因縁
「もう折り返しだな」
1年生の約半数が通過して、残すところはあと半分。
折り返し地点と言ってもいいそのタイミングで、名残惜しそうに呟いたのは、金髪外国人、アダムだった。
彼の横には、現在お付き合いをしている、恋人のアルカンジュが頬を赤く染めて立っていた。
この様子だけ見ると、もうどちらが肝試しをしているのかわからない。
1年生の肝試しを補助する役目のはずの2年生が、恋人同士、山の中で初々しく並んでいるのだから、どっちが主役かなんて、何も知らない人にはわからないはずだ。
アダムはアルカンジュのことを意識しないように、いつも通り接しているつもりなのだろうが、彼の瞳は常に彷徨い続け、緊張しているのがわかる。
「あ、アダムくん…」
「ん?なに?」
「た、楽しいね」
「そ、そだなー」
なんて会話したらいいのかわからない。
もう1年近く付き合っているというのに、未だこのなんとも言えない関係を続けているあたり、この2人が一途で、互いを想い合っていることがわかる。
肩のふれあいそうな距離にいながら、手を握ろうと大きく手を開くが、残念なことにそんな度胸はなく、手は拳を作る。
お互いに手を握れずにいる2人は、どのタイミングで、どういう話で手を繋ごうかと必死に考えている。
ちょうど、その時だった。
「オイオイ、なぁんか見た顔だと思ったら…生きてたのか…孤児院のゴミども」
2人の関係を邪魔するように、そして2人の過去を知るように聞こえたその声に、アダムは反射的に仰け反り、周囲を確認する。
「誰だ?!」
アダムとアルカンジュの過去を知る生徒なんて、そう多くはない。
2人の過去を詳しく知っているのなんて、真里亞くらいのものだ。
その発言に違和感を覚えたアダムは、どこかで聞いたことのあるような声の主人を、必死に思い出そうとする。
どこかで聞いたはずだ。
でも、何度も聞いたわけじゃない。
親しい仲なんかじゃないだろうし、そもそもどこで出会ったのかもわからない程度の認識。
「お前らのせいで俺の人生は滅茶苦茶だよ。どう責任とってくれるんだよ?なぁ…」
アダムの疑問に答えるように、駆け寄ることも、不意打ちを行うこともなく木の陰から出てきた男。
その男の姿を見た瞬間、アダムは硬直した。
イメージチェンジしたのかと聞きたくなるような、老人のような真っ白な髪と、銀色の瞳。
見覚えのある、いや、すでに死んでいるはずの人物が、そこには立っていた。
「お前…アメリカ支部の…」
金髪から白髪に変わってはいるものの、見間違うはずがない。
今、アダムとアルカンジュの目の前に立っているのは、数ヶ月前のアメリカ支部代表飛行機墜落事故でこの世から去ったはずの、キングだった。
死んだはずの人間が、目の前にいる。
そんな奇妙な光景を目にしたアダムは、気づけば辺りそこらにいる人影を警戒する。
「よぉ。孤児院のゴミ。生き残ったのはお前らだけか?それとも、まだ他に生きてる奴がいるのか?」
「まーまー、なんで怒ってるのかは知らねえけど、お前らのことアメリカ支部は探してるし、帰ったほうがいいんじゃね?」
このままでは勝ち目がない。
所詮多勢に無勢だと気づいたアダムは、なるべく話を長引かせるため、そしてキングがなぜ敵意を剥き出しにしているのかを探るために、能天気な声で訊ねる。
「…俺はアリスの息子だった」
「…それがどうかしたのか?」
「お前らが邪魔だったんだよ!」
そう叫び声をあげながら、突如として銀色に煌めく大剣を手にしたキングは、容赦なくアダムへと斬りかかる。
「っ!」
「アダムくん!」
その不意打ちにも近い攻撃を、擬似聖剣で受け止めたアダムは、歯をギリっと食いしばりながらキングを睨んだ。
「任務なんて後回しだ…お前らがいるなら、先にお前らをぶっ殺して、俺の気がすむまで嬲らせろ」
アリスとキングの関係を狂わせた、悲劇の元凶。
実際、アダムとアルカンジュからすればとんだとばっちりではあるものの、キングの視点から見た際、この2人は、自分の人生を狂わせたまぎれもない悪そのものだろう。
きっとアリスが孤児院に行かなければ、こんなことにはならなかった。
