終幕
「うっわ〜、ちょっと、血が飛びすぎだよ〜」
貨物倉庫からほんの少しだけ出た所にある、雑木林の中。倉庫周りということもあり、周りに寮がないのか、怖いほど静かな夜道だ。
そんな中、大きな木の根が、ローブを着ていた男の心臓部分を貫き、男は鮮血を撒き散らしながら遠くに立っている男へと、手を伸ばそうとする。
しかし、当然のことだが手は届かない。必死に伸ばす手は、ほんの少ししか伸びずに、地についている足は心臓を貫かれているせいか、うまく動かない。
「ば、バケモ…」
最後に何か言い残そうとしたローブの男だったが、その言葉を言い切る前に、身体は糸が切れたかのようにピクリとも動かなくなり、全身は電池切れになった機械のように、力を失っていた。
その無惨な光景を見ながら、規則的な、軽快なステップを踏みながら近づいてくる、1つの影があった。
「あーあーあーあー!勿体ない!神器をこんなに小さく壊して、身体に埋め込むなんて。怒られるのはこの国なんだからさァ!もう少し考えてくれないと!」
血だまりの出来た地面を踏まないように、その血の中にあった一欠片の金属片を手にした男、紅桜連太郎は、舌を出して「おぇ」と言いながら手についた血を拭い、ローブの男のフードを剥いだ。
「凍結された研究の実験体、ね。流石は悠馬、なかなか鋭い推理してるじゃん」
手にした神器の破片を片手で投げてキャッチしてを繰り返す連太郎は、まるで老人のようになっている男の死体を見ながら、そう呟いた。
「しっかし、こんな対価を払ってまで、力ってのは欲しいものなのかねー」
力を持っているものからしたら、わかりたくてもわからないことだった。元の姿を知っているわけではないが、それでもこの島の、落ちこぼれた学生がこの実験で使われていることを知っていた連太郎は、首を傾げながらしゃがみこんだ。
確かにこの異能島は実力がなければ、オドオドとしながら、強者の金魚のフン役をしなければならないのかもしれない。
当然だ。この異能島は日本で最も競争の激しい、実力がものをいう空間なのだから。だけど、だからと言って、こんなしわくちゃの、生きているのか死んでいるのかもわからないような容姿になってまで、力は必要なのだろうか?
もちろん、それなりの理由があったのかもしれないが、連太郎にはあまり理解のできないものだった。
「この社会は、見たくないものからは目を背けるべきなんだよ。知りたくないものは知らない方がいいんだよ。そうやって、みんな夢を諦めていくんだから」
みんなは異能のレベルが高い人間の事を羨ましいというが、本当にそうなのだろうか?
将来は軍人?総帥?王?
そんなもの、夢を途中で諦めた者たちが勝手に美化しているだけだ。
本当にそんなに簡単に自分が選ばれると思っているのか?総帥も異能王も、たった1人しか選ばれない。その枠を何千、何万、何億の人間で争うと思っているのだろうか?現実的じゃない。
将来は軍人?三年前に起こった戦争を覚えてないのか?何人死んだと思っている?あれだけの数が死んで、何故危険だと学ばない?
「俺からすれば、異能なんて欲しくなかったけどなぁ」
レベルが高ければ、自然と死と隣り合わせの仕事が増えていく。軍人、総帥、異能王。どれもが批判の対象になり兼ねない、いつ死んでもおかしくない職業だ。
そんな職業しか選ぶものがないなら。最初からレベルなんて低くて、必死に勉強して、そこそこな企業に就職したり、起業をして社長になったり。そんな生活の方がいいんじゃないのか?
