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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
戦神編
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ゲルナンの悪夢

「まーまー、焦ったって仕方ないわけだし、少し落ち着きましょうよ」


 いつも通りな、能天気な声。


 茶髪セミロングの女子生徒、國下美沙は、自身の不安や恐怖を心の内に閉じ込め、いつも通りの自分を演じていた。


 本当は怖い。


 だってこんな場面に直面したことなんて今まで一度もなかったし、況してや死体が追いかけ回してくるなんて状況、映画やテレビでしか見たことがなかった。


 そんな危機的な場面で、直ぐに順応できる人間なんて、そうはいないだろう。


 美沙は少し芸能界にもいたため、自分を演じるのはそれなりに得意だった。


 怖い。逃げ出したい。

 そんな気持ちを抑えながら、美沙は自分よりも恐怖にかられる女子たちに、いつも通りの声をかけた。


「美沙…」


 唯一の救いは、夕夏が周りよりも比較的落ち着いているということくらいだ。


 声をかけてきた夕夏の方を向いた美沙は、安堵の表情を浮かべる。


 夕夏はいいとこの出身で、いい子ちゃんだからこういう場面では一番足手まといになると思っていたが、予想は大いに外れた。


 確かに、以前の夕夏なら今の状況に焦って、パニックになって泣き叫んでいたことだろう。


 しかしそれは、入学直後までのことだ。


 結界事件から始まり、バースの一件やオクトーバーの悪夢を経験している夕夏は、他の生徒たちよりもはるかに理解が早く、落ち着いたものだった。


 必死にいつも通りを演じる美沙に近づいた夕夏は、彼女の震える手をそっと握り、声をかけた。


「これからどうするかは…決めてる?」


「…とりあえず、この場所は外から見えにくいから…海沿いにまでは出ていたい」


「そうだよね。うん、そうしよっか?」


 山の中で助けを待つよりも、開けた場所で助けを待った方が、きっと早く見つけて貰える。


 視界の悪いこの空間にいることによって、なんらかの不利になるのではないかと考える夕夏は、深く頷き同調した。


「それじゃ、私が先頭いくから、夕夏は後ろからお願い」


 この場において、まともに動けるのは自身と夕夏だけ。


 怯える他の女子たちを見た美沙はそう判断し、危険度が高い先頭を志願してみせる。


「美沙…何もそこまで体張らなくても…」


「……他の人、やりたがらないでしょ」


「それなら私が…」


「夕夏先頭にしたら悠馬に怒られそうだからさ〜、ここはお姉さんに、任せなさい!」


 口ではそんなことを言っているが、本当に怖いし、今直ぐ1人で逃げ出したい。


 それでも笑顔のままの美沙は、表情を崩さずに、夕夏の背後の方から現れた影を見た。


「…誰、あれ」


 真っ白な肌に、真っ黒な髪。

 眉間には銃弾か何かの跡があり、只者でないことはすぐにわかった。


 黄色人種ではなく、白人の類に入るその男は、夕夏と目が合うと、ニッコリと歪んだ笑みを浮かべた。


「蒼炎のゲルナン…」


「ゲルナン…って…」


 誰かが口にした言葉を、脳内で再生させる。


 蒼炎のゲルナン。

 それはゲルナンの悪夢として後世に語り継がれる大事件を起こした大犯罪者であり、悪羅と同等の犯罪者として取り扱われてきた案件。


 今から8年前に起きた事件であるため、高校生である夕夏や美沙たちはゲルナンのことを詳しく知るわけでも、実際に見たわけでもないが、名前を聞けば、誰だってわかる。


 罪状は、アメリカ支部の軍人であったゲルナンは、当時総帥であったシシリのおかしいほどの平和主義と、異能制限社会に疑問を持つ。


 いくら大国のアメリカ支部でも、これだけ異能を制限されて生活すれば、レベルは格段に下がってしまう。


 常に各支部の上に立ち続け、異能王が不在の時は世界を率先して引っ張っていく立場のアメリカ支部が、異能から離れていくのは間違っている。と。


 そしてシシリと対立し、結果としてゲルナンは軍人を辞めさせられることとなった。


 シシリはどうかしてる。アイツは他国の犬に違いない。


 ゲルナンは異能制限社会を解放するために立ち上がり、シシリを襲撃した。


 結果として、シシリはゲルナンの蒼炎によって、後遺症を患ってしまう。


 ゲルナンはシシリを襲撃した後に逃亡するも、そのあとは迷走し、関係のない人を殺しては逃げる、快楽殺人犯となんら変わらぬ存在となっていった。


 そして迷走し続けたゲルナンは、日本支部へ逃亡したあと、美哉坂総一郎、並びに当時のロシア支部総帥であるオクトーバー・ランタンのタッグと闘い、死闘の末に死亡した。


 そのゲルナンが、今目の前に立っている。


 身の毛もよだつような感覚と、全身に駆け巡る悪寒。


 未だ嘗てないほどの殺意を目の当たりにした美沙は、その場で尻餅をつき、絶望の表情を浮かべた。


 勝てない。勝てるわけがない。


 もともとゲルナンは、総帥とタメを張るほどの実力を保有していた。


 だからこそ、8年前のゲルナンの悪夢では、オクトーバーと総一郎がタッグを組み、さらに紅桜を筆頭とするこの国の裏側を率いて決戦に挑んだのだ。


 だが今はどうだ?

