圧倒的な実力
「寺坂!」
「わかっている!」
味方が集まり始めたということはつまり、向こうの戦力もこの場所へと集まってくる。
大乱戦という言葉がふさわしいほど、使徒と軍人が入り乱れるこの状況で、アルデナは雨で濡れた土を踏み抜き、その土塊で泥人形を生成する。
「動きを止めるからきっちり仕留めろよ!」
「言われなくても…!」
迫り来る使徒を泥人形が抑え、泥人形ごと、寺坂が風の異能で撃ち抜く。
動かなくなった的を狙い撃ちするのは、動く的を狙うよりもはるかに簡単だ。
「チョロいなぁ、これで給料もらえるなんて、楽だよね。寺坂」
「雑魚狩りなら、な」
アルデナと寺坂は、すぐ近くで戦う冠位たちを見る。
「どうだ?ソナタらはそこそこの実力者だ。妾とともに手を組まぬか?」
「願い下げだ。オレは現状で満足してる」
「オレちんは今の生活ですら面倒なのに、これ以上の面倒ごとなんて望まないよーん」
レッドとヴェントは、ティナへと攻撃を繰り出しながら、誘いを拒絶する。
「ふむ…そうか。保険としての戦力が欲しかったのだが…」
物語能力を手にした後訪れる、混沌とのラストバトル。
そこでの戦力が欲しかったティナは、残念そうに呟くと、ヴェントへとデコピンをする。
「がっ…!」
ほんの一撃、たった1発のデコピンで、風の覚者、ヴェントの額には、弾丸で撃たれたレベルの血が流れ始める。
「ソナタは攻撃の1つ1つが大雑把だ。レベルが高いからといって、鍛錬を惜しんだな」
「クソババア!」
額から血を流すヴェントは、血走った目でティナへと風の異能を放つ。
その1発1発は鋭く、そして早く、目視できないという並の人間ならば食らえば即死の一撃。
「鎌鼬」
「そんな異能、今更妾が食らうと思うか?」
「ならばこれはどうだ?」
ヴェントの攻撃を飛んで回避した先に、待ってましたと言わんばかりに立っているレッド。
彼は右手に炎を纏わせると、雨で濡れる地面が一瞬で乾くほどの火力へと押し上げ、それをティナに放とうとする。
「…ソナタの異能は、一瞬で最大火力まで持っていくことができない」
レッドの炎に触れたティナは、そのまま彼の燃える右手に触れる。
それと同時に、ジュッと焼けるような音がして、レッドは飛び退いた。
「チッ…まさか…」
上位互換とでもいうのか?
レッドたち冠位は、なにも最初から最大火力を放つことができるわけではない。
彼らだって人間だし、炎の完全耐性を有しているようならば、レッドは理論上マグマの中で泳いでも死なないということになる。
しかし事実は、レッドはマグマの中で泳げば死ぬ。
彼らはいきなり、マグマのような高温を放つことも、氷点下60度などというふざけた寒さを作り出すこともできない。
冠位、覚者たちは、レベル10クラスの火力から、徐々にその火力を上昇させていき、体を慣らすのだ。
つまりいきなり、慣らした火力よりも上の火力の異能を食らえば、炎の覚者といえど、炎で火傷を負う。
そんなデメリットとも呼べないデメリットだが、それを利用して、レッドを上回る火力の炎を使ったティナは、もしかすると覚者を超える領域に立っているのかもしれない。
「レッド!援護する!」
「アリス!よせ!」
「妾が総帥程度に遅れをとると思うか?」
短剣を手にするアリスへと振り返ったティナは、彼女の突きを舞踏会で踊っているように華麗に回避して、彼女の腹部へと蹴りを入れる。
直後、バキッという鈍い音と共に、アリスは吐血した。
「アリス!」
「大丈…」
「大丈夫ならば、これも食らえ」
明らかに骨の折れた音。
肋骨が肺か何かに刺さったであろうアリスが気丈に振る舞おうとすると、ティナは容赦なく追撃を行おうとする。
「させないヨ。6代目」
「…砂か」
アリスを砂のドームのようなもので覆ったエジプト支部総帥、シェーナは、浅黒い肌に露出の多い格好で、ティナを睨む。
「順序が変わるだけのことを」
「わぎゃっ!?」
「ゲートだ」
砂の異能は色々と面倒だ。
地味な異能の割に応用力は高いし、どの異能と組み合わせても、大抵はうまくいく。
アリスからシェーナへと標的を変えたティナは、ゲートを使い、彼女の髪を引っ張る。
「痛い!痛いヨ!」
