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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
戦神編
261/474

俺の嫁にならない?

 蒼く煌めく炎が周囲を蒼白く照らし、そこにいたメンバーは安堵を覚える。


「終わったんだよね…」


 ひとりの女子生徒が掠れた声でそう呟き、美沙は脱力したようにその場に倒れこむ。


「はぁー…なんか…緊張しすぎて疲れた」


「國下、大丈夫だったか?」


 道のど真ん中で寝転ぶ美沙の元へと駆け寄った八神は、火傷している右手を隠しながら問いかける。


「え、ええ…アンタと夕夏のおかげで…まぁ…」


 美沙は八神と目を合わせると、プイッとそっぽを向いて、頬を膨らませながらそう呟いた。


「あれ?え?」


 何?嫌われたの?


 ちょっとかっこいいところを見せたい、ピンチに駆けつける、悠馬みたいなことして見たい!という願望を抱いていた八神は、美沙の反応を見て絶望する。


「だよね、知ってたよ?うん」


「あれはカッコいい人がするから惚れるんであって、俺がやっても惚れませんよねぇ?」


 というか、結局負けかけて女子に助けてもらってるわけだし。


 こんな隣にいても不安なだけの男に大丈夫?って聞かれたところで、「は?お前何言ってんの?」って思うはずだ。


 結局夕夏に良いところを持っていかれた八神は、絶望の色を濃くしてその場で膝から崩れ落ちる。



 八神は誤解をしているようだが、美沙は八神を嫌っているわけでも、況してや八神が思っているようなことを考えているわけでもない。


 ただ…


 ただ!



(何コイツ、こんなにカッコよかったっけ!?)



 美沙は心の中で叫び声をあげていた。


 前まではちょっとなよなよしてるな〜とか、童貞臭くてちょっと無理。とか思ってたけど、そんなの些細な問題すぎて、むしろ気にならない。


 美沙は吊り橋効果によって、完全に落ちていた。



 こういう尻の軽い女こそ、実は案外、吊り橋効果や迷信に弱かったりするものだ。


 そしてそういう人物は、一度恋の呪いにかかると、そう簡単に抜け出せはしない。


 尻軽だった女性というのは、一度沼にはまると抜け出せなくなるものだ。


 頬を赤く染める美沙は、覗き込もうとしてくる八神を払い、女子たちの元に逃げる。


「オワタ…」


「あはは…八神くん、こんな状況だからさ…美沙も今は気が抜けてて、そういう顔を見せたくないだけだと思うな」


 こんな状況でも、美沙はいつも通りのリーダーシップを発揮しようとしてくれた。


 そんな彼女にかかった重圧というのは、計り知れないものだろう。


 恐怖を乗り越えた美沙が、その脱力した表情を男に見せたくないと思うのは、当然の道理のはずだ。


 美沙が八神に惚れたことなどまだ知らない夕夏は、凹む八神の背中をさすりながら、ピンク色の髪を亜麻色に戻す。


「はは…夕夏さん。セラフ化使えたんだ」


「え?あ、うん…ようやく使えるようになったの」


「ようやくって…アナタそれ、生まれつきレベル10の人間でも、一生かかって習得できるかできないかって言われてるやつですよ?」


 そんな異能を十代で身につけて、ようやくって世の中甘く見てませんか?


 夕夏の天然によりさらに傷つく八神は、せめて癒しが欲しい…などと視線を彷徨わせる。


「やぁ。大丈夫だったかい?」


「うわ!?」


 そんな八神の耳元に聞こえてきた声。


 いや、正確には八神の横にいる、夕夏にかけられた声だというべきか。


 突如として現れた声の主は、夕夏の肩に手を回すと、優しく頬を触り、そして唇に触れようとする。


「っ!セラフ化!椿っ!」


 そんな人物に対して、夕夏はセラフ化を発動させ、冷たく睨みつけた。


 絶対に触られたくない。


 悠馬以外の異性に触られたくなかった夕夏は、突如として現れたその人物を冷たく睨み、数秒の後に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情に変わった。


