聖剣
本日の目玉と言っていいデバイスが落札された後に、ステージの上に運び込まれた大きなボックス。
黒い布で覆われているため、残念ながら中身は見えないが、それでもこれが大本命、今日の目玉だということは誰だってわかる。
「何が出てくるんだ?」
「スウォルデン工房を超えるデバイスなんて、無いわよ」
「ってことは、次は誰にでも扱えるスウォルデンのデバイスか!」
客たちの勝手な期待など他所に、進行役は余裕そうな様子で歩き始める。
「ソフィはなんだと思う?」
「さあ…私もこういうところに直接乗り込むのは初めてだから、見当もつかないってのが、正直なところよ」
「だよね」
常連であろう夫人や紳士たちも驚いていることを鑑みるに、これは誰も予測していない事態だったようだ。
「ではこれより!本日の超大目玉をお披露目します!」
「おお!」
「なんだ?」
「勿体ぶらずに見せろ!」
しびれを切らしたお客さんたちの声など無視して、仮面の進行役は両手を広げ、語り口調で話しを始めた。
「皆さんは5大聖剣というものをご存知だろうか?」
5大聖剣と言われれば、真っ先に思い浮かぶのは異能王のおとぎ話だろう。
蒼の聖剣や、白の聖剣、黒の聖剣など。
誰だって小さい頃は、拾った木の枝を聖剣に見立てて、英雄ごっこをしたりした。
突然話し始めた進行役の話が理解できない会場の人間たちは、眉間にしわを寄せながら、話に聞き入る。
「初代異能王が手にしたとされる蒼の聖剣や、ロシア支部の国宝、黒の聖剣…残る3本の聖剣は所在も実在も明かされず、数百年の時が経過した…」
今ではもう、明確に存在しているのはロシア支部の国宝、黒の聖剣だけだ。
蒼の聖剣は戦神であるオリヴィアが手にしているのだが、その事実を知らないこの世界の住人からして見ると、5大聖剣は一本しか実在していないように思えてしまう。
「まさか…」
ここまで思わせぶりな言い回しをされると、あのボックスの中に何があるのかは薄々わかってしまう。
あのボックスの中には、おそらく黒の聖剣以外の4本の聖剣のいずれかが封入されているわけだ。
蒼の聖剣を恋人であるオリヴィアが持っているとは知らない悠馬は、そのボックスの中身がなんなのか気になっているご様子だ。
「……まさかワールドアイテムが出てくるとは」
「ソフィ、回収するの?」
「…回収したいけれど…そうしてしまうと、私が侵入したことがバレてしまう」
ソフィアとしては、何が何でも購入して、イギリス支部の国宝にしたいというのが本音だろう。
しかしながらそれをすると、本来の姿で来ているソフィアが、イギリス支部総帥のソフィアと繋がりがあるのだと、バレかねない。
下手をすると本来の姿までバレてしまう現状で、大きく目立つ買い物をするのは得策じゃないだろう。
「では、ご覧ください!5大聖剣の1本、ワールドアイテムと謳われる、史上最高の神器を!」
「おおっ!」
進行役が黒い布を引くと同時に、ボックスの中身が露わになる。
黒い布が消え失せ、ようやく視界に映った聖剣を目にした客の大半は、身を乗り出して声を上げた。
これは歴史的瞬間に立ち会えたのかもしれない。
光に照らされ、エメラルド色に輝く剣。
悠馬が先ほど落札したデバイスほどの大きさで、そして長さも同じほど。
その美しく輝く聖剣、翠の聖剣は、武器というよりも宝石という単語がふさわしい。
決して濃ゆい翠ではないが、それでもきちんと翠だと識別でき、そして数多の宝石よりも遥かに煌めくその聖剣は、偽物であったとしても飾っておきたいほどの出来栄えだ。
「こちら、南アフリカ支部から先月発見された、翠の聖剣(仮)でございます。残念ながら、専門機関に持ち込むと世間に存在が認知され、オークションでは取り扱えなくなるので…」
当然だ。
これが専門機関で調査された正真正銘の翠の聖剣ならば、裏でオークションに競られるようなものではないし、第一に、総帥であるソフィアが知らないはずがない。
スウォルデン工房の魔剣の時のような渋い声に変わった進行役は、どうやらこの聖剣も本物かわからないから見送られると思っているようだ。
売り場を任せられている仮面の進行役からして見ると、胃が痛いだろう。
