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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
留学編
273/474

メイドのお勤め

 

 メイドの朝は早い。


 ご主人様の目が醒める前に朝食を準備して、制服にアイロンをかける。


 皺の多い制服をご主人様に着せてしまえば、きっと調子に乗っている異能島の学生は、主人のことを見下し始める。


 メイドの些細なミスで主人の品位を貶めることだけは、絶対にあってはならない。


 そして朝食の準備とアイロンをかけ終われば、いよいよご主人様を起こすという流れだ。


 まず最初に服を手にしたソフィアは、朝食を作るよりも先に制服の皺を取り始める。


 これはメイドによっても順序が違うのだろうが、ソフィアは悠馬に温かいご飯を食べてもらいたいから、料理はギリギリになって作ろうと考えている。


 時刻は朝5時。


 悠馬が寝静まっているタイミングでメイドとしてのお勤めを始めたソフィアは、まだまだ薄暗い部屋の中で、丁寧にアイロンがけを行う。


 朝早くから金髪スタイル抜群の女性が、とことん尽くしてくれる。


 その姿は海外のドラマで見るような、完璧な主婦像そのものだ。


「ふふん、私って、案外なんでもできちゃうから」


 慣れた手つきでアイロンがけを行なっているソフィアは、ヤケに自信満々だ。


 彼女は元々、総帥になる気などなかったから勉強を疎かにしたわけであって、それ以外は基本、人並み程度にはできる。


 天然ではあるものの、アメリアから英才教育を受けた今のソフィアには、怖いもの無しだ。


「ああ…!悠馬の匂い…!」


 アイロンをかけると室内に香り始める、制服の匂い。


 オリヴィアの制服などガン無視のソフィアは、数度悠馬の制服のアイロンがけを行うと、そのあとオリヴィアの制服を見て、数秒黙り込む。


「……してあげよう」


 彼女だって、年頃の女の子だ。


 紫色の髪だったソフィアが魔女だと言われ青春を楽しめなかったように、制服に皺があるからとバカにされて青春を楽しめない女の子を想像するのは、少し嫌な気持ちになった。


 オリヴィアのことを敵視していたソフィアだったが、なんだかんだで彼女の制服を手に取り、アイロンがけを始めた。


 メイドは気が利かなければならないのだ。


 例え主人の制服でなくても、メイドならば気を利かせて綺麗にしておくのが常識だ。


「よし!」


 悠馬の制服ほど何度もアイロンがけをしたわけではないが、オリヴィアの制服も綺麗にアイロンをかけ終わったソフィアは、満足そうに制服をハンガーにかける。


 完璧だ。


 次は朝ごはんだ。


 主人の制服の匂いを堪能していたせいで少し時間は押しているが、主人を起こすまでには、あと1時間の猶予がある。


 特に慌てたそぶりもなく立ち上がったソフィアは、特別スイートルームのキッチンへと向かい、冷蔵庫を開いた。


「ふ…ふふ…さすがアメリア。仕事を完璧にこなしているわね」


 冷蔵庫の中に広がる、たくさんの食材たち。


 それは悠馬の寮に夕夏が食材を置いているような、鮮度のいい食材たちが、所狭しと大型冷蔵庫の中に並べられていた。


 これはソフィアの言う通り、総帥秘書のアメリアに頼んで手配させた、そこそこ値の張る食材たちだ。


 白と黒のメイド服を着ているソフィアは、冷蔵庫の中身を見て、嬉しそうに食材を取り出し始めた。


 主人に温かいご飯を提供するのは当然のことながら、美味しいご飯を提供するのも、メイドの責務。


 少し覚束ない様子で冷蔵庫の中を覗くソフィアは、はやくも今日の朝食を決めたようだ。


「今日はイギリスの定番朝ごはんにしようかしら」


 残念なことに、イギリス支部で育った彼女は日本の朝食というものを知らない。


 自分の十八番で戦うことを決めたソフィアの瞳には、熱い炎が灯っているように見えた。


 まずはベイクドビーンズからだ。


 具材を取り出したソフィアは、慣れた手つきでインゲン豆を柔らかくなるまで茹でて、トマトケチャップやトマトを投入し、クタクタになるまで煮込む。


 ここまで来たらもうわかるだろうが、日本に住む学生でも一度は学生時代に食べたことがある、豆をトマトで煮込んだ、たまに給食で出てくるアレだ。


 ある程度出来上がったベイクドビーンズをみたソフィアは、続いてマフィンをトースターに入れる。


「エッグベネディクト」


 夕夏や花蓮ですら作ったことのない手料理を振る舞おうとするソフィアは、かなりの自信があるようだ。


 マフィンが焼きあがる前にフライパンにベーコンを投入し、カラッと焼き上げて、大皿にベイクドビーンズとカラッと焼き上げたベーコンを載せ、カリカリに焼きあがったマフィンを取り出す。


