第9高校の騒動
イギリス支部の第9高校は、朝から色々と騒がしくなっていた。
「おい、聞いたかよ?」
「やべえよな…」
クラスメイトたちが口々にヤバイと話すのを横目に、悠馬は深いため息を吐く。
外は少し曇っているためか、ちょっとだけ沈んだような気持ちになるし、それに追い打ちをかけるように、教室では悪い話しか流れていない。
クラスは昨日の一件の話で持ちきりだった。
「アイベルの奴、使徒になったってさ…」
「あー、見た見た、やべえよな」
アイベルが使徒になった。
その情報はどこからともなく流出し、アイベルと同じ学び舎で2年近く生活してきた学生たちの耳にまで入っている。
クラス内から犯罪者が出た。
犯罪者、というかもう死んでいるのだが、残念なことに同情や悲しみの声は聞こえない。
そもそも死に方が死に方だ。
使徒になって暴走して、ソフィアに殺された。
その行動は擁護のしようがないし、クラスメイトたちからも反感を買うような人間だったため、尚更だ。
「やはり、アイベルの話で持ちきりだな」
「そりゃあ、そうなるよな」
日本支部でも、アメリカ支部の飛行機墜落事故や、南雲の停学明けなどという情報は、クラス内で持ちきりになっていた。
クラスメイトの起こした事件について話すなという方が無理がある。いや、今は元クラスメイトと言うべきか。
「でも少し謎もあるよな」
「…何がだ?」
「アイベルが使徒になったって、誰が知ってたんだ?」
「言われてみれば…」
アイベルが使徒になった、という情報は、ニュースで報道されたわけじゃない。
悠馬やオリヴィアだって、ソフィアと使徒の会話から判断したわけで、本来ならば学生たちに広まっているような情報じゃないのだ。
つまり誰かが、アイベルが使徒になったという情報を手にしているということ。
特別スイートルームに盗聴器がある可能性はほぼないため、誰かが偶然使徒になる姿を見たか、それとも裏で手引きしたのか…のどちらかだろう。
「まさか…このクラスに…」
「可能性はなくはないだろうな」
警戒したように周囲を見渡すオリヴィアに、悠馬が呟く。
このクラスにアイベルを使徒に仕立て上げた人物がいても、なんらおかしくはない。
現状、自分たち以外は全員疑うべきだろう。
「悠馬、今日は私の側から離れないでくれ」
「はは、オリヴィア、やけにやる気だな」
「女心の問題だ。ソフィアの今の気持ちは、想像しただけでもゾッとする」
女じゃない悠馬はわからないだろうが、女としてソフィアの置かれている現状を想像したオリヴィアにとって、彼女の現状というのは、かなり嫌なものらしい。
いつになく真剣な表情を見た悠馬は、その返事を聞いてから、軽口を叩くのをやめた。
「…わかった」
「助かる」
***
薄暗い室内に、スーツを着たアメリアと、白いワイシャツに黒のスカートを履いたソフィアが並んで立っている。
彼女たちの表情は、今までにないほど深刻で、そして真正面にいる人物を警戒しながら立っているように見える。
「フレディ・オーマー。貴方はどうしてここに呼ばれたかわかる?」
アメリアの尋問のような問いかけ。
セントラルタワーの最上階から一個だけ下の階層である、特別スイートルームに呼び出されたフレディは、イギリス支部現総帥と、そして総帥秘書のアメリアの迫力に圧倒されながら生唾を飲み込んだ。
生きた心地がしないというのは、こういうことを言うのだろう。
何か悪いことをした覚えはないが、2人のオーラは、圧は、立っているだけ、目が会うだけでも、次元の違う存在だと言うことを意識させられる。
「クビ宣告…ですよね」
昨日のソフィアの発言を思い出すフレディは、気まずそうに呟く。
齢10代で総帥見習いにまでなりかけたフレディだったが、彼は昨日、ソフィアを失望させる失言をしてしまった。
「それも犯行の理由?」
「犯行…ですか?」
「ええ。貴方は昨日、この場に訪れた後、使徒の騒動の際どこにいたの?」
色々と考えて、真っ先に国王陛下を疑う展開になっていたわけだが、陛下が犯人の場合、この件に加担する人間がいるはずだ。
一般人が向けられたら気絶しそうなほどの鋭い視線で睨むアメリアは、惚けたような口調のフレディへと近づく。
「そのまま帰りましたけど…」
「本当に?」
「はい。っていうか、先程から何の話を…」
「なら単刀直入に質問させてもらうわ」
「ソフィア!」
わけがわからないと言いたげなフレディを見つめるソフィアは、止めに入るアメリアを手で制止しながら口を開く。
「カーテナを盗んだわね?」
「…え?」
身に覚えのない出来事だったのか、フレディは唖然とした表情で立ち尽くす。
誰だって、身に覚えのない出来事の犯人にされれば、彼と同じ反応になることだろう。
「な、何を言ってるんですか?」
