誘拐されたお姫様
路地裏に響く、悠馬の叫び声。
未だ嘗てないほどの弁明の声を上げた悠馬は、聞く耳を持たないガーネの小太刀を神器で受け止め、作り笑いを浮かべる。
「ははっ、お綺麗ですね、その小太刀下ろしてくれませんか?色々と事情説明を…」
「いらねぇな!」
「聞けよ!?話!お前ら本当に戦乙女か!?」
悠馬の話を一切聞かず、挙句に攻撃を仕掛けてくる彼女たちに、思わず敬語なしで怒鳴ってしまう。
「何か弁明でもあるの?」
悠馬のアピールに聞く耳を持ってくれたのは、メガネをかけた戦乙女だった。
どうやら彼女は、この中で最も賢く、そして優しい人間性を持った方らしい。
他のバカな戦乙女とは大違いだ。
バカな戦乙女(男勝りな性格の奴とガーネ)に冷ややかな視線を向ける。
「コイツ、やっぱ締める」
ほら、バカな戦乙女だ!
悠馬の呆れた視線を感じた男勝りな性格の女は、ハンマーを構えながら威嚇する。
「えーっと、まず最初に、彼らは犯罪者です」
「…は?」
「あなた方は、犯罪者を助けにきたんですか?」
「え?」
「どゆこと?」
「もしかして私たち、邪魔した…?」
悠馬の話を聞いて、戦乙女たちは硬直する。
当然だ。
彼女たちは路地裏に入った時点で、倒れている生徒たちは何者かに襲われたと判断し、悠馬に攻撃を加えようとしていた。
本来であれば、悠馬に助力をし、一緒に犯罪者を捕まえなければならない彼女たちが、あろうことか誤解で、犯罪者を捕まえようとしてくれた一般人に危害を加えようとしていたのだ。
これは立派な問題行為だし、明日の朝刊は、悠馬のことなどではなく、ほぼ間違いなく戦乙女で埋まることだろう。
お手柄少年、Aを襲った悲劇!偽善に満ちた戦乙女たちがとった狂気の行動!
きっとそんなことを書かれて、悠馬のインタビューを添えて新聞に載るはずだ。
「い、いや、コイツが嘘をついている可能性もある!」
自分たちがヤバいことをしてしまったんじゃないか、一般人に危害を加えそうになっていたんじゃないかと冷や汗ダラダラの男勝りな性格の女は、事実を認めたくないのか首を振る。
「いや…すぐ先の通りにある、パンケーキ屋さんの店主に聞けばわかると思いますけど、コイツら食い逃げした挙句、人のプレゼントを破壊して逃げたので…なんなら、これも…」
彼女たちへの弁明材料として、悠馬は気を失っている彼らのポケットの中に入っていた注射器を見せる。
「な…」
「それは…」
異能王と同じ空間にいる戦乙女なら、この注射器が何であるのかは知っているだろう。
悠馬が見せた注射器が、各支部からも挙がっている注射器の見た目と一致し、戦乙女たちは一歩後ずさる。
「…すみませんでした」
「お詫びに何かいいことを教えてあげよう」
「マッサージでもなんでもするぞ?」
「だから今日の件は内密に…ね?」
先ほどまでの殺気や敵意とは打って変わって、貴族の家に訪問した商人のように営業スマイルを浮かべながら媚を売ってくる彼女たち。
これができるから、女ってのは怖い生き物だとつくづく思う。
「別に構いませんよ…コイツらは逃げないようにしてますし」
足の骨を折っているし、気絶もしているし自力じゃ逃げられないのは確かだ。
もし仮に逃げられていたなら、お前らのせいだぞ!とキレていたかもしれないが、怪我をしたわけでも、物を壊されたわけでも、獲物から逃げられたわけでもない悠馬は、特に彼女たちを罵ることもしない。
正直、さっきまでのナメた発言と、蹴ったことがチャラになるだけで十分すぎる。
互いにヤバいことをした自覚があるため、お互いに強く出ることはしない。
当たり障りのないの内容、相手の癇に障らないよう話す悠馬は、倒れている男子生徒の前でしゃがみ込み、ポケットを漁る。
「何をしてるの?」
「食い逃げ代の回収と、壊したプレゼントのお金の回収です」
「プレゼントってお前、そのポケットに入ってるやつか?」
悠馬が他人の財布から金を奪い取っていることにはなんの疑問も持たず、戦乙女たちは首をかしげる。
立場がわかってしまえば、悪が其れ相応の罰を受けていても、止める気にはならない。
流石に半殺しにしたりしていれば止めに入るだろうが、悠馬がカツアゲをしている理由はきちんとしているため、誰も止めはしない。
