イギリス支部第9高校
朝。
5月末ということもあり、若干肌寒いイギリス支部の学園都市の中を、日本支部第1異能高等学校の制服を着た2人のカップルが歩く。
昨日フレディに言われた通りの通学路を歩く悠馬は、少しだけもの寂しさを感じていた。
通学路に人が少ないからか、日本支部の異能島と違って、なんだか冷たく感じる。
アウェイ感、というやつではないのだろうが、道路に大きな木が生えているわけでもなく、ただひたすら似たような作りの寮があるためそう思ってしまうのだろう。
しかし趣向を変えてみると、どこかの世界遺産に旅行に来たような感覚になって、気分が上がって来てしまう。
イギリス支部異能島の街並みを、良い方向で見始た悠馬は、その美しい街並みに感嘆の声をあげる。
「いいなぁ…」
正直、毎日こんなところで生活をできるのは、羨ましく思う。
隣の芝生は青く見えるというが、まさにその通りだ。
きっと、イギリス支部の生徒たちが日本支部へ留学した際は、日本支部の異能島に対して今の悠馬のような気持ちを抱くはずだ。
「悠馬、目は?」
「いつも通り」
「…そうか。なるべく悟られないようにな?」
「ああ。ありがとう」
右目の視力を失っている悠馬は、以前のように周りを見渡せなくなったため、やはり右後ろからの不意打ちに敏感に反応したり、日常の生活でも怪しまれるような挙動が増えている。
だからそれがバレる前に、イギリス支部で2週間生活する練習ができるのは、好都合だ。
「あ、あとさ、お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「これから俺に稽古をつけてくれないか?戦神として」
「ああ。構わないぞ」
寿命を伸ばすためにはまず、実力を伸ばさなければならない。
実力を伸ばすためには、近道なんてありはしない。
最も王道で、そして誰もが妥協してスルーしがちな特訓を選択した悠馬は、オリヴィアに快諾されて嬉しそうだ。
「その代わり、留学中はおはようのキスをしてくれ。その条件さえ飲んでくれれば、私は構わない」
「うん、いいよ」
てかそれ、むしろご褒美だし、断る理由が見当たらないし。
キスはするたびに多幸感が押し寄せてくるし、辛い気持ちを晴れやかにしてくれるため、今の悠馬としてもかなりありがたいものだ。
そんなお願いを彼女自らしてくれたのだから、一石二鳥だ。
「さて、ついたな」
洋風なコンクリートブロックが学校を包み、黒に近い鉄の門が、学校の前に大きく建っている。
その門をくぐり抜ける数人の学生たちを見送った悠馬は、まだ見慣れない学校の間取り図を見て、昇降口へと向かった。
唯一の救いは、異能島の学校の作りがどの支部も似た作りになっていることだ。
右と左に校舎があって、中心には連絡橋のようなものがかかっている。
日本支部の第1高校と同じ作りだということもあってか、悠馬は地図を畳むと、慣れた様子で歩みを早める。
建物の見た目は全く違うが、中の作りはほとんど同じだ。
真っ白な廊下に、透明な窓。
数人のイギリス支部の学生たちが、2人を物珍しそうに見つめ、そして去っていく。
「なんか、夢見てるみたい」
「あはは…悠馬はこういうのが初めてだからな」
日本支部へ編入して来たオリヴィアと違い、これが初めての海外留学の悠馬は、完全アウェイだからか、挙動不審に周囲を見回す。
「うぉー、暁悠馬だ!久しぶりだな!」
そんな悠馬に声をかけて来たのは、そばかすが特徴的な小柄茶髪の男子。
通ほどの身長で背伸びをしながら話しかけて来た彼と悠馬は面識があった。
「あ、前夜祭の時の…」
「そう!サンデルマンだ!みんなにはサンデって呼ばれてる!」
「了解、サンデ。俺のことは悠馬でいいよ」
「オーケー、ユウマ!」
前夜祭で、フレディの横に立っていた男子だ。
確かフレディのことを冷やかして怒られていた気がする。
以前顔を合わせた時のように屈託のない笑顔を見せるサンデは、両手を後頭部に回して、ニカッと白い歯を見せる。
「フレディは朝に弱いから、俺が教室まで連れてくよ!」
「ありがとう、助かる」
サンデの厚意に甘えて、悠馬とオリヴィアは彼の後ろに続く。
「ところで、そっちの可愛いお嬢さんは何者なんだ?」
