強化合宿初日
豪華客船が今年強化合宿を行う無人島へと着港し、3年生から順に島へと上陸していく。
去年も随分と豪華に見えた無人島は、今年は1番豪華な無人島ということもあってか、去年よりも数段上のクオリティになっていた。
港から一直線に、道を示すためだけに並べられたハイビスカスに、所々に見える異国風の街灯。
去年の無人島は夜が暗くて少し不安だったが、これなら夜に抜け出したって、恐怖はなんら感じないだろう。
「なんだよここ!去年第6の奴らは、こんなところで強化合宿してたのか!?」
「クソ!ずりぃな!」
「お前ら、静かに歩くことはできないのか?」
去年、こんな豪華なところで地獄の合宿を繰り広げていたであろう第6高校の生徒たちを羨む通と栗田。
すでに愚痴担当と化している2人に対して、鏡花は呆れ気味に話しをする。
「だってよぅ、鏡花ちゃん、俺ら去年のところ、外周10キロもあったじゃん」
「栗田。私は鏡花〝先生〟だ。あまりふざけた口を聞くと、その生意気な口を縫い付けるぞ」
「ひゃ、ひゃい…すみませんでした…」
ふざけた口を聞いた栗田を脅す鏡花は、シュンとした栗田を見て満足げだ。
「しかし、お前らの言いたいこともわかる。第6は2年連続でこの無人島を使っているからな」
一昨年とその前の年は、異能祭の優勝校は第6異能高等学校。
つまり去年と一昨年は、第6高校が2年連続でこの無人島を使っていたのだ。
そして2年連続で2番目に豪華な無人島を使っていたのが、第1高校。
今年はその立ち位置が逆転しているが、2年もこんな豪華な島を使った第6高校を羨んでしまうのも仕方がないのかもしれない。
「ったく。こんなところで楽してよぉ!」
「ちなみにだが、楽はしてないぞ。島の外周はどこも似たり寄ったりだし、設備が豪華になるだけだ」
「うぐ…」
キツさは変わらない。
遠回しにそう言われた通は、この合宿が去年と同じものだと悟り、早々に逃げ出しそうだ。
「さて、与太話はこの辺にして…お前らは今年は2階を使うことになっている。理由はまぁ、当然だが2年生だからだ。くれぐれも階層を間違って、他の学年とトラブルを起こすなよ?」
洋風の玄関先で、入る前に2年Aクラスへと注意をした鏡花。
生徒たちが頷いたのを確認した彼女は、靴を履いたまま宿舎へと突入した。
「あれ?宿舎の中は、去年とあんまり変わらねえな」
和風だった作りが、洋風になっただけ。
豪華なカーペットが敷かれているわけでもないし、有名な絵画が飾っているわけでもない廊下は、良くてそこそこいいホテル程度の作りだった。
外の様子から、勝手に宿舎の中も神がかっているのだろうと誤解をしていた生徒たちからは、男女問わず落胆の声が上がっている。
「えー、洋風になっただけなら、去年の和風の作りの方が良かったんだけど」
「島の外見こだわる前に、内装こだわれよ」
男女の不満の声が入り乱れている。
勝手にハードルを上げていた分、それに応えることのできなかった宿舎の内装は、酷い言われようだ。
そんな不満タラタラのAクラスの生徒たちを見る鏡花は、鼻で笑いながら、黒い石で出来た階段を登る。
「階段だけ豪華だな」
「くそ、階段に金かけんなよ」
「俺だったらこの宿舎作ったやつクビにしてんな」
やけに豪華な階段を見て、不満の声はますます激しくなる。
まぁ、作りが平凡だったのに、階段だけ金をかけてそうな雰囲気になったら、「なぜ階段だけ?」という疑問も抱くだろう。
階段を登ったすぐ正面にあった大講堂へと入った鏡花に続いて、Aクラスの生徒たちも大講堂へと入場する。
「去年と変わらねえな」
「そだな」
栗田の声に、悠馬が反応する。
連太郎は風呂の話しかしていなかったし、風呂以外は去年と大して変わらないのかもしれない。
Aクラスが入場し終えると、Bクラスが続いて大講堂に入ってきて、最後にCクラスが入場してくる。
去年とは順番が逆だが、何かに関係があるわけではない。
全員が入場したところで、Bクラスの担任教師が前に立つ。
そして悠馬とその背後に立つ通は、驚愕した。
「ハゲとる!?」
「え?去年髪生えてたよな?あの先生」