 そして瞬く間に、この場にいる全員が夕夏と同じ表情になった。


「え?」


「嘘!?」


「8代目異能王?」


「やぁやぁ。エスカさんだよ。お待たせしたね。みんな大丈夫?」


 緊張感も何1つない陽気なエスカの質問は、ただその場にいるだけで、彼が言葉を発するだけで、周りの人物の心を安心させた。


 緊張し続けていた彼女たちにとって、異能王が助けに来たというのがどれだけ安心できることか。


 この世界で最も強い人物、この世界の王が現れたことに安堵する女子生徒たちは、腰が抜けたようにその場にへたり込む。


「異能王…」


 真横に立っているエスカを見る八神は、彼がじっと何かを見つめていることに気づく。


 視線の先には、夕夏がいた。


「いいセラフ化だね。素晴らしい逸材だ」


「ど、どうも…」


 夕夏は異能王からの栄誉ある発言に、警戒を残したまま返事をした。


 向こうは冗談で済ませる気なのかもしれないが、夕夏は気安く身体に触れられたこと、そして唇に触れようとされたことを警戒している。


 何が目的なのかもわからないし、そもそも異能王がこのタイミングでこの場に現れるなんて、都合が良すぎる気もする。


 警戒心を強める夕夏は、上空を通過する戦闘機と、空中に浮かぶ王城を見てエスカを睨んだ。


「随分と…手回しが早いですね」


「あれ?警戒されちゃったかな?」


 夕夏の問いかけに、八神も何かを察知してエスカから距離を置いた。


 言われて見ると、たしかにこの男が1番怪しいのかもしれない。


 そもそもこの日本支部の領空に王城が訪れるのは、まずありえないと言ってもいい。


 基本的に王城は空中を漂い、他国の領空侵犯などという問題はないのだが、陸があるところに落下物が落ちる可能性もあるため、基本的に広い海の上を浮遊するものだ。


 そしてここは無人島といえど、あくまで日本本土の近海であり、王城が通るルートではない。


 加えて言うなら、王城は本来なら、今頃地中海辺りを浮遊しているはずなのだ。


 なのになぜ、その空中庭園が日本支部の空に浮かんでいるのか。


「ゲート」


『っ!?』


 夕夏と八神は、その単語を知っている。


 それは悠馬が使う異能であり、そしてその気になれば世界のどこへでも行き来できる異能だ。


「あはは、ゲートを使って来たんだよ。セラフ化反応が5つもあったからね。緊急事態だと思って」


 夕夏と八神の警戒など意に介さず、エスカは事情の説明を始めた。


 話を要約すると、異能王の王城には、セラフ化を識別する装置があって、それが今日この瞬間、反応を示した。


 しかも5つ。


 本来ではありえない緊急事態だと判断したエスカは、日本支部の承諾、連絡を待たずに、勝手に空中庭園のルートを変更したというわけだ。


「でもまぁ、余計なお世話だったのかな?防衛作戦から、殲滅作戦に移行しているようだし」


「そう…ですか」


 この計画の主軸とも言える存在()が全員ロスト、もしくは行動不能に陥っているため、これ以上被害が拡大することはないだろう。


 ディセンバーにゲルナンという二大巨頭が倒れた今、この島に残っているのは、取るに足らない小物たちのみ。


 その気になれば、異能島に通う学生たちだけでもなんとか太刀打ちができるような、その程度のレベルの輩しか残っていない。


「ところで…お姉さん」


「…はい?」


「俺の嫁にならない?」


『はっ!?』


 場がようやく和んで来たところで、エスカは話を切り出した。


 彼の言葉を聞いて、周りの生徒たちは凍りつく。


 当然だ。


 エスカは8代目異能王という立場にいる存在であり、学生たちから見るとそれは遠くに浮かんでいる星々のような存在だ。


 小さい頃は、異能王のお嫁さんになりたい!なんて、お姫様じみた夢を抱いている女子も少なくはないだろうが、まさか一介の女子高生が、異能王に手を差し伸べられる日が来るとは思いもしないだろう。


