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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
戦神編
262/474

豪華すぎるメンバー

「うっひょー…まじすげぇ」


「紅桜先輩、貴方って本当に呑気よね」


 宿舎の窓から、まるで有名なスポーツチームの試合を見ているような歓声を上げる連太郎。


 ビーチチェアに座っている彼の姿は、無人島に身体を焼きに来たという単語が似合いそうだ。


 その横に立っているマナは、やや呆れ気味な声で連太郎へと話しかける。


 先輩、とつけているあたり、彼女にもそれなりの敬意が現れてきたと言ってもいいのかもしれない。


 そんな彼女になど目もくれない連太郎は、興奮気味にビーチチェアから飛び上がると、柵から身を乗り出した。


「呑気!?呑気でいられるかよ!こりゃあすげぇ!こんなに興奮するのは、人生で初めてだ!」


 聴覚強化によってこの島の全てのことが丸わかりの連太郎は、全ての状況、展開を把握している。


 悠馬がディセンバーを倒したことも、夕夏がゲルナンを倒したことも、八神と美月がレベルアップを果たしたことも。


 そして目の前で繰り広げられる、凄まじい殲滅作戦も。


「死神に寺坂総帥、秘書の千松鏡花に、戦乙女隊長のセレスティーネ…そしてこの国の裏側」


 豪華すぎるメンバーと言っていいだろう。


 遠くに異能王が現れたことも知っている連太郎は、下の景色を見下ろしながら、サングラスを投げ捨てた。


「本当、この島は退屈しねえな」



 ***



「チッ、ゴキブリのように無限に湧いてくるな」


「お前の異能じゃ分が悪いだろう?疲れたら宿舎に戻って休んでもいいんだぞ?」


 幾度となく戦闘を繰り広げているのか、宿舎の前には、アリの群れに殺虫スプレーをかけたかのように亡骸が転がっている。


 次から次へと湧いてくる亡骸に対し、鏡花は大粒の汗を流しながら話す。


 鏡花の異能は催眠であり、そのほかの異能を持ち合わせてはいない。


 対する敵である亡骸はすでに死人であるため、鏡花の異能によって翻弄することができないのだ。


 つまり鏡花は異能を使わずに、生身での戦闘を強いられているということになる。


 助けが来る以前から戦い続けている鏡花は、かなり消耗していることだろう。


 いつものように道化の仮面を被った死神は、鏡花と会話をしながら亡骸の殲滅を行う。


「死神、相手は誰だと思う?」


「悪羅…ではないだろうな。ヤツはこんな回りくどいやり方を使わずに、自身で来るはずだからな」


「ならば…」


「可能性としては、あのお方だろう」


 死神が前方広範囲に向けてニブルヘイムを放つ。


 それと同時に出来た隙を見逃さなかった鏡花は、死神に背中を預けた。


「なんだ?」


「…悪いが、少し休ませろ…疲れた」


「宿舎に戻れば…」


「…歩くのも面倒なんだ」


「ならば俺の背中はやめてくれ…ヤツの視線が痛い」


 疲労困憊したご様子の鏡花が背中を預けると、死神は気まずそうに、数十メートル先に立っている人物を指差す。


 死神の指の先にいる黒髪スーツの人物は、戦闘中にもかかわらず、鬼のような形相でただひたすらに死神を睨んでいた。


「知っているか?」


「なにをだ?」


「恋愛というのは、時に意中の相手の嫉妬心を煽ることによって、よりいっそう深い恋に落ちるそうだ」


「ソースは?」


「ネットだ」


「チッ、色ボケ野郎が」


 疲れたご様子で微笑む鏡花に、死神は毒づく。


 彼女が今行っていることは、要するに恋愛の駆け引きというヤツだ。


 嫉妬の対象として任命された死神は、不服そうに寺坂の方を一瞥し、そして手を振ってみせる。


「死神!貴様は減給だ!」


「……勘弁してくれ」


 なんでこんなバカ2人の恋愛のせいで、給料を減らされなくちゃならないんだ。


 死神は心の中で毒づいた。



 ***



「くっ…片付けても片付けてもウヨウヨと…」


「セレスさん。下がっていろ」


「いえ、民間のお手を煩わせるわけには…」


 翠色の髪の女性、セレスティーネ・セレスローゼは、横に立つ男性に、赤眼の瞳を向ける。


「…戦乙女なら、紅桜家は知っているだろう」


「な…貴方が」


 一般人に協力してもらうわけにはいかないと話そうとするセレスは、その人物の発言を聞いて目を見開く。


 白に近い金髪に、黒い瞳。


 その姿は、どこかの師範代のような、立っているだけでもオーラが別次元の人間だ。


 身長は190センチほどだろうか?


