強力な助っ人たち
「えらい久しぶりやな…かれこれ1年ぶりか?宗介はん」
組長の言葉が向けられた先。
黒髪に病的なほど白い肌を持つ人物、美哉坂朱理の父親であり、そして夕夏の父親である総一郎の弟でもある美哉坂宗介は、組長の言葉に反応して顔を上げる。
「…できればその顔を見せないでくれるか。いくら君が自分の組を守るためとはいえ、私は君たちに人生を狂わされたんだ」
頭の中では、わかっているつもりだ。
自分を守るために他人を陥れる必要があるときは、いくらだってある。
保身に走るためには、何かを犠牲にしなければならない。
ただ、それでも、頭でわかっていても理解したくないことは世の中たくさんある。
組長の顔を見て過去のことを思い出した宗介は、不服そうに地面を叩いた。
「そうも言ってられへんやろ。宗介はん。下で何が起こっとるのか、アンタの実力でわからんはずないやろ」
「……」
下では間違い無く、この世界を揺るがしかねない事態が起こっている。
宗介は実力もあるし、総帥候補に選ばれるほどの実績を持っていたのだから、下の出来事に気づいていないということはまずあり得ないだろう。
組長の質問に対して無言になった宗介は、指をコツンと叩き、彼の後ろに立っている茶髪の少年を発見する。
「君は…暁悠馬くん」
「どうも…」
「娘は…朱理は元気にしているかい?」
「はい。クラスでも人気者ですよ」
こんな状況で、悠馬がなぜここにいるのかという質問よりも先に娘の質問が出てくるあたり、彼が今、どういう精神状態で、朱理のことをどう思っているのかは容易に理解できた。
彼も狂人である前に、ひとりの父親だったということだ。
朱理がクラスでも人気者と聞いて前のめりを戻した宗介は、組長に見せたような落ち着いた表情で悠馬を見た。
「…話を戻すが…君は一体、何をしている?」
「えっと、混沌退治です」
「せや。僕らは鬼退治に行くんや」
「……組長さん、僕は貴方が、もう少しまともな人格者だと思っていたんだが…読み間違えたか?」
ひと狩り行こうぜ!的なノリの組長を見て、宗介はこんな奴らに嵌められたのか…と落胆を隠せない様子だ。
まさか混沌を退治しに行こうなどというぶっ飛んだ発言をされると思っていなかった宗介は、肩をすくめながら首を振った。
「2人で?勝てると思っているのかい?」
「下には黒髪の少年も行っとるやろ?それで3人や」
「3人でも厳しいと思うが?」
「何が言いたいんや?」
否定的な宗介に対し、比較的脳筋タイプの組長は諭されるのが嫌なのか、額に青筋を浮かべながら鉄格子を蹴る。
そんな組長を見た宗介は、硬い表情を解いてから立ち上がった。
「私も行く。下にいるのは、本物だ。勝つにしろ、時間を稼ぐにしろ、戦力は必要だろう」
「宗介はん、アンタ流石やわ。状況をわかっとる」
「貴方に協力するわけじゃない。私は娘の大切な人に大怪我を負ってほしくないだけだ」
「はっ、どっちも同じような意味や」
組長に協力するわけでは無く、悠馬に協力するだけ。そう話す宗介を適当に遇らう組長は、早速雰囲気が最悪だ。
彼らは多分、俗に言う水と油という奴だ。
この牢屋をぶっ壊して、手錠を外した途端に殴り合いとか始まらないよな?
宗介も協力してくれることが決まり、牢屋を壊そうとする悠馬は、そんな不安が頭をよぎる。
「ん…?てか…」
そもそも、なんで犯罪者たちを釈放してるんだろうか?
組長の手錠を外し、そして宗介まで牢屋の外に出そうとしている悠馬は、自分が犯罪者を解放していることに気づき、数秒硬直する。
これは寺坂がいたら、国家転覆未遂とかで逮捕されて無期懲役になる奴だろう。
しかしまぁ、緊急事態だし、まともな戦力を解放しているだけだし、許していただきたい。
ってか許せ!混沌と戦うんだから!
