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狂った選択

 星屑から4択で迫られ、悠馬はそこに何かが足りないことに気づいた。


 それは些細なものだし、もしかするとそれも加味した上で星屑は話していたのかもしれない。


 だがしかし、もし仮にそれが選択肢の中の1つにも含まれていないとしたら?


 きっと未来は、変えられる。


 悠馬はわずかな可能性を想像し、人気のない道でゲートを発動させる。


 詰みなんて言わせない。これでおしまいになんてさせはしない。


 この未来は元より、死神が自分自身であって、初代異能王の文献を見た時から予測していたことでもあった。


 だから今更何を言われようが自暴自棄にはならないし、悠馬にできるのはただひとつ。


 勝つために、未来を変えるために精一杯足掻くことだけだ。


 悠馬が開いたゲートの先には、いつの日か見た、松明で照らされた迷宮の入り口のような、石で覆われた階段が広がっている。


 日本支部のトップクラスの犯罪者たちが収容される、タルタロス。


 そこへ降り立った悠馬は、周囲をキョロキョロと見渡し、そこに立っている警備を発見する。


「こんにちは」


「…学生?どうやって入った?」


「…あー…悪い。緊急事態で、素顔なんだ。俺は死神。日本支部冠位、覚者の死神だ」


「……指紋認証を」


「はいよ」


 訝しくも思っているだろうが、警備員は特殊な指紋認証機を悠馬へと見せ、そこに触れるように要求してくる。


 これで仮に悠馬が嘘をついていた場合はエラーになるだろうし、対処はその後でもいいと判断したようだ。


 まぁ、実際に悠馬が死神本人だった場合、門前払いをして責任を問われる可能性も考えたのかもしれないが。


「異常なし…どうやら本人のようですね。通って構いませんよ」


 悠馬が認証機に触れ、そしてなんの問題もなくそれを通過すると、衛兵はタメ口から敬語へと変わっていき、終いには敬礼をする。


 これを見て改めて思う。

 人間、舐められないためには上の地位に就くべきなのだろうと。


 悠馬もなんとなく、衛兵に合わせて敬礼をすると、今回はエレベーターでなく、階段を使って駆け下りる。


 目的地はもうわかっているだろうが、タルタロス地下第100階層、堅牢の間。


 そこには星屑と同じく未来を見通し、そしてなんの代償もなくベラベラと話すことのできるAさんがいる。


 自称異能王などと口走る精神異常者であるが、この際使えるものは使っておくべきだ。


 悠馬は自分の描いている未来でいいのか、それも星屑の言う未来に繋がるのかを知るために、Aさんの元へと向かう。



 ***



 タルタロス地下100階、堅牢の間。

 そこには相も変わらず、鎖で繋がれた人物の姿があった。


「暁悠馬くん。彼が来てから、一体何年経ったのかな?数十年?いや、三年くらいか?」


 ずっと地下に閉じ込められていたら、日付の感覚も狂っていく。


 特にここは、誰もたどり着いたことのない未開の地であって、ご飯が支給されることもなければ警備員が訪れることもない。


 無限に等しい時間を、何ひとつないこの空間で過ごす彼にとって、1日というのは何年にも感じて、そしてわずか数秒にも感じるものだった。


「はぁー、やることないなぁ…」


「そうでもないぜ?」


 1人嘆くAさん。

 奇妙なステンドグラスを見上げていた彼は、堅牢の間に響いた声を聞いてピクリと反応した。


「あれれ…おかしいな…君がここに戻ってくる未来はなかったはずなんだけどな」


 意外な来訪者。

 約1年前、エレベーターが墜落してしまい偶然顔を合わせた人物と、再び邂逅する。


「…去年から、何も変わってないんだ」


 大破したエレベーターの残骸はそのままで、最下層まで確認に行った人物はいないようだ。


 まぁ、誰だって何がいるのかもわからない最下層に行くのは嫌だし、悠馬もエレベーターが墜落さえしていなければ、ここに訪れることはなかった。


 奇妙なステンドグラスを眺めながら、悠馬は十字架の下に鎖で繋がれている人物を見る。


「Aさん。俺の未来、見えるか?」


「…入れ替わり大作戦。君の選択は、自分が死んで、もう1人の自分にこの世界の未来を託すこと。違う?」


「…さすがだな…アンタが怖いよ」


 星屑ですらわからなかった、イレギュラーと化した悠馬の判断を瞬時に見抜いたA。


 その並外れた異能に感服する悠馬は、呆れたように笑う。


「そりゃあ、俺は初代異能王だからね。君が何をしようとしているのか、手に取るようにわかる」


「そっか。それなら、聞かせてくれよ」


「なにを?」


「俺が生き残れる可能性は、何パーセントある?」


 悠馬の選択。

 それは自分自身と死神が入れ替わり、低レベルである自分が犠牲になり、高レベルである死神が彼女たちを救い、結ばれるという狂った選択。


 未来から来た暁悠馬、つまり死神の話は、星屑の選択肢には加味されていないように感じた。


