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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
戦神編
263/474

残された時間

「死神。ご苦労だった」


 時刻は午前3時。


 殲滅作戦が全て完了した防衛陣は、交代で休憩を回していた。


 いくら雑魚の始末が終わったといえど、この島にはまだ何が残っているのかわからない。


 大人たちは警戒を怠ることなく、隙なく生徒たちの安全のために働いている。


 そしてこの女教師、千松鏡花もそうだ。


 腐った肉体を素手で相手していたためか、シャワーを浴びて髪から雫を滴らせるその姿は、男子であればドキッとしてしまうものだ。


 そんな彼女を見る死神は、椅子にぐったりと寄りかかって、深い溜息を吐いた。


「どうした?らしくないな」


「…色々と歯車が狂ってな…」


「襲撃のことか?」


「それもそうだが…夕夏が覚醒したのと、悠馬のことだ」


 自販機へと歩み寄った鏡花は、死神の話に耳を傾けながら飲み物を選ぶ。


「ああ…以前から言われていた、夕夏の力というやつか?」


「それだ」


「それは夕夏に異能が発現した時から、異能島に入学する前に行われたメディカルチェックでもわかっていたことだろう」


 夕夏が成長すれば総帥を凌ぐレベルになることも、化け物じみた強さになることも、ずっと前からわかっていたことだ。


 だから結界事件の時、益田は夕夏の成長を恐れていた。


「…俺は、夕夏を覚醒させる気は無かった」


「…それはもう過ぎたことだ。…して暁がどうかしたのか?」


「アイツはもう時期死ぬ」


「っ!?」


 鏡花が自販機の飲み物を選択し、ピッという音が響く中で、死神は日常会話のように爆弾を投げ込んだ。


「おい、それはどういうことだ死神」


 鏡花は死神の下まで歩み寄ると、だらしなく座る彼の胸ぐらを掴み、鋭い眼光で睨みつける。


「アイツのセラフ化は元々不完全だった。だというのにアイツは、セラフ化を使い過ぎた」


「…そう…だったのか」


「悠馬は…持って後1年だ」


「…それは…どういうことだ…死神」


「オリヴィア…」


 死神と鏡花の会話に割って入ったのは、金髪に蒼眼の女子生徒、オリヴィアだった。


 通りすがりの彼女は2人の会話を偶然にも聞いてしまい、悠馬に待ち構えている結末を知ることとなる。


「おい…」


「待て。鏡花。お前の催眠は、最初からコイツに効いちゃいない」


「なんだと?」


「そうだろ?オリヴィア」


「…今は総帥秘書なんてどうでもいい…さらばだ」


 オリヴィアに催眠をかけて、都合の悪い記憶を取り除こうとした鏡花だったが、死神に制止されて動きを止める。


 そんな2人のことなど目にもくれないオリヴィアは、一直線にどこかへと向かった。


「オリヴィア…ヤツは一体…」



 ***



 残された時間は有限だ。


 残りの1年で、一体何ができるだろうか?何を残せるのだろうか?


