怖いんですぅ!
肝試しも終わり第三学区ビーチ、つまり悠馬の寮横の砂浜では、剣を打ち合わせるような金属音が響き渡る。
ガキン!という金属音と共に、打ち合わせた神器同士が火花を散らす。
「どうしたんだ?今日はヤケに動きが鈍いぞ」
悠馬はイギリス支部へと留学した後から、こうして夜中にオリヴィアと異能の特訓をするのが日課になっていた。
自身の寿命を元に戻すため、おそらくこれからも続いて行くであろう脅威から、彼女たちを守るため。
戦神であるオリヴィアと剣を打ち合わせていた悠馬は、彼女の指摘を受けてから剣を下ろした。
「夕夏と朱理が怒っていたからか?」
「うぅん、それもちょっとはあるけど…」
本日行われた肝試しで、悠馬は夕夏と朱理の2人にイタズラを行い、2人の異能を纏わせたグーパンによって意識を失った。
話によれば、そのまま悠馬ごと紐を引きずって階段を駆け下りたらしいが、その辺の記憶は一切ない。
ただ、2人の攻撃が死ぬほど痛かったことだけ覚えている。
そして当然のことだが、2人にはきつ〜く叱られることとなった。
2人の不安に漬け込むように、不可解な音に便乗した悠馬の行動は、彼女たちからしてみると許せないものだった。
誰だって、肝試しで脅かされるのは嫌だろう。
特に元からお化けが怖いと言っていた夕夏は号泣していたし、今回の件は全面的に悠馬が悪い。
2人から叱られたことを気にしているのだと判断しているオリヴィアに、悠馬は周囲をキョロキョロと見渡しながら近づく。
「お、オリヴィア…こういうのは普通、立場逆だと思うんだけどさ…」
「なんだ?」
「今日、一緒に寝てくれないかなー?って…」
悠馬は夕夏たちが怯えていた以上に、恐怖を感じていた。
原因はもう、言わずともわかるだろう。
悠馬は肝試しで、2人に殴られ意識を失う直前にホンモノを見てしまったのだ。
あの赤い女を思い出した悠馬は、全身をぶるっと震わせながらオリヴィアに飛びつく。
「すまないが、私は録画したドラマが観たいんだ」
「そこをなんとかお願いします!」
あんなお化けを見た後に、1人で寝るなんて絶対に嫌だ。
夜目が覚めたときに、あんな血だらけの女が歪んだ笑みを浮かべながら立っていたら、普通に心臓が止まる。
お化けを見た後は、もしかすると家まで付いてきているかもしれない。などという話も聞くし、今日の夜は1人で眠りたくない悠馬は、こういう心霊系に強そうなオリヴィアにおねだりをする。
オリヴィアは悠馬よりもレベルが高いし、なによりも夕夏や朱理よりも、心霊耐性がありそうだ。
そんなことを考える悠馬は、オリヴィアの「何を考えているんだ?コイツ」的な視線を受けながらしがみつく。
「…欲求不満か?」
「違うから!!俺は年中発情してる猿じゃねえよ!」
言い方が悪かったのかもしれないが、欲求不満だと誤解されるのはかなり心外だ。
通のような扱いを受けた悠馬は、憤慨したようにぴーぴーと喚く。
「なら私が君の寮に訪れる必要は?」
「見ちゃったんです!」
「何を?」
「学校でお化けを!マジで無理、1人は嫌だ」
男としてのプライドなんかよりも、今は身近な恐怖への対処が優先だ。
プライドも何もかも捨てて、笑われることすらも覚悟した悠馬は、学校でお化けを見たことを話す。
化学実験室の中、赤く染まった女がこの世界の人間とは思えない形相でこちらを見て、そして笑っていたことを。
「まさか…悠馬、君は違法薬物を…」
「してないから!!酒も飲んでないしタバコも吸ってないし薬も使ってない!使ってた薬は緑内障のやつだけだ!」
「…まぁ、君がそこまで言うのなら、事実なのかもしれないが…」
他人のオカルト話なんて、捏造としか思えない。
ただ、恋人である悠馬が、ここまで慌てふためいてお願いをしてくると言うことは、本物のお化けを見た、もしくはそういうトラップが仕掛けられていたことに間違いはないのだろう。
いつもよりも幼いというか、子供っぽい理由で一緒に寝て、とお願いをしてくる悠馬に、オリヴィアは頬を緩める。
「断る」
「えっ!?」
「怖くはないんだろう?」
悠馬はこれまでの会話において、一言も怖いとは言っていない。
そんな悠馬にイタズラがしたいという気持ちが芽生えたオリヴィアは、黙り込んだ悠馬を見て手を離す。
「怖くないなら、私が行く必要はないんじゃないか?」
「こわい…」
「何か言ったか?」
「怖いんですぅ!」
ああ!可愛い!
