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永久凍土シベリア

あれから1日ほどが経過し、悠馬は潜水艦の中でようやくシベリアへ近づいていることを実感する。


潜水艦の中は、1人ということもあってかかなり暇だ。

その理由はほぼ間違いなく、この無機質な空間で、テレビも何も見ることができないからだろう。


薄暗い黒鉄の通路に、何も置いていない大部屋。


制御室は当然のことながら使い方がわからないため触れないし、あるのはトイレと備蓄された食料と風呂とベッドのみ。


本もテレビもトレーニング施設があるわけでもないこの潜水艦で、今から死地へ向かうのだと考えると、気が狂いそうになってしまうくらいだ。


本来ならば、軍人同士で何気ない会話をしたりして励まし合うのかもしれないが、今回悠馬は死神として、たった1人でロシア支部へ向かわないといけないため、会話を交わす人間などいるはずもない。


恐怖や不安が異様なほど募っていく。

それはきっと、この無機質な空間で、潜水艦の駆動音しか聞こえてこないからだろう。


だからといって、気を紛らわす方法がない。


悠馬はもともと、1人が好きだ。

その原因は4年前のテロの影響で反転してから、他人と距離を置くようになったから。


1人が好きというか、慣れたと言ってもいいのかもしれない。

高校に入ってたくさんの人と友達になり、彼女もできたわけだが、別に1人の時間が悲しくて、寂しくて誰かを呼ぼうと自らアクションを起こすことはなかった。


つまり何が言いたいかというと、悠馬は人一倍、寂しさに慣れているつもりだった。


しかしそんな悠馬でも、流石にこの状況はかなり堪える。


死地に向かうのに、誰と話せるわけでもなく、返ってくるのは潜水艦の駆動音と、自分の反響した声。


人は1人では生きていけないというが、その通りだと思う。


箱の中に閉じ込められたようなこの空間に1人、ただ1人で1日を過ごした悠馬は、不安を紛らわすように神器を振るう。


「…デバイスも持ってきた方が良かったのかな」


クラミツハの神器だけで大丈夫だろうか?

足りなかっただろうか?


もう直ぐシベリアに到着というタイミングで、自分の所持品に不安感を覚えた悠馬は、銀色に煌めく刀身を鞘に納め大部屋から出る。


自動ドアがプシューと近未来的な音を立てながら開き、真っ黒な鉄でできた通路を歩く。


ここだけ見ると、どこかの対策本部に呼び出された各国の重鎮みたいな感じに見えて、ちょっとだけ楽しかったりもする。


真っ黒な廊下を抜けた悠馬は、武器補完室と漢字で記された扉の前まで寄り、備え付けてあるパネルに手を触れた。


触れる前は赤くLOCKと記されていたパネルは、悠馬が手を触れてから数秒後に緑色でUNLOCKと表示され、それと同時に近未来的な機械音を立てて扉が開く。


この扉はどうやら、指紋が登録されている人物しか開けられないようになっているようだ。


まぁ、敵軍が勝手に乗り込んで武器や弾薬を好き放題扱えるようなシステムだと大惨事だし、指紋認証やアナログなパスワード式なんかが無難だろう。


「おお…」


扉が開かれた先に映る景色を見て、悠馬は声をあげる。


薄暗く、室内の壁に施された緑色の線のようなものが中を照らし、目を刺激しない、どちらかというと夜寄りの空間が広がっている。


初めて見る光景に驚きを隠せない悠馬は、そこに並べてある武器の数々へと駆け寄った。


実物で見るのは初めての武器ばかりだ。


短剣型のデバイスや、小太刀、ヌンチャクなどなど、実戦で使えるのかどうかは知らないが、種類だけは豊富に置いてある。


軍ではさまざまな武器の使い方を指導し、その中から自分の異能、そして戦い方に適したデバイスを使用していくため、素人目で「え?こんなしょぼい武器で戦争すんの?」と感じたものでも、実はかなり強かったりもする。


