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崩壊狂想曲

「クッソうぜぇ…!」


 鳴神も纏わず、純粋な剣技のみで使徒を切り裂く。


 大きく息を吐き、そして吸ってを繰り返す悠馬は、かなり息の上がっている様子で使徒と戦っていた。


 鳴神を使えば瞬時にケリをつけることくらい出来るだろうが、今はシベリアに入ってすぐの場所だ。


 そんなところでいきなり異能の体力を馬鹿みたいに持っていくのは、フルマラソンのスタート地点で100メートル代表選手並みの速さで走り始めるようなものだし、バカの愚策としか思えない。


 幸いなことに、使徒の一体一体は神宮以下の実力だし、異能を使わずとも神器のみで簡単に圧倒することができた。


 問題は、この圧倒的な数の多さだ。

 一対数百という状況に置かれている悠馬は、連携すら取れない使徒同士をぶつかり合わせ、ヘイトを自分から使徒同士に移し変え、少しでも数を減らそうと試みる。


 しかしこいつらも、そこまでバカじゃないらしい。


 ぶつかった直後はお互いに潰し合うのだが、それも数秒経てば人として動いている悠馬の元へと攻撃を繰り出してくる。


 正直言ってかなり鬱陶しい。


「はぁ…はぁ…クソ、何時間経った?」


 もう自分が何時間戦ったのかなんてわからないし、築き上げた使徒の山の数を数える余裕すらない。


 幾度となく振りかざした剣技を研ぎ澄ませ、さらに効率よく、さらに早く使徒を屠ることだけに専念する悠馬は、自身が立っている使徒の山が数メートルを超えたことなど気づきもしない。


