本物
「はあ…せっかく…せっかくのビッグチャンスだったのに…」
金髪の髪色に変わり、そしてメイド服を着ているソフィアは、頬を膨らませながらテーブルを拭いていた。
「…ソフィア、悠馬に遠回しな発言は通用しないぞ」
今日の夜、淡い期待を抱いた結果打ち砕かれたソフィアを見て、オリヴィアは先輩としてアドバイスをする。
悠馬はソフィアの好意に気づいてしまっているが、それがわかっているからって、夜の誘いを受けているとは思っていない。
「じゃ、じゃあ子作りしようって言えば…」
「…君は欲求に素直なんだな」
「あ、いや!違うの!そういうのじゃない!ただ、女として気にならない!?」
「私は経験済みだから、その年で経験のない女の気持ちなど知らない」
「うぐ…戦神、私のことを随分バカにしてくれるじゃない」
「そう思ったのなら、謝ろう」
年齢的にはソフィアが上、しかしながら経験的にはオリヴィアが上という現状。
悠馬がお風呂に入って2人きりになっている彼女たちは、なかなかドストレートな話でヒートアップしている。
「そもそも、戦神に悠馬の隣は相応しくないでしょ。収入いくらよ?」
「今は戦神をやめている。ゼロだ」
「それで養うつもり?悠馬のことを考えるなら、身を引くのが賢明だと思うけれど」
「それは総帥の君が言える立場か?そもそも悠馬には、モデルでアイドルの、完璧な彼女がいるんだ」
「な!なによそれ!聞いてないんだけど!」
「ふっ…敗北者」
「取り消しなさい」
悠馬の彼女たちの中の、花蓮に勝つことはまず不可能だ。
オリヴィアは自身の頭が上がらない花蓮という人間を神のように崇めている。
何しろ花蓮の前で悠馬はデレデレだし、今まで見せたこともないような、幼い表情で笑うのだ。
ソフィアを追い払うために絶対的な存在である花蓮の名を出したオリヴィアは、驚くソフィアを鼻で笑う。
「ま、まあ?私は今日、お姫様抱っこもしてもらったから」
「くっ…!このアバズレ女が!彼女がいる男に、なんてことを!」
「だ、誰がアバズレ?!調子に乗らないでビッチ!」
「誰がビッチだ!」
「どうせその胸で色んな男を誘惑したんでしょ。ハッ、これだから発育がアメリカンなホルスタインは」
「キサマ…死にたいようだな」
「今ここで戦う?戦神」
戦神と総帥が睨み合い、室温は徐々に下がっていく。
お互いに低レベルな言い合いをする彼女たちの学力は、ほとんど同じレベルと言ってもいいだろう。
同レベルだからこそ起こる、低次元な言い合いをする彼女たちは、視線をバチバチとぶつけ合うと、互いにツンとした表情でそっぽを向いた。
そんな2人のことなど知らずに、風呂場の扉はゆっくりと開く。
「…なに、2人とも喧嘩したの?」
ちょっとだけ寒い室内に足を踏み入れた悠馬は、その瞬間にオリヴィアが冷気を放ったと察したようだ。
勘弁してくれと言いたそうに、悠馬はオリヴィアを見た。
「き、聞いてくれ!ソフィアが私をビッチだホルスタインだというんだ!」
「それはお前がアバズレだなんだと言うからでしょう!私は悪くない!」
「お、落ち着きなよ2人とも…」
小学生のような言い合いに、正直真剣に付き合うような余裕はない。
アバズレビッチホルスタインなんて、無視しておけばいいだろ!