薄毛だ禿げそうだとは思っていたが、僅か1年で、人はここまで変わってしまうのか…
髪の毛が綺麗さっぱり無くなっているBクラスの担任教師を見た悠馬は、驚きのあまり目を見開き、口をぽかんと開ける。
自分のことを棚に上げて、Bクラスの担任に夢中になる悠馬。
悠馬も悠馬で、去年とは全く違う人物に変わっている。
その理由は当然、花蓮との再会が原因なのだが。
「えー…久しぶりですね…久しぶりじゃない人もいますけど」
基本的にクラス以外の生徒と話をしないBクラスの担任は、お茶を濁すような挨拶をして、頭を下げる。
「まずは去年と同じく、部屋割りを配布します。部屋を確認したら、各自部屋へと向かい、そして放送があるまで自由に待機してください」
去年と同じように、部屋割りの資料を配り始める2年の担任教師3人。
「お前、どの部屋?」
「俺は210!お前は?」
部屋割りを貰った生徒たちの賑やかな声が響き渡る大講堂。
そんな中で、鏡花から配布された資料を目にした悠馬は、硬直することとなった。
「おい悠馬、お前どこの部屋だ?」
「……250」
おそらく一番端っこだ。
いや、確かに悠馬は、名前的に一番端になるのが当然であって、そのことは何も思わないのだが、なぜ201号室ではなくて、250号室なのか、という疑問だ。
しかも悠馬の部屋割りには、悠馬の名前以外何も書いていない。
「ぎゃはははは!お前、ぼっちかよ!どんまい!」
部屋が孤立している悠馬。
そんな彼の顔を見た通は、それがよっぽど面白かったのか、肩を叩いて去っていく。
部屋を確認した生徒たちが徐々に減っていく中、ようやく脳を回転させ始めた悠馬は、残っていた鏡花の元へと歩み寄る。
「鏡花先生、なんで俺ハブられてるんですか?」
純粋な疑問。
真面目で善良な生徒として過ごしてきたつもりの悠馬は、なぜ自分だけ孤立しているのかを理解できずに、まるで飼い主に捨てられた犬のように鏡花を見つめる。
「ああ…お前が孤立している理由?」
「はい」
「ま、気分だ。フェスタ優勝者様様は、約束を破ったらしいから、孤立してくれとの総帥からのお達しだ」
アイツぅ!
あのバカ総帥、怒ってないとか言ってたくせに、しっかり怒ってるじゃねえか!
温泉での出来事を思い出した悠馬は、鏡花と寺坂が破局すればいいのに…などと心の中で毒づく。
せっかくの合宿、正直碇谷とアダムと一緒はごめんだったが、まさか孤立すると思っていなかった悠馬は、しょんぼりとした様子で大講堂を出る。
「……何故なのか」
確かに、フェスタの決勝では約束を破って鳴神を使ったし、オーバーキルしたような気もしなくないけど、ここまで根に持つ総帥なんて、多分どの国を探しても寺坂しかいないだろう。
しかも怒っていないとか言ってたくせに、こんな仕打ちをしてくるのだから、タチが悪いにも程がある。
「許される行為ではない…」
いくら総帥といえど、その権力で無垢な学生を孤立させるなんて、どうかしてる。
自称無垢な学生、悠馬は、女子部屋の前をとぼとぼと歩きながら、1番角の部屋へと向かう。
宿舎の作りは、よくあるホテルそのものの作りだった。
窓はなく、閉鎖されたような空間を、ただ直線に歩くだけ。
外の景色は一切見えず、見えるのは部屋の扉だけという、一番つまらないやつだ。
去年は渡り廊下から海やハイビスカスが見えたが、今年は2階ということもあってか、渡り廊下なんてない。
「早く合宿、終わらねえかな…」
悲しみに暮れる悠馬は、そんなことを呟きながら角の部屋へとたどり着く。
250号室。
階段から最も離れた、そして生徒たちがいるであろう部屋から、10部屋以上も離れた、完全孤立部屋だ。
「なんか、中学時代を思い出してきた」
確か中学1年の時も、宿泊研修で一緒に班になってくれる人がいなくて、1人孤立した部屋に泊まったよな…
そんなことを思い出した悠馬は、半泣き状態で扉を開いた。
「……」
真っ白な絨毯に、純白の壁。
白がメインで、金の彫刻がしてある部屋の中を見た悠馬は、そっと扉を閉めた。
「どこ○も○アか?」
廊下とは大違いな、突然数段クオリティが上がったような室内。
驚きを隠せない悠馬は、どこか異次元に繋がっているのではないかと再びドアを開ける。