「でもごめんね。これが俺の仕事だからさ。アンタがどう生きたかったか、なんのために力を手にしたか、なーんて関係なく、アンタらを皆殺しにするんだよ」
ほら、力を手に入れたから国に消される。力なんて、持っていたところでろくなことにならない。
それなら最初から、隅っこで静かに暮らすだけの生活の方が、ずっとマシだろう。
力が手に入るなんて誘い文句に乗らなければ、元の日常に戻れていたのに。
「さぁて、残り5人、始末すっかー」
暗がりで表情が見えなくなっていた連太郎は、ゆっくりと立ち上がると、いつものようなふざけた笑みを浮かべて、走り始めた。
「悠馬はどうしてるかな?」
コンテナの上からコンテナの上へと飛び移ると、足底には鈍い痛みと、足裏からゆっくりと上がってくるジーンとした感覚を感じる。
慣れないその痛みを経験しながら、悠馬はコンテナの上を軽々と飛び跳ねているローブの人物を追いかけ回していた。
「そろそろ、同じ土俵で戦うのも飽きたな…」
継ぎ接ぎだらけの女を無力化してから、視界に映った小柄なローブ野郎を追いかけていた悠馬は、一切の異能を使わずに、筋力と体力だけを使っていた。
元々果たすべきだった目的を達成し、後は連太郎にバトンタッチ、警察の方々に代わっていただくだけなのだが。
本日のトレーニングをおサボりしている悠馬は、ここぞと言わんばかりに自身の体力を消耗させ、自身の強化を図ると共に、連太郎に恩を売るという行動に出ているのだ。
勿論、だからと言って取り逃がすつもりはない。異能を使っていないから舐めてると思われるかもしれないが、酷く言えば異能を使うまでもなく、距離を離されることもないから普通にしているだけなのだ。
「親玉は継ぎ接ぎ女だったのかな?」
夕夏のレベルは10。それに適した肉体に弄られているのだから、当然と言えば当然か。
他の被害者のレベルは7.8だと聞いたし、夕夏とのレベルには大きな開きがあった。
おそらく夕夏の結界と異能が今回の実験の目玉だったのだろう。
そう判断した悠馬は、真っ暗な闇夜に眩く輝く球体の雷を飛び交わせ、小柄なローブ野郎に向けて、容赦無く放つ。
手加減はしている。威力的には、入試の夜に遭遇したいじめっ子の1人に放った雷撃程度だ。
ガシャン!というコンテナの上に何かが倒れた音が聞こえた悠馬は、軽々とコンテナを飛び越え、倒れ込んだローブ野郎の元へと歩み寄る。
「やっぱ少しグロいな…」
もしかすると、夕夏のレベルが高すぎるからあの女は継ぎ接ぎだらけになるしか無かったんじゃないか?などと考えていたが、レベル問わずにかなり無惨な容姿になってしまうようだ。
爛れたような頭部は、まるで火災に巻き込まれたような、液体がかかって顔の皮膚が溶けたような、そんな酷い見た目だった。
意識を失った小柄な男の様子を見ていた悠馬が、ひょいっと身を屈めると、つい先ほどまで悠馬の上半身があったところに向かって、氷の矢が放たれる。
どうやら逃げてばかりの奴らだけではなく、ここで向かい打とうとする輩もいるようだ。
事前に攻撃を察知して回避した悠馬は、矢が放たれた方向をじっと見つめ、20個ほど離れたコンテナの上で、次の弓を構える暗い影を見つける。
「すげえ、正確だな」
数十メートル離れているというのに、見事な腕だ。悠馬が避けていなければ確実に当たっていたであろう弓。貨物倉庫は海の近くということもあり、風もかなり強い。そんな中で寸分の狂いもなく矢を放ってみせたのだから、その腕は確かなものなのだろう。
間違いなく弓を使って矢を射るのは初めてじゃないだろうし、部活でもしているに違いない。
もしアレが一般人で、出会い方が異なっていたら教えを請いに行っていたことだろう。
そんなことを考えたものの、今は敵。無力化すべき存在であるのは間違いないため、悠馬は特に表情を変えず、無表情のまま異能を展開させる。
「少し眠ってろ」
悠馬が指先から発動させる、真っ赤な炎。それはまるで、キャンプファイヤーのように辺りを照らし、弓を放った人物の方へと一直線に伸びると、ローブへと引火した。
「ぎゃぁぁぁあっ!」
かなり熱いのだろう。コンテナの上で暴れまわる炎に燃える影を見た悠馬は、その恐怖の光景から目を逸らすと、ため息を吐いた。
本当に、どっちが悪者かわからないな。
この光景を偶然目にした人がいたなら、間違いなく俺が悪いことになってしまうのだろう。
そんなことを考えると、すごく悲しい気持ちになってくる。夕夏を助ける為、悪者をとっ捕まえるためという大義名分があっても、この光景を見ると少し冷めてしまう。
「よっす悠馬。お疲れ〜」
コンテナを自分の力のみで飛び跳ねたり登ったりしていた悠馬とは違って、自分の異能を最大限に利用している連太郎は、自身を大きな木の上に乗せ、まるで自動で動くエスカレーターに乗っているように、悠馬の元へとやって来て、コンテナの上に降り立つ。
