特訓
時が過ぎるというのはあっという間で、カレンダーを見ると、毎日が驚きの連続だ。
はやくも留学から1週間を迎え、イギリス支部の第9高校にも慣れ始めた悠馬は、授業を受けながらそんなことを考える。
ソフィアからセラフ化の情報を手に入れられるのは、留学終了間際。
それまでの時間、特に目的もなく生活することとなっている悠馬は、横に座るオリヴィアのことなど気にもせず、惚けた顔でホワイトボードを見つめた。
アイベルは留学初日以降学校に顔を出していないし、彼はデバイスを不手際で壊したということになっているため、どうやら変えのデバイスは、もう二度と来ないらしい。
つまり今は2年の1学期だが、3年の1学期に上位5名に選ばれなければ、彼はもう二度と、この間と同額のデバイスを握れないということだ。
ザマァ見ろ。
お前は無名の工房が作ったお飾りみたいなデバイスで調子に乗っていたが、こっちは同額の、しかもスウォルデンの魔剣なんだぞ。
アイベルに対して威張りたい悠馬は、彼が登校し始めた際に、どうやって魔剣を見せびらかそうかと考える。
悠馬は案外、対抗心むき出しで子供っぽい。
神器をバカにされたことを根に持つタイプの悠馬は、さまざまな煽りを考えながら、頬を緩める。
「なぁ暁、放課後デバイスの使い方教えてくれよ!」
「ああ、いいよ」
「さすが、フェスタ優勝者は心が広いな!ありがとう!」
背後のクラスメイトからのお願いを二つ返事で承諾し、ホワイトボードへと視線を戻す。
留学初日の2限目にフレディが経歴を暴露したことによって、悠馬はクラス内でも一目置かれるようになっている。
別に悪い気はしないが、事あるごとに羨望の眼差しを向けられるのは、ちょっとプレッシャーだ。
「今日の授業はここまで」
ちょうど授業終了のチャイムが鳴り響き、それと同時に授業を終えた教師は、教室の前扉から去っていく。
「悠馬、どうかしたのか?」
「ん?何にもないよ。ただ、ボーッとしてただけ」
残された左目でオリヴィアを見た悠馬は、軽く笑い合いながら、背もたれに背を預ける。
そろそろ、オリヴィア以外の彼女たちとの生会話が恋しくなって来た。
毎日電話は欠かさずしているものの、そろそろホームシックの悠馬は、ホームルームなどなしに帰り始める生徒たちを見送りながら、デバイスを手に取る。
「またやるのか?懲りないな、君も、彼らも」
「まぁ、俺としてもいろんな剣術が学べるから楽しいよ」
片目の視力を失ってるから、感覚の調整もしてかないといけないし。
感覚調整のちょうどいい練習となってくれるクラスメイトたちには、感謝しかない。
呆れたように笑うオリヴィアにそう告げた悠馬は、席を立った。
「オリヴィアはどうするんだ?」
「私は…今日は先に帰らせてもらおう。ソフィアと話したいこともあるからな」
「そっか。それじゃあ、また後で」
「ああ。また後で」
その場でオリヴィアと別れ、競技場へと向かう。
イギリス支部の体育館は、主にデバイスを使うために設計されているため、体育館と呼ばれるのではなく、競技場と呼ばれているようだ。
そしてイギリス支部の学生たちは、日本支部の学生たちと違い意識が高い。
日本支部の学生は、授業が終わると用がなければ逃げるように学校から出て、そして寄り道をして遊び呆けるわけだが、イギリス支部は違う。
イギリス支部の学生たちは、授業が終わると荷物をまとめ、大半の生徒は競技場へと向かうのだ。
そして競技場で数時間のトレーニングを行い、仲の良い友人と寄り道をしながら帰る。
遊ぶこと、怠けることを重要視している日本支部とは大違いの学校生活だと言えるだろう。
近いうち、イギリス支部は日本支部の何倍もの力を得て、フェスタでも頭角を現すはずだ。
「おっ、ユウマ!競技場に行くのか?」
「サンデ!ああ、ちょっとクラスメイトに誘われて」
「良いなぁ、俺もユウマと戦ってみてえ!」
廊下に出て階段に差し掛かったところで遭遇した上級生のサンデは、犬のような笑顔を見せながら、階段を下る。
「サンデも競技場か?」
「ああ、今日もフレディと特訓よ!」
「ははっ、噂で聞いたけど、毎日フレディと特訓してるんだろ?よく飽きないな」
サンデとフレディは毎日競技場で特訓をしていて、決まって2人きりだという話を聞いた。
常日頃から2人きりで特訓や稽古をするなんて、飽きないのだろうか?
