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学校の怪談

 7月某日。

 セミの鳴き声がうるさくなり始め、夏休みが近づいて来たこの日、悠馬は不機嫌そうな顔でリビングを見ていた。


「…毎度聞くが、お前らなんなんだよ…」


 普通、夏休み前の休日と言えば、可愛い彼女とデートに行ったり、海やプールに行ったりと、青春の1ページを刻むのが高校生だろう。


 悠馬は部屋の中で寝転ぶ男子生徒たちを見つめながら、寝転がっている栗田にフォークを投げつける。


「ぶね!暁、テメェなにすんだよ!」


 グサッ、という音と共に、栗田の顔の横に突き刺さったフォーク。


 そんな一撃を横目に冷や汗を流す栗田は、跳ね起きると同時に地団駄を踏んだ。


「いや、マジでお前らなんなんだ…」


「だってこの部屋涼しいしよ!」


「電波いいし、窓からはビキニの女子が見えるし!」


「それに広いしテレビでけえし!」


「加えて言うならお前の可愛い彼女が来る可能性もある!」


 栗田に山田、そして通に八神に連太郎、碇谷とアダムといったメンバーが集合した寮の中は、完全に闇鍋状態だ。


 あまりにも自由奔放な奴らが揃いすぎているし、これを闇鍋と言わずしてなんと言うのか。


 せっかくの休日をこんなムサイ男どもと無駄にしたくない悠馬は、キッチンの柱に頭を打ち付けた。


「畜生…これが人間のすることかよ…」


 今日は朱理と寮でイチャイチャしたいな、オリヴィアと一緒にテレビを見たいなー、なんて思ってたのに!


 誰が悲しくて、こんな底辺の知能しか持ち合わせていないような奴らと遊ばなきゃいけないんだ!


 こいつらは最近の日本をどう思う?と質問されて、「女のおっぱい揉みたい」と答えるような奴らだぞ!?


 毎度、隙あらば、暇があれば悠馬の寮へと侵入してくる彼らは、窓越しに見えるビキニの女子生徒たちを眺めながら、各々持参した漫画やゲームで時間を潰している。


「まあまあ、落ち着けよ!今日はお前にお土産があるんだ!」


「どうせしょうもないやつなんだろ?」


 ドヤ顔の山田を見下ろす悠馬は、彼らのお土産などハナから期待していない。


 彼らはお土産と言って、犬のウ○コを持ってくるような奴らだ。


 この1年間でそういう奴らだと認識を受けている哀れな山田は、部屋の電気を消すと、ビーチにいるビキニの女子生徒のことなど御構い無しにカーテンを閉じた。


「あ!オイ!今いいところだったのに!」


「いい女の子いたのになーZカップくらいの」


 変態四天王の山田にしては珍しい行動だ。


 部屋を真っ暗にした意図はわからないが、憤慨していた通やアダムは、山田が手にしているものを見て、すぐに黙り込んだ。


「ロウソク?」


 山田が手にしているものを見て、八神が訊ねる。


 赤く不気味なロウソクを手にしている山田は、昼間ということもあり、カーテンの隙間から僅かに差し込んでいる光の中で、ニヤリと笑った。


「もうすぐ夏だぜ?お前ら、来年は進学や就職で忙しくなる中、今こんな無駄な時間を過ごしていいのか?」


「うっ…」


「それはそうだけどよ…」


「ここにいる奴らの中で彼女いるのって、悠馬とアダムだけだろ…?」


 無駄だどうだという論点以前に、彼女がいないから話が始まらない。


 そう言いたげな栗田は、山田の問いかけに大きく肩を竦めた。


 山田の言う通りだ。

 彼の言う通り、来年の夏は、今のようになにも考えずに自堕落に過ごすと言うことはできないだろう。


 何しろここにいるメンバーは、国立高校に入学していて、異能のレベルも高いと言えど、就職活動や大学進学を、顔パスできるわけではない。


 つまり本土の生徒たちの同じように、就職活動や勉強をしなくてはいけはいのだ。


 まぁ、異能島出身という大きなアドバンテージは持っているため有利に立ち回れるだろうが、なまじ有能な人材である彼らからしてみると、就職や進学は、決して楽観視できるものではないと、きちんとわかっているはずだ。


