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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
留学編
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夢幻牢獄

「雷切…黒雷っ!」


 悠馬の放った雷切は、一瞬にして漆黒の闇に飲み込まれ、黄金色だった雷は無数の黒を帯びながらナティアを斬り伏せる。


「ぐぅぅっ…」


 肩から腰にかけて、斜めに斬り伏せられたナティアは、蹌踉めきながら地面に膝をつく。


「こんな…ガキに…」


 悠馬の情報を知らないナティアからして見ると、何処の馬の骨とも知らない学生に負けるのは、この上ない屈辱だろう。


 地面に片膝をついているナティアは、服にじわあっと広がっていく自身の鮮血を見つめながら、地面を叩く。


 カーテナも奪えず、ソフィアを実験材料として持ち帰ることもできず、そして自分も死ぬ。


 まさかこんな事態になるとは予測できていなかったナティアは、水色の瞳を赤色に変え、歪んだ笑みを浮かべた。


「忘れてた…」


「…」


 何かを思い出したように、ハッと顔を上げたナティアは、2本目の注射器をポケットから取り出し、首元に射ち込んだ。


「私は未来が見えるんだった。これは元々()()()()()()()()()()()から、すっかり忘れていた」


「…またお薬頼りかよ」


 レベルを強制的に上げる注射器を使い続けるナティアに、悠馬は冷ややかな視線を向ける。


 いくら元戦乙女といえど、堕ちるとこまで堕ちればただの犯罪者だ。


 アイベルと同じように、ただ力だけを求め、そして楽して力を手に入れようとするその姿勢が気に入らない。


「そんな人格で、よく戦乙女になれたな」


「うるさい!黙れ!」


 悠馬が腹部に刻んだ雷切の跡から、ジュグジュグと黒い血液のような、腐った液体のようなものが流れ始め、傷口は瞬く間に塞がっていく。


「薄々思ってたけど、やっぱりその注射器は、ただレベルを上げるわけじゃないんだな」


 ナティアは身体強化系の異能や、鳴神を使えるわけじゃない。


 だというのに、彼女は人間の限界を超えたような速度で攻撃を繰り出し、接近することを可能としてきた。


 そして今も、放っておけば死ぬであろう傷を、再生などという異能をなしに塞いで見せた。


 それもこれも、全部注射器を使った後に起こった出来事だ。


 あとはアイベルの前例もある。

 本来神との契約の失敗でのみなるとされる使徒の形態に、彼は契約なしで成り果てた。


 おそらくそれも、この注射器が強く関係しているのだろう。


 そこまで考えたところで、悠馬は神宮やバースと言った、本来使徒になるはずのない局面で使徒になった人物たちを思い出す。


「なるほどな…」


 彼らも全員、ナティアと似たような注射器を使っていたというわけだ。


 そして無人島襲撃の一件の注射器の跡というのも、おそらくこれだろう。


 ナティアが無人島の件に何らかの繋がりを持っていると踏んだ悠馬は、傷口を塞ぎ、目から黒いドロドロとした血液を流すナティアを見て、一歩後ずさる。


「化け物みたいになったな」


「そう見える?」


「そうにしか見えない」


 ハリウッドのメイクならば、よく出来ていると記念撮影でもしたいくらいだ。


 目から黒い血液を流し、そして腹部に大きな傷跡を残す彼女の姿は、ホラー映画のソレに近い。


「っ…」


 消えた。


 悠馬がつまらない話をしていると、ナティアの姿が見えなくなる。


 消えたナティアを探るように、周囲に熱を放つ悠馬は、徐々にその範囲を広げていき、頬を引きつらせた。


「コイツ…速い…」


 さっきまでとは比較にならない。

 忘却により存在を掻き消してからの高速移動は、正直かなり厄介だ。


 鳴神よりも早く動く見えない相手に翻弄される悠馬は、視線を一直線に向けたまま、背中に向けて神器を突き出す。


「外れ」


「うぐ…!」


 左肩に感じる、鋭い痛み。

 正面から左肩を突き刺された悠馬は、反射的に飛び退く。


 確かに背後に気配を感知していた。

 ナティアが背後から攻撃をしてくると判断していた悠馬は、冷静に状況を分析する。


「わけがわからないって顔してるわね」


 悠馬の顔を見ながら、ナティアは楽しそうに話す。


 さっきまでと打って変わって形勢逆転を果たしたナティアからしてみると、今はかなり余裕のある状態だというのが伝わってくる。


「私は背後から攻撃をして、貴方の反撃を食らう()()()()()の。だからその未来になる直前で、動きを変えた」


「クソ厄介な異能だな」


 自身の異能の種明かしをするナティアは、ネタが割れたところで形勢逆転する可能性は万に1つもないと踏んでいるようだ。


 事実、そうだ。

 ナティアは少し先の未来を見て、悠馬の動きが確定した瞬間に動きを変えればいいのだから、後出しジャンケンで勝つのと同じくらいの難易度だ。


 対する悠馬は、後出しジャンケンをしてくる相手に、先に拳を出して勝てと言われているようなもの。


 どちらが不利なのかは、すぐにわかるだろう。


「あはは…綺麗な顔が、歪んでる」


「黙ってろ」


 右目から血を流し、そして肩からも血を流す悠馬は、頬を伝う冷たい血の奇妙な感覚を感じながら、左足に力を入れる。


「凍れ…ニブルヘイム」


「忘却」


「っ!?」


 悠馬が足に力を入れ、、ニブルヘイムを放とうとしたタイミング。


 にやりと笑ったナティアが忘却と呟くと同時に固まった悠馬は、異能を発動させることなく、左足に入れていた力を抜いた。


 「何を…」


 いや、今何の異能を発動させようとしていたんだ?

