奇襲
「はぁー…眠い…」
昨日はマナと色々あって鏡花に半殺しにされたからか、少し疲れがたまっているような気がする。
昨日の昼間に砂浜でトレーニングを行なったことを忘れている悠馬は、疲れをすべて鏡花のせいにしながら、長い欠伸をした。
「ゆ、悠馬、手を繋がないか?」
「あ、うん。いいよ」
悠馬は現在、同じクラスの転校生、オリヴィアと共に、虫の音が響く山の中を歩いている。
その理由はもう言わずともわかるだろう。
今年は肝試しの仕掛け人として、2人ペアで1年生を脅かす側に回らなければならなかったのだ。
だから今は、肝試しが開始される十数分前の、スタンバイ時間というやつだ。
オリヴィアの伸ばした手をなんの躊躇いもなく握った悠馬は、周囲が真っ暗なため、彼女の顔が真っ赤なことになど気づいていない。
「悠馬」
「どうした?」
「悠馬は…好きな人ができた時どうする?」
「唐突な質問だな」
早乙女が聞いてきそうな質問を、まさかオリヴィアがするとは思っていなかった悠馬は、少しだけ驚いたように、それでいて優しく反応してみせる。
「…聞かせてくれ」
「うーん、手が届かなくなるなら…ダメ元で告白する」
「普通、逆じゃないのか?」
手が届かなければ、普通諦めるだろう。
そして手が届くならば、告白をする。
オリヴィアの考えとは全く違う、誰も思わないような答えを繰り出した悠馬に、ちょっぴりと驚く。
「どうなんだろうな?俺はよくわかんないや」
「そうか」
「ただ、後悔するくらいなら告白した方がいいと思うな」
花蓮の一件を思い出しながら、一歩間違えば今のような物語にはなっていなかったであろうことを考える。
きっと星屑がいなければ、悠馬は花蓮に告白しなかったことを一生後悔して、自分を恨み続けていたことだろう。
その経験がある悠馬だからこそ言える、人生のちょっとした先輩からのアドバイスだ。
「告白するなら…どこが良いと思う?」
「難しい質問だな」
告白する場所なんて、十人十色で、どこが良いなんて、みんなバラバラの意見になること間違いなしだ。
1つの答えとしては正しいものを導き出せる悠馬だが、百点満点を知らないため、続けざまの難しい質問に、眉間にしわを寄せる。
「…俺の主観でいいのか?」
「ああ。聞かせてくれ」
むしろ悠馬の主観でしか話さなくていい。
直接本人に告白の場所や、そしてその他のことを聞き出しているオリヴィアにとって、悠馬以外のお話というのは、実質余計なものであって、聞かなくていい話だ。
求めている答えを知りたいオリヴィアは、頬に手を当てる悠馬を見て、擦り寄る。
「俺は…静かなところで、2人の時がいいな」
「今とかか?」
「今は…うーん、個人的には虫の鳴き声がもう少し小さい方が…」
意外とワガママな悠馬は、虫の鳴き声も気にしているご様子だ。
「じゃあ、寮の中…とか?」
「個人的には、夕暮れ時の教室の中とかだと100点満点」
「ありきたりだな」
「ありきたりだからいいんだよ!ったく、わかってないなぁ、オリヴィアは」
男として憧れるシチュエーションを口にした悠馬は、オリヴィアに納得してもらえなかったのが不服なのか、頬を膨らませる。
似たような青春を思い描くオリヴィアと、意見が一致しなかったことが不満なのだろう、彼の表情は、夕夏や花蓮といるよりもずっと幼いように見える。
「…ここは人の声が聞こえないな」
「ああ。みんな配置に着いたんだろ。俺らもそろそろ、待機しないとな」
夕夏や美月、朱理は今頃スタンバイを終えているのだろうか?
花蓮は別の無人島での合宿を、満喫しているだろうか?