女の戦いの理由を知らない悠馬は、引きつった顔で両手を前に出し、2人をなだめる。
「お、俺、仲良くできない人とは一緒に居たくないんだよなぁ…」
いつも揉めてたらつまらないし、雰囲気悪くなるし、周りもギクシャクし始めるし。
常日頃から仲良くできない人たちがどうなるのかを知っている悠馬は、オリヴィアとソフィアに期待の眼差しを送る。
大抵の女の子は、彼氏からそう言われると大人しくなるものだ。
「…ソフィア、すまない」
「私こそ…言いすぎた」
「うん、そっちの2人の方が可愛い」
しおらしいオリヴィアもソフィアも、睨み合っている姿よりもずっと可愛い。
彼女たちを一瞬にして宥めてしまう呪文を覚えた悠馬は、思わず頬を緩ませて、机の横に立てかけてあるスウォルデンのデバイスを手にする。
「それが悠馬の購入したデバイスか?」
「ああ!スウォルデンのだ!」
シンプルイズベストという単語が相応しい造形美と、主張のほとんどないデバイス。
子供がおもちゃを買い与えられたようにはしゃぐ悠馬は、そのデバイスを右手に持ち、笑顔を浮かべる。
「早速気に入っているようだな…試し終えたのか?」
「まぁ、異能をデバイスに通した程度だけど、これは神器クラスだと思う」
「おお!私にも見せてくれ!」
クラミツハの神器を愛用していた悠馬がこうも褒めるデバイスがあれば、オリヴィアだって気になる。
それがどれほどのものなのか、自分の手で確認をしたくなったオリヴィアは、悠馬からデバイスを受け取り、刃先をじっと見つめる。
「綺麗だな…傷ひとつない」
裏のオークションで売られているものなんて、基本はジャンク品。
しかし悠馬が買ってきたこのスウォルデンのデバイス、魔剣モデルは、使用者がいなかった為か、刃先に傷ひとつない状態で販売されていた。
「しかも保証書付き!」
決して安くはない、壊滅的なほど高い買い物ではあったが、それでもいい買い物だったと断言できる。
「私が異能を伝達させて見てもいいか?」
「あ、うん、壊さないなら」
悠馬が承諾すると同時に、オリヴィアは剣に異能を通し始める。
「っ!これは素晴らしいな!蒼の聖剣とまでは行かないが、デバイスとは思えない質の良さだ!」
「ん?」
「え?」
『今なんて言った?』
悠馬の買ってきたデバイスを褒めたオリヴィアの、比較対象がおかしかった気がする。
今日仮面の進行役から聞いた聖剣の名前が比較対象に出たような気がしたソフィアと悠馬は、ギョッとした様子で、魔剣を片手で振り回すオリヴィアを見る。
「蒼の聖剣だ。名前くらい聞いたことあるだろう?」
「ちょっと待ってくれるかしら?まさか蒼の聖剣の所在を知っているとでも?」
「いや、口ぶりからして握ったこともあるだろ…」
オリヴィアが聖剣を持っているなどと知らない2人は、軽いパニックに陥る。
「私の寮に置いてあるぞ?」
「なんで!?」
「なんでって…それは…私のだからに決まっているだろう」
「悠馬…こいつが何を言ってるのか、私にはわからなくなってきた…」
「俺もうまく飲み込めない…」
聖剣の使い手がすぐ横に並んでいたなんて知らないソフィアと悠馬は、疲れたようにソファに腰をかける。
まさかオリヴィアが聖剣の使い手なんて、いったい誰が予測できただろうか?
いや、厳密に言えば、戦神だということを鑑みると納得できるのだが、それでも…
高校でのオリヴィアのポンコツぶりや、1人の女の子としての一面を知っている悠馬からしてみると、未だに彼女が戦神だという話の方が、嘘だと思えるほどだ。
ハイツヘルムで冠位で戦神で蒼の聖剣持ちなんて、もう夢でも見てるような気分になってしまう。
「まさか…アリスのヤツ、所在を知っててバックれていたのかしら?あのロリガキ…」
「ロリガキて…」
同格のアメリカ支部総帥に対してロリガキと発言するソフィアを見て、思わず笑いそうになる。
確かに、アリスは年齢的には30代だが、見た目はガキそのもので胸もまな板のため、ソフィアがロリガキなどと罵る理由もわからなくない。
年齢的にはソフィアの方が10以上も下だが、見た目はソフィアが大学生で、アリスは来年から中学生でちゅか?レベルなのだから、尚更だ。
オリヴィアもそれがツボに入ったのか、悠馬のデバイスを片手に、空いている手で口元を抑える。
大きく肩が震えているのを見る限り、笑っているのだろう。
自国の総帥がバカにされてるのにそれを平気で笑っている様子を見る限り、彼女にはアメリカ支部総帥への忠誠も尊敬も、何ひとつないようだ。
「まぁ…アリスは自分が有利に物事が進んでいる場合、手札は隠すような人間だからなぁ」