「…お前、殺したのか」
連太郎が手に持っている3つの神器の破片のようなものを目にした悠馬は、少し引いた表情で呟いた。
「まァ、これが俺のお仕事だからね〜?情報を持ってる奴は出来るだけ消しときたいんだとさ」
悠馬が撃破した2人と、そして大きな倉庫の方角を見た連太郎は、にっこりと笑って見せると、悠馬の横へと歩み寄り、立ち止まる。
「今回は肩慣らしにもならなかったんじゃない?」
「俺が強いってことがわかっただけでも十分だ」
「ははは!そりゃあレベル10が強くなかったら大問題だろ!よっぽどやべえ奴が現れない限り大抵どうにかなるって!」
連太郎の質問に対して、結構満足していると言いたそうな悠馬。それを見た金髪の少年は、ケラケラと笑って見せると、満足したのか悠馬から離れ、一度お辞儀をした。
「んじゃ、お疲れさん。警察はあと5分くらいで到着するだろうけど、サイレンとかは鳴らさずに来るはずだから、お前早く撤退したほうがいいんじゃね?ここに居たら過去の話までほじくり返されるぞ?」
「そうだな、じゃあ俺は、美哉坂連れて帰るわ。中学生がいるんだけど、どうすりゃいい?」
警察が来たら面倒だ。悠馬は連太郎のように、国の後ろ盾があるわけでも、異能を使うことを許可されているわけでもない。
ただここに現れて、夕夏を助けただけのチンピラに過ぎないのだ。
それを警察に目撃されれば、間違いなく補導対象、そして前科も調べられ、大騒ぎになること間違いないだ。慌てて逃げようとする悠馬は、最後に気を失った中学生をどうすればいいのかを尋ねた。
「あー、とりあえず病院だろ。それもこっちでなんとか出来る。どういう風に襲われたのかも聞いときたいから。んじゃ、お気をつけて〜」
「ああ、お前も早く帰れよ」
連太郎にそう告げた悠馬は、遠くに見える倉庫と、そこからほんの少し離れたところにある、少しだけ歪んでいるコンテナを見つける。
悠馬が現在立っているところから、150メートルほどだろうか?
ここに来てから、移動に異能を使った記憶はないが、随分と遠くに離れてしまった。
コンテナから飛び降りた悠馬は、ほんの少しだけ早足になって、彼女を休ませたところへと戻り始めた。
なんでだろう?
つい先ほどまであった恐怖はどこへ行ったのかと聴きたくなるほど、何処かへと消えてしまい、残っているのは彼の横顔と、それを思い出すと加速する心音だけだった。
「暁くん…」
別に、特別意識をしていたわけじゃない。ただ、他の異性よりは話しやすい、楽しいという気持ちがあるだけだと、そう思っていた。
なのに…これって間違いなく
「美哉坂?いるか?」
「わー!」
そこで思考を中断させられた夕夏は、顔を真っ赤にしたまま跳ね上がると、腹部の痛みがまだあるのか、お腹を抑えて表情を苦しくした。
「い、いきなり立つなよ!」
「ごめん…驚いて」
悠馬に肩を支えられ、顔が益々熱くなっていることだけがわかる。
「あのローブの人たちは?」
「ああ…警察も目をつけてたらしくて。俺が追いかけてたら警察に捕まってるのが見えたからさ…ほら、俺も美哉坂も、異能使ったのバレると、停学か退学だろ?」
適当に、それらしい嘘をつく悠馬。それを聞いた夕夏は、自身が異能を使ったことを思い出したのか、退学という単語を聞いて、顔が徐々に青ざめる。
「病院行くか?」
「ううん。そんな痛みじゃないから。数日もすれば治ってると思う」
そう告げた夕夏を見た悠馬は、安心したように笑って見せた。
まるで一度救えなかった何かがあるような、次は救えたという安堵のような…勝手な憶測だが、夕夏は彼の表情を見て、そんな言葉が浮かんだ。
「帰ろうか?」
「うん。ごめんね、あ…悠馬くん」
昨日のことは何も言わずに、優しく帰ろうと提案をしてくれた悠馬に、いつものように暁くん呼びではなく、ついに悠馬呼びへと変えた夕夏。
「いや、いいよ。こんな事件に巻き込まれたら、そりゃあ追い詰められるし、謝るようなことじゃないよ」
「ありがと。あとね?私も悠馬くんのこと、好きなんだけど…その…まだ色々わからなくて」
悠馬くん!!!夕夏の口から発される、その新鮮な言葉に飛び跳ねそうになる気持ちを抑えた悠馬は、好きという単語を自身が発したことを思い出して、顔を真っ赤にした。
「ごめん!別に、恋愛感情とかじゃないんだ!家族みたいでっていうか!俺は美哉坂と寮で過ごす関係が好きって事だ!」
側から聞くと、イケナイ関係に聞こえなくもないが、夕夏にはそれで伝わったようだ。
少し残念といった表情をした夕夏だったが、それで納得したのか、悠馬の身体に身を預けながら、ほんの少しだけ笑みを浮かべて帰路についた。




