相性
「ぅぅっ!」
室内に響く、ソフィアの呻き声。
足をふらふらと左右に蹌踉めかせた彼女は、体制を崩すギリギリのところで踏み止まり、腹部から流れる血液へと視線を落とす。
「あら…銃を使うのは久しぶりだったから…急所は外しちゃった」
「貴様ぁぁぁあ!」
ふらつくソフィアからナティアへと視線を戻したアメリアは、右足に突き刺さったデバイスを引き抜き、発狂したように立ち上がる。
その動きは、右足を貫かれた痛みなど一切感じさせない。
「貴女は利用価値もないから、相手してあげない」
再び引き金を引いたナティアは、1発、2発、3発とアメリアの右足、左足、そして左肩を銃弾で打ち抜き、崩れ落ちた彼女を見て笑みを浮かべる。
「認識できてないんだから、そんなに近寄ったら格好の的じゃない」
どこを狙っているのか見えているならまだしも、見えていないのに突っ込んでくるのは愚策だ。
床に這いつくばってでも進もうとするアメリアを踏みつけながら、ナティアは愉快に笑う。
「さて…カーテナは見つからなかったけど、いい素体は手に入りそうだし、この辺でおさらばしようかな?」
イギリス支部の総帥、そして総帥秘書に重傷を負わせたナティアは、拳銃を仕舞うような仕草を見せながら、ソフィアへと近づく。
「これからは仲間として、一緒に頑張りましょうね?ソフィア総帥」
「はっ…誰がアンタなんかと…仲間になるくらいなら、ここで死んだ方がマシよ」
「あはは、死んでも構わないわ。だって、どうせ実験の際に一度死んでもらうんだから」
舌を噛み切ろうとするソフィアに、ナティアは嗤いかける。
死のうが生きようが、ソフィアに今から起こる出来事は全く同じであって、彼女が死んだところで何も狂わない。
むしろソフィアがここで死んでくれた方が楽に運べるナティアは、今すぐ死ねと言いたげに自害すると威嚇する彼女を見つめる。
「ゲート」
「っ!?」
アメリアは動かなくなり、ソフィアは何もすることを許されず、ナティアが勝利を確信したタイミング。
そんな状況で寮内に響いた男の声は、周りの景色を薄暗い大きな空間に変貌させながら、ナティアの耳へと入ってきた。
「ゲート…?」
戦乙女ならば、異能王の王城、つまり空中庭園の中にあるゲートを知っていることだろう。
まさかそれが発動した、いや、発動させることのできる人間が異能王以外に存在すると知らなかったナティアは、驚いたように周囲を見回し、正面にいたソフィアと、踏みつけていたアメリアがいなくなっていることに気づく。
「誰…?」
ここは第9異能高等学校の競技場。
薄暗く、まだ使われていないであろうその空間には、ナティアのほかにもう1人、佇んでいる人物がいた。
「ディセンバーより迫力ないな…」
「……ディセンバー?」
「氷帝のディセンバー。知らない?少しは生きている時代が被ってると思うけど。オバさん」
「…お前。舐めた口聞いてると、すぐに殺すぞ?」
「そんな時代遅れな拳銃で?笑わせないでくれよ。お前の武器は、最初から見えていればすべて取るに足らないガラクタの寄せ集めなんだよ」
パチパチパチと、競技場に備え付けられていた電気が点灯し始め、話をしている人物の姿が露わになる。
明るくなった室内で、茶色の髪を揺らした少年、暁悠馬は、腕の中でソフィアを抱き抱えながら、真っ黒な瞳で白い歯を見せた。
「ガラクタ?学生の分際で、大きく出るじゃない」
「悪いけど、お前の所持している武器は、全部見えてるよ。そんなに少なくて大丈夫?」
「…探知系の異能?」
総帥でも見破れなかった武器のすべてを見破っている悠馬。
そんな彼の異能を予想したナティアは、おそらく推測が当たっているだろうとタカを括り、ドヤ顔を浮かべた。
「…そんな優れた異能じゃなくても、お前を直接見る前に、携帯端末越しにお前を見れば何の問題もねえだろ」
人間の認識から忘却することができても、携帯端末越しに見える姿を認識から消すことは不可能だ。
何しろ端末に映っている映像は、ありのままの事実を映しているわけであって、その端末に影響を与えることのできる異能は、雷系統しかない。
端末に忘却は効かないわけだ。
単純なトリック、最初に端末を通してナティアを見ていれば、後は忘却の効果を受けずに、何もかもが見えてくる。
「なんだか、バカにされてる気分」
「バカにしてんだよ。バーカ」
遠回しに端末以下の異能だと言われたことに不快感を感じたナティアを、さらに馬鹿にする。
