偽物
時刻は12時を過ぎた頃。
日本支部ではちょうど、20時くらいだろうか?
学校も終わり、部活から帰っている真っ最中か、それとも青春を謳歌しているタイミングか。
悠馬は現在、イギリス支部の総帥であるソフィア、秘書のアメリア、そしてアメリカ支部の戦神であるオリヴィアと共に、昼食を食べていた。
残り3日ほどで留学生活は終わり、日本支部へと帰ることになる。
長いようで短い留学生活を7割以上終えた悠馬は、スープを飲みながら状況整理を行っていた。
スープが美味しい。
今日の昼食は、総帥秘書であるアメリアさんが作ってくれたらしい。
さすがは総帥秘書と言うべきか、なんでもできてしまう。
鏡花が学校教師やスポーツ、そして秘書としての仕事を果たせるため薄々感づいていたが、総帥秘書というのは、もしかすると総帥よりも優秀なのかもしれない。
なんでもこなせるハイパー超人のような総帥秘書たちを思い浮かべていると、携帯端末から着信音が流れ始め、悠馬は席を立つ。
「…すみません、どうしても外せない連絡なので」
「冷めても知りませんから」
「はい…」
食事中に席を立つのはマナーが悪いことくらいわかっているため、アメリアのツンとした態度に頭を下げる。
悠馬は席を立つと、特別スイートルームの中を足早に歩き、別室に入ってから応答ボタンをタップした。
「もっし〜?今暇?」
「まぁ、数分は」
相変わらずふざけた口調の声が聞こえてきて、妙な脱力感に襲われる。
悠馬にかかってきた電話というのは、彼女たちからの連絡ではない。
連太郎からの電話だ。
「お前の話してたこと、ちゃぁんと調べてやったぜ?」
「ありがとう」
「それだけかよ?」
「…今度赤坂の好きな食べ物を教える」
「手を打とう」
連太郎の対応の変わり方に、思わず笑いそうになってくる。
3年くらい前は、お互いにこんなことを言い合うんじゃなくて、金銭を要求し合って情報を交換していたものだ。
それが今は、好きな人、気になっている人の好きなものを教えることによって解決している。
本当に、人っていうのはどうなってしまうかわからない。
きっと一部の天才たちは、こういう人の変わりようを見て楽しんでいるのだと思う。
「まずノーマン陛下だが…やっぱり、黒い噂は一切ない。ほかの国の王族なんかと比べても、イギリス支部の現国王は、優しいことで有名だ」
「…そか」
やはり、というべきなのか、紅桜が調べても埃1つ出てこないということは、ほぼ白だと断言してもいいだろう。
イギリス支部の国王陛下の犯人説が浮上してからというもの、妙な違和感というか引っ掛かりを感じていた悠馬は、自身の違和感が間違いではなかったと気づき、それと同時にイギリス支部と事を構えることにならずに済みそうだとわかり、肩の荷を下ろす。
「そしてもう1つ、お前が言ってた星屑って奴に会ってきた」
「学校にいたのか?」
「いや…第7学区へ向かおうとしたら、向こうから現れた」
学校にすら通っていない謎の存在、星屑をどうやって見つけ出したのか気になったが、やはり、向こうから現れたようだ。
星屑という存在に対する疑問をさらに深める悠馬は、眉間にしわを寄せながら、連太郎が本題に入るのを待つ。
「そんで結果から言うと、お前とは直接話せないから、言伝を頼むと言われた」
「……そうか」
直接聞けばすぐに答えが導き出せると思っていたが、そこまでの楽はさせてくれないようだ。
最低限の苦難というべきなのか、それとも大した問題に発展しないと思っているのか。
ともかく、星屑が花蓮の時ほど協力的でない事を知った悠馬は、壁に背中を預けた。
「先ず、イギリス支部の国王陛下に関しては、下手な詮索をするなと注意を受けた」
「まぁ、そうだよな…」
下手に勘ぐってそれが思い過ごしだった場合、一国の国王を勝手に疑った挙句犯罪者にしようとしていたことになる。
冷静に考えて、国王陛下を勝手に疑うのは、計り知れないダメージを負うことを覚悟しなければならない。
「それと、国王の件についてはもうすぐ進展があるって言ってたけど…アイツ、何者だ?未来を知ったような口ぶりで話すんだけど!」
