消えたカーテナ
あれから部屋に戻ると、フレディは居なくなっていた。
自分なりに行動を起こして使徒の元へと行き、行き違いとなったのか、それとも大人しく帰ったのかは知らないが、まぁ、その辺は彼自身に任せるとして…
大理石の床に、ほんのりとお湯が溢れている大きなお風呂の中。
湯けむり漂うその風呂の中で、悠馬は顔を赤く染めて携帯端末を見ていた。
「あのー、夕夏、花蓮ちゃん、朱理…これどういうプレイなの?」
悠馬は現在、彼女である夕夏、花蓮、美月、朱理と通話をしている真っ最中だ。
そして今名前を呼んだ美月以外の彼女と、それと悠馬は、ビデオ通話へと切り替えている。
美月の画面には、相手がビデオ画面を拒否しましたと書いてあることから、自らビデオ通話を拒んだのだということはすぐにわかる。
「プレイっていうか?」
「もう悠馬さんがいなくなって1週間ですよ?」
「そうだよ!だからビデオ電話なの!」
うん、ビデオ電話の理由を聞いてるんじゃないんだ。
悠馬は自身の疑問に対する答えを聞き出せずに、頭を抱える。
今悠馬が抱いている疑問というのは、なぜお互い風呂の中、しかも全裸でビデオ通話をしているのかという疑問だ。
もういいや。
こっちは得しかないし、モロ見えだし。
ナニがとは言わないが、彼女たちが惜しげもなく晒す美しい身体に鼻の下を伸ばす。
「そっちはどうなの?」
花蓮は画面越しにシャワーを浴びながら、悠馬の状況を訊ねる。
くそ!湯けむりが邪魔だ!
後ろを向いて話す花蓮の綺麗なお尻を見ようとした悠馬は、それが湯けむりに邪魔され、携帯端末を投げ飛ばしそうになる。
なんて都合のいい湯けむりなんだ!
生で見たときは湯けむりなんて関係なく見えるけど、端末越しだと、マジで邪魔でしかない!
神はなぜ湯けむりという概念を作ったんだ!
湯けむりと、そしてカメラのレンズが曇っていることにより花蓮の裸が見れない悠馬は、あの手この手で彼女の裸を見ようと画策する。
そんな変態的な行動をとる悠馬は、携帯端末の上部にバナーが表示された瞬間、ボディブローを食らったような感覚に陥った。
「うぐ…!」
悠馬の視界に入る、朱理からの通知。
そんなに花蓮さんの裸を見たいんですか?ただの変態ですね ♪
その通知を見て朱理のビデオ通話画面を見ると、彼女はジトっとした眼差しで、微笑んでいた。
「あは ♪」
全てお見通しだったというわけだ。
いや、携帯端末の画面を見ていれば、悠馬が花蓮の裸を必死に見ようとしていたのは一目瞭然だし、気づくのが当然なのかもしれない。
この場で、声を出して注意されなかっただけ救われたが、朱理は挑発的に、携帯端末で自身の裸体をアップして晒す。
「はぁ…」
「悠馬?」
「あ、ごめん。こっちの様子だよね?」
朱理の挑発へと視線を落としながら、悠馬はしどろもどろに話す。
だめだ。
次から朱理をこの通話に入れないようにしないと、会話どころではなくなってしまう。
「ええ」
「まぁ、なんていうか、オリヴィアと暮らしてるって感じ。クラスメイトとは仲良くなれたし、ボッチではないよ」
「そっかー、悠馬くん、お友達できたんだね!」
「安心したかも。悠馬、入学当初は根暗みたいな感じだったし、ハブられてなくて良かった」
「どういう認識だったんですか!?」
入学当初の自分のことなどほとんど覚えていない悠馬は、美月の発言を聞いてあからさまに凹む。
まさか自分がハブられていると思われてるなんて、かなり悲しい。
「あと、ソフィア総帥とも仲良くなれた」
『それは知ってる』
一応、というか、何か隠し事をしているなどと思われたら嫌だし、とりあえずありのままの事実を話す。
ソフィアの件については、留学して間もなく美月にバレてしまったせいか、彼女が上手く根回しをしてくれたようだ。
彼女になってまで協力してくれるなんて、本当に感謝しかない。
「それで?付き合うの?」
「え?」
「え?家に置いてるのに、まさか使い捨てのように扱うつもりなんですか?」
「…まさか悠馬くん、本気でメイド感覚で女の子を扱ってるの?」
「それは流石に…ねぇ?」
端末越しに向けられる、疑惑の視線。
悠馬は冷や汗をダラダラと流しながら、一度画面外へとフェードアウトした。
なに!?どういうこと!?