「え?どういう展開?」


「暁くん対異能王?」


「これは…」


 正直、かなり迷うシチュエーションだろう。


 もし仮に異能王の正妻ともなれば、異能島を卒業せずとも将来が約束される。


 お姫様のような生活ができるようになるわけだし、デメリットが一切ない、人生ハッピーエンドプランだと言ってもいい。


 少しずる賢い女子なら、悠馬も将来は確実だろうが、もっと裕福な暮らしがしたいと欲をかいて、異能王の誘いにホイホイ乗ってしまうに違いない。


 陽気な表情で夕夏を見つめるエスカは、手を差し出して、彼女の返事を待つ。


「お断りさせていただきます」


 数秒の間。


 間と呼んでいいほど時間は空いていなかったが、沈黙の先に夕夏が選んだ答えは、予想通りのものだった。


「即答、か。理由を聞かせてもらってもいいかな」


「私には彼氏がいるので」


「彼氏がいなかったら…良かったのかな?」


「…それは…多分、彼という概念そのものがなかったとしたら…そうだったのかもしれませんね」


 付き合っていなかったとしても、悠馬という人物が存在している時点でエスカを選ぶ気はない。


 一途な夕夏は、視線を彷徨わせながら恥ずかしそうに答えた。


 悠馬がいなかったら、もしかするとエスカを選んでいたかもしれない。


 そんな可能性は、否定できない。


「ま、だよね。それじゃあ、宿舎の方に戻ろうか?案内してくれるかな?」


「…宿舎は安全なんですか?」


 護衛はするから道案内をしてほしいと言いたげなエスカに、八神は質問する。


 現在、聴覚や視覚から得られる情報からするに、戦闘はかなり落ち着いているようにも感じる。


 まるでさっきまでのが嘘で、今夢から目覚めたような、そんな気になるほどに。


 しかし懸念もある。


 おそらくみんなが避難先にするであろう宿舎に一直線に向かうのは、異能王といえど、数人のお荷物を抱えて立ち回るには厄介ではないか?と。


 人が集中する宿舎には、ほぼ間違いなく攻撃が行われているだろうし、安全でもない空間に自ら突っ込むのは、バカのすることだ。


「大丈夫。宿舎にはセレスちゃんが向かってるから」


「セレスさんってあの…」


「そうそう、胸の大きなお姉さん」


 自信満々なエスカを見て、八神は横に並びながら話を始める。


(この人、自分の戦乙女の隊長を胸の大きなお姉さんって言い切っちゃったよ…)


 エスカが誰とも結婚していないことは知っているため、どういう関係なのかはわからないが、通みたいな事を言って、果たしてエスカはセレスに殺されないのだろうか?


「怒られないんですか?」


「個人的には、早く見限って欲しいんだけどな」


 女子生徒たちが前を歩く中、八神とエスカは、男だけの話に花を咲かせる。


「え、でもセレスさんって、なんでも出来て完璧な人なんですよね?」


「うん。セレスちゃんは僕の仕事ぜーんぶやってくれるからね。素晴らしい人だよ」


「ならなんで…」


 セレスの技量を噂で聞いている八神は、見限って欲しいなどと話すエスカに疑問をぶつける。


 異能王の側近、秘書にも近い立ち位置のセレスに見限られるということは、異能王としての品性や全てを、捨てるような行為だ。


 世界の見本とも呼べる異能王が、まさか戦乙女の隊長に見限られて捨てられたともなると、それこそ笑いものだろう。


 そんな八神の疑問は、すぐに晴れることとなった。


「知ってる?セレスちゃんは俺のこと、好きじゃないんだよ」


「え?」


「彼女の国は新しい国だってことは知ってるよね?」


「はい」


 セレスの母国であるセレスティーネ皇国は、所謂新参国家であって、世界的にも発言権がある立ち位置とは言えない。


「彼女の国は第5次世界大戦で、ロシア支部の真横に位置していたから壊滅的な被害を受けてるんだ」


「…なるほど。なんとなくわかりました」


 要するにセレスは、異能王に対する貢物というわけだ。


 新参国家として元々低い立ち位置にいるセレスティーネ皇国は、発言権が低い上に、経済力も決して豊かではないだろう。


 そんな国が戦争の被害を受けてしまえば、どうなってしまうのか、どんな結末を迎えるのかは、少し勉強をしている人ならわかるはずだ。


 他国に救いを求めれば、足を舐めさせられ、格下の国と見下される。不平等な条約だって結ばれるかもしれない。


 かと言って壊滅しかけている国を放置すれば、国では内乱が起きかねない。


 ならばどうするか。どうすべきか。


 そう考えたとき、浮かんでくる答えは1つだろう。


「セレスちゃんのお父さんは、自分の娘を異能王、つまり僕と結婚させることによって、地位を、そして国を守ろうとしている」


 仕方のない話だ。


 この点においては、セレスの父を咎めることもできない。


 八方塞がりの状態で出来る最善が、異能王へ娘を売るということだった。


 セレスが戦乙女となれば、異能王からの援助を受けれる上に、他国から見下される心配も、脅される心配もなくなってくる。


 セレスという1人の女性で、全ての人間が豊かになるのだ。


「ま、そんなわけで、俺はセレスちゃんには自由に生きて欲しいのさ…幸い、あと1年もすればセレスティーネ皇国も元の姿に戻る。そうすれば僕は用済みで、セレスちゃんは自由の身!」


「だから手を出してないんですか」


「まぁ、お互い好きでもない相手と、情けでやるのは嫌でしょ?」


 セレスの純潔を守ることができれば、きっと行き先はどこにだってあるだろう。


 世間では愚王だと罵られる彼のことを、八神は見直していた。


 なんでも思いつきで動く人だと誤解をしていたが、どうやら彼は先を見通すだけの力と、そして他人の未来を思うだけの思いやりがある。


 それは誰にでもありそうで誰にでもない、この世界の王になるためには、必ず必要なものだった。

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