「だから今日は!今日の夜は、楽しもうぜ?」


「具体的には何をするんだよ?」


「肝試しだ!」


 山田は不敵な笑みを浮かべながら、そう答えた。



 ***



「廊下からはペタペタ、ペタペタ、と、背後を付き纏うように足音が聞こえてくるの」


 一方、夕夏の寮。

 部屋の電気は消され、外の光はカーテンで完全にシャットアウトされた中、真里亞の声が響く。


 今回は日本昔話ではないらしい。


 まぁ、高校生の夏休みと言えば、肝試しや怪談だろう。


 真里亞の話に怯える夕夏は、両耳を両手で塞ぎ、目をぎゅっと閉じて、完全にシャットアウトしているご様子だ。


「そしてついに、彼女はその音の正体が気になって、背後を振り向きました」


 怪談のクライマックス。

 真里亞はみんながシンと静まり返るのを待ってから、ニヤリと笑う。


「そこには血だらけの少女が立っていて、彼女にこう言ったそうです。〝ようやく見てくれたね〟と」


「あー、怖い…ウチ、忘れ物しても夜の学校には入りたくないなぁ」


 いつもの調子で話す茶髪の少女、國下美沙は、真里亞の話が終わると、深く息を吐き出しながら汗を拭う。


 夕夏の寮は冷房も効いている為、もちろん冷や汗だ。


 そんな美沙を横目に、朱理は目を瞑り耳をふさぐ夕夏の頬をムニムニと触りながら、首を傾げた。


「実話なんですか?」


「多分実話よ。異能島は、そういう噂が絶えない島でもあるから」


 都市伝説や怖い話なんて、どこでも聞くことができる。


 何を今更怖がっているのかと思っていた朱理は、花蓮の言葉を聞いてから口元を歪めた。


「楽しそうですね」


 この話が事実だというのなら、きっと楽しいイベントになることだろう。


 ここにいるメンバーは、真里亞に夕夏メンバー、美月メンバーに花蓮とオリヴィアと、そして朱理だ。


「なんで異能島ってこんなに噂が絶えないんだろうね?」


「そりゃあ、第4次世界大戦の舞台がこの島だって噂があるからじゃないの?」


「愛海、噂でしょ?」


「でも、旧都市とか見るとガチっぽくない?」


 美月の疑問に、愛海がスマホを眺めながら答える。


 暗い部屋でスマホを眺める愛海の顔は、光の当たり方のせいでお化けにしか見えない。


 第4次世界大戦は、初代異能王と混沌が激突した際の争いごとをそう呼ばれることになっている。


 世界を巻き込んだ、おそらく前代未聞の大激戦。


 勝者も敗者もこの世界から掻き消されることとなったこの戦争は、戦場がどこであったのか、最終決戦の場所がどこであったのかを記す史実はない。


 つまり、邪馬台国やアトランティスのように、たしかに存在していた、そういう戦争はあったとされているが、それ以上は何もわかっていない未知の戦争だ。


「考えてみると凄いよね。第三次、第二次の世界大戦の記録はあるっていうのに、第四次世界大戦の記録だけは、どこの支部にも残ってない」


 加奈は得意分野だったのか、面白そうに話題に参加する。


 オカルト、歴史が好きな人間なら、誰だって消された空白の歴史、その決戦の場所がどこだったのか、というのはかなり気になることだろう。


「そうだな。私も気になっている」


「オリヴィは先祖がハイツヘルムさんだしね!」


「オリヴィアの家でも残ってないの?そういう記録とか」


 オリヴィアの先祖は、お伽話で初代異能王と協力し、混沌を倒そうと試みた登場人物の1人。


 彼は物語の終盤で命を落とすものの、その勇敢な姿は、幼い子供達を魅了し、英雄ごっこへと駆り立てたものだ。


 おそらく、この島に通う生徒たちの中にも、ハイツヘルムの勇敢な姿に憧れて成長した学生はあるはずだ。


「残念だが、何もない」


「そっかー」


「あっ…」


 オリヴィアの話題が終わると、残念な声を上げた愛海。


 そんな彼女の声を聞きながら、何か引っかかっていた花蓮は、その重要な出来事を思い出し、横に座っていたオリヴィアに擦り寄った。


「どうしたんだ?花蓮」


「わ、私、この島で一回だけ心霊体験したかも…」


「え!?どこどこ?」


「気になるぅ!」


 学校の怪談(第1高校編)から、花蓮の体験談が始まる。


「悠馬と遊園地デートした日なんだけどね…」


「羨ましい」


「私もしたいです」


「そこで、第3異能高等学校って記された、廃校舎みたいな、お化け屋敷みたいなところがあって。私たち、お化け屋敷の場所は調べてたんだけど、こう、ほら、制服着た学生たちが私たちの周りにいてさ?」