手を出してないから、普通に何もイベントは発生しないと思ってたのに、どうしてみんなあんなドン引きした視線向けてくるの!?
だって手を出してないのは事実だし、思わせぶりな態度をとった記憶だってない。
悠馬は女心というか、女の気持ちを理解していなかった。
普通、というか、よくよく考えれば簡単にわかることなのだが、本来悠馬の立場であれば、ソフィアが来た時点で、メイドとしてその場に住まわせるべきではなかった。
何しろ悠馬が許可したということはつまり、その時点で思わせぶりな態度だし、住み込みでメイドとして働かせているわけだ。
こんな状況になって、拒絶もされないということはつまり、そういうことだろう。
ソフィアはもう、半分は付き合ったも同然で生活しているようなものだ。
自身が思わせぶりに、かなり可能性があるように住み込みメイドにしてしまったことを知らない悠馬は、首を傾げながらカメラに顔を写す。
「ごめん…俺、悪いことしたかな…?」
「鈍感」
「最低ですね」
「責任持ちなよ」
「バカ」
「ごめんなさい…」
彼女たちはてっきり、悠馬がすでにソフィアと付き合うことを前提に進めていると思っていたため、がくりと肩を落とす。
「そこまで来たら、惚れたら惚れたで済ませなさいよ」
「そうだよ!ソフィア総帥のことも考えてあげて!それじゃあ生殺しだよ!」
「はい、わかりました。参考にさせていただきます〜」
なぜ風呂場で説教されているんだろうか?
ソフィアの好意に気づいていながらメイドとして雇った悠馬が悪いのだが、それを理解していない、手を出さなければいいと誤解していた悠馬は、なんとも言えない微妙な表情で浴槽に浸かる。
「日本はどうなの?」
「日本はいつも通りよ。異能祭がないから代替案を探してるみたいだけど、それも出ず終いな様だし」
「ま、仕方ないよな…」
襲撃事件を受けて、安全面への配慮も出来ていない状態で大きなイベントを開くことはできない。
「あ、私たち、そろそろ時間だ」
「ああ…ごめん、そっちは朝なんだよね。」
「ううん。楽しかったよ」
「また明日も電話しますね」
「おつかれ〜」
イギリス支部は夜だが、日本支部は朝だ。
そのことを思い出した悠馬は、わざわざお風呂にまで付き合ってくれた彼女たちに心から感謝しながら、通話を切る。
「ありがとう」
本当に、彼女たちが居てくれて心の癒しになっている。
満足そうな表情を浮かべた悠馬は、ブクブクと息を吐きながら、浴槽へと沈んでいった。
***
風呂を出ると、特別スイートルームの中は慌ただしくなっていた。
「何?私がいけなかったっていうのかしら?」
独り言をつぶやくソフィアと、やれやれと両手を上げて何かを訴えてくるオリヴィア。
2人の間、というか、空気はギクシャクしていないため、彼女たちが揉めた、などというわけではなさそうだ。
大方、放課後に起きた使徒の一件だろう。
あの使徒の一件は、幸いなことに死者を出してはいないものの、重軽傷者はそれなりの数が出ていたし、島への被害も甚大なものだ。
ソフィアが咎められる筋合いはないと思うが、被害状況だけを見ると、ソフィアがネットの方々から叩かれる可能性はなくもない。
不機嫌そうに親指の爪を噛んだソフィアは、苛立った様にソファに頭を打ち付けると、長い溜息を吐いた。
「オリヴィア、ソフィどうしたの?」
「さあ…?総帥秘書から電話がかかって来た後から、ずっとあの調子だ」
「そうなんだ…」
なんだかわからないが、アメリアから何か言われたのだろう。
ソフィアの片腕というか、実質ソフィアの脳みそを担っていると言っても過言ではないアメリアにとって、今回の一件は思うところでもあったのかもしれない。
ソファに頭を打ち付けるソフィアを見兼ねた悠馬は、彼女へと歩み寄り、横に座る。
「ソフィ、どうしたの?」
「悠馬…」
半泣きになりながら顔を上げたソフィアは、なんら年も変わらない、可愛い少女の様に映る。
紫色の瞳がすごくきれいで、今にも吸い込まれそうだ。
「カーテナがパクられた…」
「はっ!?」
ソフィアの告げた衝撃の情報に、オリヴィアはガタッと椅子を立ち上がり、悠馬は目を見開く。
カーテナといえば、イギリス支部の国宝だ。
そして現在、イギリス支部の異能島の3年生たちが成績と言う名の武器で奪い合っている、ワールドアイテムでもある。
そんな厳重に保管されているカーテナがパクられたというのは、驚くべき事実だ。
しかも彼女の驚き方を見るからに、盗まれてから時間が経っていない。
「ソフィア…君は本土に戻るべきなんじゃないか?」
「いいえ…この島でパクられたの」
『はぁっ!?』
なんでカーテナがこんなチンケな島にあるんだよ!