「そうか。ならばそのまま逝け」
ティナはソフィアを仕留めた時のように、雷の槍で彼女の浅黒い肌を焼く。
「ぐぅぅぅうっ!」
「ははは、イギリス支部の総帥は、この倍の火力でも踏みとどまったというのに、エジプト支部総帥は情けない」
「雑魚をいたぶって優越感に浸る…まるで雑魚だな」
シェーナの髪の毛を掴んでいたティナの右腕は、その言葉が聞こえた直後に、静かに落下する。
仮面をつけた男、死神は、自分のことを無視して総帥たちに攻撃を仕掛けるティナに、挑発したような口調でそう告げた。
「…ソナタはよっぽど、死に急ぎたいようだな」
右腕を斬り落とされ、ティナは興味を失ったようにシェーナから視線を外す。
「そう怒るなよ。どうせ治るんだろ?」
「当たり前だ」
死神が斬り落としたティナの腕は、不自然に宙を舞い、元あった場所へとくっつく。
「さっきまでは余興として楽しんでいたが…妾とて、ダメージを負うのは気にくわない」
これまでは自分が格上の立場だったからこそ、冠位たちの攻撃を受けても、総帥たちに何を言われても、軽い感覚で返していた。
言うならば、自分にダメージを負わせることの出来ない敵と戯れていたような感じだ。
しかし死神はティナの腕を斬り落とした。
絶対的な自信、慢心があったティナからしてみると、これほど不愉快なことはないだろう。
「不愉快極まりない」
「こっちのセリフだ。ババア」
「物語殺し合え」
『っ!?』
ティナの言葉と同時に、意識のある総帥、冠位の身体には寒気が走り、それはそのまま空中庭園の中を駆け抜けた。
気づけば使徒の大半の討伐が終わり、ティナの側近たちは、どこかへと姿を消している。
そんな中、次はティナの首だとひしめき合っていた隊長たちは、お互いに顔を見合わせ、そして剣を構えた。
「おい、お前…どうしてこっちに剣を向けてるんだ」
「それはこっちのセリフだ…!武器を下ろせ!」
「身体が言うことを聞かねえんだ!」
「最後の1人になるまで、殺し合え」
「マズイ…!セレス!治癒の祈りを!」
「やっています!しかし…!圧倒的にレベルが!」
ティナの異能は、鏡花の催眠のような異能だ。言うならば、状態異常。
相手の無意識化を催眠状態に陥れ、その無意識化で強引に身体の主導権を奪い、殺し合わせる。
これは使徒たちを倒して油断しきっている、自分たちならやれると勘違いをして余裕を出していた人物たちほど掛かりやすい。
そしてそれは無意識化にあるため、セレスの治癒の異能でも解除することはできない。
つまり、これから始まる身内同士の戦いは、止められないと言うことだ。
「クソ…馬鹿どもが油断しやがって…!」
ティナとの戦い、援護で気を張り詰めていた総帥や戦乙女たちは無事だが、軍人のほとんどはティナの配下に入ったようなものだ。
意図的に弱い戦力だけを残しておいて、その戦力を失う代わりに、各支部の隊長格を自身の異能で乗っ取る。弱い駒で強い駒を手にすることを成功させたティナは、隊長たちを止めようと走り始めた死神の右足を切り落とした。
「っ!?」
右足が宙を舞い、バランスを崩して泥と雑草の中に転ぶ。
仮面は泥で汚れ、身体は水たまりに浸かり冷え、右足の感覚はない。
「ソナタはまだまだ未熟だな。仲間を切り捨てる覚悟もなく、この場に立つ資格はない」
「ぐ…!」
「やめ…うぁぁあ!」
味方同士で殺し合う悲惨な光景を目の前にして、死神は拳を握る。
どんなに強い異能力者でも、どんなに優れた異能力者でも、冷徹になりきれなければ、本物の敵には勝てはしない。
何しろ向こうは卑劣で最悪で、何の関係もない村人を盾にして攻撃を防ぐような、そんなどうしようもない奴らなのだから。
そんな奴らに、誰も死なせたくない、誰も失いたくないなんて甘ったれた感情で立ち向かえば、負けるのも当然のことだ。
そう、最初から雑魚は切り捨てておくべきだったんだ。
「…俺は…何を…」
雑魚を切り捨てておくべきだった。
自分の脳裏に浮かぶその単語に、死神は違和感を覚えた。
「僕は…俺は弱者を救うために…この世界を救うためにここにいるはずだ」
それなのにどうして、雑魚は切り捨てるべきだなんて言葉が浮かぶ?
