幕間2
4月30日、放課後。
2日前の大雨、昨日のどんよりとした天気と打って変わって、本日は快晴。
雲ひとつない空に浮かぶ、オレンジ色の夕焼けを眺めている制服姿の男子生徒。
1人は金髪で、もう1人は茶髪のその2人は、複雑に入り組んだ建物の隙間に偶然できたような空き地から、綺麗に見える夕日を眺め、手すりに手をついていた。
爽やかな風が髪を揺らし、入学してからはやくも1ヶ月が過ぎようとしていることを伝えてくれる。
「はぁー、昨日あれだけお仕事したのに、今日からは普段通り学校に行けとか、ほんと人使い荒いよなぁ!なんつーか、ブラック企業の鑑っていうの?これを国家が容認してるとか、日本支部はおしまいだぜ!」
嘆く連太郎。
昨日の出来事を思い返しながらそう呟いた連太郎は、古びた柵を軽く蹴って見せると、長いため息を吐いた。
それもそのはず、彼は昨日、あれから事後処理やその他諸々の報告書を記入するというお仕事まであったのだ。それらを全て片付けて学校に来たとなると、ほぼ不眠不休で働かされたのだろう。
「確かに、ブラックだよなぁ」
「ところで、有益な情報は掴めたか?」
連太郎に同調してみせた悠馬と、話の話題を変えた連太郎。
今日2人きりで人気のないこんな所へと訪れているのも、昨日の一件の話をするためだった。
「実はこの後、美月と会う予定だからまだ何にも」
「そかそか。まぁ、俺が知ってる情報だけいうと、益田、お前が売れない音楽家とか言ってたやつが、捕まる直前で使徒になるという形で自害したらしい」
特に驚くような情報ではないが、普通に逮捕されたのではなく、口を割らなかったという事が大きな問題点か。
本来であれば、逮捕後、身動きを取れなくしてゆっくりと聞き出して行くはずだった情報も全て、水の泡になってしまったという事だ。
「だから、これでお終い、という事にはならない可能性もあるぜ。まだ裏に誰か残ってる可能性もあるからな」
確かにその通りだろう。貴重な情報源、主犯格を失ってしまったわけだし、悠馬が生け捕りにした継ぎ接ぎだらけの女も、唆されただけと言っていた。
それはつまり、これ以上の捜査の進展は望めないということを指している。他にメンバーがいたのかも、どこに潜んでいるのかも、何もわからないままになってしまう事だろう。
「神器は?アレがあれば問題は粗方解決だろ?」
「ああ、破片含め全て発見された。でもまぁ、神器軽く壊されてるし、結構叩かれるだろうなぁ」
自分の仕事にも関係してくる内容、失態だというのに、連太郎は嬉しそうだった。
おそらく、これだけ働かせた日本支部が、これから苦しむ所を想像して笑っているのだろう。
「んじゃ、結界事件は解決か?」
「ああ。あとは残党がどう動くかだな」
「残党、ね」
可能性の話をしているものの、理事の権限もなくこの島で好き放題はできないだろう。
益田が消えた今、残党にできることなど限られている。それを理解している2人は、お疲れ会モードで話をしていた。
「っと。そろそろ美月と待ち合わせの時間だ。また明日な、連太郎」
「ふぅー、付き合っちまえよ〜!」
約束の時間が近いのか、携帯端末で時刻を確認した悠馬を冷やかす連太郎。
「そんな関係じゃねーよ」
「お前はそろそろ、復讐の後の事を考えた方が良いんじゃねえのか?」
「それは復讐した後に考えれば良い話だ。俺は行くぞ」
そう言って、悠馬は足早に去って行く。
その姿を後ろから見送った連太郎は、手すりに体重をかけながら、空を見上げて呟いた。
「なぁ、悠馬。お前は復讐した後。その先に何が残るんだ?」
その質問は1人の友として。悠馬の行く末を案じてのことだった。しかし、その質問は悠馬の耳に届く前に風に流され、返事が返ってくることはなかった。
***
「それで?どうしたのよ。いきなり呼び出して」
一方その頃、夕夏の寮にて。
