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赤い教室の女

 夜の学校というのは、幻想的だ。


 本来、生徒たちで賑わっている学校の中は、夜になるとこの世界にたった1人取り残されたと錯覚してしまうほど静かになり、月明かりと非常灯の緑色のランプだけで全てを彩る。


 夕焼けのオレンジ色に染まった廊下や教室も幻想的だと思うが、夜の学校はなんだか落ち着いた雰囲気で、心を宥めてくれる。


 廊下を歩く上履きのキュッキュッと擦れる音が響き渡り、悠馬は両サイドに彼女を連れて歩いていた。


「み、みんないないね…」


「そりゃあ、そうなるように時間ずらしてるからね」


 月明かりと非常灯で彩られた雰囲気をぶち壊すように、片手にライトを2つも持つ欲張りな夕夏は、悠馬の腕を強く抱きしめる。


 夕夏の谷間にすっぽりと腕が埋まってしまった悠馬は、目を大きく見開き、何食わぬ顔で彼女の胸を見る。


 おっぱいに沈むというのは、こういうことを指すのかもしれない。


 洋服越しではあるものの、たしかに柔らかな感触、そして温もりを感じる悠馬は、興奮を隠しきれない。


「おさらいですけど、今日の肝試しは西側校舎1階から3階に登り、時計塔を経由して、東側校舎の1階に向かう…という流れですよね?」


「ああ」


 一番手の山田がピッキングが得意らしく、入り口と出口の鍵を開けてくれるらしい。


 そしてなぜ、わざわざ3階まで登るのかという話なのだが、なにやら悠馬の留学中、3年生が時計塔へと続く渡り廊下の扉を破損させてしまったらしく、それから鍵が空いたままになっているのだ。


 だからそこを経由すれば面倒なピッキングもせずに、簡単にみんな通過できるというわけだ。


 加えて言うならば、ビビリのペアが1階を経由して近道をしたりしないようにする、遠回り作戦でもある。


 彼女がいない男子からすると、女子と少しでも長く歩ける、最高の時間だろう。


「悠馬くん、絶対離さないでよ?」


「ははは…腕でも斬り落とされない限り離さないよ」


「こ、怖いこと言わないでよ!もし本当にお化けが悠馬くんの腕を斬り落としたらどうするの!?」


「…ビビリですね…」


 冗談のつもりで言ったのだが、どうやら夕夏は本気でお化けが腕を斬り落とすほどの力を持っていると思っているらしい。


 すでにぴーぴーと半泣きになっている夕夏は、子鹿のように震えながら悠馬にしがみつく。


 朱理はというと、いつもと変わらぬ表情で、夕夏を嘲笑っていた。


 まあ、お化けを信じない人たちからして見ると、夕夏のビビリ具合はちょっぴり間抜けで面白いのかもしれない。


「ビビリといえば…碇谷はうまくやってるのか?」


 ビビリの代名詞といえば、やはり碇谷だろう。


 入学直後の合宿から、アルカンジュがアダムに告白をしようとした肝試しの時に根付いてしまった、碇谷=ビビリ。


 碇谷のペアを思い出した悠馬は、不安そうに窓の外を見た。



 ***



「赤い教室の女」


「ひっ!?」


 月明かりに照らされる、黒がかった茶髪の少女。肝試し中だというのに、片手にはライトではなく本を手にしている彼女、藤咲は、ボソッと呟いた言葉に反応を見せた碇谷を、無表情で見つめる。


