釈放
コツコツコツと、真っ暗な室内に足音が響く。
暗い室内の中、異応石の手錠を右手にだけかけられた少年、フレディ・オーマーは、足音を聞くや否や、顔を上げて部屋の隅へと寄る。
「いつから知っていたのか、聞かせてくれる?」
ちょうどフレディの前まで来て、動きを止めた人物。
その黒い影を見上げたフレディは、少しだけ驚いたようなそぶりを見せて、顔をしかめた。
「なんの話ですか?」
「時間をかけさせないで。ノーマン国王から聞いた。本来、近日行われる式典でカーテナを握ることになる貴方にだけ、レプリカであることを伝えていたと」
「アメリアさん」
フレディは最初から、盗まれたカーテナが偽物であることを知っていた。
それなのに何も言わず、大人しく軟禁されているのだから何かあるのではないかと考えてしまう。
この場に1人訪れたアメリアに対して、フレディは苦笑いを浮かべる。
「僕がカーテナが偽物だって言って、信じてくれましたか?」
「…」
フレディがあの場でレプリカ云々と話したところで、きっとソフィアもアメリアも信じなかっただろう。
「それに、あの時は僕も焦っていて、あれがレプリカだなんてこと、忘れてましたよ」
いくら精巧に作られたレプリカといえど、手にしたものが異能を通せば、それが偽物、ただカーテナを模ったデバイスであることはすぐにバレてしまう。
だからこそ、カーテナを握るであろうフレディには、事前にレプリカだという告知が行っていたわけだ。
「それと、ごめんなさい」
「なにが?」
「ソフィア総帥に、僕は失礼なことを言ってしまいました」
身の潔白が証明され、カーテナ泥棒の犯人でなくなったフレディは、文句を言うことも、慰謝料を要求することもなく深々と頭を下げる。
「…それはソフィアに言って」
「はい」
「あと、この件についてなんだけど、貴方にも協力してもらう」
「え…」
「カーテナがレプリカだと知っているのは、現状では陛下と私たち、そしてソフィアと暁悠馬、最後にオリヴィアちゃん。当然だけど、周りにこの事実は話せない」
「ですけど、盗まれたのはレプリカですよね?」
「レプリカだと気づかれると、本物が狙われる可能性がある。だからこの件を知っているメンバーだけで動く必要がある」
警察や他の機関に頼れば、情報が漏れ出てしまう。
レプリカといえどカーテナを盗まれた、本物が盗まれるかもしれないなどという情報を流したくないアメリアは、国の面子を保つために、フレディに協力を持ちかける。
「そう…ですか」
「それと、貴方には学校である噂を流して欲しいの」
「噂、ですか…?」
***
翌日。
1日と少しの軟禁生活が終わったフレディは、久しぶりの外の景色を眺めながら登校する。
なぜフレディが軟禁されても、怒ってすらいないのか。
その理由は、軟禁中の待遇の良さにあった。
悠馬とは別室の特別スイートルームでの軟禁。
確かに片手には手錠がされていて異能は使えなかったものの、両手は自由に動かせるし、室内を行き来することも可能。
テレビを見ることも、寝ることも、風呂に入ることも自由にされている状況で、運ばれてくる料理だって豪勢なものだった。
手錠をつけられているという点以外は、王様のような待遇を受けていたと言ってもいい。
さらに付け加えれば、軟禁中、つまり約2日間の無断欠席は総帥の指示で出席扱いになるようだし、軟禁されている間のお金も支払われるらしい。
美味しいものを食べて、眠って、怠惰を貪っていただけで出席扱い+お金の発生。
学校の授業にも遅れていないフレディにとっては、旨味しかないものだろう。
同じ方向に向かう生徒たちを眺めながら、フレディは上機嫌に歩く。
あとはソフィア総帥に謝罪をすれば、ある程度のケジメはつけられるはずだ。