そんな疑問が浮かんだ悠馬は、黒と金の鞘に収められている彼のデバイスに視線を落とす。
「そりゃあ、フレディはイギリス支部の異能島最強だぜ?俺たちはもう3年だ」
少し寂しそうな表情を浮かべるサンデを見て、彼が何を言いたいのか察した。
卒業まで、残り1年を切っている。
当然のことだが、フレディやサンデは、目指すべき場所も、なりたい将来の夢も違うわけで、あと1年未満というわずかな期間が過ぎてしまうと、特訓はもちろんのこと、話す機会すらなくなってしまうかもしれない。
そんな限られた残りの時間では、多くを語ることなんかよりも、デバイスを交え、そして打ち合って、少しでも未来の自分の糧にしたいというのが彼の気持ちなのではないだろうか?
「サンデは卒業したら、就職するのか?」
「いいや、俺は大学に行くつもりだ!」
「フレディは?」
「それは…本人から聞いて見てくれ」
「あ、うん、わかった」
下駄箱に手をかけながら、サンデの話に返事をする。
サンデはフェスタに出場するほどの実力者だったし、てっきり軍人や管理職につくのかと思っていたが、まだ学生という身分を謳歌したいようだ。
そしてフレディは一体、どんな進路なのだろうか?
言葉を濁したサンデを見た悠馬は、不思議そうに首をかしげる。
勝手に口外出来るような就職先、進路ではないのだろうか?
「ユウマは?もう決めてんのか?」
「俺は…まだ…」
頭には卒業式のあの日、神奈にだけ話した異能王、という夢が真っ先に浮かんだ。
しかしその夢をこの場で発言できるだけの覚悟を、度胸を持ち合わせていなかった悠馬は、自分の進路については何も答えない。
「でも、ユウマなら軍人でも総帥でもなれそうだよな!フェスタ優勝者はみんな、そっち方面だし!」
「そうだな…」
歴代のフェスタ優勝者たちの中で、一般職に就いたという噂は聞いたことがない。
歴代のフェスタ優勝者の名前を言われても、あー、異能王、総帥、有名な軍人じゃん!などとかなりの知名度を持っている人物がほとんどだし、サンデの言う通り、みんな軍方面で活躍しているのかもしれない。
「それに、ユウマってモテてるんだろ?一般職なんかに就いて、彼女養えるのか〜?」
にししと白い歯を見せて笑うサンデは、悠馬がハーレムを作っていることを知っているようだ。
一般職の初任給程度で養えるのかという、痛いところを的確に突いてきた彼は、顔を引きつらせた悠馬を見ながら嬉しそうに靴を履く。
「そ、そういうサンデは彼女いないのかよ?」
「俺はいないなぁ!ほら、俺って男の割に小柄だし、これっていう特徴もないからさら!」
「そうなんだ」
「そこはそんなことないよ!だろ!」
「はは、悪い、つい本音が」
「なおのこと悪いわ!」
サンデの軽い自虐に、慰めの言葉など投げかけるつもりがなかった悠馬は、憤慨する彼を見ながら笑う。
確かに、サンデは男の割に小柄だし、どちらかというと地味系だ。
彼女がいると言われても驚きはしないが、彼女がいないと言われても、驚きはしない。
口をとんがらせて地面を蹴ってみせるサンデを横目に、悠馬は赤く大きな扉の前まで歩みを進めると、その扉の前で立ち止まった。
「どした?」
「俺、イギリス支部の携帯端末じゃないから、サンデがロック解除してくれないと入れない」
「なるほど!任せとけ!」
競技場の扉は、学生が携帯端末をかざすことによってロックが解除されることになっている。
理由はおそらく、関係者以外の侵入の禁止や、日本で言う道場破り的な行為を禁止するためだろう。
日本支部の留学生である悠馬の携帯端末は、残念ながらロック解除ができないため、サンデに頼んで扉を開けてもらう。
大きく重たそうな音を響かせながら開く扉の先には、はやくも様々な学年の生徒たちが集まっているのか、剣と剣の交錯する金属音や、学生たちの奇声が耳に入ってくる。
「暁!こっちだ!」
「おー!今行く!」
競技場に入ってすぐ、クラスメイトの元気な声が聞こえた悠馬は、手を上げて返事をした。
「それじゃあ、また」
「おう!暇な時俺ともやろうぜ!」
「ああ」
サンデと別れ、クラスメイトの元へ向かう。
