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早乙女修斗はモテたい

「メールド!先を越された!」


 悠馬たちグループが校内へ侵入するのとちょうど同タイミング。


 数百メートル離れた駅前から、数十人の生徒たちが校内に侵入していくのを目撃した残念系イケメンの早乙女修斗は、右の拳を柱に打ち付け、表情を歪めた。


 ちょっとカッコつけて柱を叩いたが、めちゃくちゃ痛い。


 思い切り柱を叩いたことのある人ならわかるだろうが、あれは生身の人間が本気で殴っていい硬さではない。


 今にものたうちまわりそうなほどの痛みに、早乙女はのたうち回りたい気持ちを抑えながら、ため息を吐くクラスメイトたちに視線を向けた。


 どうやら早乙女がカッコつけた挙句痛がっているのはバレていないようだ。


「今日はフランス語なのね」


「ひっ…!」


 1人カッコつけた早乙女に帰ってきた、冷え冷えの声。


 その声を普通に聞いたのなら、この声の主人はきっと可愛い人だと思ってしまうような、そんな声。


 しかし声の主人を知っている早乙女は、そんな単語は頭に浮かばなかった。



 出たよ出たよ、地味キャラ地味子、桜庭愛菜。



 口には出さないが、心の中でそう罵る。


 早乙女はマナのことが嫌いだ。

 眼鏡を外し、前髪を切っていれば可愛いのに、クソダサい眼鏡をかけているし、制服だってザ・真面目って感じで、なんの面白みもない。


 唯一の救いは悠馬に切られた前髪のおかげで、実は美人説が浮上しているくらいだ。


 まぁ、それ以上に好きになれない理由が、早乙女にはあるのだが。


「カッコつけた挙句、柱を殴って苦痛に顔を歪めるなんて、ダサすぎない?」


 こういうところが嫌いなんだ!クソ貧乳め!


 見下したように、格下を見るように笑うマナに、早乙女は歯ぎしりをする。


 彼女はどういうわけか知らないが、早乙女の性格、人格を見抜いて、的確に弱点を突いてくる。


 国立高校、ナンバーズの生活において、舐められたらおしまいという状況でギリギリの生活をしている早乙女は重度の虚言癖であり、何を隠そう、その虚言癖が彼女にバレてしまっているのだ。


 つまり、早乙女からして見ると、マナは是非退学をしていただきたい存在。


 いくら眼鏡を外した姿が可愛かろうが、自身の高校生活という安寧を脅かそうとする存在は、徹底的に排除だ!


 特に、こいつは恋愛をするにおいて、障害物でしかない!


「はっ、ははっ、なんだよいきなり絡んできて…お前、もしかして俺に惚れてるのか?」


 周りにクラスメイトたちがいる以上、ボロを出してはいけないし、ヘコヘコしてはいけない。


 黙ってくださいお願いします。などと言えない早乙女は、表情を引きつらせながら、マナにナルシスト発言をする。


「はあ…やっぱり、貴方の頭の中はハッピーセットなのね」


 こういうところも嫌いだ!

