異能王消失
「…アイツが?エスカが消失したのか?」
シンと静まり返った倉庫内、お通夜のような表情になっている戦乙女たちを見渡し、死神は額に手を当てる。
彼女たちは、彼女たちなりに周りに悟られぬよういつも通り行動していたが、死神の前では素顔でいていいと判断したようだ。
悠馬がいた時のような雰囲気ではなく、悲しげな表情を浮かべる彼女たちを見るからに、嘘は言っていない。
「…はい。我々が気付いた時にはもう…」
「…まぁ、消失ということは死んではいないのだろう?」
「…片腕だけ見つかりました」
「そうか」
死神は顎に手を当て、数秒黙り込む。
早い。早すぎる。
これまで未来は色々と変わってきたが、それでも異能王が消失するにはタイミングが早すぎるし、本来であれば約半年後に起こるはずだった事件だ。
未来を知っている死神。
そして死神の知っている未来から、音を立てて変わりつつある世界。
どうしようもない虚無感のような、積み上げてきたもの全てがなくなるようなそんな感覚にとらわれる。
「…結論から言おう。エスカは必ず生きている。だからお前らはここへ来たのだろう?エスカ捜索に専念するために」
「…はい。ロシア支部冠位…覚者の漆黒が、ロシア支部総帥、ザッツバームを幽閉しました」
「こりゃまた、随分と早いな」
「貴方にはロシア支部に向かってもらい、漆黒を止めていただきたいのです」
異能王の消失に、ロシア支部冠位・覚者の漆黒の叛逆。
これらの2つを、異能王という頭のない戦乙女が同時に対処するにはあまりに重すぎる。
漆黒の対処を死神に任せたいと話す彼女の腕は震えていて、それを悟られぬよう、セレスは腕を隠す。
これはこの世界が始まって以来…いや、おそらく初代と混沌、そして7代目と悪羅が戦った時のように、大きな戦争が勃発する可能性がある。
王がいないこの世界で、あのお方に悪羅、そして漆黒まで暴れ始めれば、それはもう、この世界の終末戦争のようなものだ。
その可能性を危惧しているセレスは、真っ赤な瞳で死神の様子を窺う。
「…いいだろう。ザッツバームは俺が救出する」
「感謝します」
「しかし」
深々と頭を下げ、詳細の説明に入ろうとしたセレス。
そんな彼女の言葉を止めた死神は、まだ何かあるのか、話を始める。
「お前ら戦乙女は捜索をするな」
「な…」
「どうしてだよ!」
死神の意見に、戦乙女たちは血相を変えて反論する。
戦乙女は元々、王を守る立場にあり、王を第一にした部隊である。
そんな彼女たちに、死神は王の捜索をするなと発言したのだ。
当然、戦乙女たちからの反発は来る。
「俺のレベルは30。お前らのレベルは?」
「16…」
「20です…」
「そう。隊長のセレス、お前ですら20なんだ。それにお前は、戦闘向きの異能じゃない」
歴代戦乙女でも最高峰と謳われるセレスのレベルですら、死神のレベルには遠く及ばない。
レベルの話をされ、困り果てた様子の彼女たちはバツの悪そうな表情で死神を睨む。
「先に言っておくが、覚者の中で最もレベルが高く、そしてエスカと同じレベルの俺が奴を見つけられない。この意味がわかるか?」
レベル30である異能王、エスカと同じレベル30の死神ですら、エスカの所在がわからない。
いくら探知系の異能を発動させようが、エスカは見つからない。
それは暗に、死神やエスカ以上の異能力者が、彼の存在を消失させる異能を発動させたということだ。
つまるところ、彼女たちがいくらエスカを探そうが見つけ出せはしない。
全くの無駄足になってしまう。
「…ですが我々は…」
「……待て。お前ら、今空中庭園には誰かいるのか?」
死神の正論に対し、なにかを言おうとしたセレスだったが、死神は探知系の異能に何かが引っかかったのか、遠くの空を見る。
「いえ…マーニーたちは今、アメリカ支部に向かっていますので…王城には誰もいないはずです」
「エスカ様でもいない限り動かないしね〜」
「動いている」
「は?」
「動いていると言っている」
本来、空中庭園は現異能王にのみ操作権限が与えられ、王位を継承することにより空中庭園を自在に操ることができるようになる。
そして現在、エスカの存在は消失している。
