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世界最悪の収容所

 ルクスとティナが激突するのと、ほぼ同時刻。

 茶色の髪を靡かせ、レッドパープルの瞳でキョロキョロと周囲を見渡す悠馬は、静まり返った日本支部の東京を歩いていた。


 上空には空中庭園が見え、東京のオフィス街は、日本支部軍が設置したであろう自動迎撃設備がある。


「ミサイル?」


 何かはわからないが、おそらく空中庭園から瓦礫が落ちてきたときの対策なのだろう、古典的な兵器を目にした悠馬は、その先に見えてきた、600メートル以上の高さを誇るスカイツリーを見上げた。


「なんだかんだで、ここには縁があるよな」


 1度目は朱理を救うために、警備員に銃口を向けられながら怒鳴ったよな。


 死神の仮面を被って、真正面から侵入したあの日が懐かしい。


 そしてつい一昨日だって、ここへ訪れた。

 地下で遭遇した、Aさんに事の結末を教えてもらうために。


 まるでここが、大きな特異点みたいだ。


 Aさんに混沌、あの謎の空間。

 さまざまな可能性を考える悠馬は、見えてきたセントラルタワー前に完全武装で立っている懐かしいちょび髭男を発見して、頬を緩めた。


 確か名前は、佐藤だったかな?


 悠馬がメトロ戦で着ていた武装よりも遥かに豪華そうな装備を整えている彼は、悠馬の存在に気づくと、軽い会釈だけしてスルーしようとする。


 まぁ、いくら夜中といえど、非行少年がこの辺をうろついていたって、なんらおかしくはない。


 犯罪者、敵味方などという認識ではなく、ただの通行人として悠馬を見送ろうとした佐藤は、会釈を返した悠馬を見て、首を傾げた。


「こんばんは。佐藤さん」


「……?こんばんは。以前お会いしたことでも?」


「ああ…死神だ。って言えばわかってくれます?」


「!!あの噂は本当だったんですね」


 死神の高校生説。

 悠馬が死神だと発し、ボロボロになった仮面を引きずり出すと、佐藤は驚いた表情で頭を下げた。


「その辺の話は追い追い…地下の状況はどうなっていますか?」


 佐藤だって、このタルタロスの看守長を任されるだけの実力、頭脳とレベルを持っているはずだ。


 つまり、悠馬がロシア支部にいても感じた威圧感を、彼が気づかないということはまずあり得ない。


 悠馬の質問に対し、少し無言になった佐藤は、様子を窺うように話を始めた。


「実は…先程日本支部の対悪羅戦力、通称十強の黒咲様が地下に向かわれて…彼以外は地下に通していません。あの威圧感は、私が行っても身に余ると判断しました」


「黒咲…」


 聞いたことない名前だな。

 それに対悪羅戦力って、悪羅を倒すための戦力ということだろうか?

 つまり悪羅に勝つ可能性すらある人間ってことか?


「黒咲との通信は?」


「それが…タルタロスは元々電波も悪く、通信が出来ていない状況が続いています」


「…そか。なら俺も行きますよ」


「し、死神さん!貴方まで行くと、本土の防衛戦力が!」


 おそらく佐藤は、地下に何がいるのか、薄々感づいているのだろう。

 悠馬が地下に行くと言ってから慌てふためく佐藤は、上空を指差しながら、上からの攻撃はどうするんだ!?と指示を仰ぎたそうにしている。


「それをなんとかするのは、佐藤さん、アンタの仕事だ」


「えっ」


「アンタの優秀な頭脳、そして異能を使って、1時間持ち堪えてくれ。それまでに地下はどうにかする」


 悠馬は佐藤を奮い立たせるために、時間を制限して、その時間のみ全力を尽くしてくれるように頼んだ。


 人間っていうのは、あと何時間頑張ればいいとわかっていた方が、モチベーションが上がるものだ。


 終わりの見えないマラソンより、ゴールの見えるマラソンの方が、気持ち的にも楽だろう?


