合宿先へ
2度目の合宿ともなると勝手がわかってくるのか、上級生たちは走り回らずに体力を温存する。
豪華客船の甲板を客室の中から眺める悠馬は、元気よく走り回る新1年生を観察していた。
「お〜い、悠馬、通が女湯覗きに行こうだとよ〜」
「あのなぁ…連太郎、そういう問題ごとに俺を付き合わせようとするなよ」
去年と相も変わらず、1発退学間違いなしの行動を取ろうとする通。
呆れ気味の悠馬は、溜息を吐きながら壁に背中を預ける。
「ま、それはさておき、良い情報と悪い情報、どっちから聞きたい?」
「良い情報だけにしてくれ。俺は悪い情報を知りたくはない」
「んじゃ、良い話から」
「待て、からってなんだよ」
コイツ、絶対に悪い話もするつもりだ。
「実は無人島の強化合宿って、順位で豪華さが決まるらしい」
「つまり?」
「去年の異能祭、優勝した俺らは、1番豪華な無人島で過ごせるってわけだ!」
「おお!」
去年でも豪華だったというのに、あれ以上豪華なところに宿泊できるとなると興奮してしまう。
去年は2位として、2番目に豪華な無人島だったわけだが、今回は1位。去年第6高校が使ったであろう無人島を使うということだ。
「第6の奴らの話によると、ジャグジーやマッサージ機なんかも完備してたらしいぜ」
「楽園だな…」
去年宿泊したところが、霞んで見えてきてしまう。
今年の合宿先が楽園だと知った悠馬は、はやくも心を躍らせながら天井を見上げた。
「そして悪い話だ」
「まて、その話を許可した覚えは…」
「新入生の間で、クスリが流行ってるらしい」
「あーあーあーあー!」
悪い情報を聞きたくなかった悠馬は、必死に叫ぶが意味をなさない。
悠馬の声が室内に反響し、ちょっとだけ不気味な声になっているのを無視する連太郎は、笑いながら話をする。
「お前、大事な彼女にクスリ打たれたらどうすんだ?聞くだけ聞いとけよ」
「うぐ…」
警察沙汰の面倒ごとに巻き込まれると思っていた悠馬は、彼女たちの名前を出され、大人しく話を聞く。
自分が楽をしたいからといって、連太郎の話を聞かなかった結果、彼女たちが怪我を負ってしまったなんてことになれば笑えないからな。
「本土では結構蔓延してるらしいが、注射器状の何かを注入して、レベルを上げるのが流行ってるらしい」
「へぇ…初めて聞くな」
現代は異能力至上主義社会。
当然のことだが、普通の会社に勤める分は学力で全て決まるし、普通に生きていく分には異能なんて必要ない。
しかしながら、総帥や異能王、それに近い立場の人間が権力を持ち、そしてそれに憧れる一般人からしてみると、異能は羨ましいものなのだ。
そんな社会全体の憧れや、そして能力を重んじる思想を纏めた総称が、異能力至上主義社会。
異能が強ければみんなから羨ましがられ、キャーキャー言われる。
「んで、その注射には中毒症状があるみたいでな。一度打ち始めると、止まらなくなるらしい」
「…へぇ…」
憧れに向かって、自分もちょっとは注目されたい…という、民衆の密かな願いを利用した、所謂麻薬みたいなものだ。
特に思春期の子供からしてみると、見栄を張って強くなった気になって、この注射器へと手を伸ばすのだろう。
その結果、中毒症状となって注射を繰り返す。
「そしてここからが問題だ」
「?」
「この注射器の中毒だった奴が、1回で大量に摂取したらしい」
アルコールや薬物、そしてタバコと同じように、何度も使い続け、吸い、飲み続けると、摂取量を増やしたがる人も出てくる。
それと同じように、レベルを上げる注射器を、大量に使ったバカがいたのだろう。
「オーストラリア支部での話なんだけど、ソイツは使徒になったらしい」
「……やべぇクスリだな」
副作用が使徒になる、なんて全く笑えない。
2度使徒との戦闘に陥っている悠馬は、神宮やバースを思い出しながら、あからさまに機嫌を損ねた表情を浮かべる。
「しかしその使徒は、何を襲うわけでも、何を壊すわけでもなく、突然飼い主でも見つけたかのように、何かを目指して消えたそうだ」
「それ本当に使徒なのか?異形系の異能とかさ」
使徒に自我、つまり言葉を理解するパターンがあるのは、神宮を見て知った。