 誰もいない方を振り返り、表情を歪めた早乙女は、誰に向けるでもなく怒りを露わにする。


「おい、早乙女〜、そんな貧乳ブスと絡むなよ」


「お、おう、そうだな!」


 マナのことをブスと明言した男子たちに乗っかり、早乙女は彼女から離れる。


 このクラスの中で、マナが本当に可愛いということは、早乙女しか知らない。


 なぜかは知らないが、あの日、あの合宿の襲撃事件以降、彼らの記憶は曖昧なのだ。


「黙って眼鏡外してりゃ、可愛いのにな…」


 早乙女は一度マナの方を振り向き、小さな声でつぶやいた。


「愛菜ちゃん、大丈夫?」


「え、ええ…」


 あまりクラスに馴染めていないマナの元に、数人の女子生徒たちが歩み寄る。


 これまでの人生において、人を殺すことしか学んでこなかったマナは、人間関係の作り方というものを知らない。


 暗殺は大抵、チームワークが必要になるが、チームというのはそう簡単には変わらない。


 マナは今まで、同じチームでしか暗殺について学んでこなかったため、何を話せばいいのかわからないのだ。


 そんな理由で浮いているマナにも、流石にブスだと言われたのが可哀想だと同情する女子たちが近づいてくる。


 所謂、同レベルの慰めというヤツだ。


「なんなのよアイツら、誘うだけ誘っといてブスって、まじ最悪」


「まぁ、言った男子はうちらのクラスでも底辺ブスだし、気にする必要ないよ」


「あ、ありがと…」


 早乙女と会話するときと打って変わって、コミュ障のように大人しくなったマナは、その厚意がくすぐったいのか、はっきりありがとうと言い切れない。


「はーあ、うちらも暁先輩とか、八神先輩みたいな人と同学年が良かったぁ〜」


「早乙女で妥協っしょ」


「え〜?アイツ、子供っぽくない?小学生相手にしてるみたいで、怠いんだけど〜」


 どうせなら一個上の学年が良かった。


 そう話し、笑い合う女子たちを眺めながら、マナは空を見上げた。


「暁先輩…」




「なあ修斗、俺らの前に侵入してたヤツ誰だかわかるか?」


「さあ、わからないな」


 校舎へと忍び寄りながら、前を歩く男子たちは話をする。


 その話題の中心には、当然のように早乙女がいた。


 マナと話す時のようなビクビクとした表情ではなく、変な余裕を滲み出している彼は、白い歯を輝かせながら返事をする。


「2年の暁たちらしいぜ」


「クソ、アイツうぜえよな、同じクラスの女子どもは暁の話しかしねーし」


「まじそれな、彼女たくさんいるくせに、後輩にまで手出す気なのか?」


 悠馬をよく知らない1年たちは、口々に愚痴を漏らす。


 2年と1年は基本的に関わりがないし、合宿だってめちゃくちゃになってしまったから、彼らが悠馬のことを憶測で愚痴るのは仕方のないことだろう。


 男の嫉妬っていうのは、案外どこにでもあるものだ。


「早乙女、アイツいっぺんしめようぜ!」


「や、やめとけよ」


 自信満々なクラスメイトたちを、早乙女は宥める。


 いつもならこのしめようぜ!という流れのトップは早乙女で、旗を掲げて進軍するような輩なのだが、どうやら今回は違うらしい。


「暁先輩とは話したことがあるけど、お前らの思ってるような人じゃなかったよ」


「おお!」


「さすが早乙女!もう手を打ってたのか?」


「えっ?あ、うん。当然だろ!」


 合宿の時に話した悠馬は、悪い人じゃなかったし、どちらかといえば優しい人だった。


 お前らが言っているほど悪い人じゃないと伝えたかった早乙女は、彼らが何か誤解をしていることに気づいたが、訂正はしなかった。


 彼らはきっと、早乙女が裏で悠馬をしめにいって、取るに足らない相手だったから乗り気じゃないのだと誤解している。


 一回ボコボコにした相手を、再びボコボコにしに行くような、醜いヤツには誰だってなりたくない。


 そのうち裏ではイジメだなんだと言われ始めるし、側から見るといつも弱いものいじめをしている猿山大将にしか見えないのだから。



 なんでこいつら、こんなに誤解するんだろうか?


 早乙女は自身の虚言癖を自覚しているつもりではあるが、時々コイツらが勝手に誤解をしているような気がしてならない。


「でも良いのか?夜の学校に侵入して」


「いいに決まってるだろ!」


 さすが早乙女、スゲーという流れの中で、真面目そうなクラスメイトが不安そうに呟く。


 彼の言うように、せっかく国立高校に入学したのに、こんな馬鹿みたいなことで経歴に傷が入るのは御免だという生徒も少なからずいることだろう。


 しかし、いつも小心者の早乙女は、今日はひと味違った。


 不安を口にする男子生徒に食い気味で突っ込んだ早乙女は、瞳をメラメラと燃やしながら、拳を掲げる。


「いいか!学校での肝試しってのは、ラッキースケベの大チャンスなんだよ!」


『おお!』


 夜の学校に侵入して、男女で一緒に肝試し。


 それは誰もが憧れるような青春の1ページであり、尚且つ女子との距離を急激に近づけることができる、またとない機会。


 怖がっている女子と吊り橋効果で恋に落ちたり、ここで男気を見せて女子からの人気を得たり…


 はたまた、誰かが設置したイタズラで、慌てふためく女子を抱き寄せて、どさくさに紛れて柔らかなおっぱいに触ったり…


 人それぞれだろうが、早乙女は何らかのトラップで怯えた女子ともつれるように倒れ込み、ラッキースケベに陥ることを期待してここに来ている。


 ハーレムとくれば、ラッキースケベだろう!


 ラッキースケベが出来ない奴に、ハーレムなんてできるはずがない!


「ちなみに、偵察隊に罠を仕掛けるように頼んである」


「お前…」


「抜かりないな…」


「天才だ…」


 何もない白けた校内を何も起こらないまま歩くなんて、死んでも御免だ。


 実際、肝試しっていうのは何か起こるかもしれない、っていうドキドキが楽しいわけであって、早乙女のようにお化けに全く興味も関心もない奴が肝試しをするのは、些か物足りないというか、つまらない。


 それに、クラスメイトたちだって、何かが起こることを望んでいるわけで、全員何も起こらなかったら、お通夜みたいになってしまうだろう。


 早乙女は自分が最も信用を置いている、欲に忠実なクラスの男子たち数名を選出し、今日の肝試しの本当の目的を伝え、準備に取り掛からせていた。


 集合場所は駅前ということにしていたが、数人学校前で待機してたって、「待ちきれずに学校の中に入ってた!」と言えば、誰もが納得する。


「完璧なプランヌ…!」


 予定通りなら、そろそろ罠も設置し終えているだろうし、後はくじを引いて可愛い女の子と一緒にラッキースケベをするだけ!