 その身長の高さと釣り合う強固な肉体を手にしているこの男、紅桜焫爾は、ある程度自己紹介を済ませたところで、指先を動かした。


 焫爾が指先を動かすと同時に、地面を無数の黒い物体が突き進み、亡骸の中へと侵食していく。


 そして侵食された亡骸は、次々に奇怪な方向に首を曲げ、手を歪め、崩れ落ちていく。


「…闇、ですか?」


「よく間違われるが、これは闇ではない、影だ」


 自由自在に影を操り、そして相手へと致命傷を与える焫爾。


「なるほど…それが紅桜の力ですか」


 これだけ鍛錬を積んだ影なら、おそらくハッキリとした証拠を残さずに、誰にも気づかれることなく対象を屠ることができるだろう。


 六大属性のような派手な異能では到底実行できないような、六大属性に選ばれなかった異能だからこそ実行できる、とてつもなく強い異能。


 鍛錬がモノを言うのかもしれないが、これだけは断言できる。


 六大属性は、他の異能よりも優れているわけじゃないと言うことを。


 指先を動かすだけで、焫爾は数百の亡骸を一瞬にして殲滅する。


 セレスは思った。


 これはこの世の表に現れてはいけない異能なのだと。


「ところでセレスさん。貴女はなぜあの王の横を歩む?」


「…いきなりな質問ですね」


「…貴女の国のことは、どこの国の上層も知っている。私の息子は反抗期だから、貴女がどんな反抗したのか知りたい」


 一瞬にして視界に映る亡骸を殲滅した焫爾は、空いた時間でセレスへと質問をする。


 それは息子である連太郎と、立場は全く違えど似た境遇のセレスを重ね合わせているからだ。決められたレールの上を歩く2人を。


「子供思いなんですね」


「…私も人殺しである前に1人の親だ」


「私の父親は…貴方のような人ではありませんでしたから。私に意見を求めることはありませんでした」


「つまり強制されたと」


 少し沈んだ表情になったセレスは、過去のことを思い出したのだろう、強く握り拳を作りながら、小刻みに震えていた。


「…わかっていました。私の国がこの先どうなるのか。父が何を選び、何を切り捨てるのかも」


「そうか」


「だから覚悟は出来ていたつもりです。正直、まだ父が私のことを思っていてくれて、実行に移しはしない…なんて願いがなかったといえば嘘になります」


 もしかするとどこかに身売りされるかもしれない。


 政略結婚の道具にされるかもしれない。


 そんな恐怖とは裏腹に、父に少し期待もしていた。


「でも今は、以前とは違います。エスカ様は優しいです。戦乙女の皆様は、私の事情を知っても、白い目では見ませんでした」


「…」


「だから私は…不要になるまで、私が必要なくなるまで、エスカ様のそばを歩きます。例えエスカ様のことを好きになれなくても、未来永劫、恋心を抱くことがなくても…」


「…そうか」


「すみません、私の話は参考にはなりませんよね」


「いや、いい。そう言うやり方もあるのだと知れて、満足した」


 確かに、焫爾にとってはタメになる話ではなかった。


 しかしながら、1人の人間が貫き通す信念というのもわかった気がする。


 父から課せられた使命のために、セレスは自身の未来を捨てる決意をした。


 父から課せられた使命のために、連太郎は自身の暗殺対象である悠馬を観察し続ける。


 きっと連太郎のワガママは、人生で初めて失敗した、悠馬の暗殺を引きずっているからこそなのだろう。


 少し、子供という存在が抱く気持ちがわかった気がした。


 子供は純粋で、父親に言われたことなら、望んだことなら、どんな形であっても成し遂げようとしてしまう。


 それが間違いだとしても、それでは幸せになれないのだと知っても、自分の生みの親である両親に笑ってもらうために。


「さ、与太話はこの辺りにしましょう。第二波が来ます」


「ああ。任せておけ」



 ***



「はぁ…案外距離があることに驚きなんだけど」


「まぁ、無人島ですしね」


 青色の髪の女性に続く悠馬(零)は、オリヴィアの手を強く握りしめながらマーニーの発言に答える。


 彼女の言う通り、宿舎までの距離が案外あったことに、オリヴィアも零も驚いていた。


 意中の相手と歩いていれば、歩いた距離なんてわからなくなるものだろう。


 行きは会話に夢中になっていたこともあって、オリヴィアはこの距離をかなり長く感じているはずだ。


「…また行った。敵ではないようだけど、マーニー、どう思う?」


「管轄外。知らない」


「ま、私らの第一優先事項は学生たちの保護だからね」


 途中、所々で黒い影のようなものとすれ違ったが、マーニーたち戦乙女はその人物たちに無理な接触はしようとせず、そして黒い影の人物たちも敵意を向けてこなかったため、お互い不干渉でここまで来ている。