 マフィンにバターを塗り、そしてハムとレタスを乗せると、最後にポーチドエッグを盛り付け、オランデーズソースをかけ、お皿に載せる。


 最後に新鮮な野菜を切って盛りつければ、ほぼ完成だ。


 あとは飲み物とデザートの準備に入る。


 今日の飲み物はフルーティな紅茶と、デザートはワッフルだ。


 飲み物を完成させ、そしてワッフルを焼き上げたソフィアは、満足げに両手を腰に当て、大きく息を吐いた。


「完成!」


 完璧だ。


 史上最高に決まっていると思う。


 未だ嘗てないほど満足のいく朝食を作れたソフィアは、冷めぬうちにと悠馬の寝ている寝室へ突入し、メイド服姿で飛び乗る。


「悠馬!…とハッピーセット。朝ごはんの時間よ」


「ん…んん…おはよう…ソフィ…」


「何から何まですまないな…ソフィア」


「戦神、お前のためじゃない。悠馬のためよ」


「はいはい、そうだな」


 オリヴィアに対抗意識を持っているようだが、なんだかんだ言って彼女の分までご飯を用意しているあたり、心から嫌っていると言うわけではなさそうだ。


 多分一押しすれば、すぐに仲良くなるだろう。


 ソフィアに起こされた悠馬は、時計の時刻を確認し、今が午前7時だと知る。


 日本支部では、今は昼の3時くらいだろうか?


「いい匂いだ…」


 ソフィアが入ってきた扉から、ベーコンの焼けた良い香りと、ワッフルの甘い香りが漂ってくる。


 嬉しそうに紫色の瞳を輝かせたソフィアは、好きな人に手料理をいい匂いだと評価され、多幸感に包まれる。


「さぁさぁ、食べて。私の手料理、きっと美味しいから」


「ありがとう。楽しみだ」


 悠馬は昨日よりも、ソフィアに対しての距離感がなくなっていた。


 その原因は、昨晩にまで遡る。



 ***



 昨晩、悠馬は美月からの着信があり、一足早く寝室へと向かった。


「もしもし?」


「あ、悠馬だ。おはよう?」


「そっちはもう朝なのか。おはよう」


 ビデオ電話にしている美月の外の景色、そして挨拶を聞いた悠馬は、日本支部が現在朝だと言うことを知り、相変わらず可愛い彼女を見て頬を緩める。


「元気?」


「まぁ、うん。美月は?」


「私は元気…だけど…悠馬の部屋?騒がしくない?女の声が聞こえるんだけど」


 なんと言う地獄耳だろうか。


 まだ通話を開始して数十秒だと言うのに、女がいることがバレてしまった悠馬は、作り笑いを浮かべながら口を開いた。


「オリヴィアがいる」


「あー…うん、薄々わかってた。体調悪いって言ってるあたりで、わかってた」


「すげぇ…」


 きっと、悠馬以外みんなわかってたのだろう。


 バカで鈍感な悠馬以外、年頃の女の子というのは誰が何をしようとしているかくらい、直感でわかってしまう。


「それで?私はオリヴィア以外の声が聞こえるって言ってるんだけど」


「…イギリス支部総帥が来てる」


「あっそ。遺言はそれだけ?」


「ちょっと待ってくださぁい!ソフィアさんには手出してません!お願いだから捨てないで美月さん!」


 他の女がいることが確定したからか、携帯端末に手を伸ばして通話を切ろうとする美月に、慌てて弁明を入れる。


「冗談。私は別に、悠馬をそこまで束縛するつもりはないし、こうして一緒に話せるだけでもいい」


「ありがとう…」


「それと、これは私の意見なんだけどさ。悠馬ってほら、鈍感じゃん?」


「うぐ…」


 朱理の好意にも、夕夏の、美月の、花蓮の、オリヴィアの好意にすら気づいていなかったのだから、彼は救いようのないほど鈍感だ。


 自分でも気にしているところを突かれた悠馬は、ボディブローを受けたように衝撃を感じ、項垂れる。


「ソフィア総帥、優しくしてあげなよ?」


「え?なんで?」


「女の勘。わかってもらえなくて結構だけど、優しくすることだけは約束して」


「え、あ、うん。わかった」


 これはゴーサインなのだろうか?