 ここにいるのは、たかだか数人の女子高生。


 確かに彼女たちは、異能島の第1高校という、国内最高峰の狭き門をくぐることのできた生徒ではあるものの、所詮は学生だ。


 総帥と互角の相手を、いくら日本支部の将来有望な学生といえど、倒せるわけがないだろう。


「やぁ…美味しそうな女の子たちがたくさんいるねぇ…」


「ひっ…」


 ゲルナンの浮かべる歪な笑みに、美沙は思わず一歩後ずさり、青ざめた表情を浮かべる。


 これまでは必死に我慢してきたが、もう限界だった。


「…美沙…下がってて」


「夕夏…?」


 美沙が後ずさると同時に、夕夏が一歩前に出る。


 夕夏は驚いた美沙の表情を見ながら、考え事をしていた。


 ゲルナンは確か、オクトーバーに眉間を撃ち抜かれ、即死したはず。


 確かに彼の眉間には銃痕が残ってはいるものの、それが本人だなんて、思えない。


 父親が死闘を繰り広げた相手が生きているなんて想像できない夕夏は、悠馬よりも劣化した鳴神を発動させ、ゲルナンを睨む。


「死人の姿を騙っているだけなら、痛い目を見ますよ」


 ゲルナンのフリをしているだけでみんなが怯えると思ったら大間違いだ。


 少しずつ、でも確実に成長をしている夕夏は、以前と違い、震えが止まっていた。


 何度も死線をくぐれば、何度も似たような経験をすれば、人は恐怖や恐れを克服してしまうものだ。


 しかしそれは、一歩間違えれば死につながる。


 慣れてきたときこそ、克服した直後こそ、油断してはならないのだ。


 夕夏はまだ、それを知らない。


 友人を守るために、みんなを守るために前へと出た夕夏は、自分の中から恐れがなくなったことに安堵し、油断している。


「騙る?私が騙ってるように見えるのか?」


「…だって貴方は、オクトーバーに殺されてる。この世界にいるはずがない!ムスプルヘイム!」


 声を荒げると同時に、夕夏は前方広範囲に向けて最高位異能、ムスプルヘイムを放つ。


 炎は一瞬にして落ち葉へと燃え移り、焼畑式にゲルナンの元へと向かう。


 彼が偽物だとしたら、ムスプルヘイムを相殺するだけの術は持っていないはず。


 夕夏は腐ってもレベル10だ。

 入学当初はレベル10もどきの継ぎ接ぎ女に遅れをとったが、もうその時の夕夏とは違う。


 放たれたムスプルヘイムは、瞬く間にゲルナンの身を包み、そして業火によって影は見えなくなった。


「やった…の?」


 美沙の後ろに控える、掠れた女子の声。


 ゲルナンの影が見えなくなったということもあってか、夕夏が骨も残さないほどの火力で放ったと思っている彼女は、安堵の表情を浮かべた。


 しかしその安堵は、すぐにかき消される。


「いい火加減だ」


「っ…」


 炎の中からうっすらと見える影。


 炎のパチパチと弾ける音とともに声が聞こえてくると、夕夏の放った赤色の炎は、徐々に色を帯び始め、そして青色に変わる。


「蒼炎…」


 蒼炎は、炎の異能の突然変異型であり、その異能を使える人物は極めて少ない。


 だからこそゲルナンには蒼炎などという異名がつけられているわけであって、それを見た夕夏は、ようやく彼が本物のゲルナンであることを悟った。


 蒼炎は普通の炎と違い、火力が極めて高い。


 相性的には、夕夏の上位互換といったところだ。


 この独特の雰囲気、そして緊張に汗を流した夕夏は、後ろにいる美沙との距離を確認し、生唾を飲み込んだ。


 近すぎる。


 正直、ゲルナンに近づいて戦うのは避けて、距離をとって戦いたいところだが、後ろには美沙や女子たちが控えているだけに、距離を開けることはできない。


 後ろに退くことのできない夕夏には、近接で戦うという選択肢しかなくなっていた。


 それはわかりやすい縛りであって、夕夏にとっては苦しい戦いを強いられるということ。


 全身に雷を纏わせる夕夏は、汗を流しながらゲルナンへと距離を詰めた。


「まだまだ動きが未熟だ。洗練されていないな」