オリヴィアの嫌がらせのような発言に、悠馬は大声でプライドを捨てる。
これはあれだ、年下の異性と付き合い始めて、母性が目覚めたような感覚だ。
どうしようもないほど悠馬を抱きしめたい気持ちと、そして甘えさせたい気持ちになったオリヴィアは、プルプルと震える悠馬の頭を撫でる。
「仕方ないな。今日は君の寮に泊まるよ」
「ありがとう!」
***
これで安心だ、これで今日1日は死なずに済むし、おそらく寿命が縮むこともない。
時刻は1時を過ぎているというのに、電気も全てつけ、そしてテレビもつけている悠馬は、ベッドに寝そべるオリヴィアを見ながら安堵する。
正直、あのままオリヴィアに断られていたら、この一晩をまともな精神で過ごせる自信はなかった。
多分だが、オリヴィアに拒まれたら連太郎や八神、下手をすると通やモンジを呼んででも気を紛らわしていたかもしれない。
それほどまで恐怖を感じていた悠馬は、夏だというのに長袖のシャツを着て、完全防備でオリヴィアの横へとダイブをした。
「悠馬…電気とテレビは消さないのか?」
「だって、怖いだろ…」
「君は案外、臆病だな…」
「元はこういう性格なんだよ…」
オリヴィアは、いや、花蓮以外は知らないかもしれないが、悠馬は反転する以前は臆病な性格だった。
パーティーの時だって花蓮の後ろを歩いているような奴だったし、いつも花蓮に引っ張りまわされていた、腰巾着のような存在。
素の悠馬を初めて目撃することとなったオリヴィアは、ベッドの横に置いてあるテレビのリモコンを取り、電源を消す。
「お、オリヴィア!」
「安心しろ。怖いなら私を抱きしめながら、私の胸の中で眠ればいい」
「…それ俺が言うセリフじゃん…」
立場が違かったら、多分かっこつけでそんな発言をしていたと思う。
彼女のオリヴィアに先に発言され、ちょっと悔しい気持ちになった悠馬は、言われた通りにオリヴィアの胸に顔を埋める。
「柔らかい…」
この世のものとは思えないほどプニプニしていて、顔がすっぽりと埋まってしまうほどだ。
Iカップという、おそらく異能島の大人たちを全て確認しても1番大きいであろう胸に包まれた悠馬は、暖かく、そして柔らかい感触を確かめながら彼女の腰に手を回す。
オリヴィアの肌から香る石鹸の香りと、そしてちょっとだけじめっとした、汗の匂い。
どうしようもないほどの脱力感を感じる悠馬は、黙ったまま何も話さない。
「こら、悠馬。そこまで許可した記憶はないぞ」
両手両足でしっかりとオリヴィアをホールドし、胸に顔を埋めている悠馬。
もはや拘束に近い体制を強いられているオリヴィアは、その体制に興奮しながらも、口ではクールに注意をする。
好きな人に抱きしめられて、足を使ってまでホールドされて、興奮しない人なんているはずがない。
夢にまで見るようなシチュエーションのオリヴィアに対して、そんなことを考える余裕すらない悠馬は、彼女の声を聞きながら、早くもウトウトし始めた。
張り詰めていた恐怖感が、感覚が、緊張が、ようやく解けた気分だ。
糸が切れたように脱力した悠馬は、オリヴィアの話など無視して、規則正しい寝息を立て始めた。
「ふっ…まったく。君は案外、幼くて可愛いのだな」
いつも目の前を歩く、優しくて頼もしく、そして危なっかしい悠馬しか見たことのなかったオリヴィアは、そのギャップを感じながら微笑む。
こういう悠馬も、ちょっぴり子供っぽくて好きだ。
「室内の電気を消してくれ」
音声認識で部屋の電気は全て消える。
動くことなく、ハイテクな機能で電気を消したオリヴィアは、ふと、自分の体制を思い出し、ため息を吐いた。
「…これでは、私は身動きすら取れないな」
たまにはそういう睡眠もアリなのだろうか?