 ならば入れ替わってしまえば世界は変えられるはずだ。


 歪んだ結論にたどり着いた悠馬は、表情を変えないまま錆びた鉄格子を掴み、Aを見つめる。


「5割。2回に一回の確率で、君は死ぬよ」


「それだけの可能性が残されているんなら、十分すぎる」


 どのみち寿命はあと少し。

 ここで死のうが死ぬまいが、死はすぐ目の前まで迫っている。


「それと…その未来を変えることができたなら…君は寿命の問題をクリアすることになるだろう」


「!」


「はは、死期が早まるか、それともおじいちゃんになるまで生きるか…決まったみたいだね」


「ああ…俺は案外、強欲なんだよ」


 このままなにもせずにすぐ死ぬか、多少のリスクを背負って再び彼女たちの横を歩くか。


 天秤にかければ、どちらが大切なのか答えはすぐにでた。


 それに…もし仮に悠馬がここで死ぬのだとしても、この選択ならきっと誰も失わない。みんな救われるはずだ。


「ならば、そんな君に忠告だ」


「なんだ?」


「今回の敵は、物語能力者だ。当然だけど、この世界の異能とは一線を画す能力だし、未来は簡単に捻じ曲げられる」


「そう。だとしたら、さらに未来を捻じ曲げるしかないだろ」


「はは、面白いこと言うね。ここに来たのが君でよかった。詳細はもう1人の君に聞くといいよ。そっちの方が、外の世界を見ていない僕なんかよりも確実だろ?」


「…ああ。わかった」


「元気でね」


 Aはそう言って微笑んだ。

 それは死期の近い人間をわかっていて送り出すような、なにかを気遣っているような、そんな風に見えた。


 しかし悠馬は、それを気にすることはなかった。

 振り向かずに崩壊したエレベーターの瓦礫を登って行く悠馬。


 そんな彼を見送るAは、悠馬に聞こえぬよう小さな声でつぶやく。


「ごめんね。君の生存確率は、1%にも満たないよ。でも生きるか死ぬか2択なら、それは実質五分五分だよね?」



 ***



 時を遡ること、1日前。

 まだエスカが健在で、そしてロシア支部総帥のザッツバームが漆黒の叛逆により幽閉される、その時にまで遡る。


 どこかのシスターのような真っ黒な修道服に身を包んだ彼女、冠位の漆黒は、死人のような真っ白な腕をティーカップまで伸ばし、ロシア支部の夜空を見上げていた。


 いくつもの宝石が散りばめられたように光り輝くこの世界。


 まるでここは宝箱の中のようで、それなのに閉じ込められたような圧迫感を感じさせない不思議な世界だ。


「…綺麗だね」


 漆黒は独り言をつぶやく。

 真っ暗な部屋の中、誰もいるはずのないその空間で、自己満足に酔いしれる。


 誰とも話さなくていい。ただ口を動かすだけで、寂しさというのは紛らわせる。


 まるで幽閉された塔の中にいる漆黒は、そこから見える景色を眺望していた。


 そんな中、微かに聞こえたガラスの割れるような音。


 この景色を眺める貴重な時間、安らぎのような時間を阻害された漆黒は、表情こそ見えないものの不服そうに立ち上がり、真っ黒な扉を開いた。


「…これは…なんだい?」


 漆黒が扉を開いた先には、無数の軍人の死体が転がっていた。


 いや、もしかすると生きているのかもしれないが、大量に血を流し、通路に横たわるロシア支部の軍人たち。


 その様子を見るからに、何者かの襲撃を受けたのか、はたまた誰かが反乱でも起こし始めたのか、少なくともただ事でないことは容易に想像がついた。


「死ねッ!」


 通路に倒れる軍人たちを見ていると、背後から奇襲をかけられる。


 その奇襲になんの反応も見せない漆黒は、背中から真っ黒な羽のようなモノを生やし、背後から襲って来た人物を瞬殺する。


「悪いね。ボクは加減が出来ないんだ」


「いたぞ、残党だ!」


 漆黒が闇で出来た羽を広げていると、残党狩りでもしていたのか、アリのように群がった人々が所狭しと通路に入ってくる。


 漆黒は死人のような真っ白な腕を伸ばすと、真っ黒な修道服の中で何かを囁く。


 彼女は腕以外の部分を露わにしていない。

 それが宗教的なものなのか、それとも素肌を晒したくないからなのかは知らないが、見えない彼女の表情の中で、彼らは思い知らされることとなった。


 これが本当の化け物なのだと。


 漆黒が何かを唱えると同時に、彼女の右手にはまるで夜を集めたような、宇宙の闇を吸い寄せたような黒く輝く剣が現れる。


 それは黒曜石なんかよりもはるかに半透明で、だというのに黒曜石よりも黒く、そしてどんな剣よりも輝いて見えた。


 そう、例えるならば蒼の聖剣や翠の聖剣のように。


 それは黒の聖剣だった。

 この世界の中にある、たった5本の伝説の聖剣のその一振り。


 ワールドアイテムとされ、そしてこの世界のどこにあるのか定かではなかった伝説の神器。ロシア支部唯一の国宝。


 漆黒はその黒の聖剣を携え単調に、無機質に剣を振るった。


 それは剣道の上級者が、剣道を始めて習いに来た小学生と戯れているように見えるほど、格の違いが如実に現れた()()