そんなことばかり考える悠馬は、オリヴィアの気持ちなど知らずに、木の陰で息を潜める。
ずっと、こんな日々が続けばいいのに。
オリヴィアは心の中で呟いた。
アメリカ支部の戦神という身分を偽ってから、早くも1ヶ月が経過した。
その間、アメリカ支部から日本支部へと転入したオリヴィアには、すでにこの空間に、この学校の中で居場所ができていた。
それは軍にいた時よりもずっと居心地が良くて、暖かいものだった。
別に、軍が悪いと言っているわけじゃない。
ただ、日本支部は、日本支部の異能島は、みんなでバカをやって笑いあって、些細なことで言い合って、友達をたくさん作って…
今までオリヴィアが手に入れることのできなかったものを、たくさんくれた。
「私はもう…戦えないよ…」
こんな幸せを知ってしまったら、こんな世界があることを知ってしまったら、もうあの地獄に戻ろうなんて思わない。いや、思えない。
ようやく手にした幸せの形。
今日、この時を待って、アメリカ支部冠位・覚者である戦神は、完全な死を迎えた。
八神の予定通り、オリヴィアはもう再起不能になり、そして悠馬という男に恋をした。
高鳴る心音を抑えるようにして震えるオリヴィア。
彼女の震えは、恐怖などではなく、告白をどうしようという不安からだ。
現在幸せの真っ只中にいるオリヴィアは、右手を優しく握る悠馬へと肩を寄せ、小さな声を漏らす。
「…私は君のために…全てを捨てるよ」
元々、戦神としての限界を感じていたオリヴィアにとって、これは転機だろう。
きっと、あの日フェスタで悠馬と戦わなければ、あのままズルズルと軍人としての仕事を行い、精神崩壊していたはずだ。
そんな彼女が、精神崩壊する前に好きな人を見つけ、そして軍から離れることができたのは、転機としか言いようがない。
「お、さっそく1番目の通過者が来たぞ」
幸せの余韻に浸るオリヴィアのことなど知らずに、悠馬は1番最初に現れた1年生を見て、笑みを浮かべる。
去年自分が肝試しをできなかった分、今年の1年にはうんと怖い思い出にしてもらおう。
そんなロクでもないことを考える悠馬は、ゲートを発動させると、氷の異能を上空で発動させ、それを炎で溶かす。
「冷…っ!?うわ!」
「きゃー!人魂!?」
カラッと晴れた空、月明かりと星々が煌めく上空を見上げた1年の男女は、悲鳴をあげた。
晴れていたはずなのに、上空から冷たい水が降って来て、見上げたら赤黒い炎があるのだから、誰だって驚くだろう。
仕掛けとしては出来すぎているし、そもそも天井のない空間で炎を宙に浮かせるなんて芸当、並大抵の人間じゃできない。
慌てふためいて逃げ出す1年生を見た悠馬は、オリヴィアと顔を見合わせ、「ぷっ」と吹き出した。
「あははは!」
「うまくいったな」
「ああ!」
初手にしては上出来だろう。
いきなり1年生をうまく驚かせた悠馬は、嬉しそうにオリヴィアと話をする。
「この先はアダムとアルカンジュのペアか…アイツら、付き合ってるし変なことしてなければいいけど」
次に1年生が通るであろう、アダムとアルカンジュの2人のことを想像する悠馬は、てっきり2人は、自分たちと同じくらい進んでいると誤解をしている。
つまり下手をすると、森の中でイチャイチャしてるんじゃないのか?と思っているわけだ。
アダムとアルカンジュが手しか繋いだことがないことを知らない悠馬は、勝手に不安を抱きながら、首を傾げた。
「…なんか、人がいっぱいいるような気がする」
明確な根拠があるわけではない。
ただ、なんとなく、色んなところから視線を向けられているような気がした悠馬は、周囲を見回し、再度首をかしげる。
何処にも、誰もいない。
さっき通った1年生が去ってからたったの数十秒で、次の1年生が来るということもないだろう。
「…気のせいかな」
視線の正体に気づかない悠馬は、かしげていた首を元に戻すと、元どおり、自分に任されたお化け役を果たそうと試みる。
悠馬はこれから先、この瞬間に自分が下した結論を後悔することとなる。
まぁ、視線の正体に気づかなかった時点で、後の祭りなのだが。
***
「…なんか、腐った臭いがするね…」
「…そうですね」
山の麓に待機している朱理と美月は、背中を合わせながら、鼻を刺激するような腐敗臭に顔をしかめる。
1年生たちの約半数が通過して、ある程度慣れてきた彼女たちは、周囲を確認して顔を見合わせた。
「…この島って、動物いたっけ?」
銀髪の長い髪を風に揺らす美月の、鋭い推理。
