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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
戦神編
240/474

ようこそ天国へ

「あぢぃ〜焼け死ぬぅ…」


「なんだよこれ…拷問か?」


 砂浜に集められた2年生たち。

 ギラギラと照りつける太陽と、生ぬるい潮風を全身に浴びる男子たちは、両手をダランと垂らし、前傾姿勢で汗を流す。その光景は、ゾンビ映画に近い。


 高校2年の強化合宿の内容は、もしかすると去年の1年生の時の合宿よりもハードなのかもしれない。


 例年よりも温度の高い砂浜に放置されているため、鉄板で焼かれているような気分だ。


「悠馬、お前よく無表情でいられるな…」


 そんな中、周りと同じように砂浜で熱されている悠馬だが、表情はいつも通り。


 余裕すら感じさせるその姿を横目で見た八神は、体操着の胸元を手でパタパタと揺らしながら話しかける。


「ああ…まぁ…」


 実は悠馬、すでに異能を発動させて、自身の体温を快適に保っている。


 氷の異能を応用できる悠馬からして見ると、例え火の中水の中草の中…だろうと、自身の体温を快適にできるのだ。


 悠馬がそんな卑怯な手を使っていることを八神は、まるで偉人を見るように、悠馬を見る。


 悠馬は申し訳なさそうな表情で、八神の視線に耐えきれなくなったのかそっぽを向いた。


 ごめん、八神。


 心の中で謝罪する悠馬のことなど知らない八神は、体操着の下を確認しながら口を開く。


「にしても、水着を着用して来るように…って、何するんだろうな?」


「多分だけど、ここに集められたってことは浜辺でのトレーニングだろ」


 去年はグラウンドに集められたが、今年は砂浜が集合場所だった。


 加えて言うなら、異能島の国立高校の強化合宿は、学年によって形を変えるため、去年と同じくランニングということはまずない。


 そこから予想を立てる悠馬は、去年の先輩たちのフィールドワークの課題、浜辺や果樹園を思い出して判断する。


 十中八九、浜辺でトレーニングだろう。


「は〜い、皆さぁ〜ん、集まってますね。ぱちぱち」


 去年と変わらない登場の仕方、いつものようにニッコリと作り笑いを浮かべるCクラスの担任教師は、口で拍手の擬音を発しながら、砂浜へと降り立った。


 その姿を見た瞬間、男子たちは死にかけのゾンビから、元の人間へと戻った。


『うぉぉぉぁぁぁあ!』


 Cクラスの担任教師を指差しながら、歓声をあげる。

 そんな彼らを、反対に女子たちは冷ややかな表情で見つめる。


 その理由は、Cクラス担任の格好が原因だった。

 合宿中、担任教師や見回りの教師というのは、基本的にジャージや動きやすい格好で、派手さやオシャレを意識した服装はしない。


 しかし目の前にいるこの女(これ以上言うと殺されそうだから言えない)は、ピンク色の派手なビキニに、フリフリの衣装で登場したのだ。


「若作り…」


「あら、八神くん、あとで残ってね?先生とお話ししましょっか?」


「き、聞こえてんのかよ!?」


 明らかに年齢不相応の水着姿にボヤいた八神は、Cクラスの担任教師と距離があったというのに、呼び出しをくらう。何という地獄耳だろうか。


 何も言わなくてよかった。

 そう思った悠馬は、ワーワーと歓声をあげて男子たちを見つめ呟く。


「いいよな…お前らは。あんなおばさんで一喜一憂できて」


「暁くんも残ってね〜」


「………はい」


 余計なことを言ってしまった悠馬。

 作り笑いを浮かべるCクラス担任の額には、青筋が浮かんでいるようにも見えた。


「騒がしいぞ。黙ってクラスごとに並べ」


 悠馬と八神、そして女子を除いて大興奮のこの場に現れたのは、Aクラスの担任教師である鏡花だ。衣装はCクラス担任と同じくビキニで、色は真っ黒だ。


「すげぇ!やるな鏡花ちゃん!」


「ナイスバディじゃん!」


 しかしながら、鏡花の出現は悪手だった。


 年頃の思春期真っ盛りの男子生徒たちは、20のはずの2人の女教師のビキニ姿を目にして、目がハートになっている。


「やっぱ、鏡花先生の方が引き締まってるよな」


「うん」


「八神ぃ…暁ぃ…お前らあとで集合な?」


『ひっ…』


 失言続きの悠馬と八神は、ついに君付けとふわふわキャラをやめたCクラス担任を見て、冷や汗を流す。


 なんでこの距離で聞こえているんだろうか?