「はい、彼女にプレゼントしようとしてたんですけど、コイツらに踏みつけられて…」
悠馬は自身のポケットからはみ出ていた潰れた箱を取り出し、砕けたピアスと踏みにじられたネックレスを見せる。
「ああ…」
「高価そうなの壊されたね…」
これは同情せざるを得ない。
一般の学生が彼女に贈るプレゼントなんて、せいぜい数千円で、高くて1万円程度。
だというのに、悠馬が壊された商品は、そこそこ高いブランドの、女子なら欲しがるようなタイプのものだった。
悠馬の悲しげな表情を見て、そして壊されたプレゼントを目にした彼女たちは思わず同情してしまう。
きっとこの日のためにお小遣いを必死に貯めるか、それともバイトを必死にして稼いだと誤解しているのだろう。
男勝りな性格の女は瞳に涙を溜めながら悠馬に同情している有様だ。
「すまねぇな…お前がやり場のない怒りを向けている最中に、邪魔しちまって…」
「いえ…」
「お金足りそう?」
「…全然足りないです」
当然といえば当然なのだが、食い逃げをするような輩が大金を持ち歩いているはずがない。
中学上がりたての高校生が名残で持っているような、マジックテープ式の財布。
値段にすれば3980円くらいで売っているその財布の中に、数万円が入っているわけがないだろう。
財布の中には1600円程度のお金しか入っておらず、圧倒的にお金が足りていない。
「チッ、シケた財布の中身だな…」
「こっちの人、5000円持ってたよ〜」
悠馬が1人目の男子生徒からカツアゲを終えると、赤髪の戦乙女、ガーネが倒れている男子生徒の財布からお札を取り出し、ヒラヒラと舞わせる。
「おお…!」
小太刀を横に置き、悠馬へとお金を見せる彼女の姿は、もはや戦乙女などではなく悠馬と共にカツアゲをしている非行少女にしか見えない。
「こっちはねぇな…」
いつの間にか悠馬のカツアゲを見届けるのではなく、カツアゲに協力している彼女たちは、彼らの足の向きなど気にしていないのかお金だけをむしり取る。
「はは…戦乙女って、てっきり犯罪者に対しても中立くらいなのかと思っていました」
夕夏のように、やりすぎはダメだよ!と注意をしてくるのかと思ったが、悠馬の行動に協力的な彼女たち。
罪のない学生に危害を加えてしまった罪滅ぼしもあるのだろうが、それにしても胡散臭い気がして、話をしてみる。
「…あの注射器は危険なものでね」
「下手をすると、コイツらは今から解剖。この意味はわかるよね?」
「…なるほど…」
あのお方との繋がりがある以上、無罪放免、学生だから許されました!などということにはならない。
おそらくイギリス支部の報告も異能王には行っているだろうし、彼らはサンデと違い半被害者でもない。
「それに、私らは一応、正義の味方的な立場位置だ。悪人と善人が戦っていれば善人に協力するし、器物破損代は、ちゃーんと悪人に支払わせる」
さっきまで悪人に協力してましたけどね。
口には出さないものの、おふざけ程度の気分で心の中でつぶやく。
「ところで質問ですけど、マーニーさんやセレスさんとは一緒じゃないんですか?」
彼女たちとは面識がないが、セレスとマーニーとは面識がある。
またマーニーと口喧嘩を一戦交えてもいい、などと思っている悠馬は、口をぽかんと開けた彼女たちを見て動きを止めた。
「…ガーネ、隊長そっちにいる?」
「…ううん?いないよ〜…」
「男は?」
「…いない」
悠馬の質問を聞くや否や、戦乙女たちの雰囲気はかなり重くなっていく。
「隊長…誘拐された?」
「…まずいぜ…セレス隊長第1皇女だし、お姫様だろ…?」
男子生徒が犯罪者などと知らずに、1人路地の入り口で治療に当たっていたセレス。
彼女が居なくなっていることを知った戦乙女たちは、青ざめた表情で話をする。
絶対に誘拐された。
誤解をしまくっていたが故に生じていた油断。
善人だと思っていた人物が悪人だった場合、彼らが治療後に取る行動なんて保身しかないだろう。
血相を変えた戦乙女たちは、3人の男子生徒になど目もくれず走り始めた。
***
「へへ…ついてねえが、ついてたな!」
意識を失っているセレスを背中に抱え、男はニヤニヤと笑う。