「文字通りよ。使徒騒動の間に、貴方がどこにいたか、明確な証拠はある?」
「それは…この島の監視カメラを確認すればわかるはずです」
「昨日は使徒の騒動で一時的に電源がダウンしてて使い物にならない。他は?」
これじゃあまるで、僕が犯罪者みたいじゃないか。
カーテナがこの島にあったことも驚きだが、何より自分自身が犯人だと思われていることが、フレディにとっては何より驚きだった。
いつも通り生活をしてきたつもりだし、昨日だって、ソフィアから厳しい発言を受けて、肩を落として帰っただけ。
「他は…」
「なら質問を変えようか?フレディ・オーマー」
「はい?」
「貴方、国王陛下と何度か話しているわね?」
「はい。3度ほど…」
フレディは一昨年のフェスタ準優勝者になってから、何度か国王と顔を合わせ会話を交わしている。
それは個人的、密会などというわけではないのだが、後夜祭のような空間で、2人きりで話していたというのは事実だ。
そのことを思い出したフレディは、質問の意図がわからないためか、否定することもなく素直に答える。
「何を話したの?」
「他愛もない世間話だったと思います…そこまで印象に残る会話をした記憶はありません」
別に、何か大きな驚きを感じるような会話や、突飛な行動をされたわけじゃないし、あまり記憶に残っていないフレディは、ありのままの事実を告げた。
「では次の質問。昨日の使徒は誰だったかわかる?」
「わかるわけがないでしょう…だって、実名公表は…」
「アイベルくん」
「っ!アイベル…?」
アメリアがその言葉を発した瞬間、フレディはピクリと反応し、そして数秒の間を開けた。
それは明らかに、アイベルとなんらかの繋がりがあったような、そう思わせるような行動だ。
「そう。アイベル。貴方は確か、彼と中学が同じで、そこそこ仲も良かったんじゃない?」
「…そう…ですね」
アイベルとフレディは、異能島へ入学する以前、本土の中学校でも先輩後輩の関係だった。
悠馬がぶち壊したアイベルのデバイスというのは、学年が上がる以前のフレディが使っていたものだ。
フレディは成績が1位でだったため、真っ先に5本のデバイスの中から好きなデバイスを選べたわけだが、彼は特にデバイスに頓着がなく、2年の時は成績が2位の生徒から優先させ、自分が5番目に選んでいる。
そのデバイスが、今年の2年の成績5番目である、アイベルの使っていたデバイスというわけだ。
「デバイスの使い方を教えたのも貴方らしいわね?」
アイベルとも繋がりがあり、そしてイギリス支部の国王陛下とも何度か顔を合わせている。
加えて、もう1つ明確な根拠を示せと言うのなら、昨日の出来事もだ。
元々、カーテナはフレディの元へと卒業後に渡る予定だったが、昨日のフレディの発言で、それも怪しくなった。
まるで使徒の中身がアイベルだと知っていたように戦いを躊躇い、それを見て呆れたソフィアから見習いにはしないと言われたフレディが八つ当たりとしてカーテナを奪うのは、それなりの理由にもなり得る。
この件は、国王陛下と会話を交わし、そしてアイベルの内情を知り、尚且つソフィアにクビを言い渡されたフレディが腹いせで行なったと言われても辻褄のいくシナリオだ。
「僕が…犯人だって言いたいんですか?」
「現状、1番可能性が高いと言っているの」
「誤解だ!僕は何もしてない!アイベルとは確かに仲は良かったかもしれないが、彼が暴れていたことなんて、僕に関係ないじゃないですか!」
「何を言っても、今は大人しくしてもらう。少なくとも、貴方が正直に話すか、真犯人が見つかるまでは」
「な…!そんなの横暴だ!なんで僕が」
「こっちも余裕がないの。しらみつぶしでやるしかないんだから、少し黙って」
アメリアとフレディの話じゃラチがあかないと判断したのか、ソフィアは冷たい眼差しでフレディへと殺気を向ける。
「っ…」
彼女の紫色の瞳には、悠馬の殺気にも似た気迫を感じ、あの時錯覚した泥沼とは違うが、重力に押し潰されるような、そんな重圧を錯覚する。
「…ソフィア総帥は…僕がそんなことをすると思うんですか…?」
「………この際だから言わせてもらうけど…」
少しの間を開けて、ソフィアは冷めた視線を向けながら話を始める。
「私はこの国をより良くしようとは思ってるけど、この国の人間の99%は、信用していない」
「っ!」
とても総帥とは思えない発言に、項垂れかけていたフレディは顔を上げた。
ソフィアの境遇を考えてみれば、その発言は当然の結果だろう。
魔女だ魔女だと言われ続け、本来の姿では生きていけない。
セラフ化を使い、表面を取り繕った彼女は、半ば強引に総帥にさせられたものの、それだって自ら望んで選んだ道ではない。
この国の国民は、果たして本来のソフィアの姿を見て、今と変わらぬ声援を送ってくれるだろうか?