「っ!」


 劣化鳴神で強化された夕夏の肉体は、成人男性と同程度。


 つまり単純に考えてゲルナンと同程度の速度で走り、そして殴り合いができるはずなのだが、彼は夕夏の攻撃を難なく回避し、呆れたように足をかける。


「っとと…」


「蒼炎」


 バランスを崩した夕夏へと、容赦のないゲルナンの蒼き炎が襲いかかる。


 バランスを崩していたため、一瞬ゲルナンを視界から外してしまった夕夏は、青白く光る炎を見て、慌てて飛び退いた。


「ぁぁああぁっ!」


 初めて感じる、焼かれるような感覚。


 幸いなことに全身を焼かれることはなかったが、利き手である右手を焼かれた夕夏は、痛みで叫び声をあげながら、地面をのたうち回る。


 熱い!熱い!


 レベル10の炎異能力者である夕夏は、他のレベルの炎の攻撃に対する耐性を得ている。


 そのため、自身が火力を上げすぎて火傷をすることはあっても、相手の攻撃で火傷を負うことは、今の今まで一度もなかった。


 焼けたような匂いとともに、黒くなっている右手を見た夕夏は、フー…フー…と大きく息をしながら心を落ち着かせようとする。


「そうだった。殺す前に質問をしておかないといけなかった」


「…」


 痛みから立ち直る夕夏を待ってから、ゲルナンは話を始める。


 ふと思い出したように、さっきまで忘れていたような彼は、今日ここへ訪れた理由について話し始めた。


「美哉坂夕夏を殺したいんだが…君たちはその名前を知らないか?」


『っ!?』


 その場にいる全員が、ゲルナンの言葉を聞いて硬直する。


 彼の質問の答えは、今目の前に立っている。


 大きく目を見開く彼女たちは、顔を見合わせると同時に、一度唇を強く噛み締め、瞳に涙を溜めた。


 見捨てることは簡単だ。


 きっと、夕夏を差し出せばすぐにだって引いてくれるだろうし、1人の命でみんなが助かるなら、それに越したことはない。


 ならば答えは単純だ。


『知りませんッ!』


 夕夏以外の女子たちが、涙をこぼしながらそう叫んだ。


 彼女たちは、友達を売って自分が助かるよりも、夕夏と共に、自分たちも死ぬのことを選んだ。


「そうか。ならば死になさい」


 やはり、というか、当然の結果だった。


 殺害対象である人物を知らない生徒たちなんて、生かすだけ無駄であって、餌にすらならない。


 もし仮に嘘をついているのだとしても、明確な〝死〟を目前にして、堂々と知らないと言い切れるだけの覚悟を、簡単にへし折ることはできない。


 彼女たちに質問をしても、もう無駄だと判断したゲルナンは、涙を流す彼女たちへ向かって、蒼炎を放とうとした。


「させねぇよ!」


 美沙たちが目を瞑り、そして夕夏が喜びと悲しみを感じている最中。


 死が確定したであろうその空間に現れた白髪の少年は、全身に雷を纏わせ、ゲルナンの顔面へと右拳を打ち込んだ。


「八…神」


 美沙の今にも消え入りそうな声が、かすかに響く。


「良かった…間に合った」


 絶体絶命とも呼べるその瞬間に降り立った八神は、美沙に笑顔を向けると、すぐに起き上がったゲルナンへと視線を戻す。


「…邪魔だな」


「こっちのセリフだ。ゲルナン…死人は大人しく、墓の中に帰れ」


 八神清史郎、レベル10。

 初めて恋をした愛坂隊長の死を乗り越え、再び立ち上がった彼は、試練を乗り越え、好きな人を守るためにレベルを1つ上へと上昇させた。


 夕夏の鳴神をコピーしたわけではなく、悠馬の鳴神をコピーしている八神は、不機嫌に睨みつけるゲルナンを見て、白い歯を見せた。


「ガキが…」


「悪いが簡単に負ける気はない。最低でも、両腕くらい貰っていく」


 続いて氷の異能を発動させた八神は、氷で出来た刀を生成し、慣れた手つきで構える。


「いくぞ」

悠馬…お前どこで何してるんだよ!

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