励ましてあげて
「ソフィア、何かあったのだろうか?」
オリヴィアは寝室の扉からコソコソとソフィアを見つめ、不安そうに訊ねて来る。
「まぁ、今色々あってる真っ最中だしな」
逆に何もなかったら幸せだったんだけどな。
カーテナや求婚などなど、さまざまな問題を抱えている真っ最中のソフィアが、何もないわけがないだろう。
言葉のあやなのかもしれないが、彼女が暗くなる理由はあまりにも多すぎる。
「まぁ、色々とあるが…」
昨日よりも、明らかに暗いだろう?
鈍感な悠馬と違い、意外と察しのいいオリヴィアは、何かがあったのだと悟る。
「悠馬、君は鈍感すぎないか?」
「いや、あの様子から察しろって、暗いのはわかるけど、原因だって明白なんだし」
昨日より暗くても、事件内容は昨日から変わっていないし、むしろ日にちが経つにつれて後がなくなるのだから、暗くなるのは当然だろう。
お互いに違う見解を持ったオリヴィアと悠馬は、再びソフィアを見つめ、そして奥にいるアメリアと視線が合う。
「悠馬、あの女には手を出すなよ」
「そんなに心配しなくても、そこまで優柔不断じゃないから…」
女性と目が会うだけで心配されるなんて、正直かなり心外だ。
そもそも、誰彼構わず手を出した覚えはないし、節度だって弁えているつもりだった悠馬は、オリヴィアの忠告に不服そうな表情を見せる。
「暁悠馬。少し話があるの。いい?」
オリヴィアと悠馬の話など聞こえていなかったアメリアは、2人の元へと歩み寄るとソフィアのことなど無視して扉を閉める。
「わ、私も聞いていいのだろうか?」
「あっ…と…」
「ごめん、オリヴィア、少し出ててくれないか?」
「あ、ああ…」
成り行きで3人だけの密室になりかけたが、アメリアの表情を察し、オリヴィアに聞かれたくない話だと悟った悠馬は、優しく彼女を外へと送る。
「…すみません。配慮が足りず」
「いえ…今は緊急事態ですしね」
アメリアやソフィアの余裕がなくなるのは、仕方ないと思っている。
国宝を盗まれたことを知っている悠馬は、あまり周りに気を配る余裕がなさそうなアメリアを見つめながら椅子に座った。
「…オリヴィアに聞かせたくない話なんですか?」
「ええ…実はソフィア、貴方方が学校に行っている最中、ある学生にあの姿を見せてしまって…」
「あ…なるほど…」
あの姿、と言う単語だけで何が言いたいのかを察した悠馬は、ソフィアの紫色の髪を思い浮かべながら目を閉じる。
「…よくわからないんですけど、魔女裁判って千年近く前の話ですよね。なんでイギリス支部の人たちは、そんな昔の話をぶり返してソフィを傷つけるんですか?」
最初は他国の文化なのだから仕方がないだろうとスルーしようと思っていたが、やはり無理だ。
散々魔女だ魔女だと言われ続けるソフィアを見るのは、正直気に触るし、髪色なんて自分の勝手だろう。
国民性の違いという一言だけで片付けられない悠馬は、左目を開いてアメリアの様子を伺う。
「そうでしょうね。魔女裁判は千年前の話…でも違うの」
「…ん?」
「千年前なんかじゃなくて、初代異能王の時代。つまり異能時代初期にも、魔女裁判は起こってるの」
「はぁ?なにを…」
そんな話、今まで聞いたこともないし、教科書に載ってもいない。
検索してヒットするわけでもないだろうし、今まで話題に上がらなかった異能時代初期の魔女裁判を知った悠馬は、椅子から跳ね上がる。
「知らないでしょうね。だって、この話はイギリス支部が自国の問題だと揉み消したし、口外も禁じた。だけど魔女に対する強い不安感だけは、みんなの心に残って、遠回しに語り継がれているの」
誰かが言った。異能は魔法と同じだと。
その言葉から考えれば、数百年前の異能発現時、イギリス支部でなにが起こっていたのかは薄々わかるはずだ。
もともと魔女狩りや魔女裁判が行われていたイギリス支部では、異能=魔女として、きっと迫害をされていたことだろう。
他の国でも同じことが起こっていたと記されているし、イギリス支部ではもっと過激なヤツが行われていたに違いない。
そして推測だが、そういう迫害に限界がきた異能持ちの何人かは、反撃をしたことだろう。
何しろ、千年前の魔女の噂と違い、今回は明確に、異能という力を持っている。反撃をするのは簡単だ。
「…きっと、かなり揉めたんでしょうね」