「え?何それ?」


「私らが行った時そんなのあった?」


「ううん?」


 花蓮の遊園地での心霊体験を聞きながら、湊は首をかしげる。


 彼女たちも、女子グループということもあってか、何度か遊園地には訪れていた。


 しかし花蓮の話したような第3異能高等学校の旧校舎など、見つけることができなかった。


「私たち、その流れに乗って廃校者の中に入ったの」


「怖いです…」


「そしたらさ、私たち、流れに乗って校舎の中に入ったはずなのに、中には誰もいなくて。教室の中からは、今本当に授業があってるような、そんな賑やかな声が聞こえてくるの」


「マジなやつじゃん…」


 廃校舎での心霊体験なんて、誰もが恐れる嫌なヤツだ。


「それで、流石にヤバそうだから出ようって話になって、そこから出ようとしたんだけど…そこで会ったの」


 花蓮は会ってしまった。


 いや、正確には向こう側から会いに来た。


「黒いモヤみたいな、人型の何かが、次は君の番だねって…悠馬に言ったの」


 悠馬が自覚しているのかは知らないが、あの人物の視線は、あの声は、悠馬に向けられたものだと思う。


 思い出したら震えが止まらなくなった花蓮は、その手を隠すように、オリヴィアをギュッと抱きしめた。


「次はって…」


「なんの話なんだろうね?」


「さあ…それは私にもわからなかった」


 わからなくていいし、わかりたくもない話だ。


 遊園地に訪れたことのある湊や夜葉、美月に愛海は、そんな空間あったかな?と一生懸命に思い出そうとする。


「ま、まぁ、行く機会があったら注意した方がいいと思うの」


「いや、そもそもそんな不気味なところに入ろうと思わないから…」


 花蓮の忠告に、藤咲は苦笑いで答えた。

 大半の学生は、雰囲気がヤバそうだからと入ろうとしないだろう。


 悠馬と花蓮が特殊だっただけだ。


 花蓮の話が終わり、一度静まりきった室内。

 ようやく夕夏が目を開けたのを確認したオリヴィアは、蒼い瞳をキラキラと輝かせながら切り出した。


「今日、肝試しというものがしてみたい!」


「だろうと思った」


「うん、怖い話をしたいって、このタイミングで言われるとやっぱり肝試しよね!」


「え!?えっ!?」


 夕夏以外の女子生徒は、今の怖い話が何のためにされたのか、何をしたいのかをわかっていたようだ。


 各々がバッグやポケットからライトや肝試しのアイテムを取り出すのを見る限り、準備万端らしい。


「よし!」


 これもオリヴィアの憧れた青春の1つだ。


 隣の寮で、山田が全く同じ提案をしていることなど知らない彼女たちは、異様な盛り上がりを見せている。


「肝試しって、どこでするんですか?」


「第1高校だ!」


「え!?私嫌だ!」


 この場で浮くことなど関係ない。

 アルカンジュの質問を聞き流しながら、いつも快くオッケーを出してくれる夕夏は、肝試しを拒絶する。


「夕夏は強制参加させるので、大丈夫です♪」


「さすが朱理!」


「い、嫌だ!絶対、絶対に行かないからね!」


 子供が駄々をこねるように喚く夕夏を横に、朱理はいつもと同じ作り笑いを浮かべる。


「でも女子だけだってのも不安よね?」


「ならちょうど、グループでなんかほざいてる山田の話に乗ればいいんじゃなーい?」


 夜葉は携帯端末を見ながら、意見をする。


 一体なんの話だろうか?そんな表情を浮かべていた彼女たちは、一斉に携帯端末を取り出すと、数秒黙り込んで納得した表情を浮かべた。


「あっ…」


「悠馬くんいるらしいし」


「行きます!」


「え??真里亞ちゃん、どうしたの?」


 女子たちがそれぞれ微妙な表情を浮かべたり、納得したりしていると、真里亞は食い気味に手を挙げる。


 理由はお察しだろう。

 山田の連絡には、碇谷も来ると書いてあるからだ。


「そ、それじゃあ今日の夜は、山田たちと肝試しということで」


『はーい!』


 今日の夜、学生生活の醍醐味とも言える肝試しを決行することとなった女子たちは、夕夏以外がノリノリで返事をした。

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