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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
入学編
26/474

死神

 悠馬が第四区の貨物倉庫へと降り立ち、戦況が逆転している真っ最中。


 その頃の美月はというと、この世の贅沢を寄せ集めたような空間で、ふかふかの大きなベッドにて寝そべっていた。


 つまらなさそうに、モニターに映し出される光景を見つめながら。


 ここはセントラルタワー第99階にある、ゲストルーム。本来であれば異能王や総帥が訪れた際に解放される部屋の中に、美月はいた。


 まるで王宮にあるような、天蓋付きのベッド。大理石でできた大きなテーブルに、ゴージャスな椅子。高そうな絨毯や映画館の半分ほどの大きさのテレビなどなど。


 辺りを見回した美月は、思わず笑みをこぼしそうになった。

 悠馬からお使いを頼まれてここまできた美月だったが、お使いを頼まれて良かったと心底思っているほどだ。


 もちろん、悠馬から受けたお使いはきちんと果たしている。つまらなさそうに見つめている大画面モニターに映された、尋問の重要そうな内容をメモしては悠馬に送信する事を繰り返す美月は、辺りをキョロキョロと見回し、尋問の隙を見てはベッドから飛び降り、色々なものを観察していた。


 モニターに映し出されているのは、仮面の男と、ハゲ気味の小太りの男。そして椅子にくくりつけられた、昔いた音楽家のような髪型をした男だった。


「さて、じゃあ本題に入ろうかな?益田くん」


「今更話すことなど何も無い」


「何ィ?貴様、裏切っておいて話すとは無いというのか!後ろ盾はどこの国だ!答えろ!」


 小太りの男、十河は顔を真っ赤にして激怒している。彼は見た目こそ、悪役のような、裏で悪さをしていそうではあるが至って真面目な性格をしている人物だ。死神とはウマが合わずに対立することが多いが、それでも死神のことは評価しているし、自分もやり方は違えど日本の若い子供たちをきちんと育てようと、この島をよりよくする管理を行っていた。


 だからこそ、その生徒たちを使った人体実験を行なっている益田という男が許せないようだった。


 昔から十河の性格を知っている美月は、彼が本気で怒っている事を察しながら、携帯端末を操作しようとした…が。


 これって録画すればいいんじゃ無い?

 結論が出てしまった美月は、重要そうな文字を打つ作業をやめて録画を開始した。


 ここで、美月が何故こんな異能王が泊まるようなところで寛いでるかについての話をしておこう。


 それは数時間前、美月が十河に裏切り者がいると告げた直後にまで遡る。


 あれからすぐに、十河は死神がいるというセントラルタワー最上階、つまりは第100階へとエレベーターを向かわせ、美月が今持ち合わせている情報を死神に告げた。


 すると死神は、特に驚いた様子も、焦ったそぶりも見せずに、感謝の言葉を述べると、今日1日セントラルタワーの第99階を好きに使っていいと言ってきたのだ。


 最初は戸惑っていた美月だったが、十河から「第99階ではそれ以下の階層のモニターを全て映し出せる」という話を聞いて、尋問が終わるまでの間楽しもうと考えたわけだ。


 結果として、大きな成果を得られそうだった。

 第99階のモニターは、異能島の第100階以外の全ての映像を映し出せる。もちろん、寮の中やトイレなんかは無理だが。


 高級な茶葉で淹れられた紅茶を優雅に飲みながら携帯端末でモニターに映った映像を録画していた美月は、十河が激昂し、テーブルをバン!と強く叩いた後に驚き、ビクッと体を震わせた。

 手に持っていたティーカップがほんの少しだけ揺れ、中に入っていた紅茶がくるくると回っている。


「キサマは何をするつもりでこの島の管理職についたんだ!言ってみろ!」


 怒り心頭に発するという言葉が相応しいほど激怒している十河を宥めたのは、横に立っていた男、不気味な仮面を付けている死神と呼ばれる男だった。


 美月から見た死神の第一印象は、悠馬に近いナニか。だった。近くて遠いような、性格的には似ているような。雰囲気だけは悠馬に似ている気がした為、あまり敵意を向けることも、感じることもなかった。


 一言で言えば、生徒側には何もしてこない、味方側だと判断して良いだろう。というのが、美月の出した結論だ。


「まぁ、落ち着け十河。これ以上は髪の毛に悪いぞ」


「キサマぁ!今はふざける場面ではないだろ!」


 宥めているのか、煽っているのかわからない言葉に、十河は益田ではなく、死神を怒鳴りつけた。

 ふーふー、と鼻で息をしながら、下手をすると血管が切れて死ぬんじゃないかと思うほど、顔を真っ赤にしている十河。

 死神に小言を言われて落ち着いたのか、怒鳴るのをやめてドカッと椅子に座った。


「なぁ益田。人体実験は何人くらいでしたんだ?」


「知らんな。いちいち覚えてるはずがないだろう」


「そうかそうか。この島で出た行方不明者は9割型お前の差し金だろう。そしてその不祥事を揉消すために、行方不明になった生徒のご両親にもそれなりに金を積んでいるな。ほら、お前の行った不正の全てだ」


 死神はドサァッと大量の書類を机の上に放り投げ、それはツルツルの机を滑り、益田の近くまで滑っていく。


「そうだな。そんなこともした」


「別にお前が口を割らなくても、俺はこの先の話も全部知ってるぞ?お前は何処かの国と繋がり結界の実験をしているのではなく、あのお方と繋がっていることもな」


 あのお方?