「そう。貴方の推測通り。罪のない人々がたくさん殺された」
「でも、それなら疑問も出てくる」
「なに?」
「今はみんな、異能を使えるでしょう。ソフィアだけが特別なわけでもないのに、どうしてみんな魔女だと言うんですか?」
いくら髪の色が違ったって、今の世代の人間たちは、誰だって異能を使える。
異能を使えるということはつまり、自分たちも魔女というわけだし、ソフィアだけが迫害される理由もわからない。
過去を理解すればするほど、謎は深まっていく一方だ。
「…解放戦線。魔女狩りを始めた旧世代の人間たちと、新世代の人間を引き連れて戦ったのが、紫色の髪の女性だったからよ」
「そんな理由で…」
きっと、敗北した旧世代の人間たちは、新世代の子孫に向かって、紫色の髪の女は本物の魔女だ、バケモノだと語り継いだのだろう。
そうして出来上がるのが、悪しき風習というものだ。
住む場所が違うだけで、「あそこの村の人間は犯罪者だ」などと断定され、関係もない人間が巻き込まれていく不幸の連鎖。
残念なことに、そのことを知っていても人間は連鎖を断ち切ることができない。
300年近く前から根強く残る、紫髪=本物の魔女。というイギリス支部の文化というものは、おそらく今から崩すのはほぼ不可能だ。
「…変えられないんですか」
「変えられないからこうなっているの」
「そう…ですよね」
ソフィアもアメリアも、現状を変える術を持っていないから凹んでいるのであって、そして本当の姿を周りに見せようとしないわけだ。
イギリス支部は、ソフィアにとって最も生きづらい環境かもしれない。
「貴方はどう思う?」
「どう…とは?」
「ソフィアを魔女だと思う?」
まるで悠馬を確かめるように、品定めをするように問いかける。
口では軽いノリのような質問をしているが、目は真剣だし、彼女が今なにを訊ねているのかということは、流石にわかる。
「もう本人には言ってますけど…俺は紫髪のソフィアの方が好みなんですよ。まぁ、これは個人的な意見だから、彼女に強要したりはしませんけど」
「それだけ?」
「俺はイギリス支部の文化とか、過去も歴史も知りませんし。いいじゃないですか。俺はソフィアのありのままの姿が好きですよ?」
そもそも、微塵も好きじゃないならお姫様抱っこなんてしてないし、優しい言葉なんてかける気もない。
それに、紫色の髪なんて、日本支部を探せばいくらでもいるだろうし、正直、魔女だなんだと言われても、数秒で忘れてしまうレベルだ。
「はぁ…ソフィアが好きになる理由がわかった」
迫害される立場だったソフィアから見ると、悠馬は鮮烈で、そして王子様のように映ったことだろう。
イギリス支部の過去の経緯を知っても、仕方ないの一言で済ませることのなかった悠馬に、アメリアは恐れ入ったと言いたげに肩を竦めた。
「励ましてやってくれない?」
「え?」
「ソフィア、ああ見えて内気だし、私が言ったところで凹んだままだしさ」
いつも同じ人物から励まされていると、正直励みにもならない。
なんだかいつも同情されているみたいで自分が嫌になってくるし、相手が本当にそう思っているのかすらわからなくなってくる。
何年もソフィアの隣にいるアメリアは、その隣の席を悠馬に譲ろうとしている。
「で、でもなんて言えば…」
「頭を撫でてあげるだけでもいいの…きっとあの子は、それだけでも救われるから」
「わかりました」
頭を撫でるなんて、お安い御用だ。
ソフィアの気持ち、迫害される理由を知った悠馬は、アメリアと会話を終えるとすぐに扉を開いた。
それと同時にオリヴィアと目があったが、彼女は悠馬がなにをしたいのかすぐに察したらしく、口元を緩めて深く頷いてくれた。
「ソフィ」
「悠馬…」
「ちょっと歩かない?」
「そんな気分じゃない」
「なら、廊下を歩こうよ」
「…うん」
外がダメなら、廊下でもいい。
幸い、特別スイートルームの部屋を出れば、1周400メートル近い円周になっている。
確かそこには監視カメラが付いていなかったし、周りに見られることもないだろうし、特に問題はない。
力なく立ち上がろうとするソフィアの手を握った悠馬は、驚く彼女を笑いながら引っ張る。
「ちょ…!」
特別スイートルームから廊下へと出ていく2人。
そんな2人を、オリヴィアとソフィアが見送る。
「私がお願いしたけど、大丈夫かしら?」
「悠馬は鈍感だが、相手の欲しい言葉を的確に告げることができる。だから心配せず、私たちはここで待てばいい」
「そう…」
***
「…静かだね」
「ええ」
薄々わかっていたと言うか、当然のことなのだが、さすがはイギリス支部異能島のシンボルであるセントラルタワー、外の音も一切聞こえないし、設備の駆動音すら聞こえてこない。
しんと静まり返った廊下を回り始めた悠馬は、1週間前とは全く違う様子のソフィアを見て、肩を落とす。
留学して間もない時、本土に行った時は2人で歩くだけでも嬉しそうにしていたのにな…
ソフィアの心情は知っているため、当然のことだとは思っているが、ちょっと悲しい。
「セラフ化、解除してよ」
「…え?」
立ち止まった悠馬から飛び出した発言に、ソフィアは硬直した。
ソフィアにとって、セラフ化は自分の存在価値そのものだ。
オークション時は止むを得ずセラフ化を解除して潜入をしたわけだが、それ以外の時はセラフ化をし続けているし、悠馬に見られたのだって、本当に偶然。
立ち止まる悠馬へと振り返ったソフィアは、怯えたような表情を浮かべていた。
「わかった…」
無表情の悠馬を見たソフィアは、観念したようにセラフ化を解除する。
ソフィアの身体を一瞬だけ閃光が包み、髪は毛先から徐々に紫へと戻っていく。
数秒もしないうちに紫髪へとなったソフィアは、悠馬の様子を伺うように、俯き加減で目を動かす。
「綺麗だよ」
「っ」
「すっごく綺麗だ」
「そんな言葉…」
ソフィアは悠馬の言葉を聞いて歯をくいしばる。
正直、好きな人にありのままの姿を受け入れられるのは、すごく嬉しいことだ。
でも人間っていうのは、そんなに単純な発言で立ち直れるほど、真っ直ぐな生き物じゃない。
ただ綺麗だと好きな人に言われたって、時には不快感を感じてしまうこともあるのだ。
「…俺は暁闇だ」
「…は?」
俯くソフィアに、悠馬は過去の話を始める。
話す内容はいくらでもあったのかもしれないが、今のソフィアを励ますだけの言葉を、悠馬はこれしか持っていない。
世界的にも有名な暁闇の話をされたソフィアは、顔をバッと上げて、悠馬が右手に纏っている闇を見て大きく目を見開く。
「闇堕ちなんだ」
「なんで…そんなことを言うの?」
他国の総帥に暁闇だと暴露するのは、あまりにも愚策すぎる。
ソフィアがいくら好意を寄せていると言えど、アリスのように暁闇を危険視している可能性だってあるし、下手をすると、この瞬間に決定的な亀裂が入るかもしれない。
「なんとなく。気分?」
「…そう」
「でも、ソフィアにはあまり隠し事をしたくなかった」
このまま思わせぶりに励ますなんて、できやしない。
自分だけ都合のいい隠し事をして、他人を依存させたくなかった悠馬は、その事実を告げて軽く笑ってみせた。
「頭、撫でてもいい?」
「えっ?」
悠馬が闇堕ちだと聞いても距離を置かなかったソフィアに、彼の手が伸びる。
驚いたように一歩後ずさろうとした彼女は、そこで踏み止まり目を閉じた。
それは暗に、闇堕ちした悠馬を受け入れていると言うことだ。
「よしよし」
ソフィアの紫色の髪の頭を、優しく撫でる。
少し柔らかく、そして触り心地のいい綺麗に整えられた髪を撫でる悠馬は、目を閉じるソフィアを見て微笑む。
「先に言っとくけど、俺は誰にでもこういうことをしてるんじゃないよ」
「なん…」
悠馬は優しいからこうしてくれたんでしょ?なんて言われるのは御免のため、予め釘を刺しておく。
元々悠馬は、女子全員に愛想を振りまいたり、好感を上げたりしていくタイプではない。
自分の大切な人、守りたいと思った人に優しくするだけであって、関係のない人には、こんな優しい言葉なんてかけない。
「前夜祭で初めて会った時、不覚にも可愛いって本気で思ったよ。綺麗な紫色の髪も、美しいって思った。興味がなかったら、俺はそんなこと言わない」
闇堕ちは基本、興味のない人間を平気で切り捨てることのできる存在だ。
総帥のソフィアがそれを知らないはずもなく、悠馬の言っている言葉の真意は、言わずとも伝わっているはずだ。
「悠馬…私…今日一晩だけ…貴方に甘えさせて…辛いこと、全部忘れさせて…」
総帥として自分を偽り、数年間完璧を演じてきたソフィアの素顔。
脆い彼女の素顔を見た悠馬は、優しく頭を撫でながら、手を握った。
ヤりません。




