への対策を怠るはずがない。


 再生しない自身の右腕に焦りを感じたのか、不完全な再生で立ち上がったティナは慢心することをやめ、距離を置く。


「そんなに怖がらないでくれよ…こっちはお前を虐めるためだけに、数百年間もいろんなネタを考えてきてんだよ」


「…ソナタ、やり直しているのか」


 ニコニコと笑う悪羅を見て、ティナはある結論へとたどり着いた。


 先程から悪羅の行動理念、怒りがなぜこちらに向いているのかまったくもって理解不能だった。


 しかし今の数百年と言う単語、そして不死者への対策をしていることから察するに、ずっと前からこうなることを知っていたと言うことだ。


 6代目異能王として、初代異能王の文献へと目を通しているティナは、彼が時間遡行者であると判断し、眉間へとシワを寄せる。


「だが、わからないな…」


 悪羅は8代目異能王だが、神々に祝福されているわけではない。


 時間遡行には時空神との契約が必要であるために、結界の使用が不可欠なのだ。だと言うのに悪羅は、おそらくだが契約できない。


 ティナの見解では、自分自身が神々の祝福から外れているため、悪羅も同じく、神々の祝福から外れている、結界が使えない。


 そんなティナの疑問を見透かしたようにニンマリと笑う悪羅は、黒の聖剣を投げ捨て、白銀の装飾が施された槍を手にする。


「っ!?」


「結界…オーディン」


「なぜ…使える」


 悪に染まれば、犯罪者になればもう2度と使えないはずの結界。

 契約は一方的に破棄され、再契約は不可能だとされる結界を使用した〝悪〟である悪羅は、徐々にオーラを強めていく。


「残念だったねぇ…俺がお前の思い通りの存在なわけねえじゃん」


「アレは…」


 アリスは遠目から見て、悪羅のオーラでなにが起こっているのかを悟った。


 それは現在の総帥だからこそ知り得る、ある情報だ。数年前の世界会合で話された、極秘の。


 数年前の世界会合で話し合われたその内容は、神々の数が明らかに少ないと言う話だ。


 神器はあると言うのに、誰かと契約をしているのか、結界の契約ができない。

 契約していないはずの神器が、契約できない状態になっている。


 そんな事件が、全世界で約二千件近く起こった。


 その事件の答えが、今目の前に立っている。


「俺はお前と一緒じゃない。だから俺は、結界を二千近く使えるんだよ」


「そんな人間が…」


「人間じゃないよ。俺は。死なないし老けないしどれだけの神と契約したって使徒になることはない。これが()()から受け取った()()だ」


 死に際に夕夏が託した、最後の異能。

 それはあまりに無慈悲で、死にたくても死なない、自我を失いたくても失えない、呪いに近いものだった。


「……なにが欲しい?」


「は?」


「なにを求める。ソナタが望むなら、全てをくれてやろう」


 数千の結界を保持し、レベルが99の人になんて勝てるわけがない。


 いよいよ勝ち目がなくなったティナは、悪羅へと手を差し伸べ、今更手遅れな味方だよアピールを始める。


「おい、おいおいおい…勘弁してくれよ…俺はお前の苦しむ姿が見たいんだよ。それ以外の表情なんて見たくもねえ。俺から奪ったモン全部、奪わせろ」


「っ…!」


 ティナの誘いに乗る気配のなかった悪羅は、オーディンの神器、グングニルを手放し、ティナに向かって蹴飛ばす。


 グングニルによって右手に続いて左手まで抉られたティナは、歯を食いしばりながら悪羅を睨みつけた。


「そうそう…!そんな顔だよ!」


 焦り、恐怖、不安、怒り。さまざまな感情を表情に出すティナを見て、悪羅は嬉しそうに黒の聖剣を持ち上げた。


「俺の異能はまだまだあるんだ。最後まで楽しんでくれよ?」


 黒の聖剣を軸として、4つの聖剣が悪羅の右手の周りへと浮かぶ。


 それは5つの聖剣。

 この世界に存在すると言われ、蒼の聖剣、黒の聖剣以外の所在が不明だと言われている、ワールドアイテムにカテゴライズされる神器だった。


 オリヴィアが持っているはずの蒼の聖剣、ルクスの黒の聖剣、そして花蓮の寮にあるはずの翠の聖剣。それに加えて残り2本の神器を突如集結させた悪羅は、悪意に満ちた笑みを浮かべ、5本の聖剣を1つへと重ねた。