途中で思考を放棄して、自分は正義のためにやっているんだと適当に言い聞かせた悠馬は、宗介の入る独房を壊し、手錠を外す。
「あの、鍵開けといてこういうの言いたくないですけど、戦いが終わっても地上に出ないでくださいね?俺が犯罪者になるんで」
「大丈夫や。シャバで暴れようなんて思ってない」
「私もだ。そこまで長期間の収容でもないのに、自ら地上に出るメリットを感じない」
「助かります」
残り4年で釈放が約束されている組長さんと、罪状的に、そこまで長い罪に問われない宗介。
おそらく宗介の釈放は残り半年を切っているだろうし、このタイミングでタルタロスから抜け出そうなんて間抜けな考えをするほど、宗介だってバカじゃない。
彼らがそこいらのチンピラのように私欲だけのために出てきたのではないことに安心した悠馬は、下を見つめる宗介の横に並ぶ。
「宗介さん?どうかしましたか?」
「いや…先ほど降りていった、黒髪の少年についてだけどね…」
「?」
「暮戸のヤツの話で聞いたことがあるんだ」
口にすら出したくないであろう、憎き存在の名前を口にした宗介。
その表情には、怒りを垣間見たような気がしたが、彼なりにセーブをした感情であることは確かだ。
「話って?」
「…彼にレベルは、ないらしい」
「どういうことや?」
「僕にもわからないが、おそらく日本支部の誰よりも強い異能を持っていて、そして測定方法がないから、レベル不明。暮戸は優梨さんの他にも、いろんな女を狙っていてね。その中の候補者の1人が黒咲と交際を始めた途端、ヤツはすんなりと手を引いたことを覚えている」
「えっ、黒咲って人、学生なんじゃ…」
宗介や暮戸の年齢の人々の時代は、一夫多妻が認められていなかった。
つまり通のように、俺はハーレムを作る!と言ったら周りからドン引きされるし、浮気1つをとったって、大きな揉め事に発展するレベルだ。
だから暮戸が最近になっていろんな女を漁り出してハーレムを作ろうとするのは理解できるが、人妻やぴちぴちの高校生を狙うのは、全く理解できない。
優梨の他にも女子高生を狙おうとしていたと聞かされた悠馬は、そのキモさに引くと同時に、暮戸の執念深さを思い出し、首を傾げた。
「そもそも、暮戸って元総帥にすら手を出す愚か者ですよね…それがすんなり手を引いたんですか?」
元総帥や、総帥候補にすら手をかけた存在が、たかだか悠馬と同じ年代の学生を恐れた。
にわかには信じられない言葉を聞いた悠馬は、51階へと続く扉へと手をかけながら、宗介の話に聞き入った。
「ああ。彼の異能は、崩壊。見た対象、触れた対象大小構わず、自分が消したいと思ったものをこの世から消すことのできる異能だ」
***
曰く、世界に混沌を齎した。
異能発現時代初期、混沌はその恵まれた異能、自分の思い描いた通りに他人を操れる異能を使い、その闇は瞬く間に世界を覆ったという。
それはお伽話の最初の文章で、子供の頃には凄い異能だ、でもきっと、自分の方が特別な異能が備わっていると期待するものだ。
そうして時が過ぎて、自分の異能が判明した時は、心底絶望したのを覚えている。
「君の異能は、崩壊というものだ。その異能に慣れるまでは、目を隠して生きて行きなさい」
医者の言葉を、よく覚えている。
彼はそこから数年間、目を隠され、必要に応じた時にだけ目隠しを外し生きてきた。
その時にはもう、不思議と何も感じなかった。
何しろ、自分の異能に…この世界に諦めがついたから。
こんな悪人みたいな異能、犯罪者、ラスボスみたいな異能、誰だって怖がるし、抑制されるのもよくわかったから。
もしかすると、混沌もこんな風だったのかもしれない。
そう思った時もあった。
でも今は違う。
タルタロス地下60階。
黒髪黒目の日本人の少年は、真っ白な髪に銀色の瞳の男を見ながら回想を打ち切る。
この威圧感、この絶対的なオーラ、動き。
それは全てにおいて世界を覆うほどの闇に近しい何かで、悲劇など一向に感じさせない、感じるのはただ1つ、愉快そうな感情のみ。
混沌に1人で戦いを挑んだ男、黒咲律は、ニヤニヤと笑う混沌を見て、自分なんかとは全く違う、本当の悪を、純粋な悪を目の当たりにした。
「黒咲律…17歳。身長は186センチ77キロ。異能は崩壊」
「っ…」
「ははは、君みたいな英雄になりたがってるバカは今までいくらでも見てきたんだよ…自分の何もかもが見透かされて怖いだろ?怖気付いただろ?」
「…残念だが、怖くはない。お前の異能も、何もかも」
「そーかいそーかい。まぁ、俺も数百年ぶりにこの世界に帰ってきたのに、最初に出会った相手がすぐに戦意喪失して逃げ出すなんてのは嫌だから、楽しませてくれよ。コキュートス」