「ああ…こっちは一緒に留学することになったオリヴィア」
「ほぇ〜、イギリス支部への留学生は史上初って噂だけど、まさか初で2人来るとは思わなかったな〜」
「オリヴィアだ。よろしく頼む」
「よろしく〜」
純粋に珍しいからか、特に詮索をするようなわけではなく、興味本位で話を進めるサンデ。
性格的には、通からエロを取り除いたような人間なのかもしれない。
「なぁ、サンデ。イギリス支部の異能島って、カリキュラムは同じなのかな?」
「さぁ?俺は日本支部については詳しくないから!」
「そうだな〜…イギリス支部では何を学んでるんだ?」
「んーっと、勉強と、純粋な異能と、デバイスを使った異能だな!イギリスは他の支部と違って、基本的にデバイスを使用した異能が主流なんだ!」
「そうなのか」
デバイスというのは、悠馬が持っているクラミツハの神器のような、武器に異能を伝達し、そして纏わせることのできる武器のことだ。
まぁ、これは安物の刀なんかでやったら、異能に耐えきれずにへし折れたり弾けたりするため、高レベルにはそこそこ高価なデバイスの購入が推奨される。
値段でいうと、数十万円だ。
学生の手に入れられる金額ではないから、他の支部では主流になっていない。
イギリス支部は他支部よりもはるかに経済が豊かなのだろうか?
レベル7以上ならば数十万のデバイスが必要とされる世の中で、そのデバイスを用いた異能について教わるのだから、そうとしか考えられない。
「確かイギリス支部には、デバイスを作るために必要な鉱石が手に入る鉱山があるのだったな」
「そ!異応石!」
オリヴィアが補足を加えると、サンデは嬉しそうに言葉を返す。
異応石には2種類あり、片方は能力を無効化する効果、そしてもう片方は、異能を伝達させる効果を持っている。
そしてイギリス支部で採掘されるのは、後者の異能を伝達させる効果を持った異応石ということだ。
つまりイギリス支部は、今で言う石油のようなものを、独占できている状況にある。
「もしかして、こっちではデバイス安いのか?」
「ああ!世界の相場の半額くらいで買えると思っていればいいと思う!」
「すげぇ…いいなぁ…」
数十万するデバイスが半額になるなんて、最高すぎる環境だ。
なぜイギリス支部だけデバイスが主流となっているのか知った悠馬は、廊下に飾ってあるデバイスを見て、興奮気味にサンデに声をかける。
「これ、神器クラスじゃないか?」
「お、やっぱフェスタ優勝者はお目が高いな!これぜーんぶ、買うなら数千万円する神器手前の武器なんだ!」
伝説に聞く五本の聖剣や、神器には敵わないが、普通のデバイスよりも一個上の領域に至っている武器たち。
そんな武器たちが、無造作に廊下に飾ってあるのだから、驚きもするだろう。
「なんでこんなに飾ってあるんだ?」
「モチベーション作りの一環?的な?俺たちイギリス支部は、各学年の成績優秀者5名が、このデバイスの使用を許可されてるんだ!」
「ほう…それは燃えるな」
どうやらオリヴィアも興味があるようだ。
成績優秀者にしか使用が許されない神器級のデバイスを廊下に飾ることにより、次期は俺が…わたしがこのデバイスを使うんだと言う、モチベーションに繋げている。
周りと競い合うことは当然のことながら、3年間の間にこれだけ明確な目標があれば、生徒たちは全身全霊で授業に取り組むことだろう。
人間の欲望の理に適った、1番効率よくモチベーションを上げる方法かもしれない。
「それと、もう1つ、今年の3年は特に、ヒートアップしてるんだぜ?」
ここからが本題だと言いたげに、サンデは白い歯を見せて壁に寄りかかる。
「何かあるのか?」
「今の3年の中で最も優秀な成績を収めた学生は、カーテナの所有権を得ることができる」
「はっ!?」
「それは…なんとも…」
「だろだろ?ワールドアイテムを無償で成績優秀者に渡すなんて、ソフィア総帥もぶっ飛んでるよな!」
イギリス支部の国宝であるカーテナを学生に手渡すとは、ソフィアもかなりのことをしている。
ただ、国宝は国宝でも、使われなければただの飾りであって、争いごとが起こった際にそれを使いこなせる人間がいなければ、その国宝は路上の石ころと同じ価値。