しかし、結局は暴走したわけで、何も襲わずにどこかを目指す使徒なんて、いるはずがない。
悠馬の頭の中で浮かぶ説は、異形系の異能力者が注射器を大量に使って、使徒みたいな形になってしまった。という説だ。
それなら焦って隠れるのも、人を襲わないのも納得がいく。
「残念なことに、ソイツは溶接系の異能だったらしい。事件から1週間経ってるが、使用者の発見には至ってないそうだ」
「…そうか」
とりあえず、やばいクスリが出回っていて、それを使った相手に気をつけろということだ。
こういった異能が尊重される社会では、社会でスマホが普及したように、注射器も一気に広がっていくはずだ。
特に学生の間では。
「提供元は?判明したのか?」
「いんや…日本支部おろか、どこの支部も手をこまねいてる。…つまり、誰が提供元かもわからずに、一気に全世界に広がった」
「そりゃ厄介な…」
1つの国が最初だったのなら、その国で提供元を洗い出せそうな気もするが、全世界でほぼ同時となると、どこの支部の誰が仕組んだのか、なんてのはわからない。
厄介な事件を知ってしまった悠馬は、外を走り回る1年生を見下ろし、その場にしゃがみ込んだ。
「んで?お前は最近、メガネずっとかけてるけど。緑内障は良くなってんのか?」
「ちょっと視界が狭いくらいだ。お医者さんによると、良好らしい。このままいけば治るはずだ」
最近は眼鏡をかけっぱなしの悠馬。
そんな彼を気遣った連太郎は、その話を聞くといつものニヤニヤ笑いを始める。
「まーまーまー、あんな可愛い彼女たちがいたら、死んでも死にきれねえよなぁ」
「俺は死なねえよ!」
勝手に死ぬ前提で話を進める連太郎に、叱責する。
「どうだか?まぁ、合宿中は気をつけとけよ。お前は良くも悪くも目立ってるから」
「ああ」
女子からはいい意味で目立ち、男子からは悪い意味で目立っている悠馬。
そんな悠馬に対して、合宿中に注射器を使って襲ってくる輩もいるはずだ。
特に1年生は、この島の厳しさを知らないし、悠馬を倒せば最強などと誤解している奴らも多いはず。
ちょっと面倒ごとになりそうな悠馬は、この先のことを考えながら、表情を暗くした。
***
「あは ♪ なんですか?このだらしのない乳は」
「あ、朱理…やめないか!私の胸はだらしなくなんて…!」
「はい。確かに今は綺麗な形ですけど、こんな爆乳がいつまでも続くと思っていますか?」
豪華客船の中の女風呂、その脱衣所の中。
オリヴィアの爆乳をたぷたぷと揺らす朱理は、ジトっとした眼差しで、彼女を脅かす。
「うぐ…」
他人を冷やかすのが大好きな朱理は、いちいち反応してくれるオリヴィアをイジることを好んでいる。
いつも反応が面白いし、すぐに表情に出るし、天然でちょっと間抜けだし。
朱理の格好のおもちゃになっているオリヴィアは、顔を赤くしながら彼女に密着される。
「さすがバスト99センチ…これが格の違いってやつよね〜」
「朱理んのでもヤバイと思うけど、オリヴィアのはなんか、次元が違うわよね」
「Iカップ…」
冷やかす朱理の元へと近づいてきた、美沙と藤咲、そしてアルカンジュ。
アルカンジュはオリヴィアと顔を合わせるたびにやつれていっているような気がするから、少し可哀想だ。
同じアメリカ支部の女子として、まな板のアルカンジュと、爆乳のオリヴィアはよく比較されるから、そのことも気にしているのだろう。
彼女の最近の口癖は、「Iカップ…」だ。
「どうしたらそんなに大きくなるんですか…?Iカップ…」
「アル、あんたそんなに気にしなくてもいいのよ?彼氏いるでしょ」
この中でも限られた、彼氏持ちのアルカンジュ。
そんな彼女が、胸のことを心配する必要はないだろう。
「で、でも!私、最近女装が趣味の男子だと間違われるんです!」
半泣きになりながら衝撃の事実を暴露したアルカンジュ。
そんな彼女の発言を聞いた女子たちからは、同情と哀れみの視線が向けられた。
確かに、アルカンジュはブラジャーをつける必要がないほど絶壁のつるぺただ。
服を脱いだアルカンジュの胸を見つめる美沙は、言葉を失ったのか目を逸らす。
「そ、逸さないでよ美沙〜!」
「ざ、残念だけど、私もこの中じゃ胸ない方だし?」
