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敗北の足音

 どうして彼らは、あんなにも楽しそうなんだ?


 寺坂は力の入らない両手両足の代わりに、首を動かして5人の冠位を見つめる。


 頭がイカれている。

 あれほどの実力差、レベル差を知ってもなお立ち上がった彼らの姿は、人というよりも、戦いに飢えたモンスターという言葉がふさわしい。


 ニヤリと笑うヴェントを見た寺坂は、一体どちらが化け物なのかわからなくなり、背筋をゾクっと震わせた。


「良かった…寺坂総帥、まだ息があるようですね」


「セレスティーネ」


 雨に濡れた髪を揺らしながら、真っ赤な瞳で寺坂を見つめる彼女は、戦場に立つ女神のようだ。


 戦乙女の隊長であるセレスは、残念なことに戦いに適した異能を持っていない。


 彼女が持っている異能は、治癒という特別な異能。


 おそらくこの世界のどこを探したって、彼女しか持ってない異能であり、その効果は、自身が癒したいと願った対象の傷を、無条件で治すことのできる異能だ。


 つまり腕を失おうが、本人さえ生きていれば、再生させることも可能。


 悠馬のシヴァの、ちょっとした下位互換ということだ。


 しかも彼女の異能はそれだけで終わりでなく、治癒は精神的なダメージや、異常もなくすことができる。


 例えば毒ガスや、催眠なんかも。


 しかし、彼女からしてみると、この状況は歯痒いものだろう。


 いくら彼女が高次元の回復異能を持っているとしても、数百人を同時に癒すことは不可能で、正直なところ、全ての体力を消費しても、数十を救うのが限界だろう。


 つまり彼女は、誰を見捨てるか、誰を救うのかを選びながら回復させないといけない。


「…私はいい…ほかの総帥を…」


「いくら血が止まっているといえど、四肢に穴を開けられた状態は危険です…それに、寺坂総帥の傷ならば、ほかのお方を助けるよりも体力の消費が少ないので…」


 おそらく致命傷だろうが、その中でも体力の消費が少なく癒せ、そして戦力になるメンバーを治すのが先決。


 そう判断し、心を鬼にして他の人を見捨てる覚悟をしている彼女は、肩に感じた痛みで顔を歪めた。


「ソナタの異能は鬱陶しい。眠っていろ」


「ぐぅっ…」


 肩に穴が開き、寺坂の時とは違いセレスの肩からは血が流れ出る。


 それはセレスを治癒に専念させないための卑劣な手だ。


 治癒の異能は、かなりの集中力を要する。

 まぁ、他人の大怪我を直すのだから、当然といえば当然のことだ。


 そのため、セレスは自身の精神状態を常に冷静に保たなくてはならないし、加えて言うなら、こういう激痛を伴えば治癒は遅くなる。


 それに放っておけば、失血で意識を失うことだろう。


 セレスの治癒が格段に遅くなったことを確認したティナは、5人の冠位へと顔を向けると、冠を手にする彼らへと手を差し出す。


「ソナタらももう、勝ち目がないことはわかっているだろう?」


 力の差は歴然で、いくら口で強がろうが、心の中ではわかっているはずだ。自分たちでは勝ち目がないと。


 勝ち誇ったような笑みを浮かべるティナは、差し出した手を広げて、白色に輝く王冠を冠位たちに見せた。


「どうだ?消えたモノから授かった冠など捨てて、妾と一緒に来ないか?妾ならば、ソナタらが今まで感じたことのないような、心踊る戦いを提供できる」


 混沌にぶつけるだけだが。

 心の中でそう付け足したティナは、8代目異能王のエスカから賜った冠を手にする彼らに、自身の生成した新たな冠を、1つずつ投げる。


「仲間に加わりたい者のみ、拾え」


 雨の降る泥の中に落ちる冠。

 それを黙って見送った冠位たちは、互いに顔を見合わせるわけでもなく、ただ落下する冠を見届け、一歩踏み出した。


「ふ…」


 冠位が仲間になる。

 ティナはそれを確信し、歩き始めた彼らを見届けようとする。


『断る』


 ティナの予想とは裏腹に、彼らの発した言葉は予想外なものだった。


 数分の沈黙の後に口を開いた彼らは、特に打ち合わせしたわけでもなければ、目で確認をし合ったわけでもない。


 ティナが生成した王冠を踏みつけ進む5人の冠位は、呆れたように頭を抱えたティナを見て、一斉に攻撃を始めた。


「残念だ。ソナタらがそこまで単細胞だったとは」


「セラフ化…レイズ・オブ・ザ・サン」


 頭を抱えるティナに向けて、レッドが先制攻撃を放つ。


 それは炎系統の秘奥義、雷切や極夜、白夜に匹敵する、最大火力の異能だ。