積もる話でもあるのか、それとも肩慣らしでもしたいのか。黒咲に向けてコキュートスを放った混沌は、彼の異能でも見たいのか、それ以上の手数はかけない。
無言のまま、迫り来るコキュートスを見つめる。
無表情のまま混沌の放ったコキュートスを黒咲が見つめていると、その氷の龍は、数秒の後に自壊を始めて消えていった。
「へぇ…俺の知らない間に、異能はそこまで混ざり合っていたのか!でもこんなんじゃまだまだ序の口だろ?もっと楽しもうぜ!」
「待てよ」
黒咲対混沌の一騎打ち。
黒咲の異能を見てから興奮気味だった混沌は、声のした方向を銀色の瞳で睨み、戦いを妨害されたことに苛立っているようだ。
そんな混沌のことなど知らず、新たに降り立った3人の影。
タルタロス地下60階には、地上に残されているであろう、ありったけの戦力とも言える人物たちが立っていた。
「僕らも混ぜてくれへんか?」
「久しぶりの異能は、腕が鳴る…」
「アンタが混沌か?」
世界を邪悪に包み込んだとされる混沌。
推定レベルは89で、正直勝てるのかどうかなんてわからない。
「誰だ?」
黒咲そっちのけで混沌と話を始めた悠馬に、彼の質問が飛んできた。
「暁悠馬。学生だ」
「邪魔すんなよ」
「ハッ、こっちのセリフだっての」
言葉を一言交わしただけで、黒咲がどういう人間なのかはすぐにわかった。
こいつは多分、悠馬とソリの合わない人間だ。
邪魔すんなと言われた悠馬は、お前の方が邪魔なんだよ。と言いたげに額に青筋を浮かべ、彼の横に並ぶ。
「俺は弱い奴の援護なんてしたくない」
「うるせぇな…俺が弱いとでも言いたいのか?」
「…こういうピンチで駆けつけるイケメンは、大抵弱い。だって俺はまだ瀕死でもないし、お前は瀕死になる役だ」
「うーん?こいつ先に殺してもいいかな?」
「悠馬くん、先に混沌や」
勝手に噛ませ役のような扱いを受ける悠馬は、クラミツハを引き抜いてから、黒咲に斬りかかろうとする。
そんな悠馬を止めた組長は、茶番のような揉め事を律儀に見守ってくれた混沌へと、警戒を向けた。
「もっと話してくれてもいいんだよ?俺は数百年も1人で生活してたんだ。他人の声を聞くだけでも正直かなり嬉しいし、ギクシャクしてる人間を見るのも、大好きなんだよ」
「イかれてるな」
それが彼の本質だからこそ、悪に染まれたのかもしれない。
人間が潰し合う姿を、ギクシャクしている姿を見るのが大好きだと話す混沌を睨んだ悠馬は、神器を混沌へと向け直し、黒咲を視界から外す。
「でもまぁ、いいよ。久しぶりに異能を使いたいって気持ちもあったんだ。初撃は精々受け止めてくれよ?」
「望むところだ」
「極夜」
「なっ…」
「はっ…」
初撃を受け止めてくれと言った混沌が放った異能は、闇異能の秘奥義、極夜。
世界を包み込むような漆黒を目の前にして、驚きを隠せず固まった組長と宗介になど目もくれず、悠馬は表情すら変えずに極夜の進行方向に立ち塞がった。
「反転セカイ。白夜」
漆黒の本流を、純白の輝きが包み込み、そしてタルタロス内を軋ませる。
轟音を立てながら相殺された極夜の先で、混沌は悠馬を鬼のような形相で睨み付け、大きく吠えた。
「なんで…なんでお前がセカイを持ってるんだよっ!!!」
***
「つまらぬ」
真っ黒な修道服の腹部中心には大きな穴が開き、そこからは血が滝のように流れ出る。
左手は左側に90度ほどひしゃげて、右手はほぼ10割が切断されているようで、奇跡的に皮膚がくっついていて、皮膚一枚で右腕がぶら下がっているような状態だ。
明らかにオーバーキルを受けている黒髪の女性、ロシア支部冠位・覚者のルクスは、歩み寄ってきたティナを、血の気の失せた表情で見上げる。
「まずはソナタからだ」
「ルクス!」
「ティナ様!」
アリスの叫び声と同時に、ティナがルクスの首を掴もうとする。
それと同タイミングで響いた声に、ティナは動きを止めて、大きく肩で息をする人物を見た。
「どうした?ラーナ。ソナタは王城にて待機を…」
「セラフ化反応が!この空中庭園に、セラフが向かっていま…」
それが緊急事態なのか、それとも予想していなかったことなのか。
慌てふためく彼女が言葉を言い切る前に降り立った黒い影は、瞬く間にラーナと呼ばれたティナの秘書を包み込み、首を180度回転させた。
「!?」
漆黒の夜空に降り立った影。
アリスはその人物を見て、全てを諦めたようにうな垂れた。
「私たちの負けだ…」
それは誰もが予想していなかった、最悪の乱入者。




