入学試験2
夕方。
入学試験初日のペーパーテストも終わり、悠馬は自分自身が指定した寮のベッドで寝っ転がっていた。
まずはペーパーテストの出来具合だが、そこそこの点数は取れていると思う。
9割以上の問題はわかったし、周りが10割の問題を解けていない限りはペーパーテストの成績はそこそこの上位に食い込むだろうと、悠馬はベッドの上で満足気味だった。
問題は明日の異能力試験だ。
一体どんな試験内容なのか、前日の19時発表と書かれている為、気になって気になって仕方がない。
発表方法は、携帯端末のメールで送られてくるらしい。
なんとも近代的な発表方法だ。
そのメールをウキウキと待っていた悠馬は、部屋の中を見渡す。
LLDK。それが悠馬の選んだ寮の間取りだ。
二階建てで、一階と二階にリビングが1つずつあって、一階のリビングとキッチンはそのまま繋がっている。
キッチンは吹き抜けになっていて、調理中でもリビングのテレビが見えるという、なんとも贅沢な作りだ。
ダイニングはリビングとつながっていてイマイチ境界線がわからないが、大きなテーブルが置いてあるところがダイニングということでいいのだろう。
適当な理由でダイニングを決めつけ、悠馬は間取り図では風呂場となっている扉を開いた。
「ふふふーんふーん♪」
そしてすぐに閉じた。
今人がいた気がする。
しかも今朝胸揉んだあの人に似てた気がする。
亜麻色の髪が腰近くまで伸びていて、綺麗な肌色のお尻が見えた気がした。
真っ白な肌と、綺麗な曲線を描いた肉体が脳裏から離れない悠馬は、引きつった笑顔を浮かべながら恐る恐る扉を開いた。
「ん〜んーん♪え…?」
真っ白な下着を上下に装備し、こっちを見ていた少女。
彼女は悠馬と目が合うと、鼻歌を中断して鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべ硬直した。
数秒の静寂。2人にとっては無限に等しい地獄のような時間だった。
その静寂を切り裂いたのは、亜麻色の髪の少女だった。
「あの…今お着替え中なので扉を閉めて待っていて頂けませんか?」
「あ、はーい」
亜麻色の髪の少女にそう告げられ、返事をして扉を閉めた悠馬は床に座り込む。
「え?なんで俺の寮に女がいるの?変質者?不審者?」
これなら、ゴキ◯リが風呂場から現れた方がまだ落ち着いていたかもしれない。
なんで風呂場の脱衣所に女の子が立ってるわけ?
慌てて寮の中を確認した悠馬は、自分自身の荷物以外が置いてないことを確認し、彼女が先に来ていた可能性を払拭する。
そして待てと言われていたところで、正座で待機していた。
数分後。
ゆっくりと開いた扉の先には、少しラフ目の服装をした、亜麻色の髪の色をした少女が立っていた。
「お待たせしま…した!」
「お待たせしま…」の瞬間に駆け寄って来た少女は、悠馬の肩を掴むと「した!」の直後に腹部へと膝蹴りを入れ、それをモロに食らった悠馬はその場に倒れこむ。
「うぐっ…」
腹部を抑えながら倒れ込んだ悠馬を、冷ややかな目で見る少女。
今朝のような羞恥による眼差しではなく、最早ゴミを見ているような視線だ。
「ストーカーですか?今朝のは故意だったんですか?てっきり私を助けてくれたのだとばかり思っていましたが。サイテーな人ですね!」
携帯端末を取り出し、端末の画面を操作して何かを呼ぼうとする少女。
それを見た悠馬は、慌てて手を挙げた。
このタイミングで呼ぶものといえば、警察だ。
何が何だかわからない状態の悠馬は、冷や汗をタラタラと流しながら必死に無実アピールをする。
「ま、待って…ここ俺の寮…俺の寮だから!」
「何言ってるんですか!この後に及んで言い訳ですか!?ここは私の寮です!見てください!ここに私の荷物が…」
倒れこむ悠馬を無視して、ズカズカとダイニングまで歩いて行った少女は、そこにあるはずのものがなくなっていることに気付き立ち止まる。
「あれ?私の荷物…どこに隠したんですか!返してください!変態!クズ!警察呼びます!」
誤解を解こうとした悠馬だったが、逆効果だったようだ。
先ほどよりも怒りの色を濃くして怒鳴り上げた少女は、怒りと憎悪の篭った瞳で悠馬を睨みつける。
「こっちのセリフだ!ここは俺の寮だ!お前こそ変質者だろ!人の寮で勝手に風呂入って!犯罪だぞ犯罪!」
「な…!私は昨日からここに泊まってたんですよ!?後から来た貴方の方がおかしいに決まってるじゃないですか!」
「昨日から…?」
その言葉を聞いて、悠馬は黙り込む。
確かに、彼女の言い分が嘘でないならば全面的に悠馬が悪いことになる。
何しろ昨日から宿泊している女子生徒の寮に無断で侵入しているのだ。犯罪者と言われても仕方ない。
でも、それならば何故この寮は悠馬に渡された鍵で開いたのか?という疑問も同時に浮かんでくる。
「か、確認しよう?な?俺の寮は第三学区のビーチ横。3号だ」
「え?私は第三学区ビーチ横の4号ですけど」
どうやらお互いに行き違いがあったようだ。
慌てて脱衣所の扉を開いた少女は、反対側にあった扉を開き、声をあげた。
「…どうやら私たち、風呂だけ共有みたいです」
彼女の寮は扉の先にあったようだ。