チンケというのは失礼かもしれないが、異能島には博物館など存在していない。
厳重に保管するのだって、セキュリティ面でいうなら本土の博物館の方がはるかに優秀だろうし、わざわざ異能島に持ち込む理由がない。
「そ、ソフィ、まさかカーテナ持ち込んだのか?」
「私じゃない…国王陛下が、現状成績トップの学生にカーテナを持たせて、モチベーションを上げさせようって言ったのよ」
「…そうなんだ」
モチベーションを上げるためには最適だったのだろうが、盗まれたのなら元も子もない。
「おそらく使徒が暴れた時かしら…あの時は全員が全員、避難を優先していたから…」
自然災害よりも被害が大きくなるとされる使徒を見かければ、誰だって国宝なんかよりも自分の命を優先する。
おそらくカーテナの保管施設も、そのどさくさで警備が手薄となって盗まれたに違いない。
「どうするんだ?」
「どうするも何も、この一件が世界に知れ渡ればイギリス支部の恥よ。だから全ての労力を持ってして、捜索にあたる」
国宝がどさくさで盗まれたなんて、おそらくイギリス支部史上最大の大事件だ。
表情に余裕がないソフィアは、おもむろに立ち上がると、メイド服を脱ぎ始める。
「ソフィ…!今は遅いからやめとけよ!」
時刻は夜の22時。
既に補導時刻にもなっているし、この時間帯に捜索をしたところで、手がかりなんて出てこない。
真っ黒な下着姿になったソフィアの手を引いた悠馬は、顔を赤く染めることもなく、真剣な表情で彼女を見た。
「これはイギリス支部の問題よ。貴方には関係ない」
「こんな時間に手がかりなんて見つからねえよ!焦るのはわかるけど、まずは状況を整理しろよ!」
「そんなことできない!盗まれたのは国宝よ!私は国王陛下と契約をしてカーテナの譲渡権限を得たの!盗まれることだけは絶対にダメ!」
「………ということは、アリスの情報は本当だったんだな」
叫び声に近い声で話すソフィアに、オリヴィアは冷めた眼差しでテーブルをコツンと叩く。
本当に馬鹿な女だ。
オリヴィアは心の中でそう思いながら、状況を把握できていない悠馬を見た。
「その女は、イギリス支部の国王陛下にプロポーズをされている」
「はっ!?」
「っ…」
「大方、国王からカーテナの話を持ちかけられたのだろう。国を強化するために、カーテナの使用者を見つけ出して欲しい…そして、見つけ出せなかったら、総帥を辞めて結婚しろ。と」
「ってことは…」
これも国王陛下の思惑通り、計画通りということなのだろうか?
何も言わないソフィアを見る限り、求婚をされたのは事実の様だ。
そしてイギリス支部は、日本支部の様に寺坂の一枚岩、というわけじゃないことも判明した。
国王陛下と総帥の2人が国を運営する性質上、地位的には生まれた瞬間から王族だった陛下の方が、庶民の総帥よりも上。
国王陛下が何か話しを持ちかければ、総帥はそれに応じる様に話し合いをしなければならないし、それがいくらわがままだとしても、ノーの一言で押し切ることはできない。
つまり何が言いたいかというと、今回のカーテナ騒動の一件で、ソフィアに拒否権はなかったということだ。
自国を強化するために、未来のカーテナの担い手を決めたい。しかし、担い手を決めることができなければ、君の器は総帥の器じゃないと見なし、結婚してもらう。
将来有望な学生たちにとってはまたとないチャンスな訳だし、結婚したくないがために立場が上の人間の誘いを断るのは、この国の現状を揺るがしかねないことだった。
「このままいけば、間違いなくソフィアの負けだろう。何しろカーテナの担い手を見つけるどころか、そのカーテナ自体をなくしたという判定を受ける。君は総帥どころか、この国にいられなくなる」
現状を最も理解しているオリヴィアがそう告げると同時に、ゆっくりと扉が開き、何者かが入ってくる。
「そして立場がないソフィア、貴女は国王陛下と婚約して、助かるしか道がない」
「アメリア…」
不機嫌そうに扉を開いて入場した人物。
それはイギリス支部総帥秘書、アメリアだった。