競技場の大きさは、中学校ほどのグラウンドの大きさで、周りの学生たちとの間隔を仕切る為か、10メートル四方の白線が引かれている。
「暁、今日はどの異能で相手してくれるんだよ?」
「何がいい?」
「雷かな!俺は翻弄されると付いていけなくなるから、速さに慣れたい!」
「そか、じゃあ今日は雷にする」
この生活にも慣れてきた。
クラスメイトたちと悠馬の実力差というのは、あまりにも差が開きすぎている。
当然のことだが、普通の国立高校には総帥と互角以上に戦える生徒などいるはずがなく、フェスタに選ばれなかった生徒たちのレベルでは、1つの異能を使う悠馬にすら圧倒される始末。
だからこうして、放課後はクラスメイトたちの中からランダムで指定された異能1つを使って、特訓をしているわけだ。
これは悠馬としても都合がいい。
複数の異能を使える悠馬からしてみると、選択肢は様々あるわけだが、結局、得意な異能を使い続ける癖がついてしまう。
悠馬の場合だと、鳴神とニブルヘイム、そしてコキュートスがいい例だ。
よく使う異能がほとんど使えない状態で、しかも片目しか見えない状態で戦うのは、ちょうどいい特訓になっている。
悠馬が線の中へと入ると、クラスメイトたちからの視線が集中する。
「いつ見てもすげえよな、そのデバイス」
「だろ?気に入ってる」
スウォルデンのデバイス、魔剣モデルを取り出した悠馬に、クラスメイトたちは変わらぬ興味の視線を向けながら、あれよあれよと口々に騒ぐ。
スウォルデンはイギリス支部の企業のはずだが、地元民ですら、そのデバイスを手にすることは滅多にないようだ。
加えて言うなら、悠馬が持っている魔剣モデルは使い手がいなかった為、話題にも上がらなかった、謎のデバイスとして見られている。
「じゃあ、早速行くぜ?準備いいか?」
「ああ」
不敵に笑うクラスメイトを見つめながら、悠馬はデバイスに異能を通した。
デバイスが黄金色の雷を纏うと同時に、デバイスは黒銀のカラーへと変わり、禍々しいデザインへと変わる。
「行くぜ!」
クラスメイトの掛け声と同時に、特訓は始まった。
***
「はぁ…はぁ…クソ、擦り傷すら付けれねえ…」
ある程度のクラスメイトたちを相手にし終えた悠馬は、寝転ぶ生徒たちを見ながら軽く笑う。
「でも、みんな最初より筋は良くなってるだろ」
「確かに、最初は動きについて行けなかったからな…」
留学3日目に特訓に誘われた時なんて、特に酷かった。
同じレベルでしか剣技について学べなかったと言うこともあってか、デバイスの授業が行われていると言えど技術的には剣道部なんかよりも格下だったし、ちょっと速度を上げると、反応すらできなくなる。
アイベルは見下すような性格だったから稽古はつけてくれないだろうし、放課後は基本的に教員も指導してくれないから、正しい師のもとで才能を開花させることができなかったわけだ。
しかし、悠馬が留学してきてから約1週間。
特訓を始めてから4日だと言うのに、彼らは動きに慣れつつあった。
さすがは国立高校に入学しているだけあって、飲み込みが早い。
日本支部ではもう忘れていたが、みんなが各地区の最強レベルの実力を持ってこの異能島へ入学したのだと、怖いほど実感させられた。
多分だが、留学最終日くらいにはこの中の誰かに傷をつけられるだろう。
悠馬視点でも、彼らはそのくらいのレベルアップをしている。
「なぁ、明日もいいか?」
「ああ、いいぞ」
だらしなく寝転ぶクラスメイトに、快く返事をする。
不安なことがあるときは体を動かして何もかも忘れるに限る。
嬉しそうな表情を浮かべたクラスメイトを見た悠馬は、近くから歓声のような声が聞こえたことにより顔を上げた。
「やぁ、暁悠馬」
「よ、ユウマ!」
「フレディ、サンデ!」
イギリス支部異能島第9高校の二大エース、フレディとサンデ。
学生たちから歓喜や羨望の眼差しを向けられる2人に声をかけられた悠馬は、2人を見て軽く手を振った。
「今から戦わないか?」
「んっ?」
フレディからの衝撃の提案。
悠馬やクラスメイト、そして周りの学生たちは、ナンバーワンのフレディの挑戦的な発言を聞いて、目を大きく見開いた。