 あえて時間を制限することにより、この緊急事態において余裕を作り出すことに成功した悠馬は、佐藤が肩の力を抜いて気合を入れた姿を見て、安堵した。


「わかりました。地上の防衛は、私がなんとかして見せます」


「ああ。頼んだ」


 多分、地上は大丈夫だ。

 上にはルクスだって、死神だっているんだ。それに…



「あのお方はすぐに殺れる…」



 ***



 古びた階段を下りながら、悠馬はある結論に至っていた。


 混沌の異能、あのお方の異能、そして夕夏の異能。


 クラミツハや夕夏本人から聞いた情報、そしてAさんや星屑、異能王の文献の情報を繋ぎ合わせるに、おそらく3人の異能は、全く同じモノ。


 そしてあのお方が夕夏を狙うということはつまり、混沌も夕夏とあのお方を狙う可能性が高いというわけだ。


 同じ異能を持っていて、唯一自分の理想に抗える人物、自分の理想をめちゃくちゃに変えれる存在がいたとするなら、誰だって排除を優先するだろう。


 つまり現状、あのお方と敵対し善人である夕夏は、世界を滅ぼそうとする混沌にとっても邪魔な存在。


「混沌は間違い無く、夕夏かあのお方を狙う」


 優先順位はわからないが、夕夏を狙ってくることはほぼ確定している。


 自分の好きな人を、自分の彼女を危険な目に合わせたくない悠馬は、まるで古代遺跡のような螺旋階段の松明の火を大きく揺らしながら、一気に駆け下りる。


「夕夏も花蓮ちゃんもみんな…誰も失わないように」


 ちょうど、大きな柵の前へとたどり着いた悠馬は、視界に映った人物に見覚えがあったのか、立ち止まる。


「おや?悠馬くん。こんなゴミ溜めにまぁたなんかようでも?」


「組長さん」


 悠馬が見つめる先には、真っ黒な髪に少しだけイカツイ、暮戸を逮捕する際に協力してくれた、元暴力団組長さんが座っていた。


 独房と呼ぶのか、2人1組で収容されるタルタロスの中で、珍しく1人で隔離されているところを見るからに、かなりの大物だったことは確かだ。


 何もせずに大人しくしていれば、もうすぐ釈放されるんじゃないだろうか?


 1年ぶりに現れた悠馬に、また面倒ごとに首でも突っ込んでるのか?と言いたげな彼は、両手を挙げて、呆れたように首を振った。


「お久しぶりです。ちょっと色々あって、混沌の退治にでも…」


「はは、ははははは!ガキ、いや、悠馬くん、アンタの前にも似たようなこと言って地下に向かって言った奴がおってな!黒髪の黒目の、同い年くらいの男が!」


「同い年?」


「おお、同い年くらい。制服も着とったな。だから同じこと言わせてもらうで?今下に行くのは、やめときぃ」


 組長は黒咲にも同じことを言ったのか、ドスの聞いた声で悠馬へと忠告した。


 それはヤクザとしての衰えを一切感じさせない脅しのようなもので、その目力、表情はまだまだ現役でもやっていけそうなレベルだった。


 しかし、そんな組長の表情を見ても、悠馬の決意は揺るがない。


「すみません、これは絶対に実行しなくちゃいけないことなんですよ」


 未来を変えるためには、絶対に必要となることだ。


 今更何を言われたって、はいわかりましたと、大人しく引き返せるような問題ではない。


「混沌って、お伽話やろ?ほんまにおるんか?たしかに下からは、途轍もない圧は感じるが…」


 混沌はお伽話の中で、初代異能王に敗北して、世界は救われて終わりを迎える。


 それは組長であろうと子供の頃に見た内容だし、悠馬が混沌を倒すなどと言っていたら、「コイツ頭おかしくなったんか?」と心配したくなる気持ちも理解できる。


 少し考えるようなそぶりを見せた組長は、数秒の思考ののちに、独房の鉄の柱を掴み、ニヤリと笑って見せた。


「ちょうど暇しとったんや。手伝おか?その混沌退治とやらに」


「ははっ、これだから世界最悪の収容所は面白い」


 暇してたから、混沌を一緒に倒しに行く。

 単純明快な理由、シンプルなお願いを口にした組長に、悠馬はお腹を抱えて笑う。


 どこの国にも引けを取らない犯罪者が収容されるタルタロスというのは、いつもこんな感じなのだろうか?