連太郎が疑問に思うのは、もっともなことだ。
星屑は連太郎が言う通り、未来を見て、その結末の話をしているのだ。
当然、凡人であり、未来を知らない悠馬たちにとっては絶対にわからない内容だし、アイツ妄想拗らせてるぜ?とバカにされてもおかしくない話である。
「連太郎でもそんな反応なんだ」
「当たり前だろ!気持ち悪い奴だよアレは!」
「それで?次は?」
脱線しかけたため、話題を元に戻す。
端末越しに大声をあげた連太郎に単調な声をかけた悠馬は、言葉を待つ。
「君はそのまま、いつも通りに生活しておけば必ず答えに辿り着くだろう。ってさ」
「なんだよそれ」
「俺が聞きてえよ」
適当にあしらわれたような、そんなアドバイスだ。
例えるなら、テストの採点をしてくださいと言って教師にテスト用紙を持って行った結果、目もくれずに君のは大丈夫だよ。と言われたような、そんな感じ。
なんだかますます不安になってきた悠馬は、携帯端末を耳から話し、通話を切ろうとする。
「あ、待った!」
「なんだよ?」
端末から聞こえてきた連太郎の大声にビクリと身体を震わせる。
「お前の探してる犯人は、身近にいるらしいぞ〜、気をつけて」
「犯人は身近にいる…」
ブツッと通話の切れる音が耳に残りながら、悠馬は連太郎の言葉を復唱した。
連太郎に、カーテナの話をした覚えはない。
つまり今の言葉は、連太郎がおふざけや冷やかしで事態を引っ掻き回そうとしたわけではなく、ほぼ間違いなく星屑の言葉だ。
犯人が身近にいると知らされた悠馬は、思考をぐるぐると回転させながら、周囲の環境を思い返す。
ソフィア?
いや、ソフィアは絶対にありえない。
そもそも彼女は1人でここまでのことをやってのけるほど優秀でもないし、絶対にボロが出るはず。
第一に、ソフィアがカーテナを無くすメリットというのは、何1つないのだ。
国からの評価もガタ落ちで、国王と結婚せざるをえなくなるか、国から追い出されるか…
後者はソフィアにとっては嬉しいことかもしれないが、彼女がイギリス支部に執着しているのを見る限り、自ら進んでイギリス支部から追い出される道は選ばないだろう。
オリヴィアもあり得ない。
何しろオリヴィアはとんでもなくポンコツだし、アリスの任務を完全放棄した挙句、調査対象とイチャラブな毎日を送っているような奴だ。
そもそも恋人である悠馬に何の断りもなくカーテナを盗むような奴ではないし、彼女にはアリバイがある。
ソフィアとオリヴィア、そして悠馬は、アイベルが使徒になって暴走した際に、一緒に行動していた。
つまり自国というアドバンテージのないオリヴィアが、他人を使ってカーテナを盗むことは100%ない。
それに蒼の聖剣も持ってるのに、他の国宝なんて、興味すら持たないだろう。
ならば…
悠馬はこの特別スイートルームの中にもう1人だけ居座っている人物を思い出し、その場にしゃがみ込んだ。
「アメリアさん…アンタなのか?」
イギリス支部の総帥秘書であるアメリア。
今思えば、何が目的で彼女がこの島に訪れたのか、何故タイミングよくカーテナが盗まれた後に現れたのか、全て謎のままだ。
総帥秘書という立場にいることから、監視カメラの操作だって、カーテナの所在だって知っていたはず。
「でも…理由は?」
彼女がカーテナを盗むだけの動機が見つからない。
動機を考える悠馬は、あることを思い出して、ハッと頭をあげた。
「アメリアさんはソフィを国外追放にして、自分の思うように生きて欲しいと思っているのか?」
ソフィアの秘密を共に抱えて生きるアメリアにとって、親友が魔女だ何だと囁かれるのは、堪え難い屈辱。
ある意味ソフィア本人よりも怒っていそうなアメリアだが、現状イギリス支部に根付いている魔女の迫害という風習は、絶対に消すことができない。
どうあがいても、どう頑張っても、ソフィアがイギリス支部で生きていくには、迫害されながら、後ろ指を指されながら生きていくしかないのだ。
自分が親友だったら、どうする?