 動画を撮る美月と、モニターの中に映っている十河は、その言葉の意味を理解できずに首をかしげる。


 しかし益田には、思い当たる人物がいたようだ。驚いた表情を浮かべながら、勝機を見出したのか、笑みを浮かべる。


「ふふ…ふふふ!死神!お前もあのお方の息がかかった者か!」


「人をコケにするのも大概にしろよ下等生物。俺はあのお方を潰す側だ。お前の味方ではない」


 何か勘違いをしてしまい、助けてもらえると勘違いしていた益田の表情は、機嫌が悪くなった死神を見て、徐々に青ざめる。


「俺がこの島で。この国で。世界でどれだけの権限を持ってるのか知ってるよな?お前の首くらい、今ここで、俺の独断で飛ばせるぞ?言葉は慎重に選べよ。俺はあのお方が大嫌いなんだ。次味方なんてふざけたこと言ったら、お前の首は無くなるぜ?」


 首、というのは、この管理職から落とす、ということではなく、文字通り首を切り落とすということなのだろう。いつの間にか、死神の手に用意されていた銀色に煌めく日本刀を見た益田は、ごくっと喉を鳴らし、口を噤んだ。


「よし。良い子だ」


「死神、話は聞かなくても良いのか?そもそも事件の鎮火はどうするつもりだ!」


 十河は、尋問をやめた死神を不思議そうに見つめながら、この後はどうするつもりなんだと言いたげだ。


「もう手遅れだ。今頃美哉坂の娘が殺されている時間帯。お前らが私を殺そうが、もう遅いんだよ。私がいなくとも、彼らには行き先を伝えてある。これで私の長年の実験は、結界の契約をそのままに、他人へ譲渡する実験が終わる」


「残念だが、そう簡単に事は進まないぞ、益田」


 自分が死んでも、研究対象は無事に逃げ出し、新たなドクターの元へと行けると思っていたのか、満足そうに天を仰いだ益田を見た死神は、残念そうにやれやれ。としながら、机の上に座る。


「こっちにもイレギュラーの1つや2つ、用意はしてある。お前の大好きな研究対象たちは今頃、ヒィヒィ言いながら逃げ惑っている頃だろうさ」


 死神の発言の意味がまるで理解できない。と言った表情をする益田は、眉間に皺を寄せながら、起こりそうなイレギュラーの可能性を考える。


「まさか、美哉坂の娘は想定を上回るスピードで成長したのか?」


「違うな。確かにあいつは、場数を踏ませればかなりの実力を身につける事だろうが、今回は違う。お前は触れてはいけないものに触れてしまったんだよ」


「…双葉か?」


 1人の学生の名前を出した益田。

 何か苦い思い出でもあるのか、表情は少しだけ引きつり、額には汗が吹き出ていた。


「違うな。お前はそれ以上にタチの悪い奴に手を出した。暁闇はお前でも知ってるだろ?」


「まさかお前…!この国の闇をこの島に入学させているとでもいうのか?」


「フ…フフフ…消えゆくお前には関係ないだろう。あのお方は今どこにいる?」


 死神の言葉を聞いた益田は、驚いたように声を荒げ、暴れ始めた。暁闇。悪羅と同等の実力を学生という身で保有するというバケモノ。それが益田にとっての認識だった。


 だからこそ、先ほどまでの余裕そうな表情はどこに行ったのかと聴きたくなるほど、顔を歪め、ジタバタと暴れ始めたのだ。


「お前は!お前らはこの実験の重要性をわかっていない!」


「私は世界を変える、革新的な研究をしたんだ!あのお方は世界と違って!私を評価してくれている!今ここで失敗するわけには!研究を無に帰すわけにはいかんのだ!」


 既に契約が完了している結界を後から奪い取るというのは、確かに革新的だと言えるだろう。

 しかし、それは世界側が許しはしなかった。何故なら、その前の段階でつまずき、自らの間違いに気づいたからだ。


 他人の細胞を利用して低レベルの異能使いたちに新たな力を授ける。生まれながらにして持病を持ち、不自由を余儀なくされた少年少女を救う。

 各国はさまざまな理想を描き、この実験を遂行しようとした。が。

 その計画は、実験過程で頓挫することとなった。モルモットでの実験。その他の生物での実験。細胞を作り変える最中に、肉体が耐えきれず破裂をしたり、生命活動を停止したりと、結果は散々で、実用には程遠かった、文字通り理想であって実用はできなかったと、各国は研究を凍結した。