それなりのリスクと反対意見は伴うだろうが、ソフィアがやっていることは、間違いではない。
何しろうまくいけば、カーテナを使いこなせる実力者が見つかるのだ。
大きな目標を手にした生徒たちは、今まで以上に修練に励み、最終的にカーテナを手にできなかった生徒たち全体のレベルアップにも繋がることだろう。
「誰がカーテナを手にしそうなんだ?」
イギリス支部の3年生について知らない悠馬は、どこの誰がカーテナ候補なのか気になっているようだ。
「ほぼ間違いなく、フレディさ。俺も頑張ったんだけどな〜、アイツはフェスタで準優勝してるし、揺るがないだろうなぁ」
「ん?え?フレディ3年なの?」
ここに来て知らされた、衝撃の事実。
今の今までフレディのことを同学年だと思っていた悠馬は、驚いたような声をあげる。
単純に考えると、悠馬は今まで、初対面からいきなり同学年のような態度で関わり、あろうことか冷やかしたり適当にあしらったりしてきたのだ。
申し訳ない気持ちになると同時に、フレディに恨まれているんじゃないかという恐怖も感じ始める。
「因みに俺も、3年!」
「…ごめん。そうとは知らずに、馴れ馴れしくして…俺は2年…」
さすがに、他国の支部の、しかも良くしてくれる先輩たちに敬意を払わないのは、日本支部代表としては恥だ。
もう遅いだろうが、これ以上評価を下げたくない悠馬は、深々と頭を下げる。
「ははっ、何言ってんだよ?悠馬!イギリス支部は完全な実力主義だ!その過程において、上下関係なんて必要ない!」
「日本支部とは大違いだなぁ…」
サンデの話を聞いて、なぜ彼やフレディが悠馬の態度に顔色1つ変えず、嫌がったりしないのかわかった。
悠馬は学年こそ1つ下ではあるものの、フェスタではサンデやフレディを差し置いて優勝している。
実力面だけで言えば、悠馬はイギリス支部の大半の学生よりも強いことになるため、3年のフレディやサンデからしても、悠馬は対等、もしくはそれ以上の存在ということだ。
「それにユウマ、お前はフェスタ最年少優勝者だ!正直、こっちに粗相がないかビクビクしてる節はある!」
「サンデ…気にしなくていいのに…知らないだろうけど、俺、日本支部ではイジメられてるんだぜ?」
「はっ?まじかよ、日本は狂ってるな!」
よくひっぱたかれたり、食べてるお菓子をパクられたりするしな。
あと後ろ指刺されて罵られるし、悠馬の言っていることはあながち間違いではない。
そんな悠馬の日本支部の話を聞いたサンデは、驚愕している。
日本支部とイギリス支部の民族性の違いについていけないのだろう。
イギリス支部は紳士が多い国で、日本支部は野蛮な奴が多い国だ。
日本支部に住んでいたら、嫌でもわかってくることだ。
コンビニに行ったって、お客様は神様だと怒鳴る客がいるし、無能な上司にすら、有能な部下は頭が上がらない。
イギリスとは全く違う文化を歩む日本支部の光景は、サンデにとっては到底受け入れられないものだろう。
「ところでユウマ、オリヴィアもかなり強いだろ?」
「ん?ああ、まぁ…」
そりゃそうだ。アメリカ支部冠位、覚者のオリヴィアが、弱いわけなんてない。
話を変えたサンデは、名画を見つめるようにオリヴィアを観察し、手を叩く。
「匂いでわかった!」
「匂い?私は臭うのか?!」
サンデが鼻をスンスンと動かしながらアピールしたことにより、オリヴィアはショックを受けているようだ。
おそらく、自分が臭いと思われたと誤解しているのだろう。
「俺は強者の匂いを、嗅ぎわけることができるんだよな!オリヴィアとユウマは、多分フレディよりも強い!」
過大評価をしていただいて、結構なことだ。
少し照れ臭そうに頭を触るオリヴィアは、褒められることが少ないからか、サンデから目をそらしている。
「ま、話はこの辺にしといて…ここが君らの教室、2年Aクラスだ!俺が案内できるのはここまでだけど、困った時は呼んでくれ!それじゃあ!」
2年の教室の前までたどり着いたサンデは、話を纏めるとその場を後にする。
「彼は本当に、3年生なんだな…」
てっきり同級生だと思っていたサンデを見送る悠馬は、少しショックを受けた様子で教室の中へと入った。




