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戦神として

 あれから悠馬は、夕夏と朱理と言葉を交わして、自身の寮へと戻った。


 あと数時間もすれば、彼は暁悠馬ではなく、冠位の死神として、ロシア支部の漆黒を鎮圧しに向かわなければならない。


 そのためにはまず、状況整理だ。


 最初に今回の緊急事態の原因は、あのお方が異能王を攻撃し、どこかへと消し去ったことだ。


 あのお方は物語能力、つまり夕夏や混沌と同じく、自分の思い描いた通りに未来を書き換える異能を持っているらしい。


 それは元は夕夏のセラフである椿の異能らしく、他のすべての異能とは一線を画す、次元の違う異能のようだ。


 そんな異能を持つあのお方が日本支部を狙う理由は、ほぼ間違いなく、夕夏に原因しているのだろう。


 おそらくあのお方の狙いは夕夏だ。

 自身と同じ異能を持つ夕夏を一度襲撃していることを鑑みるに、確実だと言ってもいい。


 あのお方は夕夏を手にして、何かをしようとしている。


 殺すのか、それとも味方に引き入れるのか、詳しくはわからないが、悠馬だってはいそうですかと彼女を渡すつもりはない。


 だから正直なところ、今日からロシア支部へ向かい、異能王の空中庭園が日本支部に来るまでの4日間の間に、漆黒の鎮圧を図りたいところだ。


 そうすれば、この島に戻ってこれるだけの時間はあるだろうし、あのお方が来る前に立ち回ることもできる。


「まあ、舞台を空中庭園にするって言っていたし、この島にいる夕夏に危害が加えられることはないと思うが…」


 死神の実力は知っているし、アレが負ける姿は、残念なことに考えられない。


 それに死神だけではなく、寺坂や各支部の総帥、冠位だって動くわけだし、これだけの戦力で叩かれてあのお方もただで済むわけがないだろう。


 問題は、悠馬がこれから向かうロシア支部だ。


 本来は死神が行うはずだった鎮圧。

 それを行うことになった悠馬は、オリヴィアの話を思い出しながらため息を吐いた。


 オリヴィアにアレだけ弱気な発言をさせることのできる漆黒、ルクスという人物がどれだけ強いのか、気になるところでもある。


 元はザッツバームの救出作戦らしいから、最悪ルクスとは戦わなくてもいいだろうが、おそらく戦闘なしでは通れない場所で待ち構えているはずだ。


 しかしそんなルクスに対し、こっちだって無策というわけじゃない。


 悠馬はこの数ヶ月、オリヴィアと一緒に特訓をしてきたし、右目が見えない戦いにも慣れてきた。


 一方的に負けることはないだろうし、異能の数で言えば圧倒的にこっちの方が有利。


 手数で押し切ることさえできれば、負ける敵ではないはずだ。


 そこまで考えたところで、悠馬は勢いよく開いた扉により思考を中断させられる。


「悠馬!」


「どうしたんだ?オリヴィア」


 玄関からズカズカと入ってきた、オリヴィア。

 時刻は午前5時を回ったタイミングで寮へと入ってきたオリヴィアの表情は、怒りに歪んでいた。


 呑気な表情で立ち上がった悠馬に、オリヴィアは思い切り平手打ちをした。


 パチン!という乾いた音が室内に響き、悠馬は勢いで顔を横に向ける。


「君は…君は何をしようとしている!?」


「なんの話だよ?」


「聞いたぞ!花蓮に!今日突然悠馬が来たと…!君は、君は!」


 まるで死にに行く兵士みたいじゃないか。


 アメリカ支部冠位・覚者である戦神が、今の世界の状況の知らせを受けていないということはまずあり得ない。


 つまりオリヴィアは、今世界がどういう状況なのか、何が起こっているのかを知っている。


 アメリカ支部の軍人として数年間生きてきたオリヴィアは、戦争に向かう兵士たちの姿と悠馬を重ねた。


 死ぬ前に挨拶をしに来たような、そんな悟った顔。


 オリヴィアは悠馬と顔を合わせ、悠馬が何をしようとしているのかをなんとなく察した。


 そして死を覚悟していることも。


 オリヴィアは悠馬の胸ぐらをつかみ、ベッドへと押し倒すと馬乗りになる。


 ドサっとベッドが大きく揺れ、悠馬の頬には、彼女の涙が降って来た。


「なんで…どうしてそんな顔をするんだ…君はあの日、死にたくないと言ったじゃないか…」


「そうならないために、戦うんだよ」


 死にたいから戦うんじゃない。生きたいから戦うんだ。


 表情とは裏腹に悠馬の心の中には生への執着もある。


「私も付いていく!君がどこへ行こうと、私は側に…」


「ダメだ」


「なぜだ!君は…君の体はもう…」


「ああ…俺はこれを乗り越える。乗り越えて、必ず戻ってくる」


 大切な人を失うのが怖いオリヴィアの叫びに、悠馬は答える。


 馬乗りになるオリヴィアの頭を撫でながら、優しく。


「嫌だ…!私は戦神として、君に付いていくんだ!」


「断る。俺はオリヴィアに、この居場所を守っていて欲しいんだ」


「居場所…?」


「ああ。きっと、この島にだって戦争の火の粉は降ってかかる。そんな状況でオリヴィアもこの島から離れると、きっとたくさんの犠牲者が出てしまう」


 もちろん、死神がいる場合はなんの犠牲者も出ないだろうが、それでも万が一ということはある。


 悠馬が帰って来たとき、この島に誰もいなかったら?みんな死んでいたら?