「碇谷くんって、怖いの苦手なんだ」


「ち、違えよ?ただいきなり話しかけられて驚いただけだし?」


 高校生にもなって、しかも男子で肝試しが怖いなんて、絶対に言いたくない。


 怖いものは怖いとはっきり言えばいいのに、変なプライドを持っている碇谷は、しっかりと片手にライトを持ち、怖くないですよアピールをする。


 しかし碇谷の持っているライトの光が小刻みに動いていることから、彼が震えているのはバレバレだ。


「それじゃあ、赤い教室の女っていう話していい?」


「あ、当たり前だろ!」


 この肝試しには、真里亞も参加している。

 そんな中で怖い話をビビって聞けなかったなどと藤咲に広められたくない碇谷は、胸を叩きながら答えた。


 真っ暗な廊下で、一度黙り込んだ藤咲は、歩きながら月明かりを見る。


「300年前、まだ第4次世界大戦真っ最中だった時の話なんだけどね」


 初代異能王と混沌が戦った、この世界の秩序の元となったとされる第4次世界大戦。


 大戦中の記録というのは、定かでもない憶測が飛び交ったりもするため、後世には根も葉もない噂が充満しやすい。


 今から藤咲が話すのは、そんな都市伝説的な話だ。


「この島、つまり日本支部の異能島の創設当初に混沌がいたらしいの」


「へぇ…混沌か…」


 初代異能王の文献を見たわけではないため、悠馬のように恐怖も事実も知らない碇谷は、思っていたのと違う内容の話に安堵する。


「そして混沌は、第1異能高等学校の出身だった」


「そんな噂もあるのか。物知りだな」


 今まで、混沌は悪で初代様は善、ということしか知らず、深く知ろうともしていなかった碇谷は、藤咲の物知りな解説に、目を輝かせる。


「殺し合いさせたらしいよ」


「はっ?」


 碇谷の想像とは違う方向に進むお話。

 まさか殺し合いをさせたなどという話が来ると思っていなかった碇谷は、唖然とした表情で立ち止まった。


「教室から出られないように異能をかけて、1人になるまで出られない空間を作り上げて」


「え?え?」


「そうして出来上がったのか、赤い教室」


 ここまでくれば、流石のバカリヤでもわかる。


 つまり混沌が脱出不可能な空間を作り上げて、その場で1人になるまで脱出できないようにしたわけだ。


 当然、最初は仲間意識や友情、好きな人がいて、みんな協力し合っていただろう。


 しかし極限状態が何日も続けば、人間の精神は日に日におかしくなっていく。


 結果として、教室内では殺し合いが始まったことだろう。


 そして出来上がるのが、クラスメイト、親友、好きな人の血で染まった赤い教室。


「今でも出るらしいよ。赤い教室の女」


「うっ…いや、ちょっと変なこと言うのやめてくれねえ?」


 強がりな碇谷にも、どうやらダメージが入ったようだ。

 月明かりで照らされた彼の表情は、いつも以上に引きつっていて、確かに恐怖が刻まれたのだということがわかる。


「顔まで血に染まって、目は大きく見開かれて…制服は返り血で真っ赤になってるって。」


「も、もうやめね?」


「その女、顔を合わせるとすっごく嬉しそうに笑うらしいよ。ほら、後ろにいるよ」


「ギャァァァァっ!」


 歩くペースを早めようとした碇谷の肩を叩くと、彼はゴキブリが人を発見した時のような反応で走り始める。


「やっぱり怖かったんだ…」


 1人廊下に取り残された藤咲は、遠くに消えていく悲鳴を聞きながら、視線を感じたような気がして振り返る。


「…気のせい?」


 確かに今、誰かに見られていたような気がする。


「そういえば…肝試しって奇数でしたらいけないんだよね」


 今日は23人で来たけど、大丈夫なのだろうか?