額に青筋を浮かべたナティアを鼻で笑った悠馬は、虚ろな瞳のソフィアへと視線を落とし、出血が止まらない腹部を見た。
「…やっぱり、ソフィは残して正解だった」
アメリアは重症ではあるが、ゲートで病院に放り込めば間に合う重症だった。
しかしソフィアの腹部に撃ち込まれた弾丸は、急所でなくとも、明らかに致命傷だ。
虚ろな瞳なソフィアに、何のためらいもなく顔を近づけた悠馬は、彼女の柔らかな唇を自身の唇で覆い、口づけを交わす。
幸い、ソフィアの好意は悠馬に向いている。
ならば理論上、ゴッドリンクは可能なはずだ。
花蓮と初めてゴッドリンクした時と違い、今の悠馬はシヴァとの契約を自由自在に操れる程度にはなっている。
一時的にならば、他人の傷を癒すことだって、今の悠馬には容易くできる。
まぁ、条件はそのままのため、好意を寄せられていることや、口づけはしなければならないが。
「っ!ん〜!む〜!」
悠馬が長い口づけを交わしていると、ソフィアは虚ろな瞳から、カッと目を見開き、ジタバタと暴れ始める。
そんな彼女に気づいた悠馬は、唇を離し、糸を引く口元を拭いながらソフィアを横に立たせた。
「おはよう。元気?」
「……なに?今の。結婚?」
「……いや、その辺はちょっと後で考えよう」
「どうしてここにいるの?どうなってるの?」
「その辺も後で話すよ」
顔を真っ赤に染めながら結婚だ何だというソフィアが、状況が全く呑み込めていないようで一周回って可愛く見えてくる。
これがソフィアを生かすための最善の手段だと踏んで、その後のことなど考えていなかった悠馬は、彼女の言葉を聞いてから耳を赤くさせた。
「つまらない劇を見せられてる気分」
「俺はお前の存在そのものがつまらない劇みたいなものだと思うけどな」
「殺す」
子供の挑発に限界が来たナティアは、アメリアとソフィアを圧倒した時のように姿を消す。
「なるほど…これは目じゃ見えないな」
何もない空間からクラミツハを取り出した悠馬は、ソフィアの肩を押し、彼女を遠くへと押しやる。
「悠馬!?」
「先ずはその目をくり抜いてあげる」
ソフィアの悲鳴と同時に、悠馬の右目にはデバイスが突き刺さった。
「ふ…はは…お似合いね」
「そりゃどうも…別に元から見えてない目をくり抜かれたって、キツくねえよ」
最初から見えなくなるなら、視界に頼っていたって意味はない。
目の奥から脳全体に突き抜ける激しい痛みを感じながら、悠馬は踏みとどまる。
この間のフレディとの戦いで、見えないところからの攻撃の恐怖は、よくわかったつもりだ。
片目が見えなくなっている現状、これから戻る見込みもない目を言い訳にしていくつもりは、微塵もない。
これはフレディとの戦いで感じた自身の弱点を克服するための、ちょうどいい練習でしかない。
何しろ悠馬は、ソフィアたちと違って不死なのだ。
寿命で死ぬことはあっても、シヴァの恩恵のおかげで死ぬことはない。
だからコイツとの戦いはただの練習。
「成る程…緑内障…それも末期ね」
「そ。だから右目は必要ない」
「そんな…」
ナティアの分析、そしてそれを肯定した悠馬を見たソフィアは、口元を押さえながら絶望を露わにした。
自分の好きな人が緑内障の、しかも末期と聞けば、何が起こっているのかくらいわかるだろう。
セラフ化についての研究が最も進んでいるイギリス支部の総帥なら、尚更だ。
すでに脳内で答えが浮かんでいるであろうソフィアをチラ見した悠馬は、すぐに視線を戻す。
「それで?見えない&見えないでどうするの?」
「考えてみると、俺はとっくの昔に見えない敵への対策は出来てたんだよ」
「は?」
ナティアは悠馬の発言を虚勢だと判断したのか、再び姿を消して攻撃を仕掛ける。
「ほら」
「っ!?お前っ!」
ナティアの頬を掠める、悠馬の神器。
表情を歪め、怒りを露わにするナティアに白い歯を見せた悠馬は、自身の放出している熱気を再確認する。
これは入試の時にも使った、炎の異能の応用だ。
熱気に意識を集中させることにより、その熱の動きを感知することで見えない敵や、何も見えない状況下でも戦うことのできる力。
集中力はかなり必要なものの、右目が見えない悠馬にとっては、真っ先に強化したい、感覚を慣らしていきたい異能だ。
「1発まぐれで当てたくらいで、調子に乗ってもらっては困るの」
「じゃあ次も来いよ」
ナティアは不敵に笑ってみせる悠馬に、違和感を覚えた。
さっきのディセンバーという発言と、そして今の一撃。
まさか日本支部の襲撃の際、ディセンバーを屠った人物がこの男だとでも言うのだろうか?
