表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
333/474

エピローグ Ⅱ

「…貴女たちは…なにが目的なんですか」


 亜麻色の髪を風に揺らし、夕夏は漆黒の軍衣に身を包むルクスに、震える手を隠しながら問いかける。


 震えは、怯える姿だけは絶対に見せてはダメだ。

 なぜなら怯えは自然と周りに伝播していくものだし、指令役でもある夕夏が怯えているのは、味方の士気にも関わる。


 加えて言うなら、相手を威嚇するという面でも、怯えている姿だけは見せられない。


 いつも通り、いや、いつにも増して凛とした表情で口を開いた夕夏は、口元を歪めるルクスを見て、一歩後ずさった。


「キミは今…ボクに質問できる立場だと思っているのかい?」


 夕夏とルクスの現在の立ち位置。

 それは夕夏は質問をできるような立場ではなく、ルクスに命乞いをする立場だということだ。


 どう足掻いたってルクスと戦えば死人は出るし、彼女がその気になれば、この島の大半の学生は容易く殺せる。


 だから夕夏は最初から、質問できるような立場じゃないのだ。


 そのことをアピールされた夕夏は、下唇をギュッと噛み、悔しさを滲ませる。


「でもまぁ、ボクだって、悪魔じゃない。ボクらの目的は、美哉坂夕夏。キミの確保だ」


 一言目とは反対に、この場へと訪れた理由を口にしたルクス。


 彼女はギョッとした表情で顔を上げた夕夏と、そして夕夏へと鋭い視線を向ける学生たちを見ながら、黒の聖剣を地面へと突き刺した。


「どう…して?」


 どうしてロシア支部に狙われているのか、なぜアメリカ支部に狙われているのかなんて、理由が全くわからない。


 理解が及んでいない夕夏は、この悲劇を齎した原因が自分だと知り、そして周りの生徒たちからの、お前のせいだという視線を向けられ、心音を加速させる。


 だって夕夏は、お世辞にも実力があるなんて言えないし、特別な異能があるとするなら、それは物語能力くらい。


 でも、それを使っても正直覇王や悠馬に勝てるかと聞かれるとわからないし、そんな不確かな異能を手に入れるために、大国が兵を動員するだろうか?


 自身のことを過小評価している夕夏は、額に石をぶつけられ、思考を中断し意識を外へと向けた。


「アンタのせいってことよね…?夕夏!アンタがいるから、この島は狙われたんでしょ!?おかしいと思ったのよ」


「さ、桜ちゃん…」


 夕夏へと真っ先に心無い言葉を放った人物。それは美月のことを虐めていた、桜だった。


 悠馬が闇堕ちしていないということはつまり、入試の日に美月とは遭遇していないわけで、そうなると必然的に入学しているのは彼女だということになる。


 夕夏を睨み付け、そして毒づくように心無い言葉を吐き出す桜は、全てを夕夏のせいにする。


「そもそも、なんで暁くんよりも判断能力のないアンタが指令役なわけ?まさか知ってて、自分だけ安全なところに隠れたとか言わないわよね?」


「言われてみれば…」


「たしかに…」


 人間、危機に陥れば、それを他人のせいにして自己を正当化しようとする。今がまさにその状況だ。


 桜は自分が助かるために、悠馬の判断ミス、そしてロシア支部とアメリカ支部へと溜まったヘイトを、全て夕夏になすり付ける。


 特に、他人を蹴落として上へ上がる桜と、他人と馴れ合いながら前へ進む夕夏とでは、性格が合わない。


 もともと相性が悪いということもあってか、桜の夕夏に対する言葉は、トゲのあるものだった。


 次第に、追い詰められた学生たちは思考能力を失い桜の言葉に流され始める。


 実は夕夏が全てを知っていて、異能島の学生たちを巻き添いにする諸悪の根源なのでは?と。


 学生たちの疑惑の視線は、夕夏へと向かった。


「可哀想だね。同情するよ。さっきの少年や、キミが守ろうとしていた人間たちは、こんなにも惨めで救う価値のない、ゴミ同然の存在だったというのに」


 ルクスは無表情のままそう告げた。


 事実、ルクスから見たらそう映っているのだろう。こんな奴らのために…自分たちがピンチになったら全てを他人になすり付けるような奴らのために戦うほど哀れなヒーローはいない。


