イギリス支部へ
白く輝くコーティングを施された床の上を、トランクを転がしながら歩く。
滅多に訪れることのない、異能島の空港の中を歩く悠馬の後ろには、4人の彼女たちが付いてきていた。
「今日学校だろ?別に見送りに来なくても良かったのに」
「いいんです。飛行機が墜落して、もう会えないかもしれませんし」
「なんで俺が死ぬお話になってるのかな?朱理さぁん」
朱理の笑えない冗談にツッコミを入れながら、彼女の手を握る。
「朱理、俺がいなくても大丈夫か?」
「過保護ですね…悠馬さんは。私だって、この島に来て半年経ちますから。というか、大丈夫か?はこちらのセリフなんですけどね」
朱理はすでに異能島の生活に溶け込んでいて、周りの女子生徒たちとなんら遜色のない常識と、学力を保持している。
悠馬が心配するような事態は起こらないと断言できる朱理は、反対に悠馬の心配をしていた。
たった1人で、イギリス支部に行って大丈夫なのだろうか?
悠馬にべったりの朱理は、昨日まで悠馬について行こうと勝手に準備をしていたほどだ。
もはやどっちが過保護かなんて、わかりはしない。
「あはは…大丈夫だよ」
「時差とか気にせず、連絡してきてよ?」
「うん、わかった」
そっと手を伸ばして来た美月の手を握り、それを承諾する。
元より、連絡は欠かさず行なうつもりだ。
何か問題があった場合、その気になればゲートで日本支部へ戻ることだって出来るだろうし、むしろ連絡を取らない理由が見つからない。
「悠馬くん、ちゃんとご飯食べてよ?コンビニ弁当ばかりじゃダメだからね?」
「うん、気をつけるよ」
2週間だけだが、それなりのご飯を食べることとしよう。
幸いなことに、悠馬の所持しているお金は増え続ける一方だ。
何しろオクトーバーの一件から、合宿の襲撃事件。
表では発表されていないが、悠馬はディセンバーを倒したことにより、緊急で彼が生前保持していた全財産を引き継ぐこととなった。
まぁ、討伐報酬というやつだ。
もともとディセンバーは独り身だった為、ずっと残っていたお金を、悠馬がもらった形になっている。
懐も暖かいし、コンビニ弁当だけで耐え凌ぐ日々をしなくても、そこそこ裕福な暮らしはできる。
一生働かなくてもいいほどのお金を手にしている悠馬は、夕夏とハグを交わす。
柔らかくて、いい匂いがする。
華奢だが、それでいて抱きしめる力はずっと力強く、そして安心させてくれる。
名残惜しそうに一歩引いた夕夏に、口づけを交わしたいという気持ちを抱いたが、それは我慢して、最後に花蓮へと向く。
「オリヴィアは…っと、いないのよね」
「朝に体調悪いって連絡きたっきりだね…」
「まぁ、無理してくるようなイベントでもないから」
オリヴィアは体調を崩している為、ここにはいない。
そのことを再確認した花蓮は、一度深呼吸をしてから一歩踏み出した。
「ま、気楽に行きなさいよ?張り詰めすぎると、何も見えなくなるんだから」
「そうだね。ありがとう」
彼女たちと言葉を交わしていると、すぐに終わりの時間が見えてくる。
飛行機への搭乗案内のアナウンスが鳴り響き、悠馬は最後に、花蓮へとハグをした。
こんな光景、周りに男子がいたら殺されかねないが、異能島の平日に飛行機を使う生徒なんていない。
スーツ姿のお偉方はポツポツと見えるが、見えているだけでも数人程度だ。
そんな人が少ない空間ならば、ハグをしたって問題ないだろう。
「それじゃあ、行ってく…」
「よぉ!悠馬!来てやったぜ!」
「暁、テメェ、今花咲さんとハグしてなかったか?」
「お、お前ら…」
最後に花蓮と言葉を交わして搭乗ゲートに入ろうとした悠馬は、それを妨害する声を耳にして、立ち止まる。
そこにはいつものような、Aクラスのバカ男子たちが集まっていた。
栗田に八神、通にモンジと山田。
「学校は?」
「大脱走」
「警察に補導されそうになってよぉ、昼間だから別に何したっていいじゃねえか、なあ?」
「それな!マジであいつら、税金無駄に使いやがって…」
いや、税金を無駄に使わせたのは貴方方だと思います。
学校から抜け出して来た5人に、思わず吹き出した悠馬は、白い歯を見せながらバカ男子たちを見る。
「ははは…お前ら、絶対怒られるだろ」
「ま、その時はその時だろ」
「見送りに来てやったんだから感謝しろよな!」
「おう、ありがとう」
まさか学校を抜け出してまで見送りにくる友達がいるなんて思っていなかった悠馬は、晴れやかな表情で栗田と拳をぶつけた。