「…5つの聖剣…」


 これまで一度も揃ったことのない5つの聖剣が同じ空間に出揃ったとき。

 無数の輝きに包まれる聖剣をみたエスカは、ただなんとなく、聖剣の説明を聞いた時の疑問を思い出していた。


 蒼の聖剣、黒の聖剣。聖剣には5種類あるとされているが、その全てが色に応じた異能で所有者を決める。


 つまりは、翠ならば風、蒼ならば氷というように、使える人物は決まっているわけだ。

 だというのに、聖剣はその色に応じた異能を使えずとも、ごく稀に触れることを許す時がある。


 その理由が、ようやくわかった気がする。


 輝き始めた5本の聖剣は、徐々に形を変え、そして1本の聖剣へと集約されていく。


 これが答えだったんだ。

 聖剣は、5つ集まることでようやく本来の性能、そして使用者が決まる。


 色が合っていないのに聖剣に触れることができる人間はおそらく、5本の剣を集約させた際に、この聖剣を使うことができる人間なのだろう。


 薄い青色に輝く聖剣を目にしたエスカは、自身が抱いていた疑問の答えを知り、そしてその答え(レベル)に至っている悪羅を見て、肩を落として見せた。


「ここまでくると、俺がハリボテの王様みたいでなんか嫌だな…」


 悪羅>ティナ>エスカの構図。

 蚊帳の外状態で、同じ異能王だというのに放置されているエスカは、自嘲気味に笑ってみせる。


「5本の聖剣を…集約だと?」


「そ。これは元々、混沌を葬るために神々が作り出した聖剣。…でもまぁ、お前も混沌と同じ物語能力者だし、これで刺せばタダじゃ済まないよな?」


 聖剣は魔王を倒すためにある。

 そして魔王というのは、初代異能王の文献にも出てくる、混沌のことだ。


 しかしながら、混沌もティナも、同じ物語能力を所有し、人類の進化の可能性を閉ざすために存在している2つの存在は、神から見ても、人間から見ても悪でしかない。


 つまり現在で言うなら、魔王は混沌とティナという判定になる。


 聖剣を片手に持ち、無造作に歩き始めた悪羅は、一歩後ずさったティナを見て走り始めた。


「逃げんじゃねえよ。お前も異能王ならここで踏ん張れよ」


「っ…!」


 グングニルで貫かれた腕を再生させながら、ティナは歯をくいしばる。


 揃っていたピースが、計画が全て崩れ落ちていく。


「悪羅ァァァア!」


 全てが順調に進んでいたはずなのに、全てが悪羅の掌の上だと悟ったティナは、彼に向かって吠えた。



 ***



「俺の異能…!俺のセカイだ!テメェみたいなぽっと出のガキに奪われてたまるかよ!」


「…俺からしてみると、アンタの方がぽっと出なんだよ。…それに、セカイは混沌、お前を選ばなかった。お前はもう負けたんだよ」


 紫色のオーラのようなものを放出する混沌に動じることもなく、悠馬は無表情でそう告げる。


 混沌はこの世界において、もっとも多くの物語能力を保有しながらも、セカイへたどり着くことはできなかった。


 その点だけを鑑みると、物語能力を保有すらしていない悠馬に先を越されるというのは、選ばれなかった敗北者だと言われても反論の余地がない。


 反論できずに歯軋りをする混沌を見て、初代は笑って見せた。


「ははっ、言うね」


「ちゃんと見届けてくれよ。初代様。アンタの旅の終わりだ」


 悠馬は初代異能王、Aと出会ってから、ここに来てようやく彼の役目を悟った。


 彼がこの世界に残っていた理由は、次代に混沌を打倒する存在を生まれさせるために、ここでその次代を担う存在を待っていたのだ。