 何もかもがうまくいきすぎているような、そんな気がした早乙女は、ふと脳裏によぎった、合宿での肝試しを思い出す。


「うぷ…」


 マナが沢山のゾンビを殺し、そして自分が腐食させた、人であろう何か。


 人のトラウマは、忘れようとして忘れられるものじゃない。


 些細なきっかけ、些細なシチュエーションで最悪の記憶をフラッシュバックさせた早乙女は、口元を押さえながら立ち止まった。


「お、おい!早乙女大丈夫か?」


「ああ…ちょっと食い過ぎちまったみたいで…」


 こんな話、誰にしたって信じてもらえないだろう。


 いや、正直話す気にもなれない。


「ちょっと先に行っててくれ」


「おう、無理すんなよー」


 早乙女に対し、男子たちの心配の声が上がる。


 クラスメイトたちの列から抜けた早乙女は、黒い髪を揺らしながら、人気の少ない路地で立ち止まった。


「最悪だ…なんで思い出すんだよ…」


 自分が楽しみにしていたイベントの日に、思い出したくない過去を思い出す。


 路地でしゃがみこんだ早乙女には、残念なことに悠馬と同じく、過去と向き合うだけの覚悟がない。


「どうかしたの?」


「…桜庭…」


 不意にかかられた声に、早乙女は顔を上げる。


 そこにはクラスメイトであり、そして合宿の肝試しで横を歩いていた、相性最悪な女、桜庭愛菜が立っていた。


「お前は…合宿のあの出来事を…怖いとは思わなかったのか?」


「うーん…臭かったけど…それだけ」


「すげぇな…お前…俺はダメだよ。異能を使う時とか、ふとしたときに、腐食させた奴の顔が浮かぶ…今も、そのことを思い出して吐きそうだ」


「そう」


 マナはいつものように、早乙女をおちょくったり、小馬鹿にした態度はとらなかった。


 ただ、彼の言葉に耳を傾け、相槌を打つ。


「教えてくれ、桜庭…お前はどうして、あんな悲惨な光景を目にしてもいつも通り振る舞えるんだ?」


 自分とは決定的に何かが違うマナに対し、早乙女は訊ねる。


 自分と彼女は何が違うのか、彼女はなぜ、いつも通りに過ごせるのか。


「前を見てるから」


「前?」


「この学校に通う、1年生。その笑顔を守ったのは、紛れも無い貴方よ」


「え…?」


「あの日、あの襲撃の中、貴方は立ち向かった。貴方が立ち向かわなければ、きっと私は怪我を負っていただろうし、クラスの人たちだって、タダじゃ済まなかったと思う」


 あの日、早乙女は逃げるのではなく、戦うことを選択した。


 彼はあの場において誰よりも勇敢で、そしてカッコよくも見えた。


「貴方も、後ろばかり見るんじゃなくて、救った人たちの笑顔を見たら?あの笑顔は、貴方が守ったのよ」


「俺が…守った…」


 答えなんて人それぞれで、そして大抵、しょうもない答えだ。


 自分がなぜ悩んでいたのか、なんで迷っていたのか。


 その疑問に1つの答えを見つけ出せた早乙女は、大きく目を開いて、月夜に照らされる少女を見る。


「どう?少しは気分、よくなった?」


「桜庭…俺、お前のことが好…」


「ごめんなさい」


 メガネを外し、あの日のような姿になっていた彼女に、早乙女は前のめりになりながら告白をしようとした。


 しかし早乙女が言い切る前に断ったマナは、苦笑いを浮かべながら路地の壁に寄りかかった。


「私、気になっている人がいるから、早乙女くんの気持ちには答えられない」


「え…誰…?」


 おそらく世界最速で失恋をした早乙女は、学年に自分よりもかっこいい人がいたのかどうかを必死に思い出そうとする。


 彼女は頬を赤らめながら、いつもおちょくるような表情ではなく、1人の女の子としての表情で空を見上げる。


「暁先輩」


「クソ、アイツ嫌いだ!」


 惚れた女が好きだった相手は、さっき自分がいい奴だと言っていた先輩だった。


 許されない。許されるわけがない。


 悠馬の優しさなんかよりも、嫉妬心が優った早乙女は、地面に拳を打ち付けて悶絶した。


「ガッデム!」


「次は英語なのね」

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