 最初、零の話を聞いていた時は、ちょっと楽観視していたというか、それどころでは無かったため、自分の命に向き合うことができていなかった。


 しかし今、余裕ができて考えて見ると、残りの1年で過去の清算ができるとも、深淵を覗くことができるとも思えない。


 どうしようもない焦燥感に襲われる悠馬は、視力を失った右目を抑え、蹲っていた。


「まだ…やりたいことがたくさんあるのに…」


 花蓮やみんなとまたデートに行こうと約束した。


 いつかみんなで、遠くに旅行に行きたいとも話した。


 八神や通とだって、まだ話したいことがたくさんある。


 連太郎とだって、ちょっと遠くに出かけてみたかった。


「なんで…」


「やっぱり、兄ちゃんは死ぬべきだったんだよ」


「うるさい!黙れ!」


 首を掴まれたような感覚に囚われ、悠馬は誰もいない1人の空間で手を振り払う。


「俺は死なない…!お前が死ねよ!」


 それは悠馬の生への執着。


 過去を清算しきれずにいる、死んでもいいと思う悠馬と、そして彼女たちのそばに居たいと思う、生きたいと願う悠馬。


 そのしがらみの間で、悠馬は大きく揺れている。


 人間なんて、死の目の前に立たされれば、まともな判断ができなくなってしまう。


 誰だって、天才だって、権力者だって、簡単に壊れてしまうのだ。


 それが人という生き物である。


「悠馬…」


 生と死、2つの感情で大きく揺れる悠馬は、扉から射し込んできた光に、大きく目を見開いた。


 悠馬の瞳には、金髪蒼眼の少女の姿が見えた。


「…リヴィア…」


 掠れたような声で、オリヴィアの名を呼ぶ。


 ただ、彼女の前で弱音は、弱い姿は見せられないと、ひたすらに取り繕った笑顔で。


「…残りの寿命が僅かだというのは…本当なのか?」


「どうしてそれを…」


 誰にも話していないはずの真実を、オリヴィアが知っている。


 冷や汗を流す悠馬は、扉を閉めたオリヴィアに駆け寄ると、肩を掴んで壁へと押し当てた。


「…誰にも…言ってないよな?」


「…言えるわけがないだろ。誰にこんな話をすればいい!私はどうすればいい!」


「っあ…いや…オリヴィアのせいじゃないよ」


 大きな瞳から涙をこぼす彼女の姿。


 悠馬の視界に映った彼女は、罪悪感に苛まれているように見えた。


 彼女はきっと、自分が力を振るわなかったから、逃げ出したから悠馬が死にかけていると思っている。


「…多分、ずっと前から決まってたことなんだよ…だからオリヴィアが気に病む必要なんてないんだ」


「違う!全部私のせいだ!私が悠馬の寿命を…!」


「違う!誰も悪くない!」


「私は…軍人なんだ…」


 自身を責めるオリヴィアの腕を掴んでいた悠馬は、知らなかった事実を告げられ、動きを止める。


「私はアメリカ支部冠位・覚者である戦神なんだ…」


「っ…なんの冗談だよ」


「全て事実だ…フェスタで君に必要だと言われ…浮かれて…無理を言ってこの島へ来た…」


 それは悠馬と戦神しか知り得ない情報であり、もし仮に聞いている人間がいるとしたなら、セレスとエスカくらいのものだ。


 つまりオリヴィアに嘘のつきようはない。


「私が…この力に怯えていなければ…悠馬はこんな風には…」


「………どうかな」


「…なにを」


「俺はきっと…オリヴィアが戦神だと知っていても…あの瞬間にセラフ化を使ったと思う」


「なぜだ」


「…だって…1人で戦うのは怖いだろ?…俺は3年間1人で戦って…ずっと心細かった」


 誰か1人に全てを擦りつけるなんて、できるはずがない。1人で戦うのは辛いし寂しいし、自分がなにをすればいいのか、どうすればいいのかなんて感覚は徐々に狂っていき、精神が限界を迎えてしまう。


 涙を流すオリヴィアの頬を拭った悠馬は、脱力した笑顔でそう呟いた。


「…ああ…やはり…君なんだ」


 そんな温かい言葉をかけてくれるのは、君しかいないんだ。


 悠馬へと手を伸ばしたオリヴィアは、ゆっくりと、いつものように彼に触れ、そして口づけを交わす。


「っ…オリヴィア…!なにを!」


「…君のものになりたい。君だけのものに」


「話、わかったんじゃないのか?俺はもう直ぐ死ぬ!いなくなるんだぞ!」


「それがどうした?」


「君はきっと、何十年も生き続ける。だけど俺の死は目前で…君のそばを歩ける時間だって…もう大して残ってるわけじゃない」


「そうだな」


「ずっと先に…俺はいなくなるんだぞ?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


「お前はバカだよ…死にかけの人間に告白するなんて、どうかしてる」


「私はバカでも構わない。覚悟もできてる」


「……俺は…俺は!」


「君の本音を聞かせてくれ。私はその一言で、殺人鬼にでも、愛人にでも、この世界の王にでもなる」


 死にたくない。

 まだみんなと一緒にいたい。


 何気ない会話で笑いあって、些細なことで言い合いをして、根に持って…バカして…鏡花先生に怒られて…


 2つの感情で揺れていた悠馬は、オリヴィアの問いかけに対して、嗚咽を漏らしながら崩れ落ちる。


「俺…怖いよ…死にたくないよ…」


 こんな恐怖を1人で背負って、あと1年間過ごすなんて、頭がどうにかなりそうだ。


 いや、現に頭はもうどうにかなってる。


 感情の制御ができない。体の震えが止まらない。涙が止まらない。


 膝をついて崩れる悠馬を抱きしめたオリヴィアは、優しく頭を撫でながら、耳元で囁いた。


「私が君の半分を背負う。恐れも焦りも、全部私にぶつけてくれ。私は君の全てを受け入れる」


「っ…ぐ…」


「泣きたい時は好きなだけ泣けばいい。夕夏や花蓮、朱理や美月に言えないのなら、私に言えばいい」


「うん…うん…」


「だから悠馬…私と付き合おう」


「卑怯だろ…オリヴィア…」


「…すまない。私の日本語力では…君にこの程度の告白しかできない」


 最後の最後だけどストレートに決めたオリヴィアは、強く抱きしめてくる悠馬に、頬を赤らめる。


 柔らかく、そして確かな温もりと、女の子らしいボディソープの香りが彼女から漂ってくる。


「……俺で…後悔しないのか?」


「しない」


「…ありがとう…」


「それはつまり…」


「…付き合う…オリヴィアと付き合いたい…」


 本当に、こんな状況なのに彼女を作るなんてどうかしてると思う。


 ただ、でも…


 こんな感情を1人背負い続けるのは、これだけ覚悟を決めてくれている彼女の気持ちを無下にすることだけは、どうしてもできなかった。


 そう、もうこの先が行き止まりなのだとしても、悠馬には冷たく突き放すなんてことは出来なくなっていた。


 それはきっと、守りたいものが増えすぎたからなのかもしれない。


 たくさんの人と触れ合い、争い、恋をして、守りたいものが増えていった。


 それは決して簡単な道のりではなかったし、気の遠くなるほどの長い旅路だったのかもしれない。


 でもほんの少し先の…この旅路の行く末は決まった。


(俺は最期の瞬間までみんなと笑い合って…1人で…)


 オリヴィアに押し倒された悠馬は、何の抵抗もなく彼女を受け入れ、半分しかなくなった狭い視界で、彼女をじっと見据える。


「…合宿が終わったら…少し長い旅に出てみたいな…」


「ああ。悠馬が望むのなら、私は何処へだってついて行こう…」


「…てか、オリヴィアってどういう名目で異能島に来られたわけ?」


 自分のことばかり考えていたが、オリヴィアのことも気になる。


 無理を言って転入したなどと言っていたが、一体どんな手を使って、あの頭の硬そうなアリスを黙らせたのだろうか?


「…私は暁闇の調査という名目で、この島に訪れている」


「あ、それ俺だわ…」


「はっ!?」


 まさに灯台元暗し。


 この2ヶ月間、暁闇はずっと真横にいたというのに、それに気づいていなかったオリヴィアは、驚いたようなマヌケな声を上げて、悠馬の顔を覗き見た。


 案外、探しているものというのは、身近に落ちているのかもしれない。

あと2章です。

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