家族そっちのけで孤児を可愛がらなければ、キングはここまで狂ってはいなかった。
結局、これはアリスの総帥としての器ではなく、家族としての絆が巻き起こした不祥事だ。
アダムはキングの大剣を左に逸らすと、勢いよく左に逸れ、無防備になったキングの腹部へと蹴りを入れる。
「アリス総帥の息子が襲ってくるのはよくわかんねぇけど、やる気なら相手するぜ」
今の一撃は、本気で殺すつもりの一撃だった。
ならば適当にいなすことも、彼の怒りを収めることも不可能だろう。
争いごとにおいて、相手の心を宥めるというのは、一歩間違えれば事態の悪化を示す。
その危険性を知っているアダムは、冷や汗を流しながら人工結界を発動した。
アダムは人工結界を使用しなければ、レベルは1。
それは人類が、世界が規定する最低レベルである2を下回る、完全になんの異能も使えない、無能力者だということだ。
対するキングは、レベル10でフェスタ準優勝者という実績を持つ、下手をするとそこいらの軍人なんかよりも強いであろう存在。
はじめての経験、はじめての争いに戸惑いを隠せないアダムに、唯一の救いだったのは、周囲に控えている人影が動かないということだ。
「弱いなぁ…さすが失敗作!孤児にお似合いの実力だ」
「あ?」
「孤児同士で恋人ごっこは楽しいか?傑作だよなぁ、アメリカ支部から逃げ出して、日本支部に呑気に生活しやがって…俺の苦労も知らずによぉ…」
「お前、さっきから何言ってんだよ…他人に八つ当たりすんなよ」
「そっかそっか。そうだよな。お前らは知らないもんなぁ!」
アダムに蹴られた後、のっそりと起き上がったキングは、銀色の瞳でアダムを睨み付けながら声を荒げた。
それはアダムやアルカンジュには知りようのない、自分たちが死神に救われた後、アリスとキングの間に起こった悲劇。大きな溝。
知るはずのない八つ当たりをされるアダムは、不服そうにそう話し、そして次の瞬間、キングを見失った。
「解除」
「早っ…」
アダムの動体視力というのは、普通の人間よりも優れている。
言ってしまえば、その動体視力は、悠馬に並ぶほどに。つまり弾丸を目で追える程度の動体視力は持ち合わせている。
しかしながらそのアダムのポテンシャルを持ってしても、キングは忽然と姿を消したようにしか見えなかった。
それはフェスタで見せたような分身や、プラズマの異能などではない。
「分離」
「っ〜!?」
背後から聞こえた声に、反射的に回避を優先したアダムは、左肩を掠める一撃を受けて顔を歪める。
「これがあのお方から賜った、俺の異能の進化形態だ」
新たな力を手にしたキングは、まるで子供が友人に新たなオモチャを自慢するように、両手を広げてアピールをする。
キングの異能は、あのお方の力によって、分身から分離へと変化した。
分離は分身と違って、分離体にも使用者と全く同じ人格が発生し、自律して行動することができる。
つまりは、勝手に動いて勝手に攻撃をするということだ。
加えて、分離体も言葉を交わすことが可能になる。
南雲の分身を想像して貰えばわかるだろうが、分身というのは本来、使用者に完全服従であって、言葉を交わさない寡黙な存在でなければならない。
その定義を、枠組みを超えたキングの異能というのは、身体を分ける分身とは違い、自分自身を分裂させる、分離という単語が相応しい。
擬似聖剣を手にするアダムは、フェスタの時とは全く違う行動パターンのキングに戸惑いながら、彼の動きを予測する。
「あのお方って誰だ?」
「お前みたいな捨てられたゴミには教えられねえよ」
「そか、ならいいや。興味ないし」
あのお方という単語が気になったアダムだが、別に勿体ぶられてまで聞こうという気にはならない。
粘らず、どうでも良さそうな返事をしたアダムに対して、キングは額に青筋を浮かべた。
「…ぶっ殺す」
「はは、言っとくけど、俺もまだ本気出してねえから。お前悠馬より遥かに弱いし、日本支部ではよくて中位くらいだな!」
アダムはこの戦闘に、慣れつつあった。
たった一度だけ剣を交え、そして一撃を浴びただけだというのに、アダムのその表情には、すでに焦りや不安というものはなく、いつも通りになっている。