「それと、お前の彼女たちのことは任せとけ」
「モンジ、下心見え見えだぞ」
「うぐ…!お前が可愛い女の子とばっかり付き合うからだろ!」
「そうだそうだ!オリヴィアちゃんまで奪いやがって!」
「それは…うん、ごめん。俺もオリヴィアのこと好きだったから」
「クソゥ!さっさと出て行け!この日本支部から!」
彼らは悠馬の彼女を、1人くらい貰うつもりでいたようだ。
負け惜しみのような男子たちの声を聞きながら、悠馬はトランクを引き、ゲートを通過する。
「悠馬。待ってるぞ」
ゲートを通過し、今戻るとしたら飛行機をキャンセルしなければならない状況。
拳を突き出して、そう発した八神を見た悠馬は、口元を緩めながら手を振った。
「ああ。頼んだ」
八神は合宿を終えて、レベル10へと成長している。
美月だってそうだ。
だから現状、第1高校から数日離れるとしても、特に不安はない。
きっと、悠馬がいなくたって、八神はクラスメイトたちとうまくやれるだろうし、男子たちを引っ張ることだってできるだろう。
彼女たち、そして友人たちに見送られる悠馬の表情には、一切の不安など見えず、どこか微笑ましくも見えた。
***
飛行機の中は、案の定ガラガラだ。
スーツの大人だっていないし、遠くに学生が1人座っているようにも見えるが、ただそれだけだ。
視力が悪くなっている悠馬は、奥に座る生徒のことなど気にせずに、手前の席へと座る。
「…はぁ…」
最近、というかこの1年間、彼女たち、そして友達といることが多すぎて、1人になることなんて滅多になかった。
以前は久しぶりの1人を満喫しよう!なんて思って、暇だー…などと嘆いていたが、今はそんな気持ちになどなれず、少しさみしい気持ちになってしまう。
数週間も彼女たちと離れたことのなかった悠馬は、早速ホームシックになりながら、飛行機の窓からの景色を見る。
青く晴れた空に、風で大きく揺れる芝。
白い翼の片側だけが見えた悠馬は、ふと、この席があまりにも豪華すぎることに気づいた。
普通ほら、飛行機って隣の人との間隔が狭かったり、席を後ろに倒すのだって、ちょっと申し訳ない気持ちになったりするものじゃないだろうか?
入学試験のあの日、そしてフェスタの飛行機の中を思い出す悠馬は、この飛行機の内装がありえない程豪華なことに気づく。
「ファーストクラス的な?」
「当機は、基本的にこの国のトップが搭乗するために作られ、ファーストクラスの席のみで構成されています」
「はぇ〜」
横を歩いていたキャビンアテンダントさんから説明を受けて、悠馬は田舎者のように機内を見回す。
確かに、最初に気づかなかった自分がバカだと思うほど、内装に違いがある。
豪華さの増した、グレードの高い機内に驚きを隠せない悠馬は、ゴージャスな椅子に深く触り、イヤホンをつけた。
イギリス支部到着までの時間はかなりあるし、最初からやりたいことをやっていたら、後々暇になってしまう。
最初は何もせずに、ただ座っておこうと決めた悠馬は、音楽を再生し、目を閉じた。
数分もすると、飛行機が動き出した音と、そしてちょっとした浮遊感が身体に訪れ、飛行機が出発したのだとわかった。
「…綺麗だなぁ…」
左目を開けて、窓から見える景色を見た悠馬は、絶海の孤島異能島を見下ろして、そう呟く。
なんだか、長い旅になりそうな気持ちだ。
「確かに、綺麗だな」
「だよな」
イヤホン越しに聞こえてきた声が自然体だった為、なんの異変も気づかずに返事をする。
そして数秒。
「…ん?」
隣に人いたっけ?
思わず返事をして、何事もなかったかのように話していたが、隣には誰も乗っていなかったはずだ。
外の景色を見ることをやめた悠馬は、イヤホンを外して、横に座っている人物を見た。
「はっ!?」
横から香る石鹸の香りと、そして悠馬の肩に微かに掛かる、金色の髪。
横にいる人物の顔を知っている悠馬は、思わず席から飛び上がると、彼女の肩を掴んだ。
「なんだ?悠馬。おはようのキスがまだだからしたいのか?」
「うん…今日はまだしてないだろ…って!違うわ!なんでお前がいるんだよ!オリヴィア!」
黄金色の長い髪に、蒼眼で悠馬のレッドパープルの瞳を覗き込むオリヴィアは、不思議そうに首をかしげる。
「なんでって…私は恋人だぞ?君の横にいるに決まっているじゃないか」
「そうじゃなくてぇ!どうやって飛行機の中に潜入したんだよ!」
これどうすんの!?マジでどうすんのさ!?