 混沌に敗北した初代の最後の役目は、彼を打倒する存在を作り出すこと。

 それでようやく、彼は300年にも及ぶ長い旅路を終えることができる。


 そしてこれが、彼の旅路の終着点だ。

 光り輝く身体は、間違いなく悠馬がセカイを手にし、初代が役目を終えたことを告げている。


 見届けてくれと言われた初代異能王は、無言のまま笑顔を浮かべると、悠馬の横へと並んだ。


「最後の最後で観戦する側っていうのは嫌なんだ。だから足手纏いなのだとしても、横で戦うよ」


「そっか」


「そして、ありがとう。これでようやく、俺は安心して眠れるよ」


「まだ早いだろ…勝てるとは決まってねえぞ」


 もうお別れ会のような雰囲気を醸し出している初代に、ツッコミを入れる。


 勝つ前提で話を進めている初代を見ていると、なんだかこっちの気まで抜けて来て、その瞬間に混沌に負けてしまいそうだ。


「お前らゴチャゴチャごちゃごちゃ…!俺の前で勝手に喋ってんじゃねえよ!」


「来い。クラミツハ」


 迫り来る混沌と、右手を伸ばした悠馬。

 悠馬が手を伸ばした先に現れたクラミツハの神器は、黒いオーラを漂わせ、握られると同時に黒いオーラを悠馬の中へと収束させた。


「終わりそうだな。お前ら神々の旅も」


「そうね。混沌を倒せば、もう終わりも同然。これでようやく、私たち神々は解放されるってワケ」


 混沌を倒せば、あとは邪神などという存在を打ち倒し、それでおしまい。


 初代異能王の時代から続く長い戦いは、2つ同時に終わりを迎えるということだ。


 初代vs混沌、邪神vs神々。300年の戦いに、ようやく幕を降ろす時がきた。


 この戦いが終わったら、クラミツハもシヴァも、神界へと帰るのだろうか?

 3年以上の年月を共に過ごしてきた悠馬は、少し名残惜しい気持ちを感じながらも、混沌へと刀を振り下ろす。


「雷切極夜」


 これが終われば、世界は救われるのだろうか?

 夕夏は、みんなは守れたのだろうか?


「きっと大丈夫よ。貴方はあんな風(悪羅)にはなれない。私が保証する」


「ありがとう」


 さまざまな感情が溢れ出す。

 四年前、悪羅への復讐を誓い、復讐するための力を手にすることに明け暮れた。

 それからすぐにクラミツハと出会って、連太郎に殺されかけて、仲良くなって…師匠に出会って、勧められた異能島に入学しようと決めた。


 それで入学を決めてから、花蓮と付き合って、夕夏と出会って、いろんな人と出会って。悠馬は成長した。


 結局復讐なんて悠馬以外誰も求めていなくて、父さんの本当の願いは、悠馬にただ幸せに生きて欲しかっただけ。


 悪羅は最悪な結末から時間遡行をしてきた自分だったことが判明したし、正直まだ気持ちの整理もつかない。


 ただ…今するべきことはわかっている。


 目の前に立ちふさがる混沌を倒して、悠馬は次の物語へと進む。


 前へと進む決意、全てを背負う覚悟ができてようやく手にすることができたセカイは、悠馬の気持ちに答えるように、眩い輝きを発生させながら悠馬へと集まっていく。


「クソ…レベル上がりやがった…」


「…」


 暁悠馬。推定レベル99。混沌をはるかに凌駕するレベル(こたえ)へとたどり着いた悠馬は、初代異能王、Aに見守られながら異能を発動させた。


「終わりにしよう。今、ここで」

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