「暁に襲われた時は人生が終わったと思ったが、神っていうヤツは、どうしても俺を生かしておきたいようだ」
花蓮の誘拐はほぼ無理、必然的に夕夏も誘拐できないであろう状況には陥ったものの、それ以上の成果は手にできた。
「戦乙女の、しかも隊長だぜ?あの女も喜んでくれるだろ!」
誘拐の第1目標は夕夏だったが、第2目標は高レベル異能力者。
その中でも選りすぐりの、戦乙女の隊長であるセレスの誘拐は、普通に考えると夕夏を誘拐するよりも価値のあることだろう。
まさか戦乙女がいるなんて思わなかったが、本当に幸運だ。
ショッピングモールの通りを抜けた先にある、寂れた貨物場へとたどり着いた男は、背負っていたセレスを陰におろし、歪んだ笑みを見せる。
「へへ、こりゃあいい、花咲花蓮や美哉坂なんかよりもずっと綺麗だし、巨乳だし…」
この世の美の彫刻と言われても納得してしまうほどの美しさだ。
瞳を閉じ、規則正しい寝息を立てるセレスの首元には、注射器の跡がある。
セレスは目を覚ましたこの男に、油断をした瞬間に注射器を打ち込まれた。
無論、打たれた注射器はただの睡眠薬だ。
男はセレスの目の前でしゃがみこむと、彼女の身体を舐め回すように見つめ胸を触る。
まるでメロンを持っているような重量感と、そして布越しにでもわかる柔らかさが、手の神経から脳内へと突き抜ける。
「なんだよこの胸…何カップだよ…!」
どうしようもない幸福感と、そして満足感。
人生で感じたことのない喜びに浸る男は、いつの間にか背後に立っている影に、待ってましたと言わんばかりに振り返る。
「おい、姉さん、俺は上玉を連れてきたぜ!あの注射器くれよ!」
「ほう…?これはこれは、随分と珍しい人物を…」
意識のないセレスを見下ろしながら、ニヤリと笑う金髪の女性。
彼女は鉄製の仮面を装着しているため顔はわからないが、スタイルや声から察するに、女性であることは間違いない。
そんな彼女に対し、誇らしげにセレスを見せた男子生徒は、彼女は我がものだと言わんばかりにセレスの頬を舐める。
「舐めるな…汚い男だな」
「いやいや、だって姉さん、アンタの注文では、生死は問わないって話だろ?なら何をしようが勝手じゃねえか!」
生死を問わないなら、彼女がいくら汚れようと、使い古されようと関係はないはずだ。
汚いと言われたのが不満だったのか、それとも自分の楽しみを邪魔されたからなのか反論した男は、呆れたようなポーズをとる女性を見て、鼻を鳴らす。
「フン、まぁ、この女を汚すなっていうなら、あの注射器2本くれよ…アンタがほしいって言ってる美哉坂の彼氏は、とんでもない化け物なんだよ」
「いいだろう。注射器を2本やる。だからそいつは綺麗なままがいい」
「決まりだな」
目の前の快楽なんかよりも、注射器だ。
注射器は撃てば半永久的に強くなれるし、2本も貰えば、いつもつるんでいた奴らの中でも2つほど頭が飛び抜ける。
実力主義のこの島で生き残っていくため、そして圧倒的な力でチヤホヤされるためには、この注射器が1番手っ取り早く、効率のいいものだと言えるだろう。
楽して力を手に入れたいと憧れる子供達からしてみれば、夢のアイテムみたいなものだ。
きっと注射器が2本もあれば、暁悠馬を倒すことだって可能になる。
もうセレスになど興味のなくなった男子生徒は、嬉しそうに注射器を受け取ると、それをポケットにしまう。
「倉庫へ運んでおけ」
「はいよー」
欲しいものを受け取り満足している彼は、彼女に言われた通り、人気のない倉庫の中へとセレスを運び始める。
異能島の倉庫は基本的に使われる頻度が少ないし、周りに監視カメラも付いているため侵入する生徒は少ない。
だからこそ、こうした犯罪行為では人気の少ない絶好のスポットとして扱われるし、夕夏の結界事件のように、ある程度のことをしでかしても騒ぎにならない。
鉄仮面の奥でニヤリと笑った女性は、セレスをかかえて歩く男子生徒を見送る。
「バカと無能は、使いようでどうとでもなるな」
最強に憧れる子供は、力をチラつかせると簡単に犯罪を行う。
特に異能王に憧れ異能島に入学した彼らは、誰よりも力を欲している。
そんな彼らのことを利用している鉄仮面の女性は、男子生徒を追って歩き始めた。




