カーテナ
人気のなくなった道を、2人の男子生徒が歩く。
「懐かしいよな、1年の時は体育教師が面倒で、7限をするとか言われた時は黙って帰ったっけ?」
「はは、そうだったね」
「あの時もこんな感じで、人が少なかったよな!寮に帰り着いたら、体育教師からお怒りの電話が来てて…アレはビビったなぁ」
思い出話に花を咲かせるサンデは、入学してから間もなく起きた出来事を、面白そうに話す。
フレディもそんな記憶があるのか、クスクスと笑いながら彼の横を歩く。
「あとはアレだよな!担任教師がデキ婚して、授業ブッチして逃げたやつ!」
「あれは…あはは!今思い出すと、最高に頭悪そうで笑えて来る」
思い返せば、色々な問題が起こった高校生活だ。
普段は周りにもたくさん生徒がいて、こんな過去の話恥ずかしくてできないが、今この瞬間だけは、互いの思い出話に花を咲かせることができる。
「あの後、学校側も大慌てだったよな」
「そりゃあ、あの担任、デキ婚で急に本土に逃げたワケだし、他の先生も慌てるさ」
思い出すと、笑いしか出てこない。
デキ婚しちゃったから職務放棄なんて、ニュースにもなるような珍事だ。
「あとはハマールのボヤ騒ぎとかな!」
「1年の合宿の肝試しの時だよね?」
「ああ、アイツが本気でオバケにビビって、風の音に反応して森に炎の異能ぶっ放したっていう伝説だよ!」
お腹を抱えて笑うサンデは、本当に嬉しそうだ。
学生生活なんてその当時はキツイ、苦しいと思っていたことでも、数年、いや、数ヶ月経てばいい思い出になるだのと思えて来る。
残りわずかな高校生活、次にこんな思い出話をするのは、早くても卒業式の日か、もしかすると数十年後になってしまうかもしれない。
「あれ、停学になったよね」
「あんだけ派手にやったのに、退学にならなくて良かったよな!」
「そうだね」
ボヤ騒ぎなどと言っているが、実際行ったことは放火のようなものだし、退学になっていてもおかしくはなかっただろう。
「久しぶりに来たな、フレディの寮!相変わらずデケエ!」
「ま、まあ…」
花蓮の寮と比べると見劣りはするものの、それでも裕福な家庭が住んでいそうだと思えるほどの建物の前で、サンデは声を漏らす。
フレディの寮は、他の学生たちの寮よりも遥かに大きく、そしてぱっと見、集合寮のようにしか見えなかった。
フレディは褒められ慣れていないのか、サンデに寮の大きさの話をされると、照れたように頬をかく。
「とりあえず中に入ろうよ」
「お、おう!そうだな!」
男というか、女に近いフレディの容姿、声で寮の中に入ろうなどと言われると、流石の同級生でもドキッとしてしまう。
思わず頬を赤く染めたサンデは、フレディに言われるがまま寮の中へと入った。
その後ろをついていくようにして寮に向かったフレディの表情は、見ることができなかった。
どこか暗いような、俯き加減で表情を見せないフレディは、サンデが寮の中へ入ると同時に、寮の鍵を締める。
「おい、フレディ、電気くらいつけてくれよ」
「…どうして」
「ん?」
「どうして君なんだ?」
鍵を閉め終えたフレディは、廊下へと上がっているサンデに対して問いかける。
その表情は暗くてあまり見えないが、微かに見える口元は、歯を食いしばっているように見えた。
「なにがだよ?どうした?フレディ」
「トボけないでくれ!」
寮に入るや否や、突然始まった話に冷や汗を流したサンデは、手を伸ばし声をかけるが、それをフレディに拒まれる。
「わかってるんだろ?」
フレディは今日、一言もカーテナを盗んだ疑いをかけられたなんて言ってない。
それなのにサンデは、国宝という単語だけで、カーテナを盗んだ疑いをかけられたと話を進めた。
加えて言うなら、フレディが登校をしていない間、本来であれば風邪やサボりを予想して話しかけて来るが、サンデは最初からお早い復帰だと話しかけて来た。
つまりサンデからして見ると、カーテナを盗んだ疑惑をかけられたフレディが戻って来るにしたらお早いという意味なのだろう。
言葉の節々で、サンデの発言には怪しい言葉遣いが含まれていた。
カーテナが盗まれたなどということは、犯人と、そしてソフィアたちしか知らないはずで、一市民のサンデが知る由もない。
