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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
戦神編
237/474

戦神は堕落する

「はぁ〜…テレビとは素晴らしいものだな…」


 ソファも購入し、机も購入し、さまざまな家具を購入した戦神、オリヴィア・ハイツヘルムは、だらしない格好でソファに寝っ転がり、テレビを視聴していた。


 軍からも外れ、自分の任務を監視する存在はどこにもいない。


 日々のトレーニングすらない、楽園のような異能島に在学中のオリヴィアは、怠惰を貪っていた。


「それにしても、悠馬が負けず嫌いだったのはグッと来たな」


 先日のエアホッケーの件を思い出すオリヴィアは、レベル10、3人と、レベル9、1人のハイレベルな異能エアホッケーを思い出す。


 もともと戦神として現役のオリヴィアは、夕夏が鳴神もどきを使用した後も、素の状態で対応できていた。


 ちなみにオリヴィアは、他の3人が異能を使っていたことなど知らない。


 ちょっぴり間抜けなオリヴィアは、グフフと笑ってみせると悠馬とのプリクラを見つめる。


「これは私の思い出だ…」


 エアホッケーで勝利したオリヴィアペアは、八神のおごりでプリクラを撮らせてもらった。


 オリヴィアは元々プリクラに興味があったし、悠馬はオリヴィアに言われるがまま、プリクラの機械の中に連行された。


 盛れているように見えるが、素の状態がすでに美人なオリヴィアは、プリクラでは目が大きくなりすぎて、ちょっと怖い気もする。


 しかし自分の顔など見えていないオリヴィアは、悠馬の顔をじっと見つめる。


「はぁ、青春って楽しい!」


 放課後は好きな人の寮で勉強して、彼女の手料理をご馳走になる。


 休日は好きな人や友人と出かけて、ショッピングやゲームを楽しむ。


 完成された学校生活、いや、青春を過ごすオリヴィアは、すでに任務のことなど忘れていた。


 そもそも、自分が軍人であることすら忘れ、女の子になっていた。


「……はぁ」


 幸せそうに息を吐くオリヴィアは、額に手を当てて眠ろうとする。


 今日は悠馬の都合で勉強会もなく、友達と遊ぶ予定もなかったオリヴィアは、来週に控えた合宿のことを想像しながら、視界を暗転させた。


 来週は待ちに待った強化合宿。

 なにやら異能祭という、世間一般でいう体育祭に向けての強化合宿らしいが、戦神であるオリヴィアにはただの旅行としか思えない。


 軍人として過酷な生活をして来た彼女には、同学年と行ける楽しい旅行、という認識程度だった。


 準備はもう済ませているし、あとは合宿当日を待つのみ。


 きっと合宿では、好きな人の部屋に上がり込んだり、他人の告白を手伝ったりと、みんなが青春をするに違いない。


 その一員に加われることを誇りに思う彼女は、目を瞑ったまま頬を緩める。


 オリヴィアが妄想を繰り広げていると、彼女を現実へと叩き戻そうとする着信音が鳴り響く。


 それは異能島が配布した携帯端末ではなく、オリヴィアが元々持っていたスマートフォンの着信音だった。


「全く、誰だこんな時間に!」


 時刻は昼過ぎ。

 堕落しきった戦神が、お昼寝をしようなどと考えていた時に鳴り響いた着信音に、彼女は不機嫌そうに立ち上がる。


 真っ白で、程よい肉付きの腕を伸ばした彼女は、同じく真っ白なおでこに皺を寄せながら、スマホを手にする。


 そこには非通知からの電話がかかって来ていた。


「……あ、そういえば報告を忘れていたな」


 なぜ非通知?