 被害範囲だけでいえば、おそらくレッドの奥義がダントツだろう。


 雨の降っている空中庭園の草木が一瞬にして自然発火し、ティナの着ている服にも火の粉がかかる。


「ちょうどいい火加減だ」


「言ってろ。セラフ化、烈風斬」


 炎に包まれた大地で、ヴェントは鎌鼬とは比べ物にならない風の斬撃を作り出す。


 それは先ほどの鎌鼬よりもはるかに早く、鋭く、そして見えないものだ。


「合わせろよ。雷帝」


「わかっている、風帝…!セラフ化っ雷切!」


 炎に包まれた大地の中、風の一撃と、雷の一撃が、ティナへと迫る。


 そこから動けないのか、ティナは特に慌てるそぶりもなく、佇んだままそれを見守っていた。


「ルーカス!」


「ああ!」


「セラフ化、白夜」


「セラフ化。雷切極夜」


 周囲は炎で焼かれ、正面と背後からは烈風斬と雷切。


 そして上空へと飛翔していたルーカスと死神が放った、白夜と雷切極夜。


 不可視の一撃と、そして雷を纏い迸る斬撃、上空から迫り来る、白と黒の本流。


 半分は世界を昼間のように明るく照らし、そしてもう半分は、世界を真っ黒に染めながら、黄金色の雷を走らせる。


 彼らの異能は、僅か数秒でティナの元へと辿り着き、彼女を飲み込んだ。


「はは、初めてにしては上出来じゃね?」


「見くびったな」


 まさか全員が秘奥義を使うなんて、思ってもいなかっただろう。


 全てが終わったように、煙に包まれた大地を見る死神は、その中に影が立っていないことを願いながら煙が消滅するのを待ち、そして聞こえてきた拍手を耳にして、冷や汗を流した。


「いい火力だったぞ。面白い連携だった」


 ぱちぱちぱちと、やる気のない拍手が空中庭園を包み込む。


 気づけば軍人たちは全員が倒れ、セレスも寺坂の横で倒れていた。


 この空間に立っているのは、文字通り6人だけ。


 この状況はさすがに、やりきった感を出していた冠位たちでも、逃げたくなるような状況だった。


「効いてないのか…?」


「効いたとも。少しだけ痛かった」


 チャンの疑問に愉快に答えたティナは、親指と人差し指で少しをアピールしながら、歩き始める。


「しかしそろそろ、お遊びも終わりと行きたいところだな。妾は汚れるのが嫌いなんだ」


「っ…!来る!」


 ヴェントがそう呟くと同時に、彼の両腕は宙を舞い、飛んでいく。


「ぐぁぁぁあっ!」


「特にソナタの異能は、風が舞って服が汚れる」


「ヴェント!」


 チャンは両腕を失ったヴェントの元へと鳴神を発動し助けに入ろうと飛び出したが、その瞬間、足が地面につかなくなった。


 それは階段を踏み外したような感覚で、最初は何が起こったのかわからなかった。


「ソナタは速さだけ。足さえなければ、その異能は脅威ではない」


「っ〜!」


 地面に綺麗に立っている自身の左足を見たチャンは、歯を食いしばりながら悶絶した。


 死ぬほど痛い。まるでマグマが足から注入されているような、そんな痛みを感じる。


 周りの心配なんかよりも、もう自分の痛みで頭がいっぱいだった。


「そして炎帝。ソナタは周りの火傷被害を抑えるために、火力を下げすぎた」


 唯一広範囲に被害を与える秘奥義のレッドは、当然周りに倒れる軍人や総帥に怪我を負わせぬよう、ある程度火力を下げていた。


「ソナタがもう少し火力を上げていたなら、妾も火傷の1つくらい負っていたかもしれないな」


「くっ…」


 銀色に輝く刀を手にしたティナは、レッドの左肩と首元のちょうど間に刀を振り下ろし、レッドは鮮血を撒き散らす。


「そしてソナタの悪さをするその腕は、没収だ」


 崩れ落ちるレッドと、それを見送るティナ。

 彼女の背後に回り、再び白夜を放とうとしていたルーカスは、彼女の言葉を聞くと同時に、構えていた自身の左手を見た。


 そこには既に、腕も剣も無くなっていた。


「ぐぅぅぅっ!」


「最後はソナタだ死神。唯一妾に傷をつけることのできた、8代目ですらできなかった偉業。誇るといい」


 一度ティナの腕を斬り落とした死神は、雷を伴う大雨の中、最後に自分だけたった1人残されたことを理解する。


「……」


 これじゃあまるで、未来を変えれていないんじゃないのか?


 白銀のオーラを纏いながら、白髪になりながら仮面越しに周りを見た死神は、過呼吸に陥る。



(俺は何のために、何をするために、なんの使命でこの場に来たんだ?


 その意味がわからない、その意味を知りたい、俺は何かを救うためにここに来たはずなのに、また何もかも失うのか?)