悠馬は基本的に刀、剣での戦闘を得意とするため、身体強化系が得意とするであろうヌンチャクやナックルダスターといった、近接戦闘向きの武器は使用しない。


こういうヌンチャクなんかにも、異能が通せるのが面白いところだ。


目に入ったヌンチャクを手にした悠馬は、雷の異能を発動させてヌンチャクから放電してみる。


「んー…やっぱダメだよな」


バチバチ、という弾けたような音と同時に、中の回線でもショートしたように纏わせた雷が消えたヌンチャク。


こういう近接向けのデバイスは、六大属性持ちが使うのを想定していないため、剣や刀、小太刀というデバイスと比べて異能の許容量が少ない。


要するに繊細ということだ。


壊れたデバイスを空いているテーブルに置いた悠馬は、泥棒が家の中を物色するようにキョロキョロと周囲を見渡す。


「へぇ…こういうのもあるんだ…」


入り口は近代的なデバイスたちで固められていたが、奥に進むにつれて前時代的な武器が増えていく。


明らかにデバイスではない短剣や、拳銃、スナイパーが使うであろう狙撃銃などなど、前時代の武器に全く興味がない悠馬でもわかる、王道的な武器たちが並べられている。


いくら化学兵器や武器がほとんど意味をなさなくなったからと言って、それが全て使われなくなったわけじゃない。


当然のことだが、同レベル同士の戦闘に陥った場合、デバイスやこういった前時代的な武器が勝負の決め手になるわけであって、体力が尽きた時だって、拳銃一つあれば時間を稼ぐことはできる。


まだまだ利用価値のある武器に視線を落とした悠馬は、ただ一つ、異様なほどの数が用意され、そしてコストもかからないであろう小型の拳銃が置いてあることに気づく。


「なんだ?これ」


武器というにはあまりにシンプルで、これで戦え、これを持っていれば安全だと言われたって気休めにもならない。


なぜこんなものがたくさん置いてあるのか不思議に思った悠馬は、慣れない手つきでその拳銃を手にして、中に入っていた弾を見た。


「使いかけ?」


中に入っていたのは、たったひとつの弾。

それが何を意味するのかわからない悠馬は、数丁の拳銃の中身を確認し、その全ての中身が1発の弾丸だったことを知り、ある結論を出す。


この拳銃は、おそらく自殺用だ。

多分だが、敵の捕虜になったり、もう生きられないと悟った際に自らの意思で、一瞬で楽になるために用意されているのだろう。


どのデバイスよりも、どの武器よりも多く用意されていることから察するに、軍は1人ひとつ、これを持たせて動いているのだろう。


「縁起でもねえな…」


いきなり怖いものの確認をしてしまった悠馬は、両肩をさすりながら奥へと進む。


「…こっちはバトルスーツか…」


様々な形のバトルスーツや手袋、靴が用意されてある。


武器は当然のことながら、そのほかの装備もあることを知った悠馬は、1番動きやすそうな黒色のバトルスーツを手にして、興味深そうに触り心地を確認する。


「まあ、布切れ一枚で戦うよりは気休めになるかな?」


普段着やスーツで戦うよりも、受けるダメージは抑えられるはずだ。


それにシベリアの寒さ対策もある程度できるだろうし、使うに越したことはない。


悠馬はバトルスーツを着ると決めると、ポケットからロケットペンダントを取り出して、それを室内にかかっていたチェーンで結ぶ。


「…これは壊したくないもんな」


悠馬はロケットペンダントを開き、軽く微笑んで見せた。


ペンダントの中に入っていたのは、花蓮と夕夏、朱理と美月とオリヴィアと、そして悠馬の6人で撮影した集合写真だった。


みんながみんな笑顔で、この写真はそれぞれが持っている。


大切なものとして、忘れたくないものとしてそれを手にしている悠馬は、お守りという形で、それをネックレスのように首にかけた。


バトルスーツを着て、ホルダーを付け、神器を腰の辺りに装備する。


武器は最低限だ。

あまり重くなりすぎると鳴神を使った際に邪魔になるし、歩いている時に膝や腰に当たるだけでも、その感覚が邪魔で反応に遅れることもある。


黒いバトルスーツに身を包み、神器を携えた悠馬は、背後の腰に小太刀と短剣を一本ずつ差し込み、そして最後に右腰に一丁の拳銃を入れる。


もちろん、自殺をするというわけではないが、保険だ。


拳銃を使ったことはないし、扱えるのかどうかもわからないが、とりあえず一丁だけ持っていくことを決めた悠馬は、最後に道化の仮面を被る。


これで準備は9割完了だ。

あとは寒さ対策の防寒具を羽織って、永久凍土のシベリアに降り立つだけ。


「間も無く、目的地に到着します」


悠馬の準備が終わるのを待っていたかのように鳴り響くアナウンス。


もちろんこの船には悠馬しか乗っていないため、機械がかった合成音のような声だ。


そのアナウンスを耳にした悠馬は、声のするスピーカーを一度見上げると、自身の両手で頬を叩いた。


「っし…やるぞ」


ここで死ぬつもりはない。

この極寒の地を乗り越えて、必ず先に進む。


デバイスの確認をして、神器の確認を終えた悠馬は、武器補完室から出る。


薄暗く、そして無機質な廊下へと出た悠馬は、天井を見上げた。


「はぁ…」


外は永久凍土と聞いているし、常に氷点下だとは聞いているが、一体何度くらいなのだろうか?