 最初はわけがわからないと言いたげな表情を浮かべたオリヴィアだったが、なんとか自分の任務を思い出したようだ。


 数週間前、自分が何の任務を課せられこの場に来たのかを忘れかけていたオリヴィアは、めんどくさそうな表情を浮かべながら、応答ボタンをタップした。


 金髪を靡かせながら、スマホを耳に当てる。


「もしもし?」


「お前、なにしてる!」


 耳に当てると同時に聞こえて来た怒鳴り声。


 思わず顔をしかめたオリヴィアは、携帯端末を机に置くと、スピーカーボタンを押して距離を置いた。


 あんな怒鳴り声を耳元で聞いていたら、鼓膜がどうにかなってしまう。


「アリスか?」


 非通知での電話。報告を怠っていたオリヴィアは、総帥と呼ぶのではなく、敢えて名前で彼女を呼ぶ。


「ああ。オリヴィア、お前今なにしてる?」


「今?今日は休日だから、寮でニュースを見ている」


 縦ロールの髪を指先で巻くオリヴィアは、特に焦ったそぶりもなく、興味もなさそうに返事をする。


 彼女はアリスに臆することなどない。


 何故なら、実力的にはすでに戦神であるオリヴィアの方が上なわけだし、今は遠く離れた支部にいるため、直接対面して叱責されることがないからだ。


 そんな理由で余裕を持っているオリヴィアは、テレビのチャンネルを変えながら、アリスの話を待つ。


「……報告を怠るから不安には思っていたが…キサマ、まさか任務をしてないなんて言わないよな?」


 鋭いところを突いたアリス。

 彼女はオリヴィアに任務を課す際に、定時の報告、毎日18時に連絡、もしくはメッセージを送れと指示を出していた。


 しかしオリヴィア、彼女は18時といえば、転入直後から悠馬の寮でお勉強を教えてもらっているわけで、最初は後で連絡すればいいや。などと思っていたが、今はもう、しなくていいや。と思っていた。