 きっと、この居場所を守れるのは、オリヴィア以外にいない。


「花蓮ちゃんを…夕夏を…美月を…朱理を守って欲しい」


「……わかった」


 居場所を守れるのは、自分しかいない。

 悠馬の話を聞いて、冷静に戦力分布を考えたオリヴィア。


 悠馬はロシア支部に向かうこと、そして漆黒と戦うことは話さなかった。


 話したら、絶対に止められるから。


 悠馬がどこかへ向かうのは悟っているだろうが、その行き先を知らないオリヴィアは、少し落ち着いたのか、悠馬の上で動かなくなる。


「でも、許さない」


「え?」


「死んだら絶対に許さないからな…君は私の全てなんだ…どこへ行ったって、君がいなくなったって、絶対に変わらない」


「ああ…大丈夫だよ。俺が行くところに、あのお方はいないから。もちろん、ディセンバーみたいなやつもね」


「……そうか。君が挨拶をして回っていると聞いたから…少し取り乱してしまったのかもしれない」


 勝手にスケールの大きなことを考えていたと思ったオリヴィアは、少し落ち着いたらしい。


「だから、俺が不在になっても、頼むよ」


「ああ…任された」


「それと、俺がいない理由は、祖父の危篤状態とでも伝えといてくれ」


「あ、ああ…」


 祖父が危篤状態になったって、多分顔を合わせにすら行かないだろうけどな。


 適当で、そして納得の行きそうな言い訳を呟いた悠馬は、オリヴィアを押しのけて立ち上がる。


 あと数時間の猶予はあるが、ここでオリヴィアと話していては気が変わりそうだし、何よりボロを出しかねない。


 1人で落ち着く時間の欲しい悠馬は、オリヴィアの額にキスをすると、外に向かって歩き始めた。


「行ってくる。すぐに戻るから」


「ああ…待っている」




 ***




「よ。昨日はよく眠れたか?」


「…そう見えるか?」


「見えないな」


「なら聞くな」


 これから死ぬかもしれない場所へ向かうのに、よく眠れるわけがない。


 だから一晩かけて彼女たちに会いに行ったわけだし、朝早くから行動していたわけだ。


 軍人でもなければ、実戦経験もない悠馬は、当然1時間程度しか眠れなかったわけで、その1時間だって安眠できたわけじゃない。


 不安に恐怖、少しの期待。

 さまざまな気持ちが渦巻き、彼女たちへの後ろめたさが喉元まで出かかり、脳みそをぐるぐるとかき回されるような感覚。


 今でもそんな不安が渦巻いている悠馬は、仮面を外した黒髪の自分、死神を睨む。


「そう怖い顔するなよ」


「…それで?詳細を話してくれよ」


「ああ、お前にはあと30分後、第1学区にある港から、日本支部の最新鋭潜水艦でロシア支部に向かってもらう」


「おい、俺は潜水艦なんて操縦できないぞ?」


「安心しろ。自動操縦だ」


 アメリカ支部のステルス潜水艦を思い出した悠馬は、てっきり自分が運転をするのだと恐怖を感じたが、どうやら違ったらしい。

 自動操縦が備え付けられていると聞いて安堵する。


「到着先は、当然だがロシア支部。そして、これは忠告だが、潜水艦にお前以外の乗員はいない」


「だろうな」


 これは戦乙女からの指令であって、総帥からの指令ではない。


 そもそも戦乙女の判断では勝手に他国の軍は動かせないため、死神という冠位に頼ったのだ。


 当然だが、日本支部からの援助はないということになる。


「到着場所はロシア支部のどこだ?」


「シベリアだ。あそこは戦神のおかげで完全放棄されているからな」


 シベリアといえば、第5次世界大戦の舞台になり、そしてオリヴィアが永久凍土へと変えた土地でもある。


 そのシベリアは、到底人間が生きていける環境ではなく、年中大吹雪。