 数で言えば、すでに80体近くを屠っているだろう。


 いくらレベルの低い使徒といえど、これだけの数を制圧できる悠馬のレベルというのは、かなりの高さになっているはずだ。


 倒しても倒してもキリのないほど現れる使徒に嫌気がさしながらも、悠馬は遠くに見える大型の使徒を睨む。


「アイツは何もしねえのかよ!」


 最初こそ咆哮を上げて近づいて来た大型の使徒だったが、アレはある程度近づくと、動きを止めて定期的に咆哮をあげるだけ。


 ほかの使徒の援護するわけでもなければ、遠距離からの攻撃も仕掛けてこないのは正直助かるが、アレの目的が何なのかも、かなり気になるところだ。


 アイベルや神宮のように自我を持っているのか、それとも特殊な使徒なのか。


 伸びて来た触手のようなものを斬り落とし、そして氷で出来た槍を放った悠馬は、再び発せられた大型使徒の耳をつんざくような咆哮に顔をしかめ、次々と現れた使徒を見る。


「無限ループかよ…」


 嫌気がさすこの作業に嘆いた悠馬は、迫り来る使徒を斬り刻み、そしてふと気付く。


 悠馬が使徒をある程度倒し終え、終わりが見えてくると、あの大型の使徒が咆哮を上げているような気がする。


 そしてあの大型使徒が咆哮をあげると、どこからともなく使徒が現れ、攻撃を繰り出し…をループしているような気がして来た。


 最初こそ余裕がなく、周りを見ることができていなかった悠馬は、慣れて来たこともあり法則性に気づき、使徒の山から走り始めた。


「それなら話が早え」


 あの大型使徒を屠れば、終わりが見えるということだ。


 あの使徒の咆哮さえなければ使徒が呼ばれないのだと判断した悠馬は、凍える雪原の中、鳴神を纏い加速する。


 黄金色の雷が、白銀の世界と混ざり合い、儚くも美しく消えていく。


 悠馬の体内へと収束した雷は、クラミツハの神器にまで伝達されると、それと同時に神器を鞘を収め、悠馬は一周回転してから抜刀した。


「飛べ…!雷切!」


 その速度は、鳴神も相まって目にも止まらぬ速さで、悠馬が抜刀した神器から放たれた一撃は宙を舞った。


 斬撃が飛んだわけではない。

 雷切、つまり神器に纏わせた雷を飛ばしただけだ。


 雷鳴のような轟音を立てながら、悠馬が抜刀した速度と変わらぬ速度で突き進む雷は、三日月型のまま飛翔し、大型の使徒へと直撃する。


「グオオオオ…」


 ドゴン!という沈むような音と共に、大型の使徒がほんの数センチだけ宙に浮く。


 初めて聞く、大型使徒の咆哮以外の鳴き声。


 外見にこそ傷は見えないが、ダメージを負ったのは確かだろう。


 大きく仰け反り咆哮をあげる使徒へと一直線に走る悠馬は、十数メートルはあるだろう、大型の使徒へと飛び乗った。


「そう暴れんなよ…!」


 像のような灰色をした巨体と、そして靴を履いていてもわかる、硬質な皮膚。


 人とは思えない、鬼のような顔をしている大型使徒を見た悠馬は、神器で暴れる大型使徒の背中を突き刺し、落下しないようにしがみつく。


 いくら硬いといえど、神器での攻撃は通るようだ。


 神器を突き刺したところから吹き出る紫色の血液を見た悠馬は、耳をつんざくような咆哮に顔をしかめながら、さらに深くへと突きさす。


「うるせぇ!」


 ちょうど神器の半ばあたりまでが深く刺さったタイミングで、大型使徒はこれまでで一番暴れ狂う。


 それはロデオに乗っている時とは比べ物にならないほど激しく、悠馬は両足を浮かせ、刺さっている神器だけを頼りに、両手でしがみつく。


 咆哮と共に、各方面からどこからともなく使徒たちが現れる。


 振り回されながら周囲のことを確認した悠馬は、その圧倒的な数を見て驚愕する。


 千体くらいはいるんじゃないだろうか?

 もし仮にこれ以上使徒を呼ぶことができるというのなら、いよいよ詰みだ。


 約100体を倒すのですら息が上がったというのに、その10倍を倒すなんて、異能を使っても厳しいだろうし、これ以上増えたら敗戦が濃厚になってしまう。


 しっかりと握る神器の柄へと目をやった悠馬は、暴れる灰色の大型使徒を睨み、声を荒げる。


「死ねよ!貫け、雷切っ!」


 深くまで突き刺さる神器に雷を通し、一気に放電する。


 いくら外皮が硬いといえど、内部は当然柔らかいし、内側からの攻撃ならかなりのダメージを負うはずだ。


「ギアアァァア」


 使徒の断末魔のような悲鳴が、シベリアに轟く。


 どんな生物だって、どんな機械だって、内側は脆い。何しろ生物は外敵から身を守るために外皮を硬くしたり、毒を纏うわけであり、自身の身体の中から攻撃がされることなんて想像もしないだろう。