悠馬は考える。
自分が親友だったら、きっと多少のリスクを背負ってでも遠く離れた地へと彼女を送り出すはずだ。
例えそれが犯罪行為スレスレであっても、バレたら友情が崩れるのだとしても、親友の笑顔を守れるのなら、それでいい。
「でも…カーテナで実行する必要性がない」
アメリアの立場なら、おそらくカーテナを紛失などという回りくどいことをしなくても、総帥秘書として大きな失態を起こし、その失態をすべてソフィアに擦りつけることだって出来るはずだ。
衆人環視がある可能性の高い場所でカーテナを盗むリスクよりも、普段の仕事の失態をすべて擦りつける方が遥かに効率的だし、アメリアだって、それをわからないほどのバカでもないだろう。
アメリアがここまで回りくどいことをする意味も、リスクを背負う理由も説明がつかないため、疑惑どまりだ。
「それに…」
アメリアが犯人だった場合、アイベルの件について説明がつかなくなる。
アイベルは元々、留学初日から危うい面もあったため、それが原因だと言われたらそれまでだが、狙いすましたかのようにカーテナが盗まれたのを鑑みて、犯人はアイベルと繋がりがあった、もしくは事前に情報を仕入れていた可能性が高くなる。
国際法で定められている通り、勝手に異能島の学生と接触することのできない総帥や総帥秘書が、わざわざアイベルのような低レベルな存在を相手に、接触を行なった可能性は極めて低い。
もし仮にアメリアが犯人だとするなら、アイベルの件は、本当にただの偶然ということになる。
「でも違う。それだと違和感が残る」
アメリアを犯人に仕立てることは比較的簡単だが、アイベルの人格を考えれば、アイツは大勢を巻き込んでまで大きな事件を起こすような人格者ではない。
だって、デバイスをへし折られて不登校になるような小心者だ。
小物に八つ当たりをしたり、寮で暴れていたりするのは納得がいくが、彼が自ら行動を起こし、使徒になったとは考えにくい。
アイベルの件と、そして消えたカーテナに何らかの繋がりがあると考えている悠馬は、顎に手を当てて脳を回転させる。
絶対に何者かが、アイベルを唆している。
そしてその犯人が、学校にいるのかもしれない。
今の今まで忘れていたが、第9高校でアイベルが使徒になったという情報が流れていたのを鑑みるに、事前にアイベルが使徒になることを知っている人物がいるはずだ。
アメリアか、それともクラス内の誰かなのか。
グレーに近い人間を色々と考える悠馬は、コンコン、と扉を叩く音に気づき、思考を止めると立ち上がる。
「どうかした?」
「悠馬、国王陛下から連絡があった」
「なんて?」
扉越しに聞こえてくる、ソフィアの声。
このタイミングで国王陛下から連絡が来ると思っていなかった悠馬は、星屑の言葉を思い出しながら心を落ち着かせる。
これがきっと、星屑の言う国王陛下との進展というやつだ。
「盗まれたカーテナは、レプリカだって」
「は?」
ここにきて知らされる、予想外の事実。
まさか丸一日以上悩まされてきたカーテナ騒動がレプリカの一言で終わると思っていなかった悠馬は、扉を開けてソフィアと顔を合わせる。
「何やら、流石に実物を持ち出すのは危険だからと、国王の判断で精巧なレプリカを用意していたらしいの」
「なんだ…そんなことかよ」
総帥にも伝えないんて、厳重に機密を扱っていたに違いない。
まぁ、学生に偽物を渡して士気をあげようとするレベルなのだから、そこに参加する総帥のソフィアが偽物だと知っていたら、何とも言えない気持ちになるだろう。
しかし安心した。
盗まれたのがレプリカだということは、本物はきちんと保管されているということ。
これでこの騒動は万事解決で、ソフィアが責任を被る必要も無くなったというわけだ。
「これで解決ってことでいいんだよな?」
「いえ。ノーマン国王は、犯人にレプリカだと悟られた時のことを心配してる」
「それもそうか」
これがカーテナだけを狙った事件だとするのなら、犯人に渡ったカーテナは偽物だということだ。
そして当然、狙いのものがレプリカだとわかると、きっと本物を見つけ出して盗もうとするはず。
「なら、このまま犯人探しは続行か?」
「ええ。この話を知ってもらった以上、最後まで付き合ってもらうけどいいかしら?」
「もちろん。手伝うよ」
少し気持ちは楽になったが、星屑からも情報をもらった以上ここで終わらせるのも微妙な気持ちになる。
ソフィアの話を承諾した悠馬は、アメリアを見つめながら食卓へと向かった。