だというのに、空中庭園は動き始めた。
妙な違和感、本来ありえないことが起こっていることを知った死神は、真っ黒な端末を取り出すとコールを始める。
「おい、お前たちはこれをすべての支部に連絡しろ」
「でもそうしたら、王が不在ってバレるだろ!」
「そうも言ってられない事態になったということだ。寺坂。お前今時間あるか?いや、時間がなくても仕事をやめろ。緊急事態だ」
通話でも応答があったのか、男勝りな性格の女と、寺坂の2人と同時に会話をする。
「あのお方が動き始めた。すべての戦力を集結させる必要がある」
***
「はぁ…なんか急に、寂しくなったな」
さっきまで陽気な戦乙女たちといたせいで、1人になってしまうとなんだかもの寂しい感じになってしまう。
話し相手もいないし、外は暑いし…
ひとりぼっちで道を歩いていた悠馬はふと、大通りから人の気配がなくなったことに気づく。
休日の昼間だというのに、まるで人よけでもされているかのように人がいない。
蝉の鳴き声だって、気づけば周囲からは聞こえなくなっていた。
「…誰だ?」
右目はなんの像も映さないため、悠馬は左目を頼りにして周囲を見回す。
そんな悠馬の死角から接近する、薄いクリームのような金髪の男子生徒の姿があった。
「まいど〜!」
「うわ…!テメェ、毎度毎度なんなんだよ!」
時には家に侵入し、時には配達員に変装し、時には死角から突然現れ…
こういうノリの人と仲良くなれない悠馬は、不機嫌そうに星屑を睨み、ため息を吐く。
「久しぶり〜、元気してた?」
「まぁな」
「死にかけてるのにまぁなんだ」
「…うるせぇな…」
どうやら彼は、悠馬の目が見えていないことはわかっているようだ。
ニマニマと笑う星屑に全てを見透かされているような気がして、悠馬は視線を逸らす。
「で?お前が来たってことは、何か選択でもさせに来たのか?」
「酷いなぁ、なんか俺が、無理やり選択を迫っているような言い方じゃん!それに、今日は選択させるとか言ってないし」
「ならなんだよ…」
「選んでほしい」
「結局選択じゃねえか!」
今日は違う風を装っていたのに、結局選んでほしいなどと言い始めた星屑に、悠馬は叫ぶ。
「こんな大掛かりに人払いして、なぁにが選んでほしいだ!俺はもう面倒ごとに巻き込まれるのは嫌なんだよ!」
セラフ化はもう使えない。
そんな状態で、強大な敵に立ち向かうなんて無謀なことはもうしたくない。
星屑の選択を拒絶しようとする悠馬は、彼の次の言葉を聞いて、黙り込むこととなった。
「これが暁悠馬としての最期の選択になるかもしれないんだよ?」
その言葉の意味は、なんとなくわかった。
悠馬は脳裏に、自分と同じ顔をした、自分と同じセラフ化を使った死神を思い浮かべる。
つまり今から行う選択というのは、死神のルートを辿るのか、全く別の未来へと分岐するのか、その重要な特異点になるということだ。
「君にとっては、いや…この世界において、おそらくこれが1番大きな特異点だ」
「…だろうな」
「その様子だと、やっぱり気づいてたんだ」
「ああ…死神は…俺はこの先の特異点で失敗したんだろ?だから戻って来た」
「ははは、察しがいいなぁ…いつ頃から気づいてたの?」
「…最初におかしいって思ったのは、バースと戦った時だ」
あの日、あの瞬間死神はセラフ化を使用した。
それは本来ならばありえないはずの姿だった。
悠馬と全く同じセラフ化を使用した死神に違和感を覚えた。
「それと10月…総帥邸に行った時に、偶然アイツの顔を見ちまった」
「なるほど。そして異能王に頼んで初代の文献を見たと」
「ああ。だから教えてくれ。俺はどうすればいい?どうすればこの世界を…いや、みんなを助けられる?」
正直なところ、世界がどうなったって興味はない。
人間、自分の国は、自分の住んでいる地域が豊かであれば周りの環境なんて二の次なんだ。
悠馬は善人じゃないから、高望みもしない。
高望みをした結果、どうなってしまうのかを知っているから。
理想を抱くのは勝手だが、その嘘と空想で塗り固められた理想は、到底実現し得ない、机上の空論なんだ。
星屑に最適解、みんなの助かる答えを訊ねた悠馬は、彼が無言のまま首を振る姿を見て肩を落とす。