 当時、その研究の第一人者だったのが、今ここにいる男、益田なのだ。

 どこで接触したのかはわからないが、あのお方に唆されて、性懲りも無く、その危険な実験を、年端もいかない少年少女を利用して行っていたのだ。


「ここで終わるわけには…いかんのだ!」


 叫び声をあげながら、スーツの手元から医療用のナイフを取り出し縛り付けていた縄を切り離した益田は、ポケットから注射器の入ったケースを取り出すと、蓋を開けてそれを自身の首元へと突き刺した。


「益田ァ!何をしとるんだ貴様は!」


「十河。死にたくなければ退がれ」


 立ち上がった益田を殴りに行こうとする十河を左手で引き止めた死神は、肉体が朽ち果て、そして新たなナニかに変わり始めた益田をじっと見ていた。


「し、死神、これは!」


「ああ、使徒化だ。計画が全て失敗したから、この島を盛大に荒らすつもりなんだろうよ」


「あああのお方こそが!わわ我々の…!」


 慌てふためく十河と、驚くそぶりもなく異形の存在へと変わっていく益田を眺める死神。

 壊れたような声で、振り絞ったような声で何かを言おうとした益田の声は、それ以上聞こえてくることはなかった。


「知ってるか?十河」


「何がだ!今はそれどころじゃないだろ!日本支部陸軍を!全ての軍隊を総動員してでも、この使徒を止めねばならんだろ!」


 十河はビビる、というよりも、焦っている様子だった。慌てて携帯を取り出そうとするが、うまく持つことが出来ずに、地面へと転がる携帯電話。


 動揺が隠しきれていない。


 その光景が面白かったのか、死神はほんの少しだけ笑って見せると、話を始めた。


「使徒のレベルは格段に上がると言われてるが、一体どれほどまで上がると思う?」


「ぁあ!貴様はなんでそんなに余裕そうにしておるんだ!知るか!知るわけがないだろう!」


 十河は激怒していた。この危機的な状況に陥っても、目の前で今にも動き出しそうな使徒がいるというのに、呑気に椅子を回転させている死神に。


「不正解だな。正解は暴走者のレベルからプラス5、だ。益田のレベルは幾つだったかな?」


「6だ!だがレベル11など、存在するはずがないだろう!」


 話をしている最中。十河の恐れていた事態が起きてしまった。セントラルタワーの90階の会議室の窓ガラスが全て割れるほどの叫び声を上げた使徒は、目の前に映った十河と死神目掛けて、一直線に突進を始めた!


「し、死神!ワシは貴様を恨むからなァ!」


 最後にいう言葉がそれか。と突っ込みたくなるようなセリフを残した十河は、頭を抑えながら目を瞑る。

 それを面白そうに見ていた死神は、黒の革手袋をつけた右手を、銃のように構えながら異能を発動させた。


「bang」


 まるで子供がおもちゃの銃を持って呟いているかのような、馬鹿にした一言を発した死神。


 モニター越しにその光景を見ていた美月は、携帯端末で録画をしたまま、口をぽかんと開けて身動きが取れずにいた。


 画面に映される、凍りついた使徒の映像。ほんの一瞬、瞬きすらしていなかったのに、気づけば使徒は凍りついていた。


「今の…なに」


 悠馬と同等、いや、それ以上の強さを誇っている。彼がもし敵だったらと考えると、絶望するしかないだろう。


「は、ははっ!そうだった!お前は冠位だったな!流石だよ…これは認めるしかない」


 朝、セントラルタワーへと訪れた時は死神のことをあまりよく思っていない雰囲気だった十河は、いつのまにか死神に心を許しているように見えた。


「冠位」


 録画を終えた美月は、十河が発した言葉を呟いていた。

 冠位、それは都市伝説のような存在で、暁闇なんかよりもずっと実体がない、人々の偶像のような存在だとされている。

 曰く、冠位を手にする条件は、異能に限界がない。例えば、炎の異能を上限以上の火力で使うと、使用者も火傷を負ってしまう。


 レベル10でも、レベル9とは比べ物にならないほどの許容量だが、それでも出せる火力には上限がある。ところが冠位は、それがないとされている。つまりは体力が尽きるまで温度を上げることができる。体力以外の上限がないバケモノの事だ。世界ではそんな火力上限のない異能力者を覚醒した者、略して覚者と呼び、冠位は異能王から正式に認められた、世界の秩序を守る側として選ばれた覚者のことを指すと言われている。


「悠馬が喜びそう」


 サービス残業のようなことをしていた美月は、新たな情報を手に入れて満足げにベッドから飛び降りると、ほんのりと笑みを浮かべてスイートルームの中を歩きはじめた。


「今日はご褒美という事で、もう少しここに居させてもらうね♪」

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