総帥見習いという道が消えかかっているのは悲しいことだが、それでもまだ完全に閉ざされたわけじゃない。
「よ、フレディ!2日間何してたんだ?」
「あらぬ疑いをかけられて捕まってた」
「ハハッ、なんの冗談だよソレ」
声をかけてきた生徒に、ありのままの事実を話すと、笑われる。
まぁ、現実味のない話であることは認めるとしよう。
自分だって、現実味のない話だと思っているし、正直言って今でも夢だと思っている部分もある。
その原因は、十中八九彼だろう。
フレディは少し先を歩く、茶髪の少年と金髪の少女を見つめる。
「ソフィア総帥、暁悠馬とどういう関係なんだろう?」
悠馬の前でメイド服を着ていたり、恋人発言をしたり…
悠馬に全否定されていたし、最初は何かの間違いだと思っていたが、実はフレディ、一昨日の悠馬とソフィアの姿を、のぞき穴から見ていた。
同じ階層のスイートルームで軟禁されていたフレディは、偶然にも2人の姿を捉えることに成功した。
そしてソフィアは、悠馬の前では紫色の髪色で、キリッとしたいつもの表情ではなく、弱々しい女性としての一面を見せていた。
その時、自分が恥ずべきことをしたと実感した。
なんの罪もない、国のために働く総帥に向かって、あろうことか魔女だと言ってしまった自分を。
自分で自分が恥ずかしくて、申し訳ない気持ちで胸が張り裂けそうになった。
「やっぱ、暁悠馬には敵わないよ」
何もかも、自分よりも上をいく存在に、憧れの視線を向ける。
悠馬が片目の視力失い、模擬戦では勝ちかけはしたものの、それを勝利と呼べないフレディは、肩をすくめながら歩く。
きっと、ああいう人が総帥になるんだと思う。
「おーい、フレディ!お前、お早い復帰だな!何してたんだ?」
「おはよう、サンデ。いや、色々あってね、あらぬ疑いをかけられて逮捕されてたんだ」
「はぁ?そりゃあ忙しいな」
3年間苦楽を共にしてきたサンデに、フレディは笑いながら事情を説明してみせる。
「ああ、国宝を僕が盗んだって言われてさ」
「まじか!はは、面白い事件に巻き込まれな!」
いつものようにくしゃくしゃの笑顔を浮かべるサンデは、両手を頭の後ろに回し、フレディの横を歩く。
フレディはサンデを見ながら、軽く笑顔を見せた。
「でも、お前が釈放されてるってことは、カーテナは見つかったのか?」
「まぁ、そんなところ。ところでサンデ、今日は学校サボらない?」
「え?あ?いいけど、珍しいな!お前がサボろうなんて!」
「そんな気分なんだ」
いつもは真面目なフレディが学校をサボろうと言い始めたのが面白かったのか、ケタケタと笑うサンデは拒否することもなく、彼に歩調を合わせる。
「いいぜ!どこ行く?」
「…僕の寮、なんてどうだい?」
「いいないいな、久しぶりに行きてえ!」
***
「…ソフィア、気づいてる?」
「…ええ。思った以上に、マズイかもしれない」
婚約の危機が去り、カーテナが盗まれるという事件も半ば解決したはずなのに、ソフィアは頭を抱える。
「…どうして彼女が生きているの?」
パソコンに映し出された人物を睨みながら、疑問を口にする。
アメリアとソフィアは、パソコンに映し出された画像を見て、深いため息を吐いた。
「…6代目異能王の戦乙女である、ナティア」
「…死んだはずでしょう」
パソコンに映る画像を見ながら、6代目の戦乙女の話をする2人。
その2人が見つめる画像には、つい3日前の日付が記されていた。
それはアイベルが暴走し、カーテナのレプリカがなくなった日とも一致する。
「…なぜ」
「見解はいくつもあるわ」
なぜ死んだはずの人間がここにいるのか。
わけのわからない状況に混乱するソフィアに対し、アメリアは冷静だった。