「馬鹿を言うな。アリス、お前は私を誰だと思っている?」


「………」


「テレビを見ているのだって、世間を知るためだ。世間を知らなければ、会話に馴染めず聞き出せる情報も少なくなるからな」


 もちろん、嘘だ。


 オリヴィアは現在恋愛ドラマを見ているし、学校でだって、暁闇の調査などしていない。いや、する気がない。


 下手にオリヴィアに反論できないアリスは、無言のまま話を聞く。


「情報は手に入ったのか?」


「そう焦るな。お前、この短期間で踏み込んだ話をすれば、私が警戒されてしまうだろう。少し考えて話せ」


「…そう…だな」


 結論と成果を急ぐタイプのアリスは、オリヴィアに宥められクールダウンする。


 確かに彼女の言う通り、転入して来た外国人が、いろいろなことを嗅ぎまわっていたら警戒されるだろう。


 逆にこっちがなにをしているのかバレる可能性だってあるし、数週間で暁闇の調査が済むはずなどない。


「それと、暁とは接触できたのか?」


「あ、ああ!そちらは完璧だ!未だ嘗てないほど接近している!」


 悠馬が暁闇だと知らない2人は、調査対象に最接近していると言うのに、呑気に会話をする。


 オリヴィアは悠馬の話ができるから嬉しいのか、やけにアリスの質問に食いつきを見せた。


「頼んだぞ。この調査は、お前以外に任せられないんだ。…本当は、お前ほどの実力者を海外へ手放して動かせなくするのは嫌だったんだが…」


 死神の話、そしてジャクソンの話を聞くからに、暁闇は強すぎる。


 生半可な実力者を送ったところで、隊長クラスが負けてしまうのだから、アリスに残された手札は戦神であるオリヴィアだけだった。


 自分以外適任がいないと言う発言を聞いたオリヴィアは、ニヤリと笑うと声を発する。


「…任せておけ。私が暁闇を見つけてやる」


 見つける気ないけど。

 今の生活に満足しているオリヴィアが、余計なことに足を突っ込むなどと言うことは、まずしないだろう。


 オリヴィアはアリスとの通話を切ると、ベッドへとダイブした。


「……私はもう、軍には戻らないぞ」


 それは戦神の、オリヴィアの決意だった。


 オリヴィアが小学生の時に始まった、第5次世界大戦。


 当時から才能を持っていたオリヴィアは、すでにその時点で覚者の領域に至っていた。


 そんな彼女は、戦争が中盤に差し掛かると、軍から勧誘されることとなる。


 最初は嬉しかった。

 オリヴィア・ハイツヘルムという少女は、特別だった。


 周りからは特別な存在、異能の次元が違うと、遠目から囁かれ、近寄ってくる人は誰1人いない。


 孤独だったオリヴィアには、軍からの勧誘がとても嬉しく感じた。


 自分を必要としてくれる存在の元へ行きたい。

 小学校なんて、友達もいないし退屈だ。


 自分の居場所を見つけたような気がして、必要とされているような気がして、彼女は軍に入った。


 もちろん、父親からは反対された。母親からもだ。


 しかしオリヴィアの父親は、第5次世界大戦序盤で覚者と戦闘に陥り、大怪我を負っていた。


 だから彼女を強引に引き止めることもできずに、結果として何も知らない少女は、何も知らないまま戦地へと赴いた。


 その結果がこの有様だ。


 オリヴィアは八神のような補給部隊ではなく、覚者だということを知られていたために、前線に出て戦うこととなる。


 もちろん、バトルスーツは着ていたし、顔は隠していた。


 しかし顔を隠したって、体を隠したって、怖いものは怖いし、痛いものは痛い。


 次々と死んでいく仲間と、そして敵軍たちの死に際の罵るような声。


 それは幼い彼女にとっては、脳裏にこびりつくほどのトラウマを与えた。


 当然の結果だろう。

 何しろオリヴィアは、まともに軍としての教育を受けたわけでもなく、当時は体術だって、精神面だった周りよりもまだまだ幼い。


 そんな彼女がいきなり戦場の真ん中に投げ込まれたのだ。


 凡人ならその時点ですでに狂っていても、なんらおかしくはない。


 結果としてオリヴィアは、第5次世界大戦で、人を殺す恐怖とトラウマを植え付けられた。


 特に大戦の終盤で戦った、日本軍の後方支援部隊を襲った当時の冠位・覚者との戦いなんて、オリヴィアは今思い出しても、吐くほどのトラウマを植え付けられている。


 それを忘れるようにして目を瞑ったオリヴィアは、目尻に涙を溜めて、手で顔を覆う。


 オリヴィアの精神は、すでに限界を迎えている。


 戦神はもう、心が折れている。


 そんなこと、誰にも言えない。

 軍のみんなだって、苦しいのも怖いのも同じだとそう思ってきた彼女は、幼い頃から今まで、弱音も本音も、全てを隠して生きてきた。


 一言で言えば、彼女は戦争に向いていなかったのだ。


 殺さなければならない敵国の人間1人ひとりに情が湧き、彼らの背景にある家族や愛人を妄想してしまう。


 そんな心優しい人間が、戦地に赴いて、まともな精神で居られるわけがない。


 オリヴィアは布団にうずくまると、涙を流しながら部屋を暗くした。



 ***



「八神ちーん」


 連太郎は神器を携え、そして異能を発動させながら冷ややかな視線を向ける。


 視線の先にいるのは、同クラスであり、1年間苦楽を共にした、八神清史郎。


 そんな彼に向かって神器を向ける連太郎の表情は、お仕事モードだった。


「…連太郎、なんのつもりだ?」


「こっちのセリフだよ。八神清史郎。お前…アイツが戦神だって最初から気づいてたから接触したんだろ?」


 八神を鋭く睨み付け、問い詰める。


 連太郎は異能の都合で、オリヴィアが戦神だということに気づいてしまった。


 この国の裏の人間として、そしてこの国の安全を守る側として、これは由々しき事態だ。


 日本支部は知らぬうちに、アメリカ支部からいつ爆発するかわからない核兵器を設置されているようなものだ。


「戦神?」


「惚けるなよ。お前は知らないかもしれないけど、俺は常日頃から人を殺すのに許可なんて必要としてねえ。今お前が無傷でいられるのは、友達としてのよしみだ」


 八神とオリヴィアが接触した。

 そのことを知っている連太郎は、何を会話したのか、何を起こす気なのかを心配している。


 八神は精神面で安定していない面がある。

 歪んだ結論に辿り着きさえすれば、戦神と組んで、この国を滅ぼす可能性すらある。


「…連太郎、お前は少し、間違ってる」


「なにを?」


「まず最初に、戦神はもう死んでる」


「は?生きてるだろ」


「あれは戦神じゃない。オリヴィアだ。…お前が本当に紅桜なら、この意味、わかるよな?」


「……なーるほど。不適合者か」


 紅桜家でも、不適合者は度々現れる。

 人を殺すのにためらいがあったり、迷いがあったり、情が移ったり。


 それは軍人として、暗殺者としては死んだと表現される。


 何しろ人を殺すことができないのだから、死んだも同然だ。


「オリヴィアは1人の女として、ここに来てる」


「おいおい、それを信じろって?」


「別に信じなくても構わない。俺にもわからない。ただ、アイツが悠馬に惚れてるのだけは事実だ」


「ぷ…ははははは!まじかよ!いや、まじか!」


 神器を投げ捨て、笑い転げる連太郎。


 まさか友人である悠馬が、戦神に惚れられているとは思わなかったのだろう。


 想定外の飛躍しすぎたお話に、連太郎は腹をよじらせる。


「はー…はー…」


「これで満足か?」


 連太郎に危うく殺されるところだった八神は、知っていることをある程度話し、壁に身を預ける。


「…とりあえずは満足した。お前の行動も理解できた。…まさか、戦神の牙を完全に奪うつもりでいるのか」


 1人の女として目覚めさせることによって、軍人としての戦神を消し去る。


 それが悠馬とオリヴィアが付き合うために必要なことであって、そしてこの先、日本支部で生きていくためには必要不可欠なことだった。

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