二本も連続で、売れるかわからない、曖昧なものを売らなければならないのだ。
「斬れ味を試してみてくれ!」
「偽物ならば、斬れ味は悪いはずだ!」
オークション会場に入場している紳士夫人は、早速進行役に無理難題を吹っかける。
これで偽物でへし折れたりしたら大惨事だし、仮に売り物にならなくなってしまったら、多分進行役は裏で殺されること間違いなしだ。
「えぇ…」
マイクでは聞き取れないほど小声で嘆いた進行役は、数秒硬直したのちに、観念したように歩き始めた。
どうせここで使ってみなかったら、誰も買ってはくれないのだろう。
ならばちょっと斬れ味を見せて、購買意欲を持たせようではないか。
「ロック解除を」
ドタバタとステージに上がってきた仮面の男たちに、ボックスのロック解除を要求する。
進行役よりも下っ端であろう仮面の男たちは、戸惑いながらも言われた通りにロックを解除し始めた。
厳重なロックが解除され、透明なボックスの中からむき出しとなる翠の聖剣。
初めて見るワールドアイテムに誰もが息を呑み、そして進行役ですらも、生唾を飲み込む。
「で、では僭越ながら私が試し斬りの方を…っ!?」
進行役が翠の聖剣に手を伸ばした、その瞬間だった。
バチっという緑色の閃光が会場内にほとばしり、そして進行役は数メートル転がる。
「っ〜」
「何が起こった!?」
「爆発!?」
あまりにも突然すぎる光景に慌てる紳士夫人は、大声をあげながら、パニックに陥る。
「拒まれた…」
「ソフィ、知ってるの?」
「ええ…私が総帥になって間もない時、ザッツバームくんに無理言って黒の聖剣を触らせてもらったことがある」
「いいなぁ…」
国宝を触れるなんて機会を貰ったことがない悠馬は、ソフィアの話を聞いて羨ましそうな視線を向ける。
聖剣は何歳になったって、誰だって一度は触れてみたいだろう。
「先に結果だけれど、私も今の進行役のように、手を弾かれた」
「ソフィが?」
「ええ…聖剣は持ち手を選ぶの。だからいくらレベルが高くても、持てない聖剣は持つことができない」
イギリス支部総帥のソフィアですら握ることができないのなら、この世界の大半の人間は、触れることすら許されないのだろう。
ちょっとだけ悲しくなってくる。
しかしそれと同時に、あることが確定した。
「進行役が弾かれたってことは…」
「あれは間違いなく、本物よ。本物の、翠の聖剣」
「おお!」
誰よりも早くその事実を知った悠馬は、驚いて周囲を見回す進行役へと視線を落とす。
「どうやら、スウォルデンの魔剣よりもタチが悪いみたいですねぇ…もう触らなくてもいいですか?」
進行役の意見に、誰も触れとは言わなかった。
まぁ、これで無理に触らせて大事故になったりしたら、メリットが何1つないからだろう。
「お値段、5000万からになります」
「ごせ…」
「高すぎる!」
「ご…5000万だ!」
さまざまな意見が飛び交う中、翠の聖剣の競りは始まった。
震える手で5000万と手をあげる紳士に続くようにして、値段が上昇していく。
「5100」
「5300」
「5500!」
「6000万だ!」
あれは本物だ。本物の翠の聖剣だ。
そうわかっている人々は、意地でもあの聖剣が欲しくなるだろう。
ちょっとの金額じゃ済まないことを知っているが、それでも手をあげる紳士夫人を横目に、悠馬は勢い良く札を挙げた。
「208番さん」
「1億」
『なっ…』
6000万の次に、突如として1億に跳ね上がった翠の聖剣。
つい先ほどまで5000万の競り合いをしていた紳士夫人は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で208番の札をあげる悠馬を見上げた。
いきなり4000万も跳ね上がったら、もう手出しができない。
どうやってなるべく安い金額で競り落とすかを考えていた紳士夫人にとって、ポンと1億以上の金額を出すのは、どう頑張っても厳しい。
そりゃそうだ。
1200万のスウォルデンの魔剣ですら値段と効能が見合わないと言う理由で切り捨てた輩が、いくらワールドアイテムと言えど、1億では手が届かない。
「悠馬…!正気?お金大丈夫?貸そうか?」
「大丈夫」
これはディセンバーの遺産で支払わせてもらう。