「愚かだよ…本当に」


 これが学生の馴れ合いというやつなのかもしれないが、ルクスには理解できなかった。


 見ているこっちの気分が悪くなるような光景だし、第一に、こんな茶番を見に来たわけじゃない。


「アンタが…死ねば良かったのよ」


「そうだ…美哉坂、お前のせいだろ…全部責任取れよ」


「お、俺らもう抵抗しませんから!助けてください!」


 夕夏を売れば自分たちは助かる。

 そう判断したのか、ルクスへと媚を売り、そして夕夏に対して暴言を吐き出す彼らは、もう同じ学び舎で、同じ島で切磋琢磨した仲間という存在ではなかった。


 夕夏は唇を噛み、歪む視界に大粒の涙を溜め、顔を手で覆った。


「キミたち…何か勘違いしていないかい?」


「へ…?」


 男子生徒の情けない声と同時に、ルクスの手は一瞬だけ動いたように見えた。しかし男子生徒は目をパチパチと動かしているし、外傷があるわけではない。


 ルクスが何をしたのかわからない、動いたように見えたのは気のせいだと誰もが思った瞬間、男子生徒は首から下と頭が分断されたようにずり落ちた。


「いやぁぁぁあ!」


「生かす価値もない人間は、ここでサヨナラだよ。ボクは正直、キミらのことなんて眼中になかったけど。見てて気分が悪いからね。」


 いくら敵国の人間といえど、味方を醜く蹴落とし、命乞いをする人間を見て気分は良くならない。


 むしろ気持ちが悪いし、その一面は人間の醜い一面が詰まったようにしか感じない。


 無表情のまま黒の聖剣を引き抜いたルクスは、立ち尽くす夕夏引き寄せ、聖剣を横薙ぎにした。


「極夜」


 いくつもの夜を閉じ込めたようなルクスの闇が、世界を覆った。


「…ぁ…あ…」


 不思議と、憎しみは湧いてこなかった。

 それは彼らが死に際に夕夏のことを見捨てようとしたからなのか、それとも自分自身の心のどこかで、彼らに対して心を許していなかったからなのかは定かではない。


 ただ、自分以外の生徒たちが無様に一刀両断されている姿を見て、夕夏はどうしようもない消失感と、絶望感を抱いてしまった。


 積み上げてきた何もかもが音を立てて崩れ去ったような、心にぽっかりと大きな穴が開いてしまったような、消失感。


 自分が何をすべきだったのか、どうすることが正解だったのかなんてもうわからない。


「美哉坂夕夏」


「は、はい…」


 夕夏は身体をガクガクと震わせながら、声をかけてきたルクスへと返事をする。


「力を貸してくれないかい?この世界には、キミの力が必要なんだ」


「え…?」


 ルクスは死人のような真っ白な手を伸ばし、夕夏を誘う。


「そんな…そんなことのために…」


「そんなことじゃないんだよ。キミはキミ自身の異能を知ってるかい?」


「物語…能力…」


「そう、物語能力は、自分の思い描いた通りの世界を作り出せる異能。つまりキミがボクに協力し、勝利さえすればこの異能島で死んだ人間くらい、容易く生き返らせることができる」


「そんなわけ…ないじゃないですか!私の異能は!そんなに優れてない!」


「信じるも信じないもキミ次第だけど…時間だよ…どうやらバレてしまったようだ」


 怒る夕夏を横目に、ルクスは黒の聖剣を構えて上空から落ちてくる影を睨んだ。


「…ルクス。妾は日本支部に侵攻しろなどと口にした記憶はないが」


「いや、ごめんね。本当に。気を利かせたつもりだったんだけど…違ったかな?」


 夕夏の前に降り立った、白水色の髪をした女性。

 夕夏は彼女を見た瞬間、全身を熱く燃えたぎらせながら、あることを直感した。


「…全ての…元凶…」


 それは物語能力者としての直感。


「ほう…ソナタが…」



 ***



 彼女は普通でありたかった。普通に学生生活を楽しんで、好きな人に恋して、友達と遊んで…そんな生活が欲しかった。


 どこで間違ったんだろう?どうして気づかなかったんだろう?そんな後悔が胸から溢れ、涙が溢れる。


 違う。そうじゃない。

 自分にそう言い聞かせるように涙を拭いた夕夏は、大好きな彼を思い出す。


 これが終わればきっと、普通の生活が待っている。そしたらきっと、好きな人に告白して、彼と幸せに暮らすんだ。


 それが彼女の望み。

 切り刻まれたクラスメイト。横に並ぶ漆黒と呼ばれた少女。


 夕夏はそれらを見渡しながら、ただ冷ややかにティナを睨みつけた。


「美哉坂夕夏…キミと彼女とじゃ、格が違う」


「問題ないよ。貴女は黙ってて」


「…!?」


 数度言葉を交わしただけでも、彼女がそんな言葉を発言する人間じゃないということはわかった。


 驚いた表情で夕夏を確認したルクスは、彼女がピンク色の髪、桜色の瞳になっていることを知り、冷や汗を流した。


「まさか…」


 今この瞬間、未熟だった彼女はティナと同じ高み、領域にまで上り詰めたというのか?