 流石の悠馬も、つい先ほど付き合えと言われたばかりだからソフィアの好意には気づいている。


 そして美月も、女の勘でソフィアフラグが建っていると気づいたのだろう。


「こっちは私から説明しておくから。帰って来て悠馬が殺される心配は無いと思う」


「いや、そんな展開にはならないと思うから。相手は総帥だぞ?」


「モデルに元総帥の娘、警視総監の娘に手出してる男の言葉とは思えないけどね!」


 悠馬の発言に対して、美月は笑いながらツッコミを入れた。


 しかも追い討ちをかけるのなら、悠馬は冠位とも付き合っているわけだ。


 今更何が起きたところで、驚く気にもならない。


 驚くことがあるとするなら、それは戦乙女を籠絡してくるくらいの衝撃がないと。


 総帥くらい籠絡できるだろうと考えている美月は、呆れた様子で悠馬に手を振る。


「それじゃあ、そろそろ学校に行くね。メッセで色々報告お願い」


「うん、わかった。それじゃあ、いってらっしゃい」



 ***



 ということがあり、悠馬は変に距離を取ることをやめた。


 初めて事前に好意に気づけている悠馬は、そのはじめての経験に戸惑いつつも、人からの好意は心地の良いものだと心から思う。


 だって今、すっごくドキドキしているし、正直彼女たちとキスをしている時くらいソフィアのことが気になる。


 恋、というわけではないのだが、相手が自分に好意を寄せていると知ってしまうと、人間誰でも似たり寄ったりの反応になる。


 特に好意に慣れていない悠馬だと、尚更だ。


「これが今日の朝ごはんよ。ちゃんと、戦神の分も作ってる」


「ソフィア!君は良いやつだな…」


「ふふん。当然でしょう。私は総帥なんだから」


 オリヴィアにおだてられて図に乗るソフィア。


 その姿が実にポンコツっぽくて、一周回って可愛く感じ始めた。


「ささっ、冷めないうちに食べて」


「あれ?ソフィは一緒に食べないのか?」


「あ…私は一応メイドだから?ご主人様と食べるのは常識的に考えて…」


 一国の総帥にメイド服を着せて使いっ走りにしているなどと世間にばれたら、誹謗中傷の嵐だ。


 これはソフィアの決めたことといえど、流石にそんな意見に納得できない悠馬は、ソフィアを手招きし横に座らせる。


「一緒に食べた方が、美味しいだろ?」


「そうだな。私の分も分けよう」


 食事は3人で食べた方が美味しい。


 ソフィアを1人立たせて自分たちだけ朝食を食べるという選択肢のない2人は、互いに取り皿に食べ物を乗せて、ソフィアに差し出す。


「や、やめ!ちょっと!これ以上はさすがに、国を捨ててでも悠馬が欲しくなるからっ!」


 2人の好意に、ソフィアは耐えきれない。


 今は総帥としてそれなりに機能をして、悠馬のことを考えているわけだが、これ以上好きになってしまうと自分が何をするのかわからない。


 自身の恋愛感情に恐怖を感じたソフィアは、頬を赤くしながら耳を塞いだ。


「ふふ、案外チョロい女なのだな」


「オリヴィアは人のこと言えないだろ」


「軍人や総帥なんて、極論言うとみんなチョロいんだぞ?悠馬。アリスだってデキ婚だしな」


「そ、そうなんだ…言われてみればみんなチョロそうに見えてきた…」


 アメリアはともかく、アリスにイタリア支部の総帥秘書、鏡花はチョロすぎるし、ソフィアとオリヴィアもチョロい。


 なんなら男の寺坂だって、総一郎だってチョロそうだったし、オリヴィアの意見はあながち間違いではないのかもしれない。


 結論、総帥と軍人はみんなチョロい。


 悠馬の中では、そう言う認識で確定してしまった。


「ふぅ…ではありがたく、2人の朝食を戴こう」


 気を取り直したソフィアは、嬉しそうな表情で食卓に向き合う。


 ご主人様の願いを聞き入れ、共に食卓を囲む。


 それもメイドの責務だ。


 自身が総帥であることなど忘れかけのソフィアは、すっかりメイド気分で椅子に座り、そしてスプーンを手にする。


 メイドって、案外楽しいかもしれない。



 好きな人に手料理を振る舞えるソフィアは、これから2週間の充実した日々を妄想し、頬をとろけさせた。


「いただきます」



 きっとアメリアがソフィアのこんな姿を見れば、呆れて失踪してしまうことだろう。

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