「特に3人組のペアとか…」


 偶数ペアはいいだろうが、確か奇数ペアが1つ出来上がっているはずだ。


 視線のせいなのか、それとも自分が怖い話をしたせいなのか。


 正体不明の違和感、不安を感じる藤咲は、ポケットからライトを取り出し、廊下を照らした。


「早めに戻ろ…」



 ***



「なぁ、戦神」


「なんだ?」


 数十センチの距離を開け、手も繋がない2人は、お互いにライトで廊下を照らし突き進む。


 彼女たちの行動には一切の迷いがなく、そして慣れた手つきであるため、通りすがった生徒が見れば、警備員が夜の見回りをしているのだろうと誤解してしまうほどのレベルだ。


「お前はこういうの怖くないのか?」


 女っていうのは、少しくらいギャップがあったほうが人気になれる。


 可愛くて完璧に見えるけど、実はお化けが無理…とか、そういう感じの女の子の方が、「ったく、仕方ねーな〜、俺がいないとダメなんだから!」と、守りたくなってしまう。


 オリヴィアにそんなことを期待しているのかは知らないが、疑問を口にした八神は、顔は横に向けず歩みを進める。


「残念だが…合宿の時が1番怖かったし、今はなんとも思わないな」


「すげえな…」


 無表情のオリヴィアに対し、八神はちょっとだけビビっている。


 オリヴィアたちも昼間っから怖い話をしていたわけだが、八神たちも怖い話をしていた。


 だから割と本気で、何か起こるんじゃないかと不安になっている自分が心の何処かにいる。


「ふっ…君はレベル10になったと聞いたが…怖いものは克服できなかったのか?」


「う、うるせえよ!」


 オリヴィアの冷やかしを間に受けて、八神は過敏に反応を見せる。


 当然だが、レベルが上がったって苦手なものは変わらないし、怖いものは怖い。


 しかしそんなことよりも、男として女子にビビる姿を見せたくない気持ちが勝る。


「お前さ、ほんと変わったよな」


「そうだろうか?」


「俺は戦時中のお前の姿も知ってるからさ…お前が本当に戦神だなんて、今は思えねえ…」


 入学した時は、まだ冷たい視線があったし、オーラもあった。


 しかし今のオリヴィアは、軍人、戦神というよりも1人の女だ。


 柔和だし、オーラも全くないし、悠馬に甘えきっている。


「オンオフが使い分けれるようになっただけだ。こっちのほうがいいのか?」


「おお、すげぇ」


 八神が見たいのなら、戦神としての貫禄を見せてやる。


 そう言いたげにオーラを変えた彼女に、八神は思わず足を止め、彼女のオーラに見入る。


 それは戦時中から全く衰えていない、戦神としての実力を示しているように見えた。


「てっきり、戦い方面はもうしないのかと思ったよ」


「…そうも言ってられないんだ」


 悠馬は緑内障で、彼女たちの中で最も戦えるのはオリヴィア。


 悠馬を守るためにも、自分の居場所を守るためにも、平和ボケは絶対にできない。


 だが、それはアメリカ支部にいた時は重荷のはずだったのに、日本支部に来てからはどこか心地のいいものになっていた。


 帰りを待ってくれている人がいる。

 一緒に笑い合ってくれる人がいる。

 そばに居たいと思える人たちがいる。


 これがオリヴィアの居場所となり、オリヴィアを支えているのは、まず間違いないだろう。


「ところで八神、君は浮いた話の1つや2つ、ないのか?」


「お、俺…?」


 青春といえば、やはりコイバナだ。

 編入直後から八神と協力して来たオリヴィアは、興味津々に訊ねる。


 視線を何度か彷徨わせた八神は、一度オリヴィアを確認すると、意を決したように口を開いた。


「お前、誰にも言うなよ?」


「ああ」


「約束だぞ?」


「ああ」


「絶対だぞ?」


「早く言わないか!」


 女の子のように念を押してきた八神に、痺れを切らしたオリヴィアは声を荒げる。


 なぜこんなに念押しをしてくるのか、オリヴィアには理解できなかった。


「俺は國下のことが好きなんだ」


「美沙か」


「ああ…」


「君のことだから、落ち着いた女性を好んでいるのかと思ったが…」


 クラス委員、基本的に品行方正、唯一の欠点は学力という八神のイメージといえば、横に夕夏のような清楚でなんでもできる女の子が似合いそうだと思える。


 しかしオリヴィアの想像とは真反対の、チャラチャラ系で優柔不断な美沙が、好きな人だった。


「そりゃあ、俺も最初はそうだったんだけどさ」


 人の好きな人なんてコロコロ変わるし、それが一貫して同じ性格、同じタイプとは限らない。


 八神だって元々は美沙と性格が反対に近い花蓮のことを好いていたわけだし、何が起こるかなんてわからない。


「でも…俺も色々あってさ…そばに居てくれたのが國下だったんだ」


「ほう?」


「なんだよ、その後輩の相談を聞いてやってますみたいな顔は!」


 1人回想に入ろうとした八神は、横で余裕そうな表情で、明らかに格下の相談に乗っているようなオリヴィアを見て憤慨する。


「そもそも、お前が付き合えたのだって数パーセントは俺のおかげなんだから、人の話聞けよ!」


「な、あれは紛れも無い私の実力だ。君は何もしたないだろ!」


「はぁ!?あんなクソダセェTシャツで好きな人の寮に出入りしようとしてた奴がよく言うぜ!」


 恩を仇で返す、というか、受けた恩を微塵も感じていないオリヴィアに、指摘を入れる。


「うぐっ。八神、君は細かいことばかり言っていると、女に嫌われるぞ?」


「うっ…」


 オリヴィアの言うことも、一理ある。


 美沙はどちらかというと日本人寄りの性格では無いし、大雑把で誰でもウェルカムなところを見る限り、オリヴィアと同じく、アメリカ人よりだとも言えるだろう。


 そんな彼女に、細かいことばかり指摘する八神では、正直容姿が良くてもどうなるのかわからない。


 容姿が良くたって、性格や細かいことを指摘するのが嫌いで振られる人だっているし、八神が振られるかどうかは、現状五分五分だろう。


「どうすればいいと思う?」


 肝試しをしていることなど覚えていない2人。


 八神は懇願するような眼差しを、オリヴィアへと向けた。

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