孤児として、数年間人体実験を行われてきたアダムにとっては、適応することが自分が生きていく術だった。
つまりこういうわけのわからない奇襲時でも、アダムは真っ先に適応してしまうのだ。
たった2回の攻撃でキングの攻撃をある程度見切り、予測するアダムは、擬似聖剣をクルクル回すと、慣れた手つきで剣を横に振る。
「斬れ」
アダムがそう呟くと同時に、凄まじい斬撃音が響き渡る。
それは大木を数十本まとめて伐採したような、そして空気を切り裂いたような、とてもこの世の音とは思えない、この世界が悲鳴を上げているような音。
これがアダムの結界の本域、あらゆるものを分断するという、とてつもない力。
「その大剣、折れたな〜安モンだったのか?」
砂埃が舞い、木々が倒れる中、正面に立っていたキングは、剣を踏み台にして上空へと飛躍し、難を逃れたようだ。
綺麗に中折れしている大剣を目にしたアダムは、ニカッと笑いながら、鋭く睨みつけるキングを見た。
「はは…はははは!おいおい、まさかこの程度で勝ったつもりか?」
キングなんかよりも、アダムの方が一枚上手。
この空間がフェスタ会場だったのなら、万人が万人、アダムの方が優勢で、キングが負けると答えるはずだ。
だというのに、キングは自信があるのか、悠馬と戦った時のような押されて苛立つような素振りなど見せずに、どこか余裕そうに微笑む。
その笑顔は、まだまだ全力を出していないと言いたそうな、遊んでいると言いたそうな表情だった。
「おいおい、こっちは楽しくねえんだぞ!いきなり襲われるこっちの気にもなってみろ!」
面白そうに微笑むキングに、アダムはかなり不服そうだ。
確かにアダムも笑顔を浮かべたが、それは作り笑いであって、この状況を楽しんでいるわけではない。
何しろいきなり襲われたわけだし、アダムはアルカンジュといい雰囲気だったわけで、イチャイチャを邪魔されれば、誰だって怒るものだ。
盛り上がってきたと言いたげなキングを睨んだアダムは、両足で地団駄を踏みながら、木の上に乗るキングにギャーギャーと叫ぶ。
「すぐにそのうるさい方を黙らせてやるよ」
「っ!?アル!山から降りろ!」
「え?アダムくんは!?」
キングに睨まれるとすぐに、アダムは後ろの木に隠れるアルカンジュへと指示を下した。
それはアダムの直感であって、そしてこれが最善の手段だと判断したからだ。
戸惑うアルカンジュの疑問など無視して、早く行けと指で指示を出したアダムは、背後を気にしながら降り始めたアルカンジュを見て、再び剣を構えた。
「…ここで待たせたら、巻き込んじまうからな〜」
アダムの剣は、人工結界は、周りの人のことなど気にせずに使用することで、本領を発揮する。
周りに仲間がいれば配慮も加減も必要になってくるし、これは広範囲異能の使用者にとっても言えることだが、味方が邪魔になってくるのだ。
「逃したところで結果は変わんねえぞ?アイツも孤児院のゴミって時点で、嬲り殺す」
「やってみろよ。小悪党。お前は俺一人で事足りるんだよ」
「そうか。生憎、俺もまだこの異能になってから日が浅くてな…お前よりも秘めた力は強いってわかっているが、それをモノにする前にやられるのは御免だ」
以前までのキングなら、アダムに煽られた時点で、激昂し襲いかかってきていただろう。
しかしキングは、新たな異能を手にして、優越感に浸ることによってその弱点を克服していた。
いや、新たな力を手に入れたばかりだからこそ、少し慎重になっていると言うべきか。
「だから味方を使わせてもらうぜ?」
ニヤリと笑みを浮かべたキングは、指をパチンと鳴らすと現れたローブ姿の人物を見て、嬉しそうに近づく。
「へぇ…初めて呼んだけどお前が悠人くんか」
「なん…?!!?」
アダムはそのローブ姿の人物を見て、その雰囲気を感じ取って一歩後ずさった。
彼から発せられるオーラは、よく見る、よく知る人物と似ている、いや、ほぼ波長が同じものだった。
「さすが、4年前のテロであのお方が直々に拾ってきただけあるなぁ」
いよいよです。