久しぶりに幼馴染と2人きりの空間になった夕夏は、そわそわとしながら加奈に紅茶を淹れて、それを差し出す。
その暖かい紅茶を一口飲んだ加奈は、ホッと一息入れて、夕夏へと尋ねた。
「あのね!悠馬くんすごくカッコよくない?」
「…は?」
「あれだけカッコいいのに、寝顔はすごく可愛いの!横で添い寝したいくらい!」
何を言っているんだこいつは。話の内容を理解できない。
テンションがマックス状態の夕夏は、机をバンバンと叩きながら、興奮したように足をジタバタとさせ、悶絶してみせる。
昨日まで荒れていた寮の中は、すっかりと整理整頓されていた。散々荒らし、壊して回ったせいか、テレビや花瓶、絵画などがなくなってしまい、入寮当初のような景色にはなっているが、掃除はきちんとされている。
「待って、意味がわからない。そもそも悠馬くんって、誰?」
加奈からすれば、突然呼び出され、知らない男をカッコいいだの、可愛いだの言われているような状況だ。知らない、というか、絶対に知ってはいるのだが、暁くん呼びでは無かった為、悠馬くんという人物が誰なのかもわからない。
机に置いてある紅茶が、夕夏の興奮と共に揺れ動いてるのを見つめながら、加奈は戸惑ったように問いかけた。
「むー、加奈クラスで席隣のくせに…!羨ましい〜」
「え?暁くんのこと?」
夕夏にそこまで言われて、ようやく気づく。
加奈からしてみれば、悠馬は人畜無害そうな村人的な立ち位置の、どうでもいい存在だ。
だが、その悠馬に寄ってくる、うるさいハエ(連太郎のこと)は大嫌いだった。
何せ毎日毎日絡んでくるし、鬱陶しい。
夕夏が連太郎のことを好きなどと言いださなくて良かったと心の底から思うと同時に、加奈は1つの疑問を抱いていた。
「アンタ、いつの間に仲良くなってたの?」
加奈の記憶からすれば、悠馬と夕夏の接触は入試の実技試験の時のみだ。
クラス内で夕夏に積極的に関わろうとしてくる男子と違って、悠馬からはそんな積極性は感じられなかったし、かといって学校の外で2人きりで…などという行動も取っているようには見えなかった。
果たして一体どこに好きになるような出来事があったのだろうか?
「あの…そのね?助けてもらったの。昨日。ううん、それ以前からなのかな。私悠馬くんの寮に、毎日ご飯作りに行ってて…」
「通い妻か!」
語り出した夕夏の話を聞いて、ツッコミを入れる加奈。どうせ大したエピソードでもなく、コロっと優しくしてくれた男にでも引っかかったのだろうなどという気分で話を聞いていたのに、完全に誤算だ。
想定外の話を聞かされるのだろうと判断した加奈は、半ば呆れ気味な表情で夕夏の話を聞いた。
「私の料理を美味しそうに食べてくれて、一緒に食卓を囲むのが凄く楽しくて…もちろん、最初は警戒してたし、変なことをしてくるんだったら直ぐに距離を置こうとは思ってたんだけどね」
「色々話していくうちに、打ち解けたっていうか?仲良くなれたっていうか?」
そこまで聞いて、加奈はある程度察したようだ。
確か、夕夏の理想像は優しくてカッコよくて、話しやすくて、頭が良くてレベルが高くて…それでいて自己中じゃないという、現代社会にいるのかどうかもわからないような、超レアな生物のはずだ。
彼はその理想に殆どが当てはまってしまったのだろう。
話し出した夕夏は止まることを知らずに、馴れ初めから事件のことまで、事細かに悠馬とのエピソードを披露していく。
無論、加奈は聞き流した。
「って事で、私は悠馬くんのことが好きみたいなの!」
「あっ、はい」
別に好きな人を告げられたところで、加奈は悠馬の事が好きではない為、友人同士で取り合いになるということはないだろう。
そう判断した加奈は、興味のなさそうな返事をした。
「だからさ?隣の席の加奈なら、悠馬くんの好みとか、その他諸々について聞き出せるかなって!」
「……アンタ…」
まさかそんなことで呼び出したとでもいうのか?