「はーぁ…いつ気づいたんだ?」
「…さっき。国宝という単語を、カーテナという単語に変えた君に違和感を感じた」
「そっか。はは、そりゃあ、犯人しか知らないことだもんな?カーテナが盗まれたなんてこと」
「サンデ…君はどうしてこんなことをするんだ?」
フレディが顔を上げると、サンデは俯き、表情が読めなくなる。
しかし彼の口元は、笑っているようにも見えた。
真っ暗な室内、フレディとサンデの間には、沈黙が走る。
「どうして?」
質問に対して、サンデは答えることなく、廊下を歩き始める。
フレディの寮の廊下は小洒落ている、というか、中世風のグッズが集められており、甲冑や剣、そして様々なアイテムが飾ってある。
サンデは徐に、その中にある一本の剣を手に取ると、鞘から引き抜いた。
「自分で考えて見たらどうなんだッ?」
「っ!サンデ!」
迫ってきたサンデの剣戟。
彼の剣はフレディの髪をチリッと掠め、そして玄関の床に直撃し、鈍い金属音を立てる。
「オイオイ…避けないでくれよ…刃先がダメになっちまうじゃんか」
「君と僕が戦う必要なんてないじゃないか!」
「そう思うかい?」
振り下ろした剣を見つめながら、フレディとは目も合わせない。
必死に説得しようとする、必死にこの戦いを行うまいとするフレディの目には、焦りが見える。
「ああ!だって、僕も君も、進路はほぼ決まってる!このまま戦ったところで、なにもかも不毛じゃないか!」
「だからだよ」
「!?」
「このまま卒業?このままいけば進路通り?フレディ、お前はそれで良いのか?」
「なにを…言ってるんだ?」
もう時期卒業という3年生の生活の中で、フレディとサンデはフェスタにも出場した経験を持っているため、誰よりも早く進路を決めることができた。
だからサンデもフレディも、問題さえ起こさなければ、このまま卒業して、自分の選んだ道に進むことができる。
自分の選んだ道が眼前に広がっているというのに、今のサンデがとっている行動は、自分の未来そのものを侵害する行動。
理解が及ばないフレディは、サンデの鋭い眼光を見て一歩後ずさった。
「そんなの…つまらないじゃないか!」
「サンデ!」
サンデが再び振り下ろした剣を、フレディは玄関先に飾ってある剣を打ち合わせて受け止める。
「少しはやる気になってくれた?嬉しいなぁ、フレ」
「今の君は狂ってる…!だから僕が止めるだけだ!」
「止める?笑わせないでくれよ!」
サンデと交えている剣が徐々に重みを増し、フレディは押し負ける。
大きく目を見開いたサンデは、後ろに飛び退いたフレディを見ながら、大きな声で笑った。
「フレディ、僕はずっと、このまま君と遊んでいたい!僕は卒業なんて望んでない…この世界は抑圧されすぎている!自由なんてどこにもないじゃないか!」
「…そういうことか」
この世界は異能社会ではあるものの、異能を使う輩は厳しく罰せられる。
世間では異能を使っただけで犯罪者として扱われる人々だっているし、人を救うために一般人が使う異能だって、それはヤクザやプロの格闘家が暴力で人を助けているような冷たい目で見られる。
だが異能島は違う。
学生生活最後の砦、各支部の最高峰の学力、そして異能が集結するこの異能島では、異能を使った授業が許され、周りと競い合うことが許されている。
みんなで協力し、そして競い合い、異能と共に青春を謳歌する。
しかしそれは、長くは続かないだろう。
何しろ異能島での生活は最長でも6年、短くて3年。
そんなごく僅かな限られた時間で青春を謳歌したって、誰だって心残りはある。
もう少しだけ長い時間青春を謳歌できれば…あと少しで良いから、友達と居たい。
思いはそれぞれだろうが、大半の生徒たちは学生生活に強い心残り、無限のような時間を求めながら、卒業してしまう。
卒業すれば、あとは異能を厳しく制限されながら生きていくしかない。
サンデはそんな生活を望んでいないのだろう。
彼の気持ちに気付いたフレディは、剣を一度振ると、俯き加減で何かを呟く。
「結界…ベリサマ」
「やっと本気を出してくれるんだ?フレディ」
「悪いけどサンデ、僕は君のワガママに付き合ってあげるほどお人好しじゃない。すぐに終わらせるよ」