出た瞬間に凍りついたりしないよな?


第5次世界大戦において、ディセンバーと戦神が戦う舞台となったのが、現在永久凍土になっているシベリア。


氷の覚者同士が激突し、核兵器ですら意味をなさないと明言されることとなったこの都市では、人々は生きていけない。


悠馬はディセンバーの強さも、そしてオリヴィアの強さも知っているため、外のことを考えるとどうしてもゾッとしてしまう。


少なくとも、今の悠馬が冠位に勝つビジョンというのは見えない。


零がいたのならば、ディセンバーの時のように立ち回れたかもしれないが、残念なことに零はあれから呼びかけにも応じないし、どこにいるのかもわからない。


もしかすると本当に無茶をしすぎて悠馬の中から消滅したのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


ただ一つ言えることは、零に頼れないということだけだ。


無い物ねだりをしたって意味のないことだとわかっている悠馬は、コツコツと足音を立てながら、青いラインの光っている大きな扉の前で立ち止まる。


武器補完室と同じように、タッチパネルに赤くLOCKと記されている場所に触れ、そのパネルが緑色に変わる。


変わらぬ近未来的な音を立てて開いた扉からは、凄まじい冷気と、そして大粒の雪が降り注いできた。


「っ!」


暖かい潜水艦内から外へと一歩踏み出した悠馬は、外の空気を吸い込むと同時に、肺が凍えるような感覚に囚われる。


もしかすると、あまり息をしていると肺が凍るんじゃないだろうか?


そう思えるほど、外は寒かった。

そして仮面越しに見える、一面の銀世界。


ダイヤモンドダストと言うのだろうか?キラキラと煌めく、銀世界を強調するようなその景色を目撃することとなった悠馬は、一瞬目的など何もかも忘れて息を呑む。


これが人が異能で生み出した景色だと言うのか?


目の前に広がっている光景は、人間が猛威を振るったと言うよりも、もはや自然が巻き起こしたと言わないと説明がつかないような光景だった。


その光景は、2人の覚者が激突し巻き起こしたものとは思えないほど美しく、そして静かに感じる。


どうしようもない虚無感と、そして一周回って穏やかになってくる心。


オリヴィアの強さを知っているつもりでいたが、これを見てしまうと、彼女が今までどれだけ手を抜いて相手をしてくれていたのかはバカでも理解できた。



「俺は今から…こんな事象を巻き起こすことのできるバケモノと戦うのか?」


こんな事象を巻き起こしたオリヴィアですら、勝てるかどうかわからないと話す人物と戦うのか?


いや、戦うんじゃない。勝てるのか?


雪景色を見て、悠馬の心に芽生えた新たな不安。

それをかき消すように首を振った悠馬は、遠くに霞んで見える、大きな影を見つけて目を細めた。


「なんだ?アレ…」


人というにはあまりに大きすぎて、機械というには、あまりに動きが柔軟すぎる。


まるで像を二頭足したような大きさの、柔軟に動く影を見つけた悠馬は、それが何なのかを考え、ある答えを導き出す。


「オイオイ…いきなり使徒のお出ましかよ」


ロシア支部が使徒を飼い慣らしていたなんて知らなかったが、こっちは使徒なんかじゃなくて、冠位を相手にする覚悟でここに来ているんだ。


今更使徒が現れたところで、驚きも怯えもしない。


仮面の裏で白い歯を見せた悠馬は、大きな使徒の周りにも、いくつもの影があることに気づく。そしてそれを見つけると同時に、悠馬の笑顔は消えていった。


「…まじかよ」


大型の使徒の周りに見える影は、数十などではなく数百。


大型の使徒は、悠馬を見つけたのか、大きな叫び声を上げながら近づいてくる。


「…全部ぶっ潰してやる」


7月30日、時刻は14時を回った頃。

使徒の咆哮と共に始まった大戦は、世界を巻き込みながら激化していく。


これが空中庭園が日本支部へとたどり着く、10時間前の出来事だった。

10時間前…?

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