オークション会場へ
朝食のエッグベネディクトは、最高に美味かった。
2日目の学校も終わり、船の中に座る悠馬は、今朝の朝食を思い出しながら頬を緩める。
メイドっていいよな。花蓮ちゃんにメイド服着せたら、きっと最高だろうな。
そんな良からぬ妄想をする悠馬に対して、真正面に座るソフィアは彼の顔をまじまじと見る。
「悠馬…少し気になることがあるのだけれど」
「どうしたの?ソフィ」
悠馬たちは現在、イギリス支部の異能島からイギリス支部本土へと向かっている真っ最中。
裏オークション会場へと向かうべくして船に乗った2人は、個室の中で話を始めた。
「私の契約神はオネイロスなのだけれど、貴方の契約神はなに?」
「クラミツハとシヴァだけど…」
普通、自身の結界の神の名を言うのは自滅のようなものだが、ソフィアが名乗った以上、自身の契約神も名乗るのが常識だ。
なぜそんな質問をしたのか気になる悠馬は、黙ってソフィアを見つめる。
「…他に何か、祝福を受けてないかしら?オネイロスが、貴方から二柱の神以外の何かを感じると言っているの」
「あー…零かな」
「っ!オネイロス!うるさい!頭の中で叫ばないで頂戴!」
悠馬が自称元最高神の名を告げると、ソフィアの頭の中にはオネイロスの叫び声が響き渡った。
当然だ。
行方知れずの元最高神が、人間の世界で祝福を与えているのだ。
どの神だってそれは驚くだろう。
「…わかった。黙ってオネイロス。わかったから!」
頭の中で会話をしているようだが、声がダダ漏れのソフィアがちょっとマヌケで愛らしい。
そしてオネイロスも、随分パニクっているようだ。
ソフィアの脳内では、オネイロスが走り回っていた。
「マズイ!マズすぎる!彼がヤバイ!零の祝福なんて、女難そのものだし!ようやくわかった!ソフィアがあんな歳下に惚れた理由も、何もかも!」
本来祝福は些細なことを起こすキッカケにしか過ぎないのだが、悠馬はセラフ化を使うごとに、祝福の力を増大させてきた。
つまり、セラフ化をほとんど使っていない状態の悠馬に惚れた朱理までは正常だが、セラフ化を使いまくった悠馬と顔を合わせたオリヴィアやソフィアは、半強制的に惚れさせられたようなものだということになる。
今の悠馬なら、その気になればこの世界の女の大半を手玉に取れるはずだ。
しかしもう、どうしようもない。
悠馬がセラフ化を使いこなせるならば祝福を弱めることもできるのだろうが、使いこなせない悠馬は、このまま祝福をモロに出したまま生活していかなければならない。
「なに?なんなの?オネイロス。久しぶりに声をかけてきたと思ったら喚き散らして…それでも神なのかしら?」
不服そうに自分の世界へと入ってきたソフィアは、慌てふためくオネイロスを睨みながら白いイスに腰をかける。
「ソフィア、貴女、多分だけどこの恋はニセモノだと思う」
「何を言うかと思えば…それはない。だって、私が彼を好きになったのは、本来の姿を可愛いと言われたから。確かに、オネイロスの話を全否定はできないけど、それでも彼の言葉に救われたのは事実だから」
オリヴィアだってそうだ。
悠馬に必要とされ、悠馬と会って、学生生活を共にして、心からそばにいたいと思えるようになった。
その過程で零の祝福が何割か混ざっているのかも知れないが、結局心を大きく動かしたのは、悠馬の言葉だった。
零の言葉ではなく、悠馬の言葉が心に響いた。
「それに、オネイロス。戦神だって、私だって、契約神からの祝福はそれなりに得ている。悠馬との初対面で、お前は悠馬の祝福に気づけた?」
「…そう言われると…」
今は零の祝福を強く感じるが、フェスタの時はほとんど感じなかった。
それは他の神々が見落とすほど微弱で、祝福があったとしても、総帥であるソフィアや、冠位の戦神ならば無効化できていたはずだ。
無効化できてないということは、きっと祝福なしで悠馬に惚れていたということになる。
「……呆れたけど、彼、元から女難待ちなのか。それが零と相まって、とんでもないことにならなければいいけど」
オネイロスの不安は杞憂に終わったが、これから先はどうなるかわからない。