 ルクスは漆黒の瞳で夕夏を見据える。

 彼女の隠された潜在能力、ポテンシャルはいまだに限界を迎えていない。この局面に来て尚、彼女は成長している。


「さすがは妾と同じ異能を分かつ者…ソナタは何を望む?なんのために戦う?」


「貴女には関係ない」


 夕夏は大好きな人のために戦う。ティナを倒して、この島の全員を生き返らせる。


 異能が覚醒した夕夏は、真の物語能力者として、自身の力に気づいた。


 ルクスの言った通り、人を生き返らせることだって、きっとできるはずだ。今の夕夏には、それだけの異能、レベルが備わっている。


「そうか、ならば死ね」


()()()()()()()()()()()()()()()()


「ならば物理で行こうじゃないか」


 レーザーのような異能を放ったティナは、夕夏の物語能力により制限をされ、物理的な攻撃へと移行する。


 地面に落ちていたデバイスを手に取り、なんの異能も纏わせずに夕夏へと向かったティナは、その剣を漆黒の少女に防がれる。


「ソナタ…どういうつもりだ?ロシア支部はどうなってもいいのか?」


「約束を守る気もないクセに…よく言うよ」


「ふっ…バレていたのか」


 ティナはロシア支部への攻撃をやめたわけではなく、1番最後にロシア支部を標的にしただけのことだ。


 そのことに気づいていたルクスは、夕夏がティナと同じ領域に至ったこの状況で、寝返ることを決意した。


 人類全てを滅ぼしたいティナとは反対に、ロシア支部以外はどうなってもいいが、ロシア支部だけは守りたいルクス。そこにどちらでもない夕夏が入ってくれば、当然ルクスは、ロシア支部を確実に守れる方に寝返る。


「極夜」


()()()()()()()()()()()


「鬱陶しい異能だね…」


「異能ではない。妾のこの力は神の力だ」


「どうでもいいよそんなこと」


 ルクスの剣戟を相殺しながら、ティナは笑う。

 純粋な剣技だけならば、ティナとルクスはほぼ互角でどちらが勝利してもなんらおかしくない状況だ。


 剣を交え、そして睨み合う2人は、一度距離を取ってから、剣へと異能を纏わせた。


「美哉坂クン」


「…わかってますよ」


 ルクスのことは好きにはなれないが、彼女の真の目的がわかり、そして本当の敵が誰なのかが判明し、夕夏は協力すべきはルクスだと判断する。


 現状、三つ巴で戦えば勝率が高いのはティナだろうし、ルクスと夕夏は、この世界の特定の人を守る、救うと言う点で一致している。


 言わなくてもわかるからそれ以上言うなと言いたげな夕夏は、ルクスが異能を放つと同時に援護の体制に入った。


()()()()()()()()()()()()()()


「極夜」


「ほう…」


 ルクスの放った極夜がティナを包み込み、オレンジ色に染まる異能島は一瞬にして夜の色に染まる。


 それは無限のような静寂と、安寧の時間をこの島の住人にもたらし、死を連想させた。


 徐々に黒が薄くなり、異能島は元のオレンジ色に戻っていく。


 夕夏は見えるようになった視界の中で、想定外の事態に気づき大きく目を見開いた。


「…なんで…」


「妾とソナタは同じ能力。ならば使い方次第では、死の淵から蘇ることだって、ソナタの異能を相殺することだって可能に決まっているだろう」


 胸部分に大きく穴を開けたまま歩いているティナ。そしてその真正面には、血だらけになったルクスが倒れていた。


「物語っ!ニブルヘイム!」


「鬱陶しい…ニブルヘイム」


 異能はレベルが同じもの同士だと互角。つまり決着をつけるのは経験と思いの差で、あとは純粋に、他の要素次第。


 夕夏はルクスが呆気なく負けたことに恐怖を感じながらも、ニブルヘイムを放った。


 島を一面凍りつかせてしまう規模のニブルヘイムが激突し合い、そして夕夏とティナの中心地点で相殺される。


 自身の方が経験が上だと見下していたが、夕夏は予想以上の力を持っている。

 自分が圧倒できると思っていただけに不服そうな表情のティナは、なにかの異能を使い、歪んだ笑みを浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