「なにそれ。こっちはいろんな情報教えてあげてるのに、何様のつもりなのかしら?」
「そ、その辺は私に言われても…」
「あー、うん。流石に高校生の戦神に、政治の文句なんて言わない」
アリスを話題に話す2人を横目に、悠馬は椅子に立てかけてある翠の聖剣へと近寄り、紐を解く。
「なにをしているの?」
「あ…いやぁ…触ってみようかなーって…」
「翠の聖剣か。確かに輝きは蒼の聖剣に似ているから、本物のように見えるな」
「触れた時の反応も、黒の聖剣と同じだったから、多分本物」
自分で買ったというのに、まだ紐でしか聖剣を手にしていない悠馬は、恐る恐る翠の聖剣へと手を伸ばす。
「おっ?おっ!?」
「!?」
悠馬が聖剣の柄に触れると、翠の聖剣は進行役のように拒むことなどなく、悠馬の手元に収まる。
拒まれなかった悠馬は、ダメ元で触れて見たということもあってか、驚きと喜びが隠せない様子で、子供のように鞘から聖剣を引き抜いた。
「ソフィ!オリヴィア!俺持てるんだけど!?」
「どうやらそのようだな…」
「ってことは聖剣に選ばれたってことなのかしら?」
悠馬は嬉しそうに聖剣を振り回し、2人に笑顔を送る。
使いこなせないと思っていた聖剣、誰もが憧れた聖剣の一本を握ることが出来た悠馬は、今にも走り出しそうなほどテンションが上がっている。
今なら全裸で走っても、警察に捕まらずに逃げ切れる気がする。
そんな根拠のない自信すら湧いてくるレベルで嬉しい。
「これ、異能流したらどうなる…っ!?」
悠馬が異能の話をし始めた途端、聖剣は暴発したように緑色の閃光を放ち、地面へと転がる。
「あれ…!?え!?拒まれた!?」
これ調子に乗ったら持つ資格なし!とかそういうパターンなの!?
雷の異能を発動させようとした悠馬は、調子に乗っていた自分の行いを思い出しながら、膝から崩れ落ちる。
こんなのあんまりだ…この気持ちを例えるのなら、好きな人とデートをした後、実は私…と夕焼けの中切り出される。そしてまだかまだかと告白を待機していたら、君の手だけが好きなの!と言われたような感じだ。
最初から期待をしていなかっただけに、触れることが出来てはしゃいでしまった悠馬は、瞳の色を真っ黒に変え、クラミツハの神器を呼び出す。
「コイツぅ!ぶっ壊してやる!」
「わー!やめないか悠馬!」
「そ、それは流石に!1億よ!」
歯をギリギリと食いしばりながら、翠の聖剣へ今にも神器を振りかざさんとする悠馬を、ソフィアとオリヴィアが止めに入る。
「止めないでくれ!コイツは俺の心を弄んだんだ!これが聖剣な訳ねぇ!こんな聖剣あってたまるか!」
「そ、それは本物よ!」
「そうだ!事情を説明するから、とりあえず神器を納めてくれ、悠馬!」
「事情?」
神器に事情なんてあるのだろうか?
オリヴィアの発言に疑問を抱いた悠馬は、とりあえず今の怒りを抑えて、彼女に向き首をかしげる。
「まず、悠馬…残念なことに、君は聖剣の色を間違えている」
「色?」
「ああ…聖剣にはそれぞれ、発動できる異能が決まっているんだ」
翠の聖剣ならば、風の異能しか聖剣に通すことが出来ず、無理に他の異能を通そうとすれば、先ほどの悠馬のように弾かれてしまう。
5大聖剣はそれぞれ、六大属性の雷以外の異能に当てはまるとされているため、悠馬は翠と白の聖剣は、触れることが出来ても異能を伝達させることはできないということになる。
「だから悠馬…君は蒼か黒、そして紅の聖剣しか扱えないはずだ」
「そ、そうなんだ…」
「触れることは許されるのに、扱うことは許されないなんて、なんか可哀想…」
「哀れだな…」
「君たち、励ますつもりあります?」
哀れみの視線を向けられた悠馬は、ひとまずなぜ拒まれたのかを理解しながらも、2人の視線に耐えきれず半泣きになる。
「いいもん!1億なんて、どうせはした金だし!俺の金じゃないもん!」
さらっとクソ野郎な発言をする悠馬。
きっと生きているディセンバーがこの発言を聞いたら、人様の金をなんだと思ってやがる!とブチギレて半殺しにされていたことだろう。
まぁ、悠馬からしてみると、実際ディセンバーの金ははした金だし、あってもなくても変わらないものだから、そういう認識なのだろう。
ギャーギャーと騒ぐ悠馬は、翠の聖剣を一度睨むと、ある重要なことを思い出してニヤリと笑った。
「決ーめたっ!この聖剣は花蓮ちゃんにプレゼントだ!」
花蓮ちゃんは風の異能持ちだし、翠の聖剣も使えるんじゃね?
そんな軽いノリの悠馬は、約2週間後に1億円もする伝説の聖剣を彼女にプレゼントするという暴挙に出る。