零がどういう存在なのか知っているオネイロスは、これ以上悠馬がハーレムを拡大させないことを心底願う。
「きっと、あの少年と零なら、この世界の女を全員手玉に取れる」
「何言ってるの?オネイロス?頭大丈夫?」
スケールの大きすぎる、普通に考えるとバカの戯言にしか聞こえない発言に、ソフィアは呆れる。
「それに悠馬は、そんな人じゃないから。ほら、現に私だって、昨日子作りしたいって言われたのに抱かれてないし…彼は祝福も何もかも、自力でなんとかできる力を持ってる」
「そうだといいけど…」
このままいくと、絶対に器は壊れるんだけどね。
一目見た時点で悠馬の身体がヒビだらけだとわかったオネイロスは、あえてその事を話さずに、含み気味に言葉を告げた。
「悠馬って、女難持ちらしいわ」
早速現実の空間へと戻ってきたソフィアは、オネイロスとの話に出てきた女難の話題をぶっこむ。
「…確かに、言われてみると納得はできるかも…」
難とまでは行かないが、他人よりも幸福な人生を歩めていると思う。
花蓮、夕夏、美月、朱理、オリヴィアに、そしてソフィア。
可愛い女子たちに言い寄られているし、女難というのは否定できないのかも知れない。
現に彼女たちと付き合う前には、それなりの災いがあって、その戦いで勝利を収めてここまで来てる。
順当に行けば…
多分、ソフィアと付き合うことになったら何か問題が起こるのだろう。
彼女の話を聞いて、なんとなく先の展開が読めた悠馬は、苦笑いを浮かべた。
今はセラフ化を使えないし、出来れば今日の裏オークション会場で事件とかは勘弁してほしい。
「ねぇソフィ、なんでオリヴィアは連れて来たらダメだったんだ?」
「昨日も話したけれど、裏のオークションは男女のペアじゃないと入場が不可能なの。つまり、戦神を混ぜるとなると、必然的にオトコがもう1人必要になるってわけ」
「やっぱ、そっか」
オリヴィアにお留守番をさせてしまって申し訳ない気持ちだが、彼女もこのイギリス支部への留学の真の目的を知っている。
変なワガママは言わずに大人しく聞き入れてくれたオリヴィアに感謝しながら、ここは無難に乗り切ることにしよう。
「ところでオークションは、基本的になにがメインなの?」
オークションと言っても、それにはさまざまな種類がある。
流石に人身売買とまでは行かないだろうが、裏と言うからには臓器やクスリ、ヤバイものも出回るに違いない。
勝手にオークション=犯罪行為だと思っている悠馬は、警戒したように話す。
「基本的には違法デバイスだと思う」
「違法デバイス?」
「端的に言えば、壊れやすいデバイスを高値で売りつけたり、反対に伝達が良すぎるデバイスを売ったり…危険なものが出回るって考えてくれる?」
「なるほど…」
いつ暴発するかわからない拳銃を保証なしで、国の許可なしで売っていると考えれば話が早い。
ソフィアはそこに潜入して、実際に本当に危険なのかをチェックしたいわけだ。
総帥や総帥側近の入場が禁止ということから、最初からグレーだと踏んで調査をしているに違いない。
「欲しいものがあったら買ってもいい?」
「え?まぁ…悠馬が欲しいならいいんじゃないかしら?」
「ありがとう!」
自腹で買うのは最初から決まっているが、この国の総帥からも許可は出たし、カッコいいデバイスを買って怒られることはないだろう。
流石にクラミツハにばかり負担をかけていられない悠馬は、これを機に新たなデバイスを買おうと意気込む。
だって、イギリス支部にいる間はデバイス使うし、神器で撃ち合うと数十万のデバイスなんて、数撃で砕け散るし。
配慮が必要なため、心優しい悠馬はデバイスの質を下げて加減をするようだ。
「して、悠馬」
「なに?」
「悠馬はどこで戦神と付き合ったの?」
悠馬の質問に答えたソフィアは、続いて悠馬へと質問を行う。
それは恋のライバル、というか、悠馬の恋人である戦神ことオリヴィアについてだ。
「このあいだの合宿だよ」
「ああ…大規模な襲撃事件があったという、アレかしら?」
「うん。そこでね…色々あったんだ」
お互い、悲しい過去と向き合って、精神的にかなりしんどい状況だった。