足をジタバタと動かしながら混乱する悠馬は、この状況のまずさを悟る。
悠馬は両総帥の合意によって留学をしているわけだが、オリヴィアはおそらく、そうではない。
飛行機にどうやって乗り込んだのかも不明だし、イギリス支部に到着した際にバレてしまえば、不法入国で犯罪者扱いだ。
「なにをそんなに焦っているんだ?」
「そりゃあ焦るよ!お前学校どうすんだよ!」
オリヴィアは学校を2週間サボるということになる。
それは異能島の学生にとっては致命的なダメージだろうし、下手をすると留年案件だ。
焦る悠馬は、キョトンとしているオリヴィアを見て肩を揺する。
「しっかりしてくれよ!」
「え?だって私も留学するんだぞ?」
「はっ?」
先日悠馬が留学を打ち明けた際は驚いていたというのに、まさかあの驚きすら演技だったとでも言うのだろうか?
聞かされていない事実を知った悠馬は、頭の奥が痛くなるような感覚に囚われ、額を抑える。
「いや…でもさ?俺は学力が優秀で、フェスタ優勝者でソフィアと知り合いだから留学できたわけで…」
加えて言うなら、寺坂とも知り合いだから双方合意で留学が実現したのだ。
しかしオリヴィアはどうだ?
学力はお世辞にも高いと言えないし、そもそも彼女は不正入学をしているのだから、国立高校並みの学力は持っていない。
しかも戦神だからフェスタどころか正しいレベルも何もかも不明で、ソフィアだって警戒しているはずだ。
悠馬の疑問に対し、人差し指と親指で輪っか(銭のマーク)を作ったオリヴィアは、ペ○ちゃんのような表情を浮かべ、舌を出した。
不○家に謝ってこい。
オリヴィアの手の仕草で彼女がなにをしたのか察した悠馬は、不○家に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「お前なぁ…いくら払ったんだよ?」
「1000万」
「はっ!?」
こいつ馬鹿だろまじで!
たかが2週間の留学、彼氏と14日会えなくなるのが嫌で、不正留学のために1000万も支払うか!?
ってか、1000万支払うくらいだったら、オリヴィアと旅行に行った方が絶対よかったし!
自身を留学させるために1000万支払ったと言うオリヴィアは、特に後悔したそぶりも見せず、悠馬の肩に寄りかかる。
「お金、もうちょっと大事に使おうよ…」
「だから大事な時に使っているんだ」
「ああ…はい…そうですね…」
大事に使えと言われて、だから大事に使っているだろ。と言われると、もう反論できない。
これはオリヴィアにとっては絶対に外せない大事なことであって、なにを言ったところで彼女が曲がらないことはわかりきっている。
「ま、体調が悪いんじゃないなら良かったけど…」
「す、すまない…もし仮に夕夏たちに相談していたら、みんな行きたいと言い始めると思って…」
「ま、そこはナイス判断だな…」
オリヴィアが付いていくと言えば、彼女たちも間違いなく付いて行こうとしただろう。
そうなった場合、不正留学、つまりソフィアと寺坂を黙らせるために1000万というお金が必要になるわけであり、彼女たちはお金を払いきれなくなるはずだ。
戦神のオリヴィアには造作のない金額なのかもしれないが、大金が必要となれば、当然余計な面倒ごとも起きかねない。
というかそもそも、これは寿命をどうにかするのが目的であるため、何も知らない彼女たちが付いてきたら、危うく詰むところだった。
危うく彼女たちに首を絞められるところだった悠馬は、オリヴィアが1人で来てくれたことだけが不幸中の幸いだと安堵する。
「いいか?お前には言っとくけど、これは旅行や勉強じゃなくて、俺の目と寿命を戻すためなんだ」
「ああ。知っている。私も軍人の端くれだ。イギリス支部がセラフ化の研究を進めていることくらいわかっている」
「それを聞いて安心した」
多くは語らなくて済むようだ。
面倒な話を省けたのと、少し寂しい気持ちが和らいだ悠馬は、脳裏で再生され続ける1000万という金額を振り払いながら、彼女に寄りかかった。