最初からこのオークションで買うものは、ディセンバーの討伐報酬までしか買わないと決めていた悠馬は、実質残り38億円分、翠の聖剣に費やすことができる。
この金額で競るようなら、次は2億でもいい。
そのくらいの覚悟を持って1億と発言した悠馬は、横で驚愕するソフィアと、そして周囲の視線など無視して、一直線に仮面の進行役を見下ろした。
「い、1億…ですか?」
「ああ。1億だ」
「に、208番さん、1億です!他はいませんか?」
驚きながらも、進行役はさっきまでと変わらない声で話を進める。
「1億…」
「本物かもわからない聖剣に、1億以上は…」
「見送るか…」
聖剣が本物だとは知らない紳士夫人は、1億という金額を突きつけられて、大人しく撤退を始める。
ここで悠馬に対抗して数億を支払って、ニセモノだったら笑えないわけだし、賢明な判断だろう。
「では!208番さんの1億で確定します!そしてこれを持ちまして、本日のオークションは閉幕とさせていただきます!ご購入を確定された方は、左側の扉の前でお待ちください」
目玉である聖剣の販売までが終わり、英国の紳士夫人たちは、ぞろぞろと出口へと向かう。
購入を何1つしていない紳士夫人からしてみると、今日のオークションはかなりの見応えがあっただろう。
馬鹿な子供が、1億円でニセモノかもしれない聖剣を購入していた、と。
その話だけ聞くと笑い話だ。
いい肴が手に入ったちょっと富裕層たちは、入り口付近にあった酒屋でこれをネタにして呑んだくれるに違いない。
出口に向かう紳士夫人を呆れ気味で見送るソフィアは、前を歩く悠馬に続いて、購入者出口へと向かう。
悠馬が購入者出口へ進もうとすると、面白いくらいに道が開けられた。
1億円と1000万の買い物をするような人間が、ただの子供なわけない。というのが一般的な考えだ。
どこかの大企業の息子、どこかの王族かもしれないと警戒する紳士夫人たちは、なるべく気に障らないようにするためか、そそくさと道を開けてくれる。
「本日はお買い上げ、誠にありがとうございます。208番様」
購入者出口へとたどり着くと、進行役だった仮面の男が、手をすり合わせながらオネエチックに悠馬の対応を始めた。
1億円とちょっとの買い物をしてくれた悠馬というのは、本日最大のお客さまと言ってしまっていい。
くれぐれも粗相があって、購入取り消しにならないようにという雰囲気が、仮面の男からぷんぷん漂ってくる。
これは悪い気持ちにはならないし、無視でいいだろう。
「どうも」
「して、商品は如何なさいましょう…?」
「あ、このまま持ち帰ります」
「…は、はい」
後日郵送なんて、待ってられない。
そもそもデバイスは明日から使う予定で購入したため、この場での受け取りを指定した悠馬は、鞘に納められた翠の聖剣と、そしてスウォルデンの魔剣を見る。
「ええっと…翠の聖剣は紐で縛って持つ感じなんですね」
「は、はい…残念なことに、手で持つことができないので…」
悠馬の疑問に、仮面の男は答える。
そりゃあ鞘に入れるのも一苦労だ。
「お支払い方法は…」
「これから一括引き落としで」
「はい!ありがとうございます!またお待ちしております!」
「こちらこそありがとう。いい買い物ができたよ」
スウォルデンの魔剣と言われるデバイスを片手に、紐で縛られた翠の聖剣を引っ張りながら歩き始める。
翠の聖剣は触れることすら許されないみたいだし、引ったくられる心配はないだろう。
スウォルデンのデバイスに視線を落とした悠馬は、去り際にそのデバイスに雷の異能を伝達させて、笑みを浮かべた。
「なんだよ…神器クラスじゃねえか」
期待を遥かに上回る異能の伝達率だ。
「悠馬、嬉しそうね」
「ああ!欲しいものが買えたからな!帰ろうか?」
「え?いや、でも…今日は船とかないし…その、2人きりで…きゃっ」
買い物ができて満足の悠馬と違い、別の期待をしているソフィア。
異能島へ向かう船が今日の分は出航を終えていると知っている彼女は、1人妄想をしながら、両頬を手で覆った。
「ゲート」
ソフィアの期待など知らない悠馬は、容赦なく彼女の淡い希望を打ち砕く。
悠馬に女心は、まだまだ早いようだ。