目をキラキラと輝かせながら、机に身を乗り出した夕夏を見る加奈は、表情が引きつっている。
「無理よ。そもそも私、暁くんと会話なんて交わしたことないし。そんな人から突然、好みの異性の特徴を教えて?なんて言われて、夕夏は教える?」
「うぐっ…教えません」
ぐうの音も出ない正論だ。いきなりそんな話を振られたら、は?何こいつ?もしかして私のこと狙ってんの?てか誰だよ。となってもおかしくはない。
「それならアンタ自身が、それとなく夕食中に聞いた方が確率高いと思うんだけど」
「うーん、やっぱ怖いじゃん。自分から聞くのとか恥ずかしいし」
だからって人を頼るな。そう言ってやりたい気持ちになる加奈だったが、自分も好きな人ができたらこんな風になるのかなー?と考え、少し考え込む。
「合宿。夜は警備も厳重だろうけど、イベント事ともなれば、男女はひっそりと同じ部屋で、トランプや賭け事で、負けた人に何か質問をするのが定石。そこを狙うのがベストよ。知ってる限りじゃ暁くんと八神くんはライバルが多いからね。あの2人からタイプを聞き出そうとする女子は少なくないはずよ」
イケメンと美女は、質問が集中しやすい。勿論、夕夏もそれなりのリスクを背負うことになるが、自然な形で彼の好みを知ることができる常套手段だ。
「それだよ!!!さすが加奈!ありがとう!私悠馬くんと付き合えるよう頑張ってみるね!」
「はいはい、頑張ってね」
正直な話、夕夏が振られたらこの世の女の九割以上は振られると思うけどね。少なくとも第1の女子メンツはほぼ壊滅、可能性的には篠原さんくらいだろう。
ほぼ付き合うことが確定したようなものだ。いくらイケメンと言えど、夕夏に言い寄られて靡かない男なんていない。それに例外はない。
そんな勝ち戦を全力で勝ちに行こうとする夕夏を面白そうに見た加奈は、少しだけ表情を曇らせた。
「これでいいのよね…」
勝手に合宿のシュミレーションを始めた夕夏を他所に、加奈は1人で呟いた。
***
「本当に、この世の楽園みたいなところだったの!」
興奮する美月。昨日頼んだお使いの話よりも先に、昨日自分の身に起こった幸運な出来事を、幸せそうに話す姿がとても可愛らしい。
いつになく嬉しそうな表情をしている美月は、自身の寮の中にいる悠馬に、嬉しそうに話をしていた。
「そっか。それは良かった」
変な仕事を頼んで申し訳ないと思っていたが、彼女が楽しかったから何よりだ。
「それとこの動画。後で見て。動画撮ってるだけだから、私も詳しくはわからないし、全部憶測の話になるから悠馬に任せる」
一通り幸せな出来事を話し終えたのか、一息ついた美月は、悠馬に動画が添付されたファイルを送信すると、満足そうにベッドに座った。
「ありがとう。帰って確認する」
「はーい。ところで悠馬、今回はどんな事をしたの?内容はほぼ知ってるけど、悠馬が首を突っ込む必要があったの?」
美月からして見れば疑問に思う事だろう。何しろ、悠馬は今回の事件で被害を被ったわけじゃない。
全く関係がないと言っても過言ではないのだ。それなのになぜ彼が動いたのか。動く必要があったのかと、そう思うはずだ。
「ああ、お世話になった人が巻き込まれててね。恩返しっていうか、単なる自己満足だよ」
「へぇ、やっぱ悠馬って優しいよね」
「どうだろうな。まぁ、邪魔者以外には基本的に優しくはしてるつもりだけど」
楽しそうな美月にそう告げた悠馬は、少し古い味を出している椅子からゆっくり立ち上がると、美月に向けて拳を差し出した。
「?」
突然差し出された拳に戸惑いながらも、美月は彼の拳に、自身の拳をコツンとぶつけた。
「何はともあれ、お疲れ様。これで美月と俺も、いつも通りの日常生活だ。明日からも楽しみだなー」
既に完全にオフモードに切り替わり、のほほんとした様子の悠馬を見た美月は、何か重要な事を忘れているような気がして、難しそうな表情を浮かべる。
「日常…日常…あ!明後日から合宿だけど準備してる?」
「は?合宿?」
なんの話だよそれ。
夕夏の件や、新たな環境での生活に夢中になっていた悠馬は、これから始まる学校のイベント事など、チェックすらしていなかった。
そう言えば、この間、担任の鏡花が強化合宿云々という話をしていた気もする。
「ぁあー!してない!これってヤバいのか!?」
「私はもう準備終わってるけど…普通みんなもう準備済ませてる頃じゃないの?」
こういうイベント事についてはきちんと調べている美月。おそらく悠馬が忘れているかもしれないという可能性を頭の片隅に入れていたからこそ、日常という単語が引っかかったのだろう。
言いたいことが言えて満足の美月と、準備をしていなかったと慌てふためく悠馬。
「どうしよう!?俺だけ置いてかれるってことは無いよな!?前日に荷物だけ持ってかないといけないとか無いよな、なぁ!」
「ふふ、どうでしょう?」
さまざまな不安に駆られる悠馬を見て、答えを濁した美月が、片目を閉じて意地悪に笑って見せると、悠馬は慌てて美月の寮から飛び出した。
「ほんとありがとう!助かった!今から合宿の準備してくる!」
「ふふっ、頑張ってねー」
寮から見えなくなった悠馬。悠馬がいなくなった後も手を振り続けた美月は、嬉しそうにベッドへと横になると、枕に顔を押し付け、叫び声をあげた。
「合宿だぁー!」
高校に入学して初の、大きなイベントが始まる。