 何かの異能を発動させようとしたことは覚えているが、それが何であったのかわからない。


「どう?自分の慣れ親しんだ異能を忘れていく感覚は」


「…そういうこともできるんだな」


「ええ。今どんな気持ち?」


「あまり何も感じないな」


「つまんない」


 別に異能の1つが使えなくなったところで、そこまでのピンチは感じない。


 そもそもこういう場合、異能の使用ができなくなり慌てるよりも、相手にそれを悟られぬよう立ち回るのが1番だ。


 もし仮に自分に策がなくても、落ち着きを見せることによって策があるように見せかけ、相手を威嚇する。


 それも戦いにおいては必要になってくる駆け引きの要素だ。


「さてと。あまり長居もしていられないだろうし…」


 悠馬の期待とは裏腹に、ナティアは長居をしていられないと口走る。


 まぁ、ナティアは現在犯罪者側な訳で、下手に長居をしていることはできないだろうし、それが当然の判断だ。


「これで終いよ」


 悠馬が瞳を閉じて、熱を放出すると同時に言葉が聞こえてくる。


 しかし悠馬は、もう視界に頼ることも、聴覚に頼ることもなく、動じたそぶりは一切なかった。


 他の感覚に頼らず、相手の動きだけを熱の動きで感知できればいい。


 幸いなことに、ナティアは悠馬の感知が炎系統の異能の応用だとは知らないため、忘却することは不可能だろう。


 この熱による感知が唯一の天敵であるナティアからしてみると、この異能を忘却させないことはデメリット以外のなんでもない。


 つまり彼女は、認識した異能、その発生の大本となる事象を知らなければ、忘却させることができないのだ。


 他人の脳みそから忘却させるわけなのだから、彼女自身が知らない異能を消すことは不可能というわけだ。


「結界…クラミツハ」


 ナティアが接近してくるのを感知しながら、悠馬は小声で唱える。


 氷や炎の異能ならば、簡単に予測ができるし、忘却されかねない。


 最後の一撃に闇の異能を選んだ悠馬は、燻る闇を心の中で感じながら、間合いへと入り込んだナティアに向けて抜刀した。


「チッ…」


 悠馬が抜刀した神器は空を斬り、すぐに肩の回る稼働域限界へと達した。


 その間、一切の手応えはなく、それが意味するものは…


「さようなら」


 背後から聞こえてくる声に左目を開いた悠馬は、振り向く直前に視界に映ったソフィアを見て、動きを止めた。


「最高だ」


「潰れなさい…!虫ケラ!」


 ソフィアの怒りのこもった声。

 ナティアのデバイスが悠馬の首に到達する直前で右手を伸ばしたソフィアは、異能を発動させながら叫んだ。


 ブチっという、肉離れを起こした時のような、靭帯を断裂した時のような音が、静まり返った室内に響く。


 ソフィアが向ける視線の先には、デバイスをしっかりと握った右腕が、主人を失い地面に落下していた。


「私の…右手…」


 悠馬の首を奪おうとしていた手癖の悪い右腕は、ソフィアの重力によってぺしゃんこに潰れている。


 それは使徒姿のアイベルの成れの果てを彷彿とさせるような、そんな圧倒的な力だ。


「俺が振るった刀の範囲外に、お前が現れることはわかっていた」


「あとは私が狙い澄ましていれば、お前はただ素早いだけの無能力者と化す」


「なぁに?右腕を落としたからって勝ったつもり?戦いはまだまだこれから…」


「終わってるのよ」


 戦いはまだまだこれから。一撃当てたくらいで調子に乗らないで。


 ソフィアを戦力外として、未来視の外に置いていたナティアは、そう言おうとして言葉を遮られる。


 呆れたように、全てが終わったように淡々と言葉を発したソフィアを見て、ナティアは目眩のようなものを感じ膝をつく。


「な…にを…」


 歪んでいく視界と、霞んでいく悠馬の姿。


 自分有利で進んでいたはずの未来が崩れ始めたことにより、ナティアは顔を歪めた。


「夢幻牢獄。生け捕りは不可能だから、ここで永遠に眠ってもらうことにしたの」


 実力的に、相性的に生け捕りは不可能だ。

 そう判断したときから、ソフィアは異能を発動させる準備を行っていた。


 ソフィアは重力の異能以外にも、睡眠系の異能を使うことができる。


 睡眠系はセラフ化使用時のみに許された異能で、ソフィアの契約しているオネイロスの力も、重力ではなく睡眠に向いていた。