「組長、レベルは?」


「これでも17や。総帥くらいやったら、互角に渡り合える」


「っし…」


 悠馬は白い歯を見せながら、右手に炎の異能を発動させて独房を溶かす。


 これで組長のレベルが一桁とか、10ちょいだったら少し考えものだったが、総帥と同程度の実力ならば、少し心強い。


 1人や2人よりも人数が多い方が立ち回りも作戦も増えるし、それにヤクザってことはそれなりにも慣れているはずだ。


 心強い助っ人を手に入れた悠馬は、彼が繋がれている異応石製の手錠に氷の鍵を突き刺し、両手を楽にさせた。


 ガタン、と石の音を立てて落ちた手錠と、両手に重さがなくなり、ストレッチを始める組長。


「組長って、厄介ごと好きな人だったんですね」


「ちゃうよ。僕ぁ、強いヤツと戦うのが好きなんよ。だから裏で頭張っとったんや」


「はは、なるほど」


 極道のことなんて詳しく知らなかったが、どうやら彼らの中にも、そんな単純な理由で上り詰めた人も少なからずいるのかもしれない。


 強いヤツと戦って見たい、ギリギリの勝負をして見たい、そして勝ちたい。


 それはどこか、男の胸の奥に潜んだ欲求で、何かの拍子に覚醒する。


 勝ちたい、負けたくない、負けたくないけど強いヤツと戦いたい。


 それはスポーツだったり、勉強だったり、異能だったり…


 新たなメンバーを手に入れた悠馬は、49と記された階層プレートを見て、首を傾げた。


「組長で49ですか?」


 レベルを聞いてから浮かんでくる疑問。

 これまでは組長の実力もレベルも知らなかったから、中堅レベルなんだろうな。なんて考えていたが、レベルを知ってから浮かんでくるのは、レベル17で中層?という疑問のみだ。


 タルタロスに足を運ぶのは3度目だが、1度目は疲れ果ててヘトヘトだったし、2度目は自分と未来のことでいっぱいいっぱいだったため、周りが見えていなかった。


「タルタロスは今、50までしか機能してないんや」


「そうなんですね」


「僕よりも下におるのはまぁ、言わんでもわかるやろ?」


 地面を踏みしめながら、下の階層へ続く扉に手をかけた組長。


 誰がいるのかなんとなく察しがついた悠馬は、額に冷や汗を流しながら組長に続いた。


「悠馬はん、タルタロスってどういう阿保が収容されるか、知っとるか?」


 階段を降りながら、組長は悠馬へ訊ねる。

 タルタロスに収容される人物と言われれば、思い浮かんでくるのは各国のテロリストや、悪羅クラスの犯罪者。

 オクトーバーや大量殺人犯などなど、世間でも知名度の高い、犯罪者だろう。


「大犯罪者、ですか?」


「ちゃうんよ。犯した罪が大したことなくても、レベルが高けりゃ、下層にねじ込まれる。基本的に1〜10は、レベル8の犯罪者が、11〜20は、レベル9の犯罪者が、21〜30はレベル10の犯罪者が収容されるって話や」


「それより下は?」


 わかりやすい説明をありがとう。と思いながら、組長がいた階層や、31以下の階層はどんな奴が収容されるんだ?という疑問が浮かぶ。


 そんな悠馬の質問を待ってましたと言わんばかりにニヤけた組長は、次の言葉を話し始めた。


「31以降は、紅桜や総帥が捕まえた犯罪者が収容される。もちろん、レベルは10以上で、殺し合いなんかを防ぐために、各層1人ずつしか収容されへん」


「だから組長は1人だったんですね」


「そう。僕ぁ古株やし、その気になれば総帥を殺せた可能性もあるからな。焫爾のヤツには敵わんかったけど、49が妥当って判断されたわけや」


「さすがです」


「はは、思ってもないやろ?悠馬くん、アンタぁこの1年で、僕なんかよりもずっと強くなっとる」


 オーラを見ればわかる。そう言いたげに悠馬を見た組長は、自分の人を見る目だけは信じているのか、疑いや期待の眼差しというよりも、信じ切った眼差しを向けてくる。


「あんまり買い被らないでくださいよ…」


「ははは、まぁ僕ぁ悠馬くんに全てを擦りつけるようなことはせぇへんから」


「お願いします」


 過度な期待を寄せられるのが嫌なのと、それと自分のレベルが自分自身でもわかっていないこと。


 一体どれだけの火力で限界なのか底がまったくわからない悠馬は、笑いながら大門に手をかけた組長を見て、息を吐く。


「そんなに緊張せんでもいいやろ。ここにおるのは、アンタの知っとる奴や」


「はい、それはわかってるんですけど…」


 階段を下った先の扉が、心の準備をする前に開かれる。


 古びた音を立てながらゆっくりと開いた扉の先には、堅牢の間よりも少し小さい、しかし49階よりも大きい独房が設置されていた。


 さすがキリのいい50階というべきなのだろうか?

 警戒するように、慎重に一歩を踏み出した悠馬は、そこで鎖に繋がれていた人物を見て、ほくそ笑む。


「えらい久しぶりやな…いや、かれこれ1年ぶりか?宗介はん」


黒咲くんについてなんですけど、本来ならば1年生時の合宿編からポツポツと登場させていくつもりだったんですけど、すっかり忘れてました(´༎ຶོρ༎ຶོ`)すみません

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