「……寺坂総帥、貴方は神です」
すぐに手のひらを返した悠馬。
バッグを放り込んだ悠馬は、5メートルほどの通路を駆け抜けると、広がっていた大きな部屋を見て頬を緩めた。
それは昨年、花蓮が合宿の際に宿泊していた、ゲストルームと同等のものだった。
悠馬はフェスタ優勝者ということもあって、宿舎の中で隠されていた、最も端の、最も豪華な部屋を割り振られていたのだ。
1人なのは残念なことだが、まさかこんな豪華な部屋を割り振られているとは知らなかった悠馬は、周囲を見渡し、カーテンをめくって外を見る。
「めっちゃ綺麗!」
青い海と、綺麗に並ぶハイビスカス。白く輝く太陽を目にした悠馬は、1人大声を上げながら部屋の中を歩く。
4人がけの大きなテーブルに、大型のテレビ。
ウォーターサーバーまで完備されていて、終いにはシャワーと浴槽まで付いている。
去年の宿舎、アダムと碇谷と3人で過ごした部屋が、刑務所に見えてくるほどの格の違いだ。
「これ使っていいのか?」
マッサージチェアまで設置されていることに気づいた悠馬は、マッサージチェアに飛び乗り、そこから天井を見上げる。
「……これが高校生の合宿かよ…」
修学旅行で奮発しました。と言われても納得してしまうようなクオリティの部屋に、興奮を隠せない。
マッサージチェアからはちょうど、窓から水平線が見える作りになっている様子で、感動が隠せない。
「さっきは破局しろなんて思ってごめんなさい…」
部屋に着くまで寺坂のことを恨んでいた悠馬は、綺麗に手のひらを返して、1人頭を下げる。
悠馬がはしゃいでいると、コンコン。と扉をノックする音が響き渡る。
「は…」
返事をする直前で勢いよく開く扉。
そんな光景に驚いた悠馬は、ビクッと体を震わせ、肩をすくめる。
誰も入っていいなどと言っていないのに、いきなり扉を開く奴なんて、桶狭間通くらいのものだろう。
「お邪魔しまー!」
そんな悠馬の予想とは裏腹に、元気な女子生徒の声が聞こえてくる。
「うわ、ひろ!」
「なにこの部屋!」
口々に聞こえてくる、騒がしい声。
悠馬はその声に、聞き覚えがあった。
「ズルくない?暁、1人でこの部屋使うわけ?」
そう話すのは、褐色ギャルの夜葉だ。
許可も得ずに入ってきた夜葉を見た悠馬は、肩を竦めながら頷いた。
彼女たちとの関係は、美月と付き合い始めたからと言って好転するものではなかった。
クラスではいつも通りだし、下手に美月に近寄れば睨まれるし、立場的には彼氏である悠馬よりも、彼女たちの方が格上。
そんな彼女たちが突如乗り込んできたのだから、悠馬の肩身も狭くなるだろう。
「あーあー、なんか損した気分」
「人の部屋で損しないでください」
黒髪ロングのツリ目女子、淀川愛海から心外なことを言われた悠馬は、損ってなんだよ…と言いたげに反論する。
「えー、だってー…」
「美月がぼっちの暁くんが可哀想だからって、わざわざ部屋に来たのに、贅沢な部屋だし…」
遅れて入って来た、湊と美月。
どうやら美月は、彼氏である悠馬がぼっちなのが可哀想だからと、会いに来てくれたようだ。
なんと健気で一途なことだろう。
感動のあまり涙ぐむ悠馬は、湊にひと睨みされ、蛇に睨まれた蛙のように動かなくなる。
「うわ、ウォーターサーバーついてるし!水もらうね〜」
可哀想な悠馬を励ますために来たというよりか、もはや悠馬の部屋を物色する夜葉と愛海。
そんな彼女たちを見る悠馬は、再び湊と目が合い、引きつった笑顔を浮かべた。
「や、やぁ湊さん。珍しいね。俺のところに来てくれるなんて」
悠馬のことは信用しているといえど、距離感はそのままの湊が、自ら部屋に来るのはかなり珍しいことだ。
それを話題にした悠馬は、湊に冷たく睨まれていることに気づき、ゲンナリとする。
「美月のためよ。でもそれも思い過ごしだったみたいね。まさかこんな部屋を、独り占めしてるなんて」
「うぐ…」
私たちの同情を返せと言いたげな湊は、心配して損したという顔をしている。
心配されるようになっただけ大きな進歩なのだが、それに気づいていない悠馬は、去年と同じく、湊にメンタルブレイクされた。