脱衣所の鍵を確認して見たところ、鍵は内側と外側から掛けられるようになっていて、どちらか片方の鍵が閉まっていたら入れない作りになっていた。
つまりは、本来であれば風呂に入るときは、ここの鍵を閉めてから入らなければならなかったのだ。
それを彼女がしなかったから起きた事故と言っても過言ではないだろう。
「すみませんでした!勝手に寮に入って、膝蹴りまでしてしまって!」
深々と頭を下げた少女は、亜麻色の髪を床につくほど頭を下げていた。
「いや…気にしなくていいよ」
俺だってお尻見たし。下着姿見たし。
結果的にはチャラだよ。受けたダメージは大きかったものの、得たものは大きい。
初めて女体を見た悠馬は、落ち着いた表情で彼女を許してみせた。
澄まし顔で返事をしているが、実はコイツ、内心少し喜んでいる。
「私は美哉坂夕夏です。もう知ってるとは思いますが、第1を受験しています」
「俺は暁悠馬。同じく第1を受験してる。よろしくね。あと敬語じゃなくていいよ。同い年な訳だし」
顔を上げた少女を見た悠馬は、そう微笑みかけた。
先ほどまでは色々あってなんとも思わなかったが、夕夏はかなり可愛い。
肌は真っ白で、茶色の瞳は大きくて、髪も女の子に相応しいと言っていいくらい長い。
身長は160ほどだが、引き締まった美脚と、そこそこ実っている胸。全てがパーフェクトと言ってもいいだろう。
まじまじと見たわけではなく、チラッと一瞬だけ見て全てを分析した悠馬は、満足気にベッドに座る。
「う、うん!じゃあ、お言葉に甘えて敬語はやめるね!明日の能力試験もお互いがんばろ!それじゃあ!お疲れ様でした!」
悠馬の視線に気づかなかった彼女だが、彼女は彼女で、自分が勝手に勘違いをして蹴りを入れた罪悪感と、ズカズカと男性の寮に上がって怒鳴り声を上げたはしたない女だと思われているんじゃないかと不安感に駆られ、逃げるようにして悠馬の寮から去っていった。
バタン!と閉じられる扉と、カチャカチャと閉められる扉。
つい先ほどまでの喧騒はどこに行ったんだと言いたくなるような静けさが、悠馬の寮内を包み込んだ。
「美哉坂って…どっかで聞いたことあるんだよな…」
ベッドに座っていた悠馬は、携帯端末を開き、検索画面で美哉坂と入力する。
すると直ぐに、悠馬の疑問は晴れることとなった。
検索結果は美哉坂総一郎。2年前まで日本支部の総帥をしていた人物がヒットした。
既に結婚をしていて娘もいると書いてあるから、多分前総帥の娘ということでいいのだろう。
「入学試験初日からすげぇ人と出会っちまうもんだな…」
まさか初日から大物と出会うなどと思っていなかった悠馬は、そのままベッドに倒れ込み目を瞑った。
悠馬のお腹が、静かな寮内にキュルキュルと鳴り響く。
「そうだ…ご飯のこと考えてなかったな」
時刻は18時30分。
携帯端末に映し出されたその時刻を見た悠馬は、ベッドから起き上がると脱いでいた制服を羽織り外へと向かった。
今までは家に帰ったらご飯がある生活が当たり前だった為、初めての経験に少しだけ心が躍る。
めんどくさいような、ちょっとだけワクワクしたような気分だ。
今日の夜ご飯はコンビニ弁当だ。
そう心の中で決めて、悠馬は車の通りがない道路を歩き始めた。
携帯端末の地図アプリを開きながら、コンビニと検索ワードを入れて目的地へと進む。
800メートルほど先にコンビニがあるようだ。
その検索結果に満足した悠馬は、携帯端末をポケットにしまい一本道を突き進む。
もう少し暖かかったら、この一本道を叫びながら全力で走っても良かったのだが、今日は少し冷える為そんなことはしない。
そんな奇妙なことを考える悠馬は、まだ3月ということもあり、既に真っ暗になってしまった道路を街灯を頼りに進んで行く。
真っ暗な景色を見ていると、嫌でも思い出す。
忘れてないよな?と耳元で囁かれたような気がして、振り返った悠馬は小声で呟く。
「忘れてないよ…」
悠馬がこの島へ入学したいのは、異能王になる為でも、総帥になる為でもない。
ただ、あの男に復讐をする為だけの力を、技術を培える最適な場所がここだったという単純な理由だ。
その為には何が何でもこの学校へ入学して、力を手に入れる必要がある。
自分の世界に入っていた悠馬がふと顔を上げると、そこそこ歩いていたのか、中くらいの大きさのアパートが並ぶ集合寮の近くに来ていた。
そこからはコンビニの看板がギリギリ見えるくらいだ。
目的地が見えたこともありホッと安心した表情になった悠馬は、先に見えるアパートの角から聞こえてくる、女子生徒たちの下品な笑い声に首を傾げた。
これはよく知っている。
アパートの角に辿り着く前にお決まりの展開だと悟った悠馬は、妄想をはじめていた。
多分この先の角を見ると、ヤンキーたちがたむろしてるんだ。
そしてあんまり見ていると絡まれるというお決まりの展開だ。
そう判断した悠馬は、なるべく関わらないようにと、チラ見だけする決心をしてアパートの角へと差し掛かった。
複数の女子生徒たちが、何かを取り囲んで動画を撮影しているようだ。
何か面白い生き物でも発見したのだろうか?
女の子とは思えない、ギャハハ!という下品な笑い声を聞き流しながら、悠馬は女子たちに囲まれている何かを発見し立ち止まった。