 そして今ソフィアが発動させた異能、〝夢幻牢獄〟は、対象者を未来永劫続く夢の中に誘う、最狂の異能。


 人権云々などと騒がれるから使ってこなかったが、ナティアが眠りに入れば、あとはその空間が夢だと気づこうが、起きようとしようが、無限に夢が続いていく。


 時間の無限と夢の夢幻をかけた、完全な牢獄だ。


「ふ…はは…それで勝ったつもり…?貴女は…カーテナを失う…我々がその宝を手にする」


「言い忘れていたけど…貴女が盗もうとしていたカーテナは、ただのレプリカよ?」


 虚ろな目で、眠りに誘われるナティアの負け犬の遠吠え。死して尚相手を惑わそうとする作戦は、ソフィアには効かなかった。


 今日、ナティアが盗もうとしていたのはただの偽物なのだから、偽物を掴まされそうになっていた人間の遠吠えなど、間抜けにしか見えない。


「畜生…」


 ドサっと、脱力したようにナティアが倒れる。


 悠馬はそれを確認すると同時に、クラミツハを振り下ろそうとした。


「待って」


「目覚める前に殺すべきだ」


 ソフィアの待てを大人しく聞いた悠馬は、再生しきった左肩と右目を確認しながら自分の意見を口にする。


「夢の中では…一体どれくらいの時間が過ぎていると思う?」


「っ…ソフィ、怖いこと考えるな」


 ニコリと笑うソフィアを見て、悠馬は苦笑いを浮かべる。


 どうやらソフィアは、この世界が進む速度と同じ速度の無限の夢の中に放ったわけではないらしい。


「この世界での60分が、彼女の夢の中では1年になる」


 ゾッとする話だ。


 つまりナティアは、夢幻牢獄の中で1日眠っていれば、24年の月日を過ごしている感覚になる。


 そして最悪なことに、夢幻牢獄は自力での解除が不可能な上に、外の世界からでも解く術がない。


「栄養失調による死が先か…それとも脳の処理限界が先か…」


 ナティアがこれから進むであろう未来を予測した悠馬は、ソフィアが敵じゃなくて良かったと、心から思った。


「さて、私たちも…って…あれ?」


 戦いも終わり、立ち上がろうとしたソフィア。

 彼女は立ち上がる直前で蹌踉めくと、倒れる直前で抱きかかえられる。


「無理するなよ…ずっとセラフ化使ってるんだから…俺の前では、そんな気丈に振る舞わなくていいんだよ」


 総帥としての顔が〜、なんて悩みもあるのかもしれないが、それをアメリアや悠馬の前で使うのは間違っている。


 金髪から紫髪に戻りつつあるソフィアを見る限り、彼女の体力が限界に近いことは簡単にわかる。


「ありがとう…実はもう、体力も限界で…怠くてキツくて…」


「眠ってていいよ。後はなんとかするから」


「ええ…ありがとう」


 ゆっくりと目を閉じるソフィアを見つめながら、ガコン、と空気を読んだように開き始める扉へと視線を送る。


「丁度いいタイミングでしたね、()()()()()()


「いや、まさか異能王にコンタクトをとって、私に連絡を寄越してくるとは…最近の学生はすごいな…」


「…見ての通り、ソフィア総帥は満身創痍です。アメリア秘書も重傷のため、後は任せても良いですか?」


 金髪に茶色の瞳の、イギリス支部国王陛下。


 ソフィアを抱き抱えているため、膝をつくことはできないが深々と頭を下げた悠馬は、彼がソフィアを狙っていることを知っているため、若干気まずい気分でお願いをする。


「紫髪…やはり美しい」


「っ!」


 ミスった!

 ノーマンの言葉を聞き、悠馬は自身のミスに気づく。


 セラフ化を解除したソフィアを抱き抱えていた悠馬は、見ての通りなどという口ぶりで、紫髪の状態の彼女をソフィアだと明言してしまった。


 冷や汗をタラタラと流す悠馬は、ニコリと笑ったノーマンを見て、生唾を飲み込んだ。


「後は私に任せてくれ。はぁ…ソフィア総帥は、私には惚れてくれなかったか…」


 悠馬に抱き抱えられるソフィアの、安堵したような、気の抜けた表情を見て、ノーマンは肩を竦める。


「…ノーマン国王は…ソフィアのこの姿を…」


「イギリス支部の国民のような反応を求めているなら、それはできないな。私はソフィア総帥の、その姿に惚れんだ」

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