「1つ目はそっくりさん。2つ目は誰かが異能で擬態している。3つ目は本人」
「本人、って…」
ナティアたち6代目異能王の世代は、今から30年以上前だ。加えてナティアは死んでいる。
そして現在映し出されている画像に写っているナティアは、明らかに年老いていない、全盛期そのものの姿にしか見えない。
何がなんでも、無理がある。
「でも、異物が紛れ込んだのは確かね」
「ええ。そうよ」
「この異能島の滞在者リスト、そして一般従業員の中に、彼女と一致する顔を持った人物はいない」
「加えていうなら、学生の中にも」
この島に存在していないはずの人物。
この島にいるはずのない人物の存在を確認してしまったソフィアとアメリアは、顔を見合わせ、首を傾げた。
「ナティア、レベルは幾つだったかしら?」
「…戦乙女だから、総帥よりもちょっと下だと思うけど…」
「最大でも20と考えるべきね」
「どの支部の総帥よりも強いとされる貴女なら、大丈夫よ。ソフィア」
現環境、現状態ではどの支部の総帥よりも最も実力があるのは、イギリス支部総帥であるソフィアだ。
総帥になるためには、最低でもレベル15は必要なわけで、目安的には、レベル15〜20が総帥に相応しいとされている。
まぁ、規定上はそんなレベル存在していないため、レベル10にカテゴライズされているのだが。
そしてソフィアのレベルは、22。
単純に考えて、優秀な総帥よりも頭が2つ飛び抜けた実力を有していることになる。
正直、ナティアが敵だったとしても、総帥の中で最も強いソフィアの相手にはならないだろう。
使徒の時を想像して貰えばわかるだろうが、あんな大型の化け物を一撃でぺしゃんこに潰せる力を持ちながら、ソフィアはもう一つ異能を隠している。
そのことを知っているアメリアは、冷静に状況を分析し、ソフィアが実力において後手に回ることはないと判断する。
「そうね」
「ところでソフィア…」
「なぁに?」
「もし仮に…仮によ?」
アメリアは考えられる最悪の可能性を想像し、ソフィアに切り出す。
「この画像の人物がナティアだった場合…日本支部の襲撃事件と繋がるんじゃない?」
「……それはつまり…」
無人島の襲撃事件。
アレは犯罪者であるゲルナンや、そして世界大戦中の死者たちを操って完成した、死の軍勢のようなものだと報告を受けている。
そしてアメリアが危惧しているのは、そんな死の軍勢の中に、冠位であるディセンバー以外にも、戦乙女や…それ以上の存在が紛れ込んでいるのではないかという可能性だ。
「異能王に…報告しておいた方がいいんじゃない?」
「…流石に、元戦乙女に似た顔を見たって報告したところで仕方がないわ」
それだけの話で済むのなら、現異能王エスカの手を煩わせる必要もない。
まだその時でないと判断したソフィアは、不安そうな表情を浮かべるアメリアを見て、優しく微笑んだ。
「大丈夫。流石に、この島に日本支部の襲撃事件ほどの乱入者はあり得ないだろうし、最悪の場合に備えているのが、この島でしょう?」
ここは無人島とはワケが違う。
もし仮に日本支部の無人島のような襲撃を受けたって、世界でも有数の防衛設備を誇る異能島が、簡単に陥落するワケがない。
目に見えてそのことがわかっているソフィアは、自信満々にそう告げる。
きっと主犯だって、日本支部の異能島の陥落が不可能だと考えたから、無人島での襲撃を行い、失敗をした。
ならばイギリス支部の異能島を襲ったところで、結果は日本支部の無人島よりも残念なものになるだけだ。
「そうね、そうよね」
一抹の不安を抱えながら、アメリアはソフィアの言葉に納得しようと、深く頷く。
きっとこれは自分自身の思い過ごしで、死人がこの島にいるなんてことはあるはずがない。
「大丈夫…」