 小声で呟いているというのに、10メートル以上離れた生徒の声が聞こえるなんて、人じゃない。


 そう、言うならば妖怪若作りババアだ。


 心の中でその答えに至った悠馬は、次は口には出さず、大人しく口を噤む。


「静かにしなさい!全く!」


 そして最後に登場したこの男、Bクラスの担任のハゲた先生は、海パンを履いて、細い身体を2年全体に見せつける。


「なんか冷めたな…」


「おう、早く並ぼうぜ」


 Bクラス担任の海パン姿を見た男子たちは、突然興奮が冷めたのか、大人しく列になり始める。


 これは所謂、AVの鑑賞中に、親が部屋に入ってきたような感じだ。


 完全に冷めた男子たちは、Bクラス担任の指示に大人しく従う。


 ついにやったぞ。と言いたげなハゲた先生。


 日頃は言うことを聞かない男子たちが自分の言うことを聞いて、征服感に満たされているのだろう、心なしか髪の毛が生えてきたような気がする。


「さて、並びましたね」


 指示通りに並んだ生徒たちを、石の上から見下ろす先生は、拡声器を手にして話を始めた。


「君らには今から、砂浜でランニングやスポーツをしてもらいます」


 去年の地獄のようなランニングとは違い、砂浜でランニング、そしてその他のスポーツ。


 おそらくビーチバレーや、砂浜で行える競技をするのだろう。


 話を聞いた生徒たちの目は、キラキラと輝いていた。

 何しろ去年は30〜50キロ走らされたと言うのに、今回は短い砂浜のランニングや、体育でやるスポーツがメインとなってくるのだ。


 これでは合宿というよりも、遊びに来たという単語の方がふさわしい。


 天国のような待遇に騒めく生徒たちを見た鏡花は、ニヤリと笑うと何かを呟く。


「楽しいが、ハードだぞ…」


 去年のランニングと決定的に違うもの。


 それはみんながやる気に満ち満ちているということだ。


 女子たちにいいところを見せたい、楽しいから全力を出す。

 ランニングの時は、どうせちょっと手を抜いたってバレないだろうと思っていたかもしれないが、みんな、楽しいこととなると手を抜くことを忘れてしまう。


 そういった人間の心理を逆手に取った強化方法が、砂浜でのトレーニングだ。


 おそらく、今はしゃいでいる生徒たちは、去年よりも酷い筋肉痛を味わうことになるだろう。


 彼らの苦しむ姿を想像した鏡花は、満足そうにその場から立ち去ろうとする。


「あら〜、鏡花先生、意外と腹黒ですね」


「…椎名先生、貴女には言われたくないですね」


 悠馬に鏡花と比較された、Cクラス担任の椎名。


 彼女は比較されたことにより、鏡花をライバル視しているのか、ニコニコと笑いながら突っ掛かる。


「あら?私何かしましたか?」


「…その作り笑い、ほうれい線が見えてますよ」


「……どうやらAクラス担任は、生徒の指導の仕方も悪いようですね」


 椎名の本性に気づいているであろう、八神と悠馬。

 他の男子はゴキブリホイホイのように、三十路近いおばさんの笑顔にやられているが、それに屈しない2人と、そしてストレートな発言をした鏡花が気にくわない椎名は、引きつった笑顔を見せる。