今から2人の間で起こる戦いは、放課後の特訓とは訳が違う。
止めに入る人間もいなければ、立派なルール違反。
顔をしかめたフレディは、悲しそうに剣を構える。
「結界、ヘーベー」
フレディが結界を使用するのとほぼ同時に、サンデも結界を使用する。
「俺の結界は知ってるよな?」
「ああ…」
自身の肉体を結界使用時のみ一時的に若返らせる、もしくは成長させることができ、全盛期と同等のパフォーマンスを発揮できるという、厄介な恩恵だ。
返事をすると同時に飛び込んできたサンデは、白い歯を見せながら大きく目を開いた。
「遊ぼうよ!フレディ!」
「くっ…!」
異能島での3年間、フレディとサンデは、誰よりも多く剣を打ち合わせてきたはずだ。
しかし今まで一度も、互いに結界を使い、本気で打ち合った記憶はない。
剣を交えた瞬間、フレディは未だ嘗てないほどの剣圧に押され、宙を舞う。
体勢を崩しながらなんとか着地したフレディは、続けざまのサンデの横薙ぎをジャンプで回避し、炎を纏う。
「纏え!ソード・プロミネンス」
「ははっ、室内で炎とか、火事になっちまうぞ?」
剣先から放たれる炎線を転がり回避したサンデは、フレディの異能に耐えきれず砕け散る剣を見て、好機と判断したのか一気に詰め寄ろうとする。
「剣が折れたら、チャンスだと思うよな」
「!?」
フレディが剣に纏わせていた炎は廊下へと伸び、飾られていた1本のデバイスを彼の手元へと持ってくる。
「そんな使い方も出来たんだな」
「ああ…今まで使う機会がなかったけど、ずっと使えたよ」
遠くに離れた場所にあるデバイスを運ぶなんて、普通考えないし、実行もしないだろう。
それをいともたやすく、しかも炎で行うという並外れた芸当を見せたフレディは、スウォルデンの聖剣モデルを手にして、サンデへと向ける。
「燃えろ…ソード・プロミネンス」
剣先の焦点がサンデに合うと同時に、フレディは廊下いっぱいに炎の異能を放った。
℃数百度。
おそらく異能を使えない旧世代の人間が食らったのなら即死、異能を使える現代の人間ですら焼き爛れる火力を放ったフレディは、その空間に影が立っていないことを確認して剣を下ろす。
「サンデ…どうして君は…カーテナを盗んだんだ?」
「だって…寂しいじゃないか…みんな大人になって…尖ってた奴らは丸くなって…馬鹿してた奴らも真面目になって…みんな悟ったように先に進んでく…」
青春は有限だ。
その中でたった1人、まだ青春を味わっていたい、謳歌したいという気持ちが強かったサンデからしてみると、この生活に終わりが来るのは、恐怖だった。
「だから壊したかった…前みたいに、入学直後みたいに、何も考えずに全力でフレディと戦いたかった」
「これで…満足かい?」
勝敗は決した。
パチパチと燃える廊下の中、仰向けになって倒れているサンデを見つめたフレディは、哀しげに訊ねる。
「正直、もう少しでいいから遊んでいたいよ。今日は最高に楽しかった。言われたとおり、カーテナを盗んで正解だった」
これで全てが解決した。
そう思っていたフレディは、サンデの言われたとおりという単語を聞いて動きを硬直させる。
「そうだ…アイベルを仕向けたのは君なのか!?」
「違うさ…俺はただ、アイベルが暴走するから、その間にカーテナを盗み出すことができれば、フレディとまた全力で戦えるって聞いたから盗んだんだ」
観念したように、全てがバレたサンデは種明かしを行う。
元々、全てが終わったら種明かしをするつもりだったのだろう、勿体ぶることもなく、淡々とありのままの事実を話す。
「つまり…これは手のひらの上…ってことなのか?」
カーテナを盗んだ時点で、フレディとサンデが戦うことが確定したような口ぶりだった。
少し焼けたサンデへと歩み寄ったフレディは、彼の瞳を覗き込みながら口を開く。
「君は何者に…誰に唆されたんだ?」
この事件の犯人はサンデじゃない。
「…ちょうどユウマが留学してきた頃かな…その時に…」
何かを思い出すように、サンデは眉間に皺を寄せながら言葉を詰まらせる。
「…誰に…言われたんだっけ」
サンデの疑問だけが、室内に響く。