「紅桜系か…」


 悠馬の記憶を探った零は、1番可能性のある人物の名前を呟き、そしてオリヴィアと戦乙女を交互に見た。


 ここにいる全員は、かなりの実力者のようだ。


 特にオリヴィア。


 悠馬は気づいていないかも知れないが、現状反転セカイを使用している零の次に強いのは、彼女だろう。


 少し女の顔になっている気はするが、彼女の視線は、誰よりも早く黒い影へと向いていることから、五感の鋭さはピカイチだと言っていい。


「ま、そのあたりは悠馬とよろしくやってくれ」


 マーニーと同じく、管轄外のことまではやりたくない零は、オリヴィアの好意には深入りせず、全てを悠馬になすりつける。


「ねぇクソザコ」


「はい、なんでしょう才色兼備なマーニーさん」


「…ちょっと言いすぎた。ねぇ暁、アンタセラフ化解除しないわけ?」


「…最低でも宿舎に着くまでは保険を、と思いまして」


「へぇ、そう」


 マーニーの扱いもかなり慣れた。


 彼女は褒められたり、かなり下手に出て謙ると、少しだけ丸くなって、口調が穏やかになる。


 普段はドギツイ性格のため、こう言うのがツンデレとか言われるのかも知れないが、こんな極端で分かりにくい奴は、あまり好きにはなれない。


 何しろ極端すぎて、ご機嫌をとるのですら一苦労だ。


「優勝者くん、マーニーの扱い手馴れてるね〜?」


「さっきの話は本当だったのか?」


 手馴れた悠馬の会話を聞いていた戦乙女の2人は、どうやら本気でマーニーが行為に及んでいると思っているようだ。


 今はマーニーの機嫌もいいため、下手なことを言いたくない零は、首を横に振った。


 そんな3人と、手を引かれるもう1人を見たマーニーは、呆れたように溜息を吐いた。


 呑気なものよね。


 そのガキの恐ろしさも知らないで。


 マーニーは他の戦乙女よりも、オリヴィアよりも、悠馬の異変に気付いていた。


 彼と遭遇してから、はやくも十数分が経過している。


 彼はその間、ずっとセラフ化を使用し続けているのだ。


 持続時間だけで言うと、現異能王であるエスカよりも、おそらく他の支部のどの総帥よりも使用時間が長い。


 加えて彼が倒したのは、ただの小物罪人なんかじゃなくて、覚者のディセンバー。


 推定レベルは25という、下手をすると異能王ですら厳しい戦いになるかも知れない存在を相手に、一撃で致命傷を与えたのだから、彼の強さが半端じゃないことくらいわかるだろう。


「あ…」


「誰だ?」


 会話に夢中になる後ろの4人を無視して、マーニーは前を歩く2人の人物に声をかける。


 1人は真っ黒な髪で、もう1人は銀髪。


 まるで反転した鏡を見ているような、対称な2人が目の前に立っていた。


「あ、朱理と美月だ」


 2人の返事が返ってくる前に、零は悠馬の恋人である2人の名前を言い当て、笑顔を浮かべる。


「知り合い?」


「はい、彼女です」


「あら…悠馬さん…と、愉快な仲間たち」


「誰が愉快な仲間たちだ!」


 振り向きざまに朱理の放った一言は、どうやらマーニーにお気に召さなかったようだ。


 なんでこんな奴と一括りにされなくちゃいけないんだ?と言いたげに朱理を睨んでいる。


「…まぁ、いいじゃん」


「…そうね。このくらいのことで怒ってちゃラチがあかない」


「えっと、そこの少女さん2人、今この無人島は殲滅作戦に移行してるから、私たちと付いてきてもらってもいいかな?」


「はい」


「わかりました」


 戦乙女の話をおとなしく聞き入れ、2人は目前まで迫った宿舎へと向かう。


 そこはすでに地獄絵図のような光景で、窓際のカーテンは全て締められているものの、宿舎の外に取り残された生徒が一目見るとトラウマになりかねないものだった。


 もともと死んでいるのだろうが、数千近い亡骸が、宿舎の周りに散乱している。


「こりゃ、片付けで眠れないわね…」


「今ここで消滅させてもいいなら俺が全部消し飛ばしますけど」


「いや、身元の確認なども行いたい。それはできない」


「そうですか」


「それと、学生たちは宿舎に戻って、いつもの日常に早く帰りなさい。あとで話は聞くかも知れないけど、絶対に外に出ないように」


 周囲から聞こえてくる攻撃音を聞き流しながら、マーニーは冷静に言い放った。


 それは悠馬たちの戦いの終わりを告げる発言であり、そして大人たちの戦いが始まるという、宣言でもあった。

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