口ぶりからして、明らかにディセンバーと戦っているであろう悠馬に、ナティアは警戒を強める。
さっきまでのような忘却を駆使した単調な攻めではなく、忘却を使いながらも、いくつかのフェイントを交え、そして背後からの攻撃を仕掛ける。
ナティアが手にしたデバイスを振り下ろすと、ガキン!と鈍い金属音のようなものが室内に響き渡った。
「ぎっ…!」
悠馬は振り向くこともなく、神器を背後に回してナティアの攻撃を防いでいた。
「…相性が悪いみたいだな」
忘却のナティアに対し、炎で相手の位置を感知できる悠馬では、有利なのは悠馬だ。
あくまでも練習、都合のいい実験台程度でしかナティアを見ていなかった悠馬は、歯ぎしりをする彼女を見て、溜息を吐く。
「ソフィやアメリアさんとは相性で勝ったのかもしれないけど、残念だったね」
2人のうちのどちらかが探知系の異能を持っていれば、状況も変わっていただろう。
「なら少し…次元を上げてみようかな?」
「?」
ナティアはおもむろに、ポケットの中から注射器を取り出す。
悠馬はその注射器を一度も見たことがなかったが、直感的にそれが何なのかを理解し、炎を纏った。
「っ!プロミネンス!」
ナティアが手にしている注射器が首筋に触れるのとちょうど同タイミング。
悠馬が放った炎の最高位異能、プロミネンスは、轟音を立てながらナティアを喰らった。
「あはは…!これは凄い」
「…レベルを上げたか」
さっきまでとは、明らかに動きが違う。
客席に飛び乗っているナティアを睨んだ悠馬は、自身の身体に雷を収束させ、鳴神を発動させる。
「そう…!凄いでしょう!これがあのお方から戴いた力よ!」
「他人の力でよくもまぁ、そこまではしゃげるよな」
「そう言ってられるのも、今のうちよ?」
「!」
まるで獣のように無駄のない動き。
人間であることをやめたように迫り来るナティアに、悠馬は冷や汗を流す。
動きが早過ぎて、熱で感知することができない上、ナティアが素早く動いた影響で周りの熱が大きく揺れて感知を阻害されている。
右目がない現状、左目と熱の感知で戦わざるを得なかった悠馬は、そのまま迫ってくるナティアに焦点を合わせ、斜め斬りを受け止める。
「ぐっ…!ゴリラかよ…!」
デバイスの重みも、さっきまでとは全く違う。
それなりに鍛えている悠馬からして見ると、さっきのナティアの攻撃は、女の限界だろうな。と一言で言い表すことのできるレベルだった。
しかし今のナティアの一撃は、明らかに男の、それも鍛え上げ洗練された力のように感じななくもないものだ。
「ははっ…さっきまでの威勢はどうしたの?」
「うるせぇな…ニブルヘイムっ!」
「っぶな…」
剣戟ばかりに集中しているナティアに、悠馬はニブルヘイムで足元からの攻撃を仕掛ける。
辺り数メートルに広がった水色の氷を見つめながら、明らかに嫌そうな顔をしたナティアは、悠馬を睨みながら着地する。
「炎に氷…そして雷?」
「そ」
「異常ね」
本来レベル10で、ここまでの異能を持ち合わせている人間は未だ嘗ていなかっただろう。
元戦乙女でも驚く異能の数に、悠馬は真っ黒な目を細めながら神器に雷を纏わせる。
「怖気付いた?」
「まさか…勝てる戦いで、逃げ出すわけがないじゃない」
「そっか」
ナティアの反応に肩を竦めた悠馬は、闇のようなものを少しだけ放出させながら神器を構えなおした。