「…悪いね。これでも、限界まで干渉してるんだよ…でも、色々と無茶をしてるから…俺はこれ以上干渉すると、この世界にいられなくなる」
「…そうか」
異能には様々なデメリットがある。
薄々わかっていたが、やはり他人の未来を勝手に覗ける星屑のような異能は、代償が大きすぎる。
ナティアのように、次の攻撃を見切る未来視ではなく、彼は近い将来起こる未来の結末を、確実に見通しているのだ。
「でも、選択を迫ることはできる」
「!」
答えを導き出すのは星屑ではなく悠馬だが、未来を何通りかに絞ることはできる。
脳内で様々な憶測を立てていた悠馬は、パッと顔を上げ、星屑を見た。
「聞かせてくれ」
「そう来てくれると思ったよ」
期待通りの悠馬の発言に、星屑は嬉しそうに反応する。
「まず1つ目。この島の生徒を全員見捨てて、彼女たちだけを連れて逃げ出す」
星屑の選択は続く。
「2つ目。この島の全員を救うために、みんなで死ぬ」
「3つ目。悠馬、お前だけがこの島に残り、1人犠牲になる」
「4つ目。君の大切な人が死ぬ代わりに、君は生きる。以上だよ」
星屑の選択肢を聞いてから、悠馬は頭を抱えた。
どの選択肢も、絶対に人が死ぬ。
それは友人であったり、自分自身であったり、彼女であったり…
どの選択肢を選んだって、結末は決して気分の良いものにはならず、極論を言うと最初から詰んでいるような選択肢だ。
この中で優先順位をつけることはできない。
ならば何を選択するか。何を選択すべきなのか。
そう考える悠馬の脳内には、必然的に1つの選択肢が残される。
そうだ。自分が1人残って死ねば良い。
しかしその考えも、すぐに疑問へと変わる。
今の悠馬ですら簡単に導き出せる答えを、死神が実行していないはずがない。
まず断言できるのは、もし仮に死神が闇堕ちしていなかったとしたら、自己犠牲を優先させるはずだ。
つまり自分が犠牲になる未来を選んだはず。
なのにアイツは生きていて、時間遡行を使った。
それに闇堕ちだったとしても、今の悠馬と同じ結論に至るわけであって、他人をわざわざ犠牲にしたと言うのに時間を巻き戻す意味がわからない。
そうなると浮かんでくる答えは1つ。
星屑の選択肢、自己犠牲を選んだ場合、なんらかのイベントが発生する。
おそらく暁悠馬はそのイベントが発生して、結局生き延びることになるというわけだ。
そして時間を遡行してまで救いたい人というのは…
悠馬はしゃがみ込んだ。
自分が救いたい人間、そばにいて欲しい人間の誰かが確実に死ぬことを悟って。
「選ばなかったら、みんな平等に死が舞い降りる」
「……最悪の気分だよ…なんでそんな選択肢しかないんだよ」
こんなことになるんなら、友達なんて作らない方が良かったのかもしれない。
自分を受け入れてくれたクラスメイトたち。
暁闇だと知っても、クラスメイトたち、いや、第1の2年生たちは悠馬の居場所であり続けてくれた。
今更そんな人たちを、見捨てたくはない。
彼らとの友情、バカをしあった日々を簡単に切り捨てられるわけがない。
「そう…君にとっては地獄の選択だ。何を選ぼうが、君は大切なものを1つ失う」
「…変えるさ」
頭を抱え、項垂れていた悠馬。
選択肢に迷い、戸惑い苦しむのかと思いきや、案外簡単に変えると発言した悠馬に星屑は驚く。
「変えるって?」
「俺には1つ、お前が発言しなかった選択肢が浮かんでる」
「…おかしいな。確かに俺は、全ての選択肢を提示したつもりだよ?何する気?」
「それはお楽しみだ」
悠馬の脳裏には、あるプランが浮かんでいた。
それはきっと、誰にも理解されず、星屑にすら狂っていると言われるような内容。
「…悪いが、用事ができた」
「そう。いってらっしゃい」
笑うこともなく、真剣な眼差しのままそう告げた悠馬。
去っていく悠馬を見送る星屑は、どこか悲しそうに肩をすくめてみせた。
「ちなみに、今の選択肢のすべて…君は失敗するよ。だから死神、暁悠馬はこの世界に2人存在しているんだ」
悠馬はどの未来を選ぼうが、結局失敗する。
そんな重要なことを口にできない星屑は、どこか悔しそうに、唇を噛み締めながら歩き始める。
それはまだ見ぬ未来を願って。