お互い誰にも秘密を言えずに、1人悩むのが限界で、互いに弱さを曝け出して、傷を舐めあった。
悠馬は悠人との過去、そして寿命。
オリヴィアは自身の戦神としての人殺しの数々を。
詳しく話したくない悠馬は、色々という言葉でまとめて、ソフィアへと説明をした。
「……あの事件の調査結果を、総帥たちは知っている」
「……え?」
全てが有耶無耶になった襲撃事件。
学生たちにはどこかのテロリストのデモンストレーションという内容で無理やり終止符を打たれた事件の真相を、ソフィアは知っていた。
それは総帥として、異能王から直々に伝えられた話だからだ。
「知りたい?」
「…犯人くらいは」
自身の弟を弄んだ奴の素性くらい知っておきたい。
どんな形であれ、弟の仇はとってやる。
悪羅なんかよりもずっとタチの悪い存在が裏で手を引いていることを知ってしまった悠馬は、真剣な表情のままソフィアの話に聞き入った。
「まず最初に…あの襲撃事件において、テロリスト側で生きている人間は一切使われていない」
「…やっぱりか」
「そのほとんどは第5次世界大戦で氷漬けになり、そして解凍が不可能でシベリアに放置されていった兵士の亡骸だった」
「……」
氷漬けの亡骸ならば状態は良いだろうし、シベリアは氷の覚者のディセンバーとオリヴィアが激突したせいで、永久凍土になっている。
敵さんからしてみると、状態のいい死体が手に入る宝庫だったというわけだ。
「あと、近頃行方不明になっている学生たちの無残な亡骸も使われていた」
「うん、それは知ってる」
エミリーがいたことを知っている悠馬は、彼女たちが都合よく利用されたことを痛ましく思っている。
キングはともかく、エミリーやヴァズはまだまだ伸び代があったはずだ。
「そしてその大半の学生には、何か注射を打ち込まれた跡があった」
「……それは?」
「最近流行っている、変な注射器に入った一時的にレベルを上げれるとかいうやつよ」
「聞いたことがある」
美月から噂だけ聞いていた悠馬は、すぐに状況を理解した。
「つまり、今全世界に謎の注射器をばら撒いている人物と、襲撃を行ったのは同一人物ってことだ」
「そう。そして少なくとも、ディセンバーよりも強い」
「そうなのか?」
「ええ。ディセンバーは自分よりも強い人間にしか従いたくないって人間だから、力のない者の下に着くはずがない。特に、冠位という職を持ってないなら尚更」
果たすべき責務も何もないのに、実力のない人物から首輪を強引に付けられるのは、絶対に拒んでいるだろう。
主犯に実力がなければ、ディセンバーは言うことを聞かずに1人で旅に出ていたはずだ。
「…つまり犯人は冠位以上の強さを持っている、と…」
「そして悪羅とオクトーバーと敵対している」
「っ!」
悪羅の発言とディセンバーの発言を思い出してみると、それは明白だった。
悪羅は夕夏を誘拐する気はなくて、勝手な行動をしたオクトーバーを回収しにきた。
しかしディセンバーの上の人間は、夕夏を誘拐、殺害することを目標として無人島での襲撃を決行した。
悪羅とは全く違う思想の持ち主がいるということだ。
「残念だけど、それ以上のことはまだわかってない。ただ、気をつけて」
「はい」
「イギリス支部の異能島でも、注射器型のクスリは流行っているの。だからもしかすると、事件に巻き込まれるかも…」
ソフィアがなにかを匂わせようとした時、悠馬の頭にはアイベルが過った。
クラスメイトたちの話によると、彼は2年になってから突如頭角を現し、そして今の立ち位置になったらしい。
それまではクラス横並びだったため、アイベルも実力が同程度だったらしいが…
悠馬の予想では、異能島にクスリが出回るであろう時期は、本土を卒業して高校に編入する1年生が入学するタイミング。
つまりアイベルが突然強くなった時期と被るというわけだ。
なんだか嫌な予感がしてきた悠馬は、その不安を払拭するように携帯端末に視線を落とす。
今はなにも考えなくていい。
アイベルの予想はあくまで憶測に過ぎないし、思い過ごしで終わってくれれば1番なのだから。