 真っ白な吹雪が吹き荒れる中、崩れ落ちる大型使徒の背中から雪原を見る。


 すでに雪原と言えるのかは、怪しい景色になっていた。


 赤く染まった雪原、わけのわからない色の血液のかかった雪原、夥しい数の使徒の残骸。


 しかし不思議と、不安や恐怖は湧いてこなかった。


 その原因は感覚が狂ってきたからなのか、はたまた死の予感を感じないためか。


 大型使徒の断末魔を火切に、ラストスパートだと言いたげに集まってきた使徒たちへと視線を落とした悠馬は、仮面の裏で深い溜息を吐いた。


「あと一息だ…」



 ***



 一方その頃、日本支部、いや、全世界ではさまざまな激震が走っていた。


「聞いたか?異能王行方不明だってさ」


「ロシア支部は軍部のお偉方が総帥を幽閉したんだろ?」


「え?噂じゃ、ロシア支部が宣戦布告したって聞いたけど」


 行き交う人々の話を聞きながら、夕夏は亜麻色の髪を揺らし歩く。


「夕夏はどう思いますか?」


「どうもこうもないよ…だって、不安を煽ったって、私たちには何もできないよ?」


 異能王が行方不明になったことはニュースでもやっているが、その他のことはまだ事実かどうかもわからない。


 それに夕夏は学生だし、ここ異能島で騒ぎ立てている人々だって、ただの学生だ。


 当然だが、不安を煽ったって、相談し合ったって異能王を見つけ出せるわけでも、ロシア支部の噂が事実であるのかも確認できるわけじゃない。


 つまり考えるだけ無駄で、どう思っているのかと聞かれたら、特になんとも思わないとしか答えられない。


 自分のちっぽけさを知っているつもりの夕夏は、変わらず賑やかな異能島の大通りを朱理と歩く。


「ですがそうも言ってられないかもしれませんよ?」


「どうして?」


「王城、アレは3日後に日本支部の上空を通過するようです」


 今までは海の上しか空路にしていなかった異能王の空中庭園が、異能王不在の中勝手に動き、そして初めて大きな陸の上を横断する。


 これまでだって小さな島の陸の上は通り過ぎていたのかもしれないが、なんだかわからない、奇妙な不安を感じる朱理は、紫色の瞳を夕夏に向ける。


「きっと大丈夫だよ」


 朱理の不安を一蹴する夕夏は、いつもと同じにこやかな笑みを、彼女へと向ける。


 その笑顔は、みんなを落ち着かせてくれるような、そんな暖かくも感じるものだった。


「っと…すみません」


 夕夏へと視線を向けていた朱理は、前から歩いてきた人物とぶつかり、目を合わせる。


「こちらこそすみません」


 朱理はその人物と目を合わせて、顔を見て、硬直した。


「悠馬…さん?」


 真っ黒な髪に、真っ黒な瞳。

 そこだけ見てしまえば全くの別人にも思えるが、顔や体格、そして声までもが悠馬と全く同じ。


 スーツを着ているその人物は、朱理と目を合わせると、すぐに目をそらした。


「す、すみません!人違いです!」


 硬直する朱理を引き戻すように、夕夏は朱理を揺すりながら謝罪をする。


「あ、ああ…そうなんだ。それじゃあ僕は急いでるので」


 朱理と夕夏と目を合わせた彼は、逃げるようにしてそそくさと去っていく。


「夕夏…アレは…」


「世の中には同じ顔の人が3人いるって言うし、きっと悠馬くんによく似た人だよ…」


「そうでしょうか?」


「オーラが悠馬くんじゃなかったもん。あと匂いも」


 よく似た人という言葉で片付けるには、全てが似すぎている。


 彼の表情、仕草で悠馬だと判断した朱理に対して、夕夏は匂いとオーラで悠馬じゃないと判断していた。


「匂い?ですか?」


「そう。全然違う。花蓮ちゃんの匂いもしない悠馬くんは悠馬くんじゃないの!」


「そんな匂いするんですか?」


「うん!」


 花蓮さんの匂いって、一体なんでしょうか?


 別に花蓮が独特な香水を使っているわけではないし、今まで花蓮の匂いに変な思いをしたことがないため、朱理は眉間にしわを寄せる。


「要するに、女の匂いがしないと?」


「まあ、そういうことになるね」


 これだけ彼女がたくさんいるのに、彼女たちの匂いが一つもしないなんておかしい。


 それにオーラだって、あのオーラは、悠馬が入学した直後に放っていたようなオーラだった。


 程よい距離感を取っているような、どこか暗いオーラを周りに漂わせ、無理して笑っている時もあるような、そんなオーラ。


「アレは悠馬くんじゃないよ」


 夕夏はそれが死神で、暁悠馬だと知らずに、自分と共に過ごしてした悠馬ではないとすぐに理解した。


 おそらく、悠馬が入れ替わりを決行していたら、1日目でバレてしまっていたことだろう。


 ギラギラと照りつける太陽を見上げた夕夏は、ふと、今の話で悠馬のことを考え、胸を抑える。


「悠馬くんのおじいちゃん、大丈夫かな?」


 危篤状態などという適当な言い訳をした悠馬の言葉を、真摯に受け止める夕夏。


 悠馬に対して、妙な不安感を感じる夕夏は、地面が少しだけ揺らいだような気がして我に返った。


「逃げろ!あっちで学生が暴れてるぞ!」


「あらら…日本支部も、治安が悪いですね」


 暴れ始めた生徒に近づかぬよう、走って逃げ始める学生たち。


 特に野次馬をする気でも、助けに入る気もない夕夏と朱理は、暴れていると言われた方角を見て、スーツの男を発見する。


「あ、ニセモノさんですね」


 暴れている生徒と戦うのだろうか?


「そういえばあの人は…学生でもないのに、どうやってこの島に入ってきたんでしょうか?」

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