去年の合宿で、合宿=事件というイメージが強くなっている美月は、この島に動物がいないことを思い出して、嫌そうな表情を浮かべた。
「死体遺棄…ですかね?」
「ちょ…!朱理!変なこと言わないで…」
朱理の脅かすような不気味な口調に、美月は体を震わせると、黒髪の彼女へと抱きつく。
美月はお化けに対しての恐怖はあまり感じない代わりに、どちらかというと、グロテスクなシーンを見るのが苦手だった。
それを彷彿させた朱理にプンスカと怒る美月は、責任とって…と言いたげに、朱理の袖を引く。
「……ですが普通に考えて、死体遺棄しているならば、今日のフィールドワークで気づかれていると思いますが…」
ここは山の麓であって、昼のフィールドワークではたくさんの学生が道を通っている。
そんな最も人通りが多いところに、死体遺棄をするような奴はいないだろう。
そもそも、普通に考えてここに死体を持ち込むバカなんていないはずだ。
呑気にそんなことを考える朱理は、ふと見えた影に気づき、目を細める。
「…なんですかね、アレ」
「……2年の誰かじゃない?歩き方的に、お化け役みたいだし」
山から下山して来たであろう、道無き道を行く人影。
足を引きずりながら、両手を前に突き出して歩くその姿はお化けやゾンビに限りなく近いし、きっと暇を持て余した同級生が、遊びでそんなことをしているのだろう。
朱理と美月は顔を見合わせると、同級生なんて怖くない。と言いたげに微笑み合う。
「私たちも、カウンターで驚かせちゃおっか?」
「そうですね。わかっているのにやられるのはつまらないですし、返り討ちにしてやりましょう ♪」
月がちょうど分厚い雲に覆われ、陰りが見え始める頃。
微笑ましい会話をしていた朱理は、風に乗ってやってきた死臭に気づき、カウンターを仕掛けようとする美月の手を掴んだ。
「朱理?」
「…アレ、多分死んでます」
「は…?」
肝試しどころではない。
おそらくこの無人島にいる中で、最も危機察知能力が高い朱理は、直感のまま身体を動かし、美月を抱き寄せ木の陰に隠れる。
「朱理、…どういうこと?」
「…死臭、というか、腐敗臭は、間違いなくあの影が発生源でした。つまり腐ってます」
「っ!?」
生きたまま腐るような人間は、この無人島に訪れた学生の中にはいないはずだし、そもそもそんな人間が存在するのは、治安の悪い国だけだ。
日本支部の近辺国家でそんな治安の悪い国はそもそも存在していないし、ならば考えられる答えは、限られてくる。
「異能での奇襲…」
「忘れていましたが、これが当然のことですよね」
今まで色々とあって忘れていたかもしれないが、日本支部の異能島に通う学生というのは、基本的に殆どが磨けば輝く宝石の原石のようなもの。
そんな原石が転がっていたら、犯罪組織は誰だって駒、道具として異能島の学生を拉致したがるだろう。
現に、治安の悪い国の異能島では、犯罪組織が不法侵入をして捕まったという話をよく聞く。
しかしながら、そんな治安の悪い国異能島とは違い、日本支部の異能島は最新鋭の技術で島を防衛している。
セキュリティも厳重な日本支部の異能島には、下手に手を出せないのだ。
そう考えると、犯罪組織はいったいどのタイミングで日本支部異能島の学生を狙うだろうか?
オクトーバーの一件を思い出せば、答えは自ずと見えてくる。
答えは、日本支部の異能島から離れたタイミングで襲う、ということだ。
日本支部本土や離島は、異能島ほどの厳重なセキュリティは整備されていないし、教員たちの数も、見回りの数も疎らになってくる。
異能島の学生を拉致するために奇襲をかけるには、こういう島から出た無防備な瞬間を狙うのが最適なのだ。
しかもこの無人島には、監視カメラもなければ、警察がいるわけでもない。
この島にいるのは、教員と生徒、そして係員くらいのものだ。
そんな絶好のタイミングを、犯罪組織が見逃すわけがないだろう。
フェスタ優勝者である悠馬がいる第1を狙うのは当然の道理だ。
なぜこんな得体の知れない影があるのか、その理由を悠馬のフェスタ優勝と、普段手を出せない異能島の厳重なセキュリティを考えると、全てつじつまが合う。
学生の中で最も強く、そしてそんな人間が無防備にお外に出る瞬間が来れば、誘拐したくもなるはずだ。
「ま、目的はご本人たちから聞きましょうか」
現状、考えられる中では狙われる可能性が最も高い悠馬。
彼氏が狙われていると考えた朱理は、瞳の色を真っ黒に変えながら、美月を抱きしめる力を強くした。
ノクターンノベルズの方は不定期になると思います。週一回は更新したいです…