「そちらから突っ掛かって来ておいて、その物言いはどうかと思いますね。それでは。私は別に、ビキニを見せつけるつもりはないので、上着でも着てきます」


「ガキが…潰すぞ」


 立ち去る鏡花に、小さな声で罵る椎名羽咲(29歳)。彼女は正真正銘、ぶりっ子クソ野郎だった。



 ***



 Aクラスの生徒たちに課せられたトレーニングは、2人ペアでの腹筋や腕立て、背筋といった、基本的なものだった。


 砂浜から少し離れた芝生に集合したAクラスの生徒たちは、砂浜を見つめながら話をしていた。


「…お、Bクラスの生徒たち水着になったな」


「おいおい、ビキニ着てるやついるぞ。パネェな」


「おいおいおい」


 腹筋をしながら興奮気味に話すのは、もちろんAクラスの男子たちだ。


 年頃の男子は、スク水よりも、大人びたビキニの方が好み(偏見)だ。


 モンジは携帯端末で盗撮を始めようとしているし、どうやらAクラスには犯罪者予備軍しかいないようだ。


「アイツらも懲りないな」


「去年露天風呂覗こうとしてたお前が言える立場じゃないけどな」


 去年の自分を棚に上げて、悠馬の足を支えながら話す八神。


 そんな彼に、腹筋をしながらツッコミを入れた悠馬は、若干呆れ気味だ。


「あはは、あの時は魔が差して…」


「ま、わからなくもないけどな」


 可愛い女の子の下着姿や、ちょっとエッチなシーンを見たいと思うのが高校生男子であって、むしろそのくらいが健全だ。


 1周まわって、動物で性的興奮を覚えるやつもいるくらいだし、そんな重症になるくらいなら、無邪気に露天風呂を覗こうと画策している方が、幾分かマシな気がする。


「てか悠馬、お前体操着脱がないのか?」


 Bクラスが水着姿になったということもあってか、服を脱いで腹筋を始めたAクラスの男子たち。


 彼らの視界に映っているのは、筋骨隆々のBクラスリーダー、南雲の姿なのだろう。


 男子からすれば憧れの肉体を手にしている南雲は、男子生徒たちからその肉体を敵視されているようだ。


 見栄を張って力んでいる奴や、ちょっとした腹筋をアピールするAクラス男子たちが目立つ。


 結論を言っておくが、南雲ほどの筋肉を手にしている人物は、残念ながらAクラスには存在しなかった。


「俺はいいよ。お前も脱いでないし」


 流石に1人だけ体操着…的な感じになったら脱ぐかもしれないが、男子の中でも少数、体操着を脱いでない奴はいる。


 別に自分の筋肉をアピールしたいわけでも、熱いわけでもない悠馬は、表情1つ変えずに腹筋を続ける。


「いつまで腹筋すんの?もう50回超えたけど」


「150回」


「お前、教師に言われた3倍やる気か?」


「いつも寮でやってる回数だから」


「……さすが、格が違うな」


 50回でもヒィヒィ言う男子がいるというのに、サラッとその3倍の腹筋を毎日やっているという悠馬。


 それはハイスペック男子、八神にとっても驚く事実であって、表情1つ変えずにそれをこなす悠馬には、正直なんと言えばいいのかわからない。


「お前の腹筋見てみてえわ」


「南雲ほどはないぞ」


 南雲は多分、1日300回くらいやっているクチだ。

 毎日腹筋をしている悠馬は、基となる個体差もあるのだろうが、南雲の肉体を見てそう判断する。


「南雲の身体は、あれは高校生の次元じゃねえよ」


「だな、完敗だ」


 高校2年の5月だというのに、完璧に仕上がった肉体を目にする2人は、南雲に憧れを抱きつつ、腹筋を続ける。


「そういや、肝試しの話聞いたか?」


「肝試し?」


 久しぶりに聞くその響きに、悠馬は八神の言葉を復唱する。


 懐かしい合宿での肝試しと、そして7月の旧都市、第4学区前の出来事。


 そのどちらも、事件に巻き込まれて途中で肝試しどころではなくなったのをよく覚えている。


「ああ。去年、神宮と霜野が暴れただろ?」


「暴れたな」


 みんなの記憶では暴れたことになっているため、それに頷く悠馬。


「それがいろいろ問題になったみたいでさ、今年からは、2年がお化け役を兼ねて、1年生の暴走を止めなくちゃいけないらしい」


「んな面倒な…」


 神宮たちが起こした厄介ごとのツケが、1年の時を経て自分たちの学年に帰ってきた。


 本来であれば、2年生や3年生は、1年が肝試しをする2日目夜は宿舎内で好き放題やれる時間。


 教員も肝試しの方に割かれるため、男女ともに行き来しやすくなるフィーバータイムとも呼べる時間を失うのは、2年生にとってはかなり手痛い出来事だ。


 何しろメリットが1つもない。

 給料が出るわけでもなければ、成績が上がるわけでもない。

 終いには去年の肝試しと違って、女子とペアで行動、なんてこともさせてくれないだろう。


 きっと八神の話が事実なら、少なからず男女から不満の声が上がるはずだ。


「てか、八神、お前1年生知ってんのか?」


「ううん。残念ながら誰も知らないよ」


「だよな」


 別に去年のような学年間の軋轢があるというわけじゃないが、校舎が反対側に位置しているため、1年生と偶然出会うことがない。


 呼ばれるか呼び出すかしない限り、この合宿以前に出会うのは、帰宅部生にはないのだ。


 だから残念なことに、八神も悠馬も、1年生の顔も名前も、全く知らない。


 勝手にいい子ちゃんが多いいんだろうな〜と期待する2人は、トレーニングをしながら、可愛らしい後輩たちのことを妄想し始めた。

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