 戦闘というにはあまりに乏しく、その言葉が相応しくないと言えるほど、漆黒とその他の人間の実力には絶望的な開きがあった。


 これは間違いなく、戦闘などではない。

 ただ、漆黒が一方的に害虫の駆除をしていて、彼らは自分達から駆除されに来ているだけ。


「ぐ…」


「うっ」


 息切れすることもなく、会話を交わすこともなく、ただ単調に剣を振るう漆黒。


 それは誰にでもできるように見える単純な動きにも見えるが、誰1人として彼女に攻撃を与えられる存在はいなかった。


「おしまいだね」


 漆黒が剣を下ろす。

 彼女が剣を下ろすと、さっきまで真っ白だった壁紙の廊下は、最初から赤い壁紙だったかのように赤く染まっていた。


 それはたくさんの人々の血で出来上がった通路。

 夥しい数の死を集めてようやくできる、狂気の彫刻だ。


「…」


 それから漆黒は数秒間立ち止まり、何かを思い出したように走り始める。


 真っ赤な廊下を突き抜け、真っ白に変わった廊下をさらに進み、1番奥の部屋へと。


 彼女が駆け込んだ廊下の先には、大きく、そして重厚感のある扉が開いていた。


 それは日本支部にもある、総帥邸の総帥部屋だ。

 本来開いているはずのない、誰が入るにしろ、絶対に閉じられているはずの扉。


「まさか…」


 漆黒は黒の聖剣を持ったまま、足音を立てずに室内へと忍び込んだ。


「ル…クス…」


 総帥部屋の中は、月明かりが最も集まるように設計された作りだったため、電気もつけていない夜だというのに、室内の景色は鮮明に見えた。


「ザッツバーム…クン?」


 ルクスは月明かりで鮮明に映った、左肩から先を失っているロシア支部総帥を見る。


「ソナタが漆黒。ルクスか」


「…誰だ?キミは」


 血を流し過ぎているのか、息も絶え絶えなザッツバームを強引に椅子に座らせる、白に水色を薄めたような髪をした女。


 その女の周りに控える5人の人物を睨みながら、漆黒、いや、ルクスは黒の聖剣を構えた。


「逃げろ…ルクス…お前でも勝てない」


「敗者は黙りなさい」


「ぐぅっ…」


 白水色の髪の女性ではなく、その後ろに控えていた1人の人物が、逃げろと発言したザッツバームの頭を強引に掴み、机へと叩き付ける。


 ちょうどその瞬間だった。


 ザッツバームの顔を机へと叩き付けた人物の首が宙を舞い、カボチャを落としたような音が室内に響く。


「ほう…?」


「下等な分際で…あまりボクを怒らせないでくれるかな?」


 一撃必殺。

 真っ黒な修道服、顔すら見えない彼女から滲み出る殺気は、並大抵の人間ならば耐えられない、殺気に充てられるだけでも絶命してしまうほどの気迫だった。


「ソナタは…妾のことを知らないのか?」


「知らないね。キミみたいな野蛮…な…人…」


 白水色の髪の女の質問に、ルクスは冷たく答えようとするが、月明かりに照らされた彼女の顔を見て、言葉を詰まらせた。


 あり得ない。あり得るはずがない。


 ルクスはたじろぎ、一歩後ずさる。


「妾はソナタの実力を買っている。その闇の異能、黒の聖剣を使いこなせるだけの実力。取引といこうじゃないか」


「…取引?」


 彼女の素顔を見て、彼女が何者であるかを知ったルクスは、黒の聖剣を下ろし、動きを止めた。


「妾のモノになれ」


「メリットは?」


「ソナタの大好きな。大切なロシア支部には手を出さないでもいい」


「乗るな!ルクス!」


「ソナタは黙っていろ。意見は求めん」


 自分のものになれ。ならない場合は、ロシア支部を滅ぼす。


 遠回しにそう言っている白水色の髪の女は、ニヤリと笑みを浮かべ、ルクスの反応をうかがう。


「…いいよ。そっちの方が面白そうだしね」


 闇堕ちというのは、つくづく何を考えているのかわからない。


 狂った選択、いや、狂った発言をしたルクスに、ザッツバームは目を伏せた。


 渋々ではなくすんなりと、面白いなどという理由で彼女の誘いに乗った漆黒は、黒の聖剣を床に突き刺す。


「よろしく頼むよ。6代目異能王、ティナ・ムーンフォールン」

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