この場にいる中での胸の序列は、下からアルカンジュ→藤咲→美沙→夕夏→朱理→オリヴィア。という形になっている。
そのため、中位になっている美沙がアルカンジュに向けてアドバイスすることなど、何1つない。
「残念だけど、アルの胸を見た限りじゃ、もう成長しないんじゃないかな」
「ちょ、陽子!」
「それ言っちゃダメなやつ!」
「うぅぅ〜うわぁぁん!」
藤咲が放った火の玉ストレートは、まぎれもない事実で、そしてオブラートにも包まれていない、どストレートな発言だ。
高校2年生ということはつまり、16歳から17歳の生徒しかいない。
そんな年齢の少女たちなら、遅くてもこの年齢では、胸の出っ張りくらいできているはずだ。
だというのに、アルカンジュは胸が成長するどころか、胸が男同然。
そんな彼女には、残念ながら、もう成長は見込めないだろう。
事実から目を逸らしていたアルカンジュは、陽子から事実を突きつけられて号泣する。
「私もおっぱい欲しいよぉ…うわぁぁん」
大声で泣き叫ぶアルカンジュ。
そんな彼女のわけのわからない奇声を聞いた周りの1.3年生は、驚きの表情を浮かべている。
誰だって、いきなりおっぱいが欲しいなどと泣き叫ぶ女子を見たら、驚きもするだろう。
「あ、あれって美哉坂先輩?」
「お美しいよね、気品があるわ」
アルカンジュの泣き声の先にいた夕夏へと視線を向ける1年生たち。
夕夏の容姿と家族関係は、新1年生の中でも話題になっていた。
入学当初の話題づくりは、去年の悠馬や八神の有る事無い事の他にも、先輩の話が出てくる。
特に夕夏や美月、そして真里亞は、1年生たちの間では話題になっていた。
誰にでも平等に愛想を振りまく、可愛くて完璧な先輩が夕夏。
悪役令嬢のように、気に入らない者を遠ざけ、邪魔な女を裏で虐めているのが美月。
そしてお姫様のように、いつも東屋で茶会を開いているのが、真里亞。
完璧、悪役、お姫様。
2年の中で三大美女とされる3人は、去年の悠馬のように、噂に尾ひれがついて話題になっていた。
美月は周りの女子たちが男子に厳しいため、その噂ばかりが先行してしまったのだろう。
「あ、あの方は…」
「きゃー!」
「朱理さま!」
そして最後に1人。
今第1の1年女子生徒の中で最も人気があるのは、悠馬でもなければ、八神でもない。
朱理の姿を見て悲鳴を上げる1年女子たちは、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
1年の中では、三大美女の裏には、それ以上の美しさを兼ね備えた存在がいると噂になっていた。
真っ黒な髪で、紫と黒のオッドアイ。病的なほど真っ白な肌に、完璧なスタイルは、まさに女子たちの憧れだ。
清楚という単語が似合う、美しく儚げな容姿。完璧な日本人、昔の時代のお姫様にも見えるその姿は、夢に描いた理想の女像だ。
性格は全く噂されず、全くのシークレットのため、噂好きの女子たちは、彼女の性格を勝手に噂し合い、朱理への期待を高めていた。
「こんにちは」
「え!?えっ!?」
「朱理先輩に手振られた」
「やばっ!死にそう!」
そんな彼女たちの視線に気づいた朱理は、いつものような完璧な作り笑いを浮かべ、小さく手を振ってみせる。
それだけで女子たちは大興奮だ。
先ほどまでオリヴィアの胸を揉んで冷やかしていた人物と、到底同一人物だとは思えない変化。
オリヴィアの胸を揉むシーンを見ていなかった女子たちは、足をドタバタと動かし、奇声を発した。
「面白いですね。彼女たち」
そんな1年女子たちを面白そうに眺める朱理は、身体にタオルを巻き、お風呂へと向かう。
朱理からして見ると、また面白そうなおもちゃを見つけた程度の認識だ。
「ま、しばらくはオリヴィアだけで十分ですけど」
オリヴィアを弄るだけでも、十分楽しい。
現状、楽しみに事欠かない朱理は、おもちゃを見つめるような視線を彼女に向ける。
そんな朱理の視線を感じ取ったオリヴィアは、身体をゾクっと震わせて、周囲を見回した。
「何か身の危険を感じる…」
朱理の視線に、オリヴィアは本能的な危険を感じていた。
Iカップ…