「そんなはず…そんなわけないッ!」


「だから妾から、ソナタにプレゼントだ」


 ティナはニヤリと笑みを浮かべると、黒と紫、そして赤でできた球体を右手に持ち、死神へと見せる。


「ソナタがこれを止めることが出来たのなら、妾はここに居る馬鹿どもは見逃してやる」


 見逃すと言っても、これから回復させて回るのではなく、致命傷を負っている者がほとんどのため、絶命を待つわけなのだが。


「そしてソナタがこれを止められないのなら…その時はこの球体がソナタら全員を消滅させるだろう」


 それは手っ取り早く、敗者を片付ける作業にすぎなかった。


 実力の差は最初から歴然で、レベル45の化け物に、レベル30以下のメンバーで挑んだところで、最初から勝ち目などなかった。


 いくら相手の戦力が地上に分散していたとしても、最初からティナ1人で事足りたのだ。


 ただ、保険で戦力を集めていただけに過ぎない。

 徐々に大きくなる、敗北の足音。


 雨足が強くなるその世界で敗北を実感した死神は、ティナの放った球体を、数秒間ピクリとも動かず、じっと見つめる。


「こんな…終わり方…」


(俺はこんな終わり方をするために、ここに来たのだろうか?


 こんな終わり方、あっていいはずがない。あってはならないことだ)


 黒に近い様々な色を放出しながら近づいて来る球体に、死神は、そこに見えた何かの影響で走り始めた。


 この光景は、前に一度…全く別の世界で見た気がする。


 笑顔を見せながら、最後に振り返った少女の姿を連想した死神は、目にも留まらぬ速度で走り出した。


「なっ…」


 その速度、その動きには一切の無駄がなく、そして獣のように俊敏で、もはや人の領域とは呼べない。


 走り方だって人間の完成されたフォームとは全く違うし、獣のように走る彼の姿は、まさしく狂人。


 バケモノのような速度で球体の目の前まで向かった死神は、余波でひび割れた仮面など無視して、赤と紫、そして青と黒に輝く球体へと触れた。


 ジュッと焼けるような音が聞こえ、死神の手からは煙が出る。


 それと同時に、空間には大きな歪みが生じた。


 それは未だ嘗て起こり得たことのない、謎の事象。

 まるでこの世界の空間を捻じ曲げているように、死神とティナの放った異能の間には、水色に輝く歪みがぐるぐると回転している。


「この死に損ないが…!」


 ティナは死神のその姿を見て、全力で走り始めた。

 死神の行動パターンが変わり、自身の放った異能が受け止められた瞬間、感じた寒気。


 コイツは自分にすら届き得る力を持っている。

 それは予感のようなもので、確定したわけではない。


 ただなんとなく、それを直感していたティナは、世界が軋んだような音と、地上に発生した巨大な威圧感に冷や汗を流した。


「まさかソナタ…混沌を…」


 ちょうどルクスと悠馬が、極夜と白夜を放ったのと同タイミング。

 同じ時間、同じタイミングで、覚者を超える異能が二箇所で激突しあった場合、何が起こるのか。



 それは今日が来るべき日だということなのかもしれない。


 初代異能王が別次元に屠った混沌との世界に、大きな道が開く瞬間。


 ティナの予定から逸脱した、随分と早い混沌復活の合図のようなものだ。


「うるせぇな黙れよ」


「っ!?」


 地上に気を取られていたティナは、自身の胸元に激痛が走り、意識を死神へと向ける。


 いつのまにかティナの放った異能はどこかへと消え去り、正面にいるのは、右手を使徒のような形状に変えた死神。


「セラフ化ッ!」


 白髪の死神を睨みながら白水色の髪を靡かせたティナがセラフ化と呟くと、周囲には黒と赤の雷が迸った。


 無数の槍のようなモノがティナの背後に円を描くように浮かび、それは神々しく、そして禍々しいオーラを放っている。


 赤と黒に染まった衣装、赤黒い爪のようなモノを手に付けるティナは、ここに来て初めて、自身の全力を出した。


「ソナタだけはここで消す」


「俺は悪…違う…俺は暁悠馬…みんなを守る…みんなを助ける。だから邪魔な奴はみんな殺す!雑魚は切り捨てる…!」


 仮面の裏でボソボソと呟く死神は、ティナの話など聞いてはいない。


 再び走り始めた死神は、落ちていた誰のかもわからない神器を拾い、ティナへと向ける。


 ティナはそれに応戦するように、神器のような剣を生成してから、死神の手にした神器とぶつけた。


 激しい金属音と同時に、赤い火花が散る。


「…ソナタは…」


 レベル30とは思えないほどの力の片鱗を見せる死神。


 剣を打ち合わせると同時に、死神の身体を見たティナは、徐々に彼の身体が薄れていっていることを知る。


「まさか…」


「う…ぐぁぁぁぁあっ!」


 剣を交えて数秒、死神は目の前のティナのことなど忘れて、頭を抱えてもがき始めた。


 まるで頭をハンマーでかち割られて、そこから脳みそをストローで吸い出されているような感覚だ。


 気が狂いそうな痛みにのたうち回る死神は、混濁した意識の中で、空を見上げた。


「やはり分離体…ソナタの本体はどこにある?」


「なに…を…」


 それは死神自身ですら知らなかった事実。

 知りたくはなかった事実。


 自身を分離体だと言われた死神は、ティナに胸元を掴まれ、そのまま高度数千メートルの高さから、手を離された。

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