脳内に浮かぶ、数多の自己矛盾。
どす黒い感情、結論を抱く死神は、頭痛のような目眩を感じ、頭を抱える。
「俺は…お前を倒す…倒してこの世界を救うためにここに…そのためにここにいるんだ!」
「それは大層なことだ。しかし、冷徹になりきれないソナタでは、妾に勝ち目などない…いや、最初からない」
右足を氷の義足で補い、死神は立ち上がる。
まるで見世物を見ているように、愉快そうに話すティナは、自慢をするように手を伸ばした。
「妾のレベルは45。この地球上の生物、混沌を除いた中で最も高く、そして最強の異能力者だ」
「な…」
アリスは血反吐を吐きながら、ティナの話に耳を傾けた。
最初から詰んでいたのだ。
これだけの戦力を世界から掻き集めれば、いくら異能王を倒した相手と言えど、勝てると思っていた。
しかし蓋を開けてみるとどうだ?総帥、冠位、戦乙女はまるで歯が立たないし、味方を利用されて殺し合いまでさせられる始末。
挙句に相手は元異能王で、イカれた異能を使う。
「まだ終わってねぇんだよ!クソババア!」
「愚かな」
血走った目で青色に輝く神器を両手で振るった戦乙女、マーニー。
誰もがレベル差、実力者差を感じ動かなくなる中で動いた彼女は、ティナが指を動かすと同時に、呆気なく地面へと墜落した。
マーニーの腕が宙を舞い、その腕は水たまりの中へと音を立てて墜落する。
「ぅぅぅっ…」
「マーニー…!」
「キサマぁあ!」
腕を落とされ蹲るマーニーを見て、男勝りな性格の女は神器のハンマーを手にして、一直線に走り始める。
「馬鹿が…!」
「援護するぞ!アルデナ!」
「まだ実力の差がわかっていないのか?」
男勝りな性格の戦乙女に続く、ガーネと寺坂、そしてアルデナ。
男勝りな性格の女とガーネは一直線にティナへと向かい、寺坂とアルデナは、彼女たちを援護するように、風の異能、そして泥人形を使用した。
彼らが異能を発動させると、無数の紫色の閃光が輝き、一瞬だけ視界が真っ白になった。
瞬間、両手両足、様々な箇所が、銃弾で撃ち抜かれたのかと思うほどの激痛が、全身を襲う。
それは声すら出せぬほどの痛みで、寺坂は真っ暗な夜の中、自身の両手両足を見下ろした。
焼肉のような焦げた匂いと、身体には小さな穴が複数空いている。
血管すら焼かれているのか、血の類は一切流れずに、その穴から上がるのは、黒い煙だけ。例えるなら、身体が蜂の巣のようになっている。
「がっ…」
特にガーネと男勝りな性格の女は、ティナに近づいていたということもあってか、遠くから見ても数十の穴が空いているように見えた。
「残念だ。こんな雑魚に警戒していた妾が、馬鹿らしく思えてくる」
こんな化け物に、一体誰が勝てるというのだろうか?
総帥ですら歯が立たない、冠位ですら一方的に嬲られる、圧倒的な力。
絶望に打ちひしがれる寺坂は、再び立ち上がった5人の姿を見て、声を漏らした。
「もう…やめろ…全部無駄になる…」
「無駄だって?何故そう言い切れる」
「流石の総帥でも、これには負けを確信したのか?」
「そんなだから、総帥止まりなんだよ」
寺坂を口々に罵りながら、ティナの元へと近づく5人。
王から直接賜った冠を手にし、歩く冠位たちは、まだまだ余裕でもあるのか、その足取りは疲労を感じさせない。
「やはり、最後まで立っているのはソナタら冠位か」
〝炎帝〟のレッドと、〝雷帝〟のチャン、〝風帝〟のヴェントに、〝閃光〟のルーカス。そして〝道化〟の死神。
世界最高戦力とも言える5人の冠位は、それぞれの神器を構え、ティナと程よい距離をとって立ち止まる。
「これほどのピンチは、いつぶりだろうか?」
「いつって、人生初っしょ〜」
「ふっ、そうだな」
「話は済んだか?」
「もういいだろう」
雨音の響く中、佇む5人と1人。
冠位の5人目を前にしても、動じたそぶりも、焦ったそぶりも見せないティナは、ゆっくりと口を開いた。
「それじゃあこれが、第3ラウンド?」