そんなことを考えながら、オリヴィアは悠馬を抱きしめると瞳を閉じた。
***
「夕夏、暑苦しいです。抱きしめないでください」
常夜灯で照らされた室内に、朱理の不機嫌そうな声が響く。
「あんまり離れないでよ…!怖いから!」
そんな彼女のことなど御構い無しに、距離を置いた朱理へと接近した夕夏は、悠馬と同じ構図で朱理を抱きしめていた。
人間、恐怖を感じると案外同じ体制になるのかもしれない。
「怖い怖い、って…別に今日は何も起こらなかったじゃないですか」
「そういう問題じゃないの!」
「そうですか」
暑苦しい室内で、何が悲しくて、同性の従姉妹に抱きしめられながら眠らなくてはならないのか。
「悠馬さんを抱きしめながら眠りたいです」
プイッと夕夏から視線を逸らした朱理は自身の願望を口にする。
おそらく今隣の寮で悠馬がオリヴィアを抱きしめながら眠っていることを知れば、彼女は間違いなく包丁を握ることだろう。
「夕夏は悠馬さんから胸をムギュッと揉まれて、どうでしたか?」
「心臓が飛び出しそうなくらいビックリした」
普通に考えて、夜の廊下で彼氏から胸を揉まれるなんて想像しないだろう。
気を紛らわすために質問をした朱理に、夕夏はありのままを話す。
「朱理は?」
「驚きましたし、殴りましたけど…あれが悠馬さんだとわかっていたのなら、あのまま廊下でするのもアリだったのかも知れません」
「え!?何がアリなの!?」
何もアリじゃないよ!?ナシだよ!?
朱理の発言に驚愕する夕夏。
彼女の発言は間違いなく、夜の営みということだろう。
まさか青姦(?)、夜の校内でそういうことをしても構わないなどと朱理の口から飛び出すと思っていなかった夕夏は、驚きを隠せない。
「私って、案外性癖が歪んでるんですよ」
「へ、へぇ…」
「見られながら、なんてすごく興奮しますし」
「ダメだからね?」
「……わかってますよ。しません」
朱理のカミングアウトを聞きながら、とりあえず釘をさす。
朱理はなかなかチャレンジャーだし、物事だってハッキリと言うタイプだ。
この間だって、3年の男子から言い寄られた時に、生徒たちの目の前で「私、この人嫌いです」と明言したほどだ。
そんな性格の彼女なら、近いうちに本気でやり兼ねない。
そう危惧する夕夏は、従姉妹として、同じ恋人と付き合う1人の彼女として注意をする。
「今日は楽しかったですね」
「ええ…?私はいつもの方が楽しかったな…」
「夕夏はビビリだからです。実際にお化けを見たことでもあるんですか?」
「テレビで見たよ…」
「…」
とんでもない馬鹿だ。馬鹿がいるぞ。
まさかトラウマの原因がテレビ番組の心霊特集などと知らなかった朱理は、呆れてものも言えなくなる。
正直、こんなしょうもない理由で怖がっていたなんて、誰も想像がつかないだろう。
そりゃ、小学生くらいの時は怖いだろうし、1人で眠れないのも仕方ないかも知れないが、高校生になってまで1人で眠れないのは話が変わってくる。
「上で寝てもいいですか?」
「ダメ!それは許さない!」
「…私、お願いをする立場じゃないと思うんですけど」
なぜ許さないと言われたのか。
お願いをされる立場のはずなのに、許さないという言葉に矛盾を感じた朱理は、首をかしげる。
「ダメなものは絶対にダメ!」
「はいはい、わかりましたよ。早く寝ましょう」
夕夏のお願いに根負けした朱理は、もうどうでもよくなったように適当な返事を返す。
「んふふ、朱理いい匂い〜」
「やっ…嗅がないでください。くすぐったいです」
朱理の汗と石鹸、そして柔軟剤の混ざった香りを楽しむ夕夏は、一緒に眠れるとあってか、甘えたように朱理の身体を楽しむ。
従姉妹同士、ほぼ同じスタイルだと言うのに、触ってみると案外違うところがある。
朱理は出るところが夕夏よりも出ているし、腕は夕夏よりも筋肉質だ。
すべすべの、凸凹ひとつない朱理の滑らかな腕に触れる夕夏は、谷間に顔を埋めながら頬摺りをする。
「うっ…髪がくすぐったい!」
スリスリしてくる夕夏の髪が、身体のいたるところにあたってくすぐったく感じる。
頬を赤くした朱理は、調子にのる夕夏の頭を押さえつけながら強引に引き離す。
「ぇ〜、もうおしまい?」
「これ以上したら、絶対に一緒に寝ませんから」
「ハイ…スミマセンデシタ」
冷たく睨む朱理と、素直に指示に従う夕夏。
彼女たちは案外、悠馬が居なくても仲が良いのかもしれない。