 家を建てたって外へ出られないし、軍事施設を建てようにも吹雪で視界も悪く環境も劣悪なため、ロシア支部はシベリアを完全に放棄していた。


 シベリアには凍りついた核兵器もあるし、その辺を鑑みても、触れたくない、近寄りたくないという安全面を重視したのだと思う。


 そして悠馬が向かうのが、シベリアだ。

 軍の警戒もなく、監視カメラもなく、検問もない。


 なんの手続きも済まさずにロシア支部へと侵入できる唯一の経路であり、そして奇襲をかけるにはベストな場所。


「…寒いか?」


「寒いだろうな。夏といえど、あそこは永久凍土だ。気温は氷点下を記録し、生物は生きていられない」


「そうか」


 氷の異能に炎の異能持ちの悠馬でも、冠位の放った氷の上をひたすら歩き続けるのは、かなりしんどいだろう。


 真っ黒な瞳で悠馬を見た死神は、仮面を悠馬へと手渡す。


「今日から暫くは、お前が死神だ」


「ああ…この島のこと、頼んだ」


「必ず戻ってこいよ」


 この島には死神とオリヴィアが残る。

 戦力的に言えば冠位が2人残るということだ。


 下手な犯罪者ならば冠位には太刀打ちできないし、仮に敵が総帥だったって、死神と戦神を前にして生きて帰れる保証はない。


 この島はきっと安全だ。

 死神が伸ばした拳を見た悠馬は、彼の拳へと自身の拳を合わせる。


「…当たり前だろ。誰に言ってやがる」


「はは、俺だ」


 あと少しすれば、出発だ。

 拳を合わせた悠馬は、死神の真っ黒な髪を見てふと思い出したように口を開いた。


「そう言えばお前…どうして黒髪なんだ?」


「どうしてって…地毛が黒だからだろ」


「いや、そういうのじゃなくて…少なくとも俺は、悪羅を殺さない限りその髪色に戻すつもりはない。お前は悪羅を殺せたのか?」


 たしかに元々の髪色は黒だが、悠馬が茶髪に変えた理由は悪羅と同じ髪色が嫌だったから。


 子供じみた理由ではあるが、それに信念を持って数年間続けてきた悠馬にとっては、気になるところでもある。


 なぜ死神が黒髪なのか。なぜ自分の髪の色が黒に戻っているのか。


 興味本位で気になったことを聞いてみた悠馬は、戸惑うような死神を見て、眉間にしわを寄せた。


「質問にだけ答えると、俺は悪羅を殺せていない」


「殺せなかったのか」


「いや」


「ならなんだよ?」


 死神の曖昧な答えに、悠馬はますます険しい顔になる。


 悪羅を殺せていないのに、殺せていないことを否定する。

 答えにしては曖昧すぎるし、意味不明な返事を返す死神は、困ったような表情で口を開いた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()


「は?」


「つまり、俺が生きていた世界において、少なくとも悪羅百鬼という人物は存在していない」


 だから黒髪のままだし、茶髪に変えようなんて思いもしなかった。


 どういう答え方が正しかったのかは知らないが、悪羅百鬼が存在していなかったことだけを口にした死神。


 存在していなかったということはつまり、悪羅も死神と同じく時間遡行者なのか、それとも死神が時間遡行をしたことにより存在が確定した完全なイレギュラーなのか。


 はたまた別の要因で存在しているのか…


 悪羅が元々この世界に存在していないことを知った悠馬は、考え込むようなそぶりを見せながら頭を掻いた。


 今考えたところで、答えが見つけ出せるわけじゃない。


 今は目の前のことだけに集中すべきだ。


 無理に回転しようとする脳みそを、無理やり思考中断させた悠馬は、神器を手にして仮面を装着する。


「…行ってくる」


「ああ、行ってこい」

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