考えれば、答えはすぐに出るはずだ。
答えはきっと、先日のオークションの時の子供のような発言が、匿名や拡声器で伝播していく。
ずっと隠して、ずっと堪えてきたが、この際だから言わせてもらおう。
大半を信用する気のないソフィアは、今まで内面に溜め込んできたドス黒いものを放出するように、フレディを冷たく睨む。歪に歪んだ過去を持っているソフィアがそう結論付けるのも、仕方のない話だ。
「だから貴方も信用しない。して上げない。だってそうでしょ?貴方、証拠がないんでしょ?」
「……」
鋭い視線に目を伏せたフレディは、今の彼女は何を言っても納得してくれないことを悟り、口を開くのをやめる。
「そう言うことだから。貴方は少し、セントラルタワーに閉じ込めさせてもらう。もちろん、抵抗しないならそれなりの生活はさせてあげるから」
「…ソフィア総帥は…聡明な方だと思っていました」
「ああ…そう。ならこの姿を見ても同じことが言える?」
ソフィアはセラフ化を解除して、元の紫色の髪へと戻る。
アメリアは大きく目を見開いて驚愕しているが、これも避けては通れない道だ。
勝手に何かを期待しているフレディを切り捨てるように、ありのままの姿を彼に見せる。
フレディは彼女の姿を見て、硬直した。
その姿はまるで、お伽話から抜け出した妖美な魔女そのもの。
美しく、そして妖しい紫色の髪は実に奇怪で、イギリス支部の中では珍しい髪色だ。
「魔女…」
「……そう。どうせ貴方もそっち側。信用するに値しないでしょ」
これで悠馬のように綺麗だと言ってくれたら少しは見直したし、他の人間とは違うと思えたかもしれないが、所詮同じ国の民。
万人と同じ発言をするフレディから視線を外したソフィアは、魔女と発言したフレディを怒ったように睨むアメリアのことなど無視して別室へと向かう。
「さようなら。フレディ・オーマー。貴方には失望させられてばかりよ」
昨日の発言に、犯罪に加担した疑いに、そして魔女発言。
ちょっとは見習いとして雇おうとしていたフレディのことを思って、最後にありのままの姿を見せたわけだが、それすら魔女だと言い放たれたソフィアがフレディへと向ける視線は、路上の石ころを見るようなものだった。
「あ…」
思わず口から飛び出した言葉に、フレディは口を押さえた。
しかしもう、何もかも手遅れだ。
ソフィアに魔女と言い放つ、あまりにも不敬すぎる発言。
「……総帥見習いになる価値なし。貴方が犯罪者じゃなかったとしても、この国に貴方のような総帥は必要ないから」
逃げ腰で、偏見持ち。髪色を見ただけで魔女だなんだと騒ぐ人間は、上に立つ資格がない。
たとえいくら才能があったと言えど、総帥になる資格も価値もないのだ。何しろ差別を助長する存在になり兼ねないのだから。
異応石で出来た手錠でフレディを繋いだアメリアは、冷たく言い放つと強引に首根っこを握り立ち上がらせる。
「僕は…」
「もう何も喋らないで。殺したくなるから」
アメリアの発言が、室内に重く響き渡る。
補足ですが、現状全ての人物、つまりアイベル、ソフィア、国王陛下と繋がりがあったのはフレディのみで、ソフィアはフレディが、国王陛下に求婚されていることを知っていると考えています。
そしてアイベルが何かに悩んで、使徒になったことも知っているのではないか…と。
まぁ、フレディはそれなりに実力があるわけで、ソフィアとしても、なぜあの場で使徒との戦闘を躊躇ったのか疑問に思うところもあったのでしょう。
そんな色々な要因が重なり、フレディが1番怪